内浦琉衣のお通夜は、小さな葬儀場で行われた。桜ケ丘の制服姿が男女問わず多く、内浦琉衣は生前周りに愛されていた子なのだと思う。榊の姿も見かけたけれど、こんな場所ではさすがに声をかけづらい。


 同じクラスの女子たちで順番に、お焼(しょう)香(こう)をした。正しい手順なんてわからないけれど、とにかく病気なのに今までよく頑張ってきたね、あとは向こうでゆっくり休んでください。そんな感じのことを祈った。まぁ、本当はまだ向こうにいるわけじゃないことを、私は知っちゃってるわけだけど。


 私の後で、斜め前の女子がお焼香をした。長めに祈りながら、途中で肩が震えていた。お焼香の後も泣いている彼女の涙が伝染して、みんな泣いていた。私も不覚にも、目頭を押さえる。

 内浦琉衣は、周りに悲しみを残して早過ぎる死を迎えてしまった。享年十七歳は、あまりにも若過ぎる。


「稜歩ー!」


 朋(とも)菜(な)の声に、振り返る。隣には波(は)瑠(る)。二人とも目が赤い。三年になってから文転してクラスが分かれた朋菜と波瑠とは、学校で話すことこそ減ったものの、今でも頻(ひん)繁(ぱん)にメールしている。

 今日は二人とも、ウサギみたいに目を真っ赤にしていた。


「内浦さん、すごくいい子だったの。わたしたちが一年生の時何をしたか知ってたはずなのに、三年になって同じクラスで自分から話しかけてきてくれて……他の子と同じように、接してくれた」


 潤(うる)んだ瞳で波瑠が言う。そういえば、一年生の時、あの事件の後、しばらくクラスで浮いていた私たちだけど、内浦琉衣だけは変わらず接してくれたように思う。

 明るくて優しくて、本当にいい子だった。


「悲しいよね。病気なのは知ってたし、お見舞いにも行ってた。でもほんとに死んじゃったなんて、正直まだ信じられない。この歳で友だちの死を経験することになるなんて、思わなかった」


 朋菜が沈鬱な表情で言って、波瑠が首を縦に振る。波瑠はそこで、トイレに行ってくる、と席を外した。誰もいない場所で、思う存分泣きたいのかもしれない。


「ねぇ、稜歩」
 朋菜が抑えた声で言う。


「内浦さんの霊、ここにいる?」
「いや……いないみたい」
「そっか」


 心から残念そうな声が返ってきた。内緒話のように、朋菜が更に声のボリュームを落とす。


「もしこの後、内浦さんの霊に会うことになったら、伝えてほしいんだ。許されないことをしたあたしたちとも仲良くしてくれてありがとう、って」
「うん、必ず伝える」
「約束だよ」
「約束する」


 そこで朋菜が、そっと目元を拭(ぬぐ)った。


「仙(せん)道(どう)さん、行くよー!」


 同じクラスの女子に声をかけられ、朋菜にひと言謝ってその場を離れた。

 内浦琉衣のことを改めて考えてしまって、葬儀場を去ろうとする友だちの会話の輪に上手く入っていけない。飛び交う言葉たちに、適当に相(あい)槌(づち)を打つだけ。今までの経験から言って、内浦琉衣の霊が私の前には高確率で現れるだろう。今度ばかりは、面倒くさがってちゃいけない。なんせ、朋菜と約束したのだ。

 病気というどうしようもないもので若くして死んでしまう、そんなドラマのような悲しい死に方を現実にしてしまったんだから、ちゃんと接してあげたい。

 そんなことを思っていたら、葬儀会場の玄関に内浦琉衣がいた。

 ぼんやりとした表情で、自分の死を悼みに集まった人たちを見つめている内浦琉衣。まるで、自分が死んだことがわかっていないようなその姿。

 思わず足を止めてしまった私に、友だちが不思議そうに言う。


「稜歩、どうしたの?」
「ごめん、ちょっと用事思い出した。みんなは先帰って」
「用事って榊くん?」


 そう言った子は、他の女子たちと同じく私と榊が付き合っていると勘違いしているらしい。同級生の葬儀の後に彼氏と会うなんて不謹慎かもしれないけれど、ここはそういうことにしておこう。


「まぁそんなとこ」
「なるほど。じゃ、私たちはお邪魔虫だね。榊くんによろしく」


 物分かりの良い女の子たちが消え、自分の名前がある看板の前で呆然としている内浦琉衣に声をかける。


「内浦さん」


 振り返った内浦琉衣は、驚いた表情をしていた。自分の姿が見える人間が目の前に現れたんだから、当然の反応だ。これまでは、他の人間に姿を見られることもなく、この世のものに触れることすらできず、ひとりぼっちの幽霊生活だったんだろうから。


「仙道さん?」
「うん」
「うそ、信じられない……仙道さん、わたしのこと見えるの!?」


 頷いても、内浦琉衣は驚き顔のままだった。