ETERNAL PROMISE  【The Advance】




「じゃぁ、菜都実も佳織もごめんね」

「いいよ。行ってきな。みんな喜ぶし」

 ウィンディでのランチタイムを終えると、今日の夜までサポートに入っている佳織と菜都実に声をかける。

 今日と明日は茜音も昼だけだ。今日のこのあとは、茜音がヘルパーとして入り、また健の家でもあり職場でもある珠実園のクリスマス会だからだ。

 今夜はそのまま夜中まで滞在し、子供たちの枕元にプレゼントを置いて回るのが恒例になっていた。

 途中で食材を買い込んで、園に着いた頃には、子供たちもそれぞれの学校から帰ってきていた。

「こんにちはー」

「あ、茜音ちゃん来た。お願いできる?」

「はぁい」

 エプロンを取り出して、すぐに厨房の手伝いに入る。

「ごめんねぇ、せっかくのイブなのに」

 この調理場を預かる里見(さとみ)も、実は茜音が幼い頃に一緒に入所していた縁。彼女は茜音と健が引き起こした、僅か小学2年生での駆け落ちという大騒動も、その背後にある想いも十分に理解していてくれる。

「だってぇ、お仕事だとしても一緒にいられる方がいいですよぉ」

「そうゆーもんかなぁ。健君には言ったのよ? 年に一度くらい茜音ちゃんに尽くしてあげなさいって」

「もぉ、またそんなこと言うと健ちゃん本気にしちゃいますから」

 そんな話をしながら、次々に料理を仕上げていく。

「あ、茜音せんせーだ」

「うん、こんにちはー」

 高校を卒業し進んだ短大で、心理学と幼児教育を専攻している茜音のことを、子供たちはいつしか先生と呼ぶようになった。もちろん、その実態がもはや伝説になっている健との10年越しの恋を実らせたヒロインであることも十分知ってのことだ。

「健兄ちゃん、まだ帰ってこないぞ」

 厨房の作業は予定よりも早く終わり、子供たちに運んでもらい終わると、さっきまでのバタバタが嘘のように静かになった。

「ふぅ、終わりましたぁ」

「ありがとうね……」

 言いながら周りを見回した里見が何となく寂しそうな顔をしているのを見て、茜音は気になっていた。

「あ、里見さん……、ひょっとして?」

「うん、私がこの役目をするのも今年でおしまいかなぁ」

「でもでも、おめでとうなお話ですよね?」

 調理用の手袋を外したときに気づいた。彼女の左手の薬指に光るものを。

「そうねぇ。もう少しこの賑やかな中で仕事も悪くなかったんだけどなぁ」

 その指輪をはめた手がゆっくりとお腹に当てられた。

「えー、おめでとうございますぅ! それじゃぁ立ちっぱなしのお仕事出来ないですよぉ」

 里見の結婚自体はしばらく前から決まっていて、入籍を待つだけとなっていたらしい。おまけの話は一昨日判ったばかりだという。もちろん、いつ入籍かという段階だったから、一緒に病院に行ってくれた男性も一緒に大喜びしてくれたそうだ。

「だからね、来年の元旦に入籍することになったの。だから、茜音ちゃんの知っている古い私は今年でおしまい」

「そうですよ。珠美園のみんなも大事だけど、今は里見さんと赤ちゃんが一番大事です」

 里見も悩んだそうだ。しかし、家庭を持つという昔からの夢をかなえるために、今回の決断になったらしい。まだ日にちは決めていないが、体と相談しながらとなると。

「でも、退職にはならないみたいで、しばらく休職って感じらしいのよね」

「じゃぁ、また会えるんですね?」

「もちろん。茜音ちゃんを見届けなくちゃ、私も落ち着かないし」

「よかったぁ。……あの、里見さん……」

「どうしたの?」

 今度は少し深刻そうな茜音の話を里見が聞くことになる番だった。




「お疲れさまでした」

 時計は昨日と同じく、もうすぐ日をまたごうとしていた。

 珠実園の子供たちの枕元にプレゼントを園長と置く仕事をしている健の代打で、里見が茜音を家まで送ってくれていた。

「茜音ちゃんも悪かったね」

「ううん、いいお話も聞けたし、明日は昼間お店そんなに混まないだろうしなぁ」

「さぁ、どうかなぁ?」

「えぇ? なんかあるんですかぁ?」

「ううん。あ、そうだ、茜音ちゃん明日の夜は健君とデートでしょ?」

「は、あぃぃ」

「あの服持ってきたら? もちろん上着は持ってきてね?」

「えぇ? あのジャンスカって夏服ですよ?」

「だからよ。ブラウス長袖にできるでしょ?」

 思いがけない提案だけど、昔から変わらないのいたずら好きの里見の笑顔で言われてみると、それはそれで面白いかとも思う。健も夜に車で迎えに来ると言っていたことだし、寒かった時に備えて防寒の服も用意しておけばいいことだ。

「じゃぁ、本当にありがとうございました」

「茜音ちゃん、明日は頑張るんだよっ」

「あはは、がんばりまぁす」

 家に入る茜音を見送り、里見は車を家とはまた別の方に走らせた。




「じゃぁ、菜都実も佳織もごめんね」

「いいよ。行ってきな。みんな喜ぶし」

 ウィンディでのランチタイムを終えると、今日の夜までサポートに入っている佳織と菜都実に声をかける。

 今日と明日は茜音も昼だけだ。今日のこのあとは、茜音がヘルパーとして入り、また健の家でもあり職場でもある珠実園のクリスマス会だからだ。

 今夜はそのまま夜中まで滞在し、子供たちの枕元にプレゼントを置いて回るのが恒例になっていた。

 途中で食材を買い込んで、園に着いた頃には、子供たちもそれぞれの学校から帰ってきていた。

「こんにちはー」

「あ、茜音ちゃん来た。お願いできる?」

「はぁい」

 エプロンを取り出して、すぐに厨房の手伝いに入る。

「ごめんねぇ、せっかくのイブなのに」

 この調理場を預かる里見(さとみ)も、実は茜音が幼い頃に一緒に入所していた縁。彼女は茜音と健が引き起こした、僅か小学2年生での駆け落ちという大騒動も、その背後にある想いも十分に理解していてくれる。

「だってぇ、お仕事だとしても一緒にいられる方がいいですよぉ」

「そうゆーもんかなぁ。健君には言ったのよ? 年に一度くらい茜音ちゃんに尽くしてあげなさいって」

「もぉ、またそんなこと言うと健ちゃん本気にしちゃいますから」

 そんな話をしながら、次々に料理を仕上げていく。

「あ、茜音せんせーだ」

「うん、こんにちはー」

 高校を卒業し進んだ短大で、心理学と幼児教育を専攻している茜音のことを、子供たちはいつしか先生と呼ぶようになった。もちろん、その実態がもはや伝説になっている健との10年越しの恋を実らせたヒロインであることも十分知ってのことだ。

「健兄ちゃん、まだ帰ってこないぞ」

 厨房の作業は予定よりも早く終わり、子供たちに運んでもらい終わると、さっきまでのバタバタが嘘のように静かになった。

「ふぅ、終わりましたぁ」

「ありがとうね……」

 言いながら周りを見回した里見が何となく寂しそうな顔をしているのを見て、茜音は気になっていた。

「あ、里見さん……、ひょっとして?」

「うん、私がこの役目をするのも今年でおしまいかなぁ」

「でもでも、おめでとうなお話ですよね?」

 調理用の手袋を外したときに気づいた。彼女の左手の薬指に光るものを。

「そうねぇ。もう少しこの賑やかな中で仕事も悪くなかったんだけどなぁ」

 その指輪をはめた手がゆっくりとお腹に当てられた。

「えー、おめでとうございますぅ! それじゃぁ立ちっぱなしのお仕事出来ないですよぉ」

 里見の結婚自体はしばらく前から決まっていて、入籍を待つだけとなっていたらしい。おまけの話は一昨日判ったばかりだという。もちろん、いつ入籍かという段階だったから、一緒に病院に行ってくれた男性も一緒に大喜びしてくれたそうだ。

「だからね、来年の元旦に入籍することになったの。だから、茜音ちゃんの知っている古い私は今年でおしまい」

「そうですよ。珠美園のみんなも大事だけど、今は里見さんと赤ちゃんが一番大事です」

 里見も悩んだそうだ。しかし、家庭を持つという昔からの夢をかなえるために、今回の決断になったらしい。まだ日にちは決めていないが、体と相談しながらとなると。

「でも、退職にはならないみたいで、しばらく休職って感じらしいのよね」

「じゃぁ、また会えるんですね?」

「もちろん。茜音ちゃんを見届けなくちゃ、私も落ち着かないし」

「よかったぁ。……あの、里見さん……」

「どうしたの?」

 今度は少し深刻そうな茜音の話を里見が聞くことになる番だった。




「お疲れさまでした」

 時計は昨日と同じく、もうすぐ日をまたごうとしていた。

 珠実園の子供たちの枕元にプレゼントを園長と置く仕事をしている健の代打で、里見が茜音を家まで送ってくれていた。

「茜音ちゃんも悪かったね」

「ううん、いいお話も聞けたし、明日は昼間お店そんなに混まないだろうしなぁ」

「さぁ、どうかなぁ?」

「えぇ? なんかあるんですかぁ?」

「ううん。あ、そうだ、茜音ちゃん明日の夜は健君とデートでしょ?」

「は、あぃぃ」

「あの服持ってきたら? もちろん上着は持ってきてね?」

「えぇ? あのジャンスカって夏服ですよ?」

「だからよ。ブラウス長袖にできるでしょ?」

 思いがけない提案だけど、昔から変わらないのいたずら好きの里見の笑顔で言われてみると、それはそれで面白いかとも思う。健も夜に車で迎えに来ると言っていたことだし、寒かった時に備えて防寒の服も用意しておけばいいことだ。

「じゃぁ、本当にありがとうございました」

「茜音ちゃん、明日は頑張るんだよっ」

「あはは、がんばりまぁす」

 家に入る茜音を見送り、里見は車を家とはまた別の方に走らせた。




 翌日、茜音が荷物をもってウィンディに到着すると、思いがけない看板が出ていた。

『本日のランチタイムは貸しきりです』

「おはよぉございまぁす。今日ってそんな予約が入ってたんですねぇ」

「おはよう茜音。今日はあんた忙しくなるよ」

「ほぇ?」

 菜都実にも言われて、ますます分からない顔になる。

 しかし、しばらくして、その顔は驚きに変わった。

「おはようございます」

「今日はお世話になります」

「ほぇぇぇ?」

 そこに現れたのは、昨日最後まで話をしていた里見と、今日の夜にならないと現れないはずの健だったから。二人とも大きな箱を抱えている。

「茜音ちゃん、手伝ってもらえる?」

「はぃぃ」

 言われるがままに里見が持っている横断幕の紙を広げたとき、彼女は動けなくなった。

「里見さん、ずるぅい……ですよぉ……」

 自然に涙がこぼれ落ちる。

 ときわ園同窓会。忘れもしない。茜音が事故で両親を亡くし、初めて連れてこられた施設。健と初めて出会った場所。そして、閉園間際に健と二人で前代未聞の駆け落ち事件を起こした施設だ。

「ね? あの服にしなさいって理由分かった?」

「もぉぉ、健ちゃん!?」

 もちろん、これだけの大掛かりな計画が進んでいたのなら、準備は相当前からしていたはずだ。自分だけが知らされていなかったことに、その恥ずかしさを健にぶつける。

「中心は私。打ち合わせも茜音ちゃんが来ない日を狙ったし。菜都実ちゃんなんか真っ先に賛成してくれたわよ?」

 里見のフォローで、何とかその場を押さえたが、茜音としてはここに集まるメンバーにどのような顔をしていいのか分からなくなってしまう。

 なにしろ、あの失踪の時には全員が自分たちを探しに出てくれたのだ。

 会場づくりを里見と健に任せ、菜都実とカウンターの中に入る。

「もぉ、菜都実もひどぉいよぉ」

「面白いじゃん。後で来るけど佳織も賛成だったよ。それはそれで面白そうだって」

「そんなぁ」

「それにしても、みんなクリスマスなのに平気なんかねぇ」

 考えてみれば、こんな日は各自予定も入っているだろう。

「大丈夫。みんないつかやりたいって言ってたし、クリスマス会って感じだから。さぁ、そろそろ集まり始めるわよ。着替えてらっしゃい」

 言われて、菜都実の部屋を借り、持ってきた服を取り出す。

「久しぶりだねぇ」

 ハンガーに吊された襟にフリルの付いた白いブラウスに、ベージュのシンプルなジャンパースカート。

 7歳の当時、茜音はこれと同じ服でときわ園を抜け出した。離ればなれになっていた10年間、肌身離さず持っていた写真にもこれが写っている。オリジナルは当然もっと小さいが、昨年夏の再会のシーンにあわせて、彼女の親友が作り直してくれたものだ。

 流石に半袖では無理があるので、同じような丸襟の長袖ブラウスをクローゼットから引っ張り出して合わせた。

 久しぶりに袖を通し、レースのハイソックスまでセットして、姿見を見る。

「なにを言われても大丈夫! よぉし、行くかぁ」

 最後にその上からエプロンをつけて、階段を下りていった。




「久しぶりだなぁ」

「大きくなったねぇ」

 客席の方には当時の面々が続々と集まってきていた。

 今回の集まりは、里見が地道に連絡先を探して、かつ更新し続けていたからこそ実現したものだ。

「おっ、健じゃんか。すっかり大人になっちまって」

「お久しぶりです」

 飲み物をつぎながら、健が各テーブルを回っている。

「あれ、彼女はどうした? 結局あれからどうなったんだ?」

「まぁ、いろいろありましたよ」

 一番最新の話題として里見の結婚と妊娠やら、いろいろな思い出話に花が咲くが、やはり一番は当時のときわ園最後の最後で起こした大事件だ。

「えー、健君、会えたんでしょ? まさか……?」

「マジで? やっぱ10年は厳しかったか?」

「あの里見さんでも追いきれなかったんだもんね。大きくなった茜音ちゃん見たかったなぁ」

「あの子可愛かったもんなぁ。健にはもったいないってみんな言ってたんだぜ」

 どうやら、この中に集まったメンバーであの物語のラストシーンを知っている者はいないらしい。

 当然知っているチラリと里見に目を向けると、彼女も苦笑している。

「健、10年間の結果発表しろ」

「マジっすか?」

「当たり前よ。みんな気になって仕方なかったんだから」

 あちこちから結果発表のリクエストがコールされた。

「こりゃ、仕方ないですねぇ」

 普段は演奏喫茶モードに使うステージの上に上がる。

 今日はすっかり黒子に徹している菜都実も口元で笑いそうになるのを堪えながらマイクを渡してくれた。

「えーと、そうでしたね。もう11年も前になりますが、僕と、佐々木茜音ちゃんの事件では本当にご迷惑をおかけしました」

「そうだそうだ!」

「面白かったけどね」

 みんなの反応からも、あの事件はとっくに時効で、そもそも責められるようなものではなかったのだと。

「結論から言ってしまうと、僕には今、お付き合いをしている女性が居ます」

「おー、健もリア充かぁ」

「えー、茜音ちゃんかわいそう」

「相手の人の写真とかないの?」

「クリスマスにカミングアウトねぇ」

 健はそれらの声にはすぐに答えず、一度段を降りて店の奥に進んだ。

 この店の従業員の女性がドリンクや料理の用意をしていた。

「相手は……」

 その内の一人、一番奥にいて後ろを向いていた女性に近づいて耳元にささやくと、深めに被っていた三角巾をそっと外した。

 彼女の動きがすっと止まる。

 その中にしまっておいた三つ編みと長い髪が下に落ちて当時そのままに戻る。

「えぇ!?」

 その後ろ姿だけでも、ピンと来たメンバーが何人かいた。

「このお店で頑張っている……彼女です」

 エプロンも外して、後ろを向いていたその人物を振り返らせる。

「はぅぅ……。すっかりご無沙汰していますぅ」

 佳織が営業中は消しているサービスカウンター上の照明をつけた。

「あーっ!」

 顔を真っ赤に染めて頭を下げた人物の素性が分かったとたん、店内は拍手喝采の騒ぎになった。




「茜音ちゃん!」

「なんだぁ! ちゃんといたんだぁ」

「やっぱ健にはもったいない!」

「勿体ぶるなよ!」

「その雰囲気、変わらないねぇ」

「なんかホッとした」

 口々に声がかけられるなか、健に手を引かれてステージに上がる。

「お待たせしました。あの茜音ちゃんです」

 拍手の中、茜音にマイクを渡す。

「えっと……、なんか変な登場になっちゃいましたぁ……。今日は本当にここにはアルバイトで来ていたんですけど、気が付いたらこんな会場になるって分かって。嬉しいやらビックリしていると言うか……」

「でも、その服装にしていたってことは、今日のこと知ってたんでしょ?」

 あの写真は茜音だけではなく、健にも焼き増しされて持っていただけでなく、後日作られた閉園記念写真集でも配られたから、記憶に残っている者も多い。

「ううん、里見さんにすっかり遊ばれちゃいました」

 全員の視線が二人に集まっていた。

「本当に、あのときのことは、ご迷惑をかけたことは、僕の責任です。探してくれたみんな、道連れにしちゃった茜音ちゃんも含めて、謝らなくちゃなりません。すみませんでした」

「二人は順調に会えたの」

 その質問に、茜音が苦笑した。

「後から知ったんですけど、健ちゃんはずっと場所を知っていたそうです。でも、わたしは全然知らなくて……。本当に日本中走り回って、でも見つからなくて、もうダメだって思ったときに、健ちゃんが託してくれた手紙が、本当に奇跡みたいに受け取れて、行くことが出来ました。あの手紙が無かったら……、きっと今、わたしは生きていなかったと思います……」

 会場は静まりかえっていた。思い出したに違いない。茜音が入所した当時、両親を亡くしたショックで言葉を話すことも出来なくなったこと。寂しさのあまり、外で一晩泣き続けて朝になって園庭の隅で保護されたりと、茜音は何度もその不安定さから心配されてきた。

 それが、同い年の健という存在によってゆっくりと立ち直った。

 だからこそ、園内の例外を作ってまで、この二人にはいつまでも一緒にいてほしかった。あれだけ大騒ぎになった駆け落ち事件について誰も怒らなかった。

「茜音ちゃん……、よかったね。頑張ったね」

「はい……」

「今は幸せになれた?」

「はい……。今は幸せです。一応ね、わたしの両親には紹介してあって、ちゃんとお付き合いもしています。まだ健ちゃんもわたしも学生なんで、落ち着いたらって思ってます」

「すごぉい!」

「健! 絶対に茜音ちゃん幸せにしろよ!」

「そうよ、こんな一途な子、二度と現れないからね」

「はい。みんなの前で誓います。必ず茜音ちゃんを幸せにします」

「健ちゃん……」

 隣の健を見ると、手を握ってくれた。

「二人とも、誓いのキスは?」

「えー?」

 再び顔が真っ赤になった二人だが、アルコールも入っている会場のキスコールが収まらない。

「いいよ……?」

「じゃぁ、ちょっとね」

「うん……」

 目を閉じて、顔を上向きにする茜音。

「やっぱり茜音ちゃん可愛い!!」

 そんな歓声の中、柔らかい感触をお互いの唇に刻み込んだ。




「それじゃーね」

「結婚式は呼んでくれよ?」

「ありがとうございましたぁ」

 夕方に会はお開きとなり、それぞれが手を振りながら自分の場所に帰っていく。

「菜都実、貸切なんてありがとうね」

「可愛かったよ。茜音のキスシーンなんて見られるもんじゃないしさ」

「もぉ、みんなそればっかりぃ」

「みんな、二人には幸せになって欲しいのよ」

 里見が後ろから荷物を持ってきた。

「ダメですよ、重い荷物持っちゃ」

「大丈夫。もう終わったよ」

 持ってきた物を健と里見の車に分けて積み込む。「そうそう」と言って、茜音の手には渡っていなかった例のアルバムを渡してくれた。

「あの当時、茜音ちゃんが来てくれなかったら、ときわ園の閉園アルバム作ろうなんて思わなかったわよ」

「ありがとうございます。じゃぁ、次は明日の夕方にお手伝い行きますね。今夜は里見さんは?」

「今夜は彼のところに行くわ。旦那さんって言ってもいいけどね。健君も今夜は茜音ちゃんとゆっくりしたいでしょ?」

 先に手を振って里見が出て行った。

「茜音、これさ、二人で食べて。いつも手伝いありがとうって、父さんから」

 テイクアウトの容器に料理を詰め込んだものが3つ、袋に入っている。

「ありがとぉ。これなら買う必要なくなったねぇ」

 夜の部に手伝いに入ってくれる佳織にも見送られて、ウィンディを後にした。

「ねぇ健ちゃん?」

 さっきの会でみんなと話していたことを振り返りながら車を進めた。

「ん?」

 ハンドルを握りながら、茜音に答える。

「健ちゃん、さっきあんなこと言ってくれたけど、本当にわたしでいいの?」

「前も聞かれたけど、茜音ちゃんはどうなの?」

 左手で茜音の右手を持って、港を見下ろす公園の駐車場に車を止めた。右側に横須賀、左奥に横浜を見下ろした夜景がきれいだが、住宅地の中の公園のためあまり人が来ない。

 いつも、横須賀のお店や茜音の実家から下宿の家や珠実園などに移動するときに休憩する場所になっている。

「わたしは……、健ちゃんしかいないよ。でも、こういうのってきっと重いって思われちゃうかもしれないし」

「うん?」

「きっと、同い年の人に比べたら、子供っぽいし、胸もないし……」

「気にしてるの?」

「昨日ね、里見さんに髪型も見てもらったんだけどね、健ちゃんに気に入って貰えるか分からないし、どんどん分からなくなっちゃって」

 いつも左右に下げている三つ編みを後ろに持って行き、その2本をヘアゴムとリボンの付いた髪留めでまとめてやる。それだけでも、ぐっと大人っぽく変わるのだけど、これまでヘアスタイルを滅多に変えたことがないだけに、自信がもてない。

「茜音ちゃん……」

 それだけ言うと、両腕で茜音は抱きしめられた。

「はぃ?」

「可愛いよ。茜音ちゃんは。誰にも渡さない」

「健ちゃん……」

 顔を上げると、健も切なそうな顔をしてた。

「僕も、茜音ちゃんがどんどん可愛くなって、素敵な女の子になっちゃうから、気が気じゃなくて……。絶対に茜音ちゃんを取られたくない。でも、僕は高校卒業も1年遅い。せっかく会えたのに、また離れちゃうのかもしれないって思うとさ」

「ううん。わたし、ここにしか居られない。他には居場所がないから、放さないで……。お願い……また一人にしないでぇ……、もぉ、やだよぉ……、寂しいのはやだよぉ……」

 すすり泣きを始めた茜音。震わせる肩を力を入れて抱きしめた。




「茜音ちゃん、これ、本当はまだ言っちゃいけないんだけどさ……」

 自信がないことを責めている茜音。健は意を決したように、彼女の両肩を持って話し始めた。

「ふえ?」

「僕は来年の春から、珠実園の管理人の勉強に入るんだ。だから、僕はあそこにずっといる」

「健ちゃん、それって、健ちゃんが園長先生になるってこと?」

「そうなるのはまだ先だけど、将来はそうしたいみたいだよ。だから、その時に誰が必要か言って欲しいって言われたんだ」

「うん」

 昨日、里見にも言われていた。最近は健が研修に多く出ていると。きっと何かが動き始めるにちがいないと。

「だから、里見さん、未来ちゃん、そして茜音ちゃんは絶対にって。園長笑ってたけどさ。あと、ときわ園の仲間も何人かね。だから、僕の将来には、茜音ちゃんがいてくれないと困るんだ」

「わたしで役に立つ?」

「茜音先生はもう合格だよ。みんな認めてる。そのままでいいんだ」

 幼稚園の教員資格や、セラピストなどの資格を持てば、傷ついた子どもたちの役に立てるかもしれない。そんな思いを持って選んだ進学先。

 健はその茜音を彼の設計図の一番真ん中にすでに据えていた。

「あとさ……。僕の隣にずっといてくれないかな……」

「ほんと? 本当に一緒にいてもいい?」

 涙でいっぱいの目で上目遣いに見上げる。こんな女の子を目の前にして、平常心を保っている方が難しい。

「うん。茜音ちゃん、時期が来たら結婚しよう。これ、それまでのお守りと男除け」

 上着のポケットから、小さな箱を取り出して、涙で濡れている左手の薬指に細いリングをはめた。

「だめだよぉ、こんなに高いものだよぉ」

「大丈夫。シルバーだから。それにお揃い。本物のエンゲージリングはもうちょっと貯めてからね」

 二人の同じ指に同じリングがはまった。

「ううん。これでいい。嬉しいよぉ。うん……。はぅぅ、ごめん……。涙が……止まらない……」

 一生懸命に笑顔を作ろうと頑張っても、目尻から次々に滴がこぼれた。

「もう、茜音ちゃん……」

 再び、彼女の唇を奪った。さっきとは違ってしょっぱい涙の味がする。

「ほら、クリスマスだよ。もう泣かない。ね?」

「うん、泣かない……。頑張る……。サンタさん来てくれたぁ。あっ、雪だぁ」

 窓の外にちらちらと白い物が舞っている。天気予報は悪くなかったので、一時的なものだろう。

 車の外に出て、展望台に走っていった茜音。

 眼下に見える夜景に白い影が舞い降りる。

「健ちゃん……」

 こんな寒さだ。二人の他は公園に誰もいない。

「なんだい?」

「今日をね、ちょっと気が早いけど、わたしと健ちゃんの婚約の日にしようよ。絶対に忘れないよ?」

「毎年ケーキが2個になりそうだなぁ」

「うん。まだまだ未熟者ですけど、よろしくお願いします」

「こっちこそ、よろしくね」

 白い天使たちが見守る中、二つの影が再び一つに溶け合った。


[付随エピソード]


【茜音 短大2年&未来 高2年 秋】



『おめでとう未来ちゃん。櫻峰の後輩ができたよぉ!』

 珠実園で、生ける伝説と呼ばれている先輩から合格のお祝いを言われたっけ……。

「……だとしても……、そんな無茶なぁ~」

 あれから1年半。田中未来は教室で頭を抱えていた。


 別件の用事を片づけて教室に帰ってきたときに、黒板に書かれていたのは、学祭のクラス監督にされていたこと。

「田中にしかできない大役だから頼む」

「勝手に決めるの禁止~!」




 未来は奨学生として、入学後も努力を続けていた。

 模試でもトップクラスの成績を修めているし、誰からも認められている性格や立ち振る舞いは、中学の途中までの彼女を知っている者からすれば、同姓同名の別人に見えただろう。

 そもそも、中学生の頃とは見た目も一変させていた。ショートカットだった髪型は、今では長く伸ばして両側でツインテールにしている。

 目元が柔らかい表情になったことや、制服をきちんと規定通りに着こなしているなど、見た目ではアイドル顔負けという評判も高い。

 決して驕ることもなく、3年生の先輩にも、1年生にも分け隔て無く丁寧に接する姿は、来春は3年生での生徒会長への推薦も十分に行けるという声もある。

 そんな彼女が頭を抱えていた櫻峰高校の学校祭は9月に行われる。

 3年生はそれが終わると受験勉強が本格化するのだけど、以前からその負担が懸念されていて、3年生はクラス参加は任意になっている。その分の負担を未来たち2年生が負わなければならない。

 その年のテーマが、本気かおふざけからか、『物語の世界を体現してみること』ときたもので、このクラス担当にだけはなりたくないと誰もがヒヤヒヤしていたものだ。

 2年生はアトラクションでも飲食提供でも、全学年で一番選択肢は多い。

 さて、一番の問題はそのテーマ選びだ。

 今から3年前、あるクラスで喫茶室を模擬店として出したことに起因する。

 教室内の装飾だけでなく、全員の衣装を『不思議の国のアリス』イメージで統一したことから、その年の展示コンクールの大賞を取っている。

 これをいかに超えるかが、毎年の実行委員は頭を悩ませていたし、毎年どこかのクラスが果敢にも挑むのだが、なかなか上手くいかない。



『へぇ、今年はアリスでやるんだぁ』

『お皿とかも、お店の備品使えば行けるっしょ……、って、なによこの危ない視線は……?』

『ふぇ?』

『よし、決定! アリス役は片岡で確定な。あとの配役は近藤と上村との三人で好きに決めてくれ。デザインも任せる』

『えーっ!?』



 当時の教室でのこんなやり取りもあったという。そう、この当時、全校生徒で唯一のはまり役が存在した。

 原作があまりにも有名であり、そのビジュアルも重要視される中において、このクラスにはたった一人、あの幼い風貌のエプロンドレスを着て主役を張れる生徒が一人だけいたから。

 そして、彼女たちはクラス全員分の配役を決めて衣装を作ってしまった。見事な世界観の演出に、結果は誰もが納得のぶっちぎりだったという……。



「田中、何を頭抱えてるんだよ」

「だって、あの人たちを超えるのはちょっと無理だよぉ」

 隣の結城(ゆうき)翔太(しょうた)に言われて、未来はため息をつく。

 彼は1年生の頃からのクラスメイトだ。同じクラスになって、いろいろと話しかけてくれたことから、自然に距離が近くなった。

 そんな二人だから、未来がクラスの担当に決まったときも、自然にサブ担当となってはくれたのだが……。

 未来は参考にと卒業アルバムに載っているその時のクラス写真を見ながらため息を抑えられずにいた。




 写真の中央で、アリス役のエプロンドレスを着て座っている女生徒は、恐らくここで名前を出せば、教室の女子はみな知っているだろう。

「『あの人たち』って、田中はこの先輩たち知ってるのか?」

 未来はその返事に一瞬窮した。

 もちろん、この中心になった三人はよく知る人物だ。

 しかし、彼女たちとの経緯を話すには、どうしても自分のプライベートを話さなければならない。

「あとで、ちょっと相談するよ」

 なんとかその場を凌いだ放課後。未来は翔太を呼び出した。

「あのね、これから話すこと、内緒にできる?」

「田中……」

 真剣な未来の顔に翔太はゆっくりと首を縦に振った。

「本当はね、知られたくはなかったの。私と姉さんのこと……」

「姉さん?」

「結城君も知ってるよね? この高校にある恋愛の伝説って?」

 男子である翔太も知っている。この高校は時々ドラマの撮影などでも使われるほどの立地と校舎環境から、大小さまざまなストーリーが伝わっている。

 最近で最大級のものは、10年越しの初恋を成就させたという先輩の話だ。

 幼い頃に結んだ約束を守るために、校内での告白などを全て断り続け、難攻不落と呼ばれていた一人の女生徒。

 最終的にはその約束を見事に達成して、櫻峰高校で一番のシンデレラストーリーと呼ばれている。

「カタ……なんとか先輩って言ってたよね」

「うん。片岡茜音先輩。すっごく素敵な人なの。私、負けちゃったけどね」

「そんな、なんでそんなことになって?」

「ううん。それは私が悪いの。私が勝手に先輩の相手の兄さんのこと好きになってたから。でも、兄さんは茜音さんのことをずっと見てたの。最初から相手じゃなかったんだよ」

 ライバル関係になろうと思ってすぐに、未来は茜音に命を賭けさせてしまった。それなのに、あくまで自分を責めなかった茜音と、健の二人の想いの深さを知った。

「結城君、私はね、本当はこの高校に来られるような家じゃない。ううん、家すら無い。その茜音先輩も、辛い思いをたくさんして、たった一つだけ残ったのが、10年越しの初恋だったから。本当は伝説になんかなるはずじゃ無かった。私たちが一日元気でいられるためのおまじないみたいなものだったんだよ」

 翔太にとって、彼女の身の上は初めて聞いた。

 生まれたときから児童福祉施設で育ったこと。来年、高校を卒業すれば、施設を出て独り立ちしなければならないこと。

「だから、私の片思いも、今日でおしまいかな……」

「田中……」

 俯いた未来を抱きしめる。

「心配するな」

「えっ……?」

「そんなことで、田中を嫌いになるなんてないぞ」

 恐る恐る見上げると、恥ずかしそうに笑っていた。

「嫌いだなんて、好きにもなれていなかったのに?」

「言い遅れた……。田中、俺さ……」

 真っ赤になる翔太の唇の動きを見て未来も笑う。

「いいの? このまま好きでもいい?」

 肯いた翔太に抱かれて、未来はすすり泣いた。

「田中、俺が泣かしたみたいじゃん? それに、田中の家の問題とかは落ち着いたら必ず相談に乗る」

「うん」

「とにかく、今の俺たちに課された問題を片付けよう。その、片岡先輩は、田中がすぐに会えるのか?」

 ようやく話題を元に軌道修正して、翔太は未来に問いただす。

「うん、あのアリスをやった先輩が片岡先輩たちなんだよ。だから、相談してみようと思って」

「そう来たかぁ」

「だって、これを超えるには、本家本元の力を借りないと無理だよ」

 きっと、あの先輩たちなら面白がっていくらでも話に乗ってくれそうだ。

「明日の土曜日、時間空いてる?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、明日その相談しよう。場所はまた携帯にメールするよ」

「分かった」

「ありがとうね……」

 顔を赤らめて走って行く未来を翔太は見送っていた。