辺りが暗くなっていくなか、お互いの存在を求め合う。4年ぶりの吐息を逃がすまいと両腕を背中に回した。
「ねぇ……、やすはあのあと、誰とも付き合わなかったの?」
「できなかったよ。菜都実は?」
「あたしは、もともと白い目で見られてたり、噂もいろいろ流されちゃったし。そんなのに手を出してくる男子はゼロ。本当にあたしに声がけしてくれたのは、佳織だけだった。自分だってターゲットにされちゃうかもしれないのに。茜音もそう。嫌われてもいい覚悟で話したのに、逆にあたしが励まされちゃって。この旅行、あたしが大泣きしてもいいようにって、茜音の人選だよ。あの二人はあたしの特別。男子はいないよ」
高校、そして専門学校と進むにつれて、どうしても年頃の女の子たちの中では色恋沙汰の話が飛び交う。
「そうだったんだ。その間、ありがとうともごめんって言うことも出来なかったけど」
「そんなのいい。でも嬉しい。結局あれから一度も、誰ともない。やす意外に考えられなくて……」
中学での噂や、彼女の性格から連想されてしまいがちな男性向けのイメージとは全く逆で、『難攻不落』と言われ続けた茜音にも匹敵する信念の持ち主であることは、ほとんど知られていない。
「だから……、いいよ……。4年ぶり」
「菜都実……?」
「やすだって、想像はしてたんでしょ?」
そんな菜都実の髪をくしゃくしゃにすると、再び車に戻った。
「どうするの? おうちに戻る?」
「家じゃなぁ……」
宮古島に戻って、普段暮らしている平良地区を離れる。
空港近くのビジネスホテルに部屋を取る。
「大丈夫? こんなことして?」
「もう学生じゃないんだし。俺にも彼女いますって言ってもいいさ。いくら狭いって言ったって、全員が顔見知りってわけじゃない」
途中のスーパーで買ってきた弁当で夕食にする。
「やっぱり、あの食事一回食べたらダメだぁ」
「比較する方が間違ってるだろう」
笑って流しても、それは保紀にとって最高のほめ言葉になる。
「やすがどういう将来を持っているのかまだ聞いてないけど、たまにはああいうご飯作ってくれたらいいなぁ」
「毎日でも頑張るさ。先にシャワー浴びてきちゃいなよ」
その意味に気づいた菜都実はにっこり頷いてバスルームに消えた。
「ねぇやす……」
「うん?」
室内はもう暗い。3階の部屋のカーテンは半開きだが、そもそも周辺に高い建物がない上、室内が暗いので外から見られる心配もない。遠くの方に空港の明かりと時々通る車のライトが見えるだけだ。
「あたしたち、どこからやり直す?」
「そうだな。メールで友だちからってわけにはいかないよな」
「そうだよね。どこがいいんだろう……」
ベッドに入っている自分たち、シャワーあがりで着ていたバスローブでベッドに身を寄せている。
お互いの体温が感じられて、すでに泣きそうになっている。比較したこともないけど、他の人ではダメなんだと。
「菜都実は後悔しない?」
「するわけない。あたしはやすのものって、ずっと決めてきた。みんなに迷惑もたくさんかけたけど、そんな人たちが許してくれるのなら、このまま進めていきたい。あの子のためにも……」
そのために毎月のお参りを欠かさなかった。いつかは菜都実にも子供を授かることに周囲が祝福してくれる時が来ると。空に帰った命が再び自分に戻ってきてくれること。そして、今度も父親は保紀であってほしい。
そんなことを毎月の墓前で語り続けてきた。次こそは自分の腕で抱きしめてあげたい。だから……、パパとママの準備ができたら降りておいでと。
「そうだな。そのために頑張ったんだもんな」
横須賀を離れる直前、二人で小さな白木の箱を持ってお寺に行った。中には真綿だけしか入っていない。それでも泣きながら事情を話した菜都実に住職は何度も頷いて丁寧に炊き上げてくれ、墓碑も手続きをしてくれた。そんな過去の情景が脳裏に流れる。
「うん。あそこに戻そう。やすがあたしを教室で助けてくれた日。あそこからやり直そう?」
あの夕陽に照らされた教室の時と同じ。保紀が菜都実の涙を唇で吸い取った。
「俺もあれっきり。下手って言うなよ?」
「あたしだって同じ。そんなこと言わない!」
またあの日に戻って、今度こそみんなに認めてもらえるように。
「入籍するまではもう少しかかると思うけど……」
「それでいいよ。あの紙にあたしの名前書いて帰るから預かっていてね。出すときは二人で出そうね」
「俺の予約伝票だな」
笑いながら保紀の準備をするのがあの4年前とは違う。もう失敗したくない。焦らず一歩一歩進んでいくために必要なこと。
「菜都実……、ずっと会いたかった……」
「やす、おかえりなさい……」
彼の背中に両腕を回し、菜都実は耳元でささやいた。