菜都実は、辛気くさくなってしまった空気を振り払うように続けた。
「でも、そのあとに佳織が声をかけてくれたんだ。ちゃんと覚えてるよ。あたしとやすのことは学校中で噂になっていてね。でも佳織はそのことは一切触れないでいてくれた。おかげで、あたしも元に戻れたって言うかな。高校もダメかなって思ってたんだけど、佳織が一緒に教えてくれて、合格できて、高校では茜音にも会えた。だからあたしは大丈夫」
一見、三人の中で一番悩みがなさそうだった菜都実。妹を失うという悲しみを経験する前から、彼女自信が命の十字架を背負っていたということに、茜音は衝撃を抑えることが出来なかった。
「茜音、佳織も……、あたしのこと軽蔑するならしていいよ。みんないろんな噂だけでも離れていったし。でも、二人にはちゃんと話しておく必要があるかなって。あたしたちみたいになっちゃいけないって」
「ううん……。頑張ったね。偉いよ菜都実はぁ」
茜音は菜都実の手を自分の両手で包み込んだ。
「どんなことがあっても、菜都実は立派なお母さんだよ。そりゃね、確かにちょっと早すぎたと思う。でも、今でもちゃんと覚えていてお参りしているんだもん。すごいよ。わたしはそんな菜都実を尊敬しちゃうよ」
「菜都実、辛かったでしょう……。話してくれてありがとう。私はその事が嬉しい。来月から行く日を教えて? また三人で行こうよ。お母さんはまた会える日を楽しみにしているって教えてあげなくちゃ」
二人はそんなことくらいでは動じたり離れていかない。菜都実が償いを今も続けていることは、失った命に対する責任をとっている証しなのだから。そんな友人を独りにしない。
「二人とも……。ありがと……」
空いている方の手で目のあたりをこすり、口調をいつものように戻して続けた。
「でもさ、茜音みたいに連絡が取れない訳じゃないんだ。ちゃんと年賀状とか誕生日とかには手紙くれるし。あたしもそれに返してるし」
「え? そうなんだぁ。じゃぁ行方不明って訳じゃないんだ?」
「うん。でも、実際に会うとなるとまだダメ。何となくだけどさ」
「そっかぁ。でも、いつまでもそのままでいいわけじゃないよね」
「まぁね。なんか、二人の前で泣いたらすっきりした。ありがとね」
「お役に立てたかなぁ? 逆に傷口を無理やり開くようなことを聞いちゃった気がするんだけど……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。今日は本当にゴメンね。学校が始まってもお店で待ってるからさ」
「う、うん」
「じゃぁ、また次のバイトの時間によろしくー」
そういって菜都実は二人に手を振って信号を渡っていった。