何かの成績がいい、彼氏がいる……。
菜都実は幸か不幸か、本人が気にすることもなくその両方を持ち合わせていた。
確かに頭の方は正直言ってあまり自慢は出来ない。しかし中学在学中の各スポーツ大会での成績はその不足を補うには十分だったし、秋田保紀《やすのり》という小学校からの幼なじみの存在は、誰の目から見てもお互いが特別な存在であることは明らかだった。
「あーあ、今日はどうなってるかなぁ」
当然、教室の電気は消えている。小さくため息をついて取っ手に手をかける。
「あ、お疲れ」
「ひぇっ」
誰もいないと思っていた教室の中から声が聞こえ、ビクッとする。
「そんなに驚かないでよ」
「え? やす…?」
目をこらすと、自分の席のところに保紀が座っていた。
「もぉ、脅かさないでよ。でも、こんな時間までなにしてたの?」
「図書館で調べものしてた。菜都実だって、こんなに遅くまで」
「あたしは居残り。大会も近いしさ……」
「ほんとに?」
保紀に顔をのぞき込まれ少し俯く。
「今日も、バラバラにされてたからさ、ちゃんと戻しておいた。大丈夫だと思うけど中身確認してよ」
机の上に載せられている自分の鞄。ここ数日これがまともに乗っているなんてことがなかったのに。
保紀に言われたとおり、中身を確認する。自分が入れた順番とは違っていたが、中身はちゃんと戻されているようだ。きっと誰もない教室の中でずっと探し集めてくれていたに違いない。
「ごめんね……。やすにも迷惑ばっか……」
「こんなことでいいのか?」
保紀の言葉には怒りすら感じられていた。
「いいよ。あと半年。あたしは大丈夫。あたしが次の大会で優勝でもすれば、やすとつき合っていたからなんて言われないし。そうすればやすだって何も言われなくなるよ」
直接は知らされていないけれど、この陰湿な状況は自分だけではなく、保紀にも及んでいることは十分考えられた。
「俺も大丈夫。菜都実こそ我慢しないでいいんだよ」
「ごめん……。ぇっ?」
汗ふきのタオルで顔を覆った時、後ろ側から抱きしめられた。
「ダメだよ。ここ教室だよ……?」
「もう誰もいないよ。それに、そんな泣き顔のまま菜都実と帰りたくないな」
しかたなく、菜都実は体の向きを変えた。
「やっぱり……」
保紀が菜都実の顔を見ると、既に彼女の目は充血で赤くなっていた。
「菜都実をこんなに……、しやがって……」
今度はさっきより強い力で抱きしめられる。
「うぅぅ……。ふぇ?」
保紀は突然、菜都実の唇をふさぐ。
「ごめん、こんなことしか今の俺に出来ないけど……」
それには返事をせず、菜都実は彼の誘いに応えることにした。
無意識のうちに繋いだ二人の手が、体操着の上からでも分かる柔らかい菜都実の膨らみに触れる。自分の心臓が全身に伝わるくらい大きな音を立てている。
自分達が初めてのキスをしたのは中学1年の時だ。
それまでの遊び相手という関係から、気になる幼馴染みにシフトして、少しずつ、たった一人の特別な存在に変わっていくまでそれほど時間はかからなかった。
誰にも教わったわけでない。それでも色々とこの年齢ともなれば興味本意で入ってくる情報は思春期の二人を少しずつ先に進ませるには十分すぎる。
「暖かいな、菜都実……」
菜都実にも、保紀が何を望んでいるのかは、2年生の時から少しずつ、何度か経験していることだから分かっていた。
「ここ、学校だよ……?」
陽はすっかり落ち、窓から見える範囲には明かりがついている部屋は見えない。職員室からこの教室は見ることが出来ないから、二人の生徒が残っていることも遠目には分からないだろう。
「もう俺たちしかいないよ」
「それもそうか」
他の生徒の荷物が残っていないことを確認してから、二人で教室の鍵を内側からかける。
「もぉ、やすも気が早いんだから……」
少し笑うと菜都実は保紀に自分の重みを預けた。