帰国する空港を当初の予定から変更し、そのまま姿をくらませた二人。
「まったく、二人ともよくやるよ。いいとも。ここなら誰も来ることはないからね。好きなだけ過ごしていてくれ」
楽団でも世話になっており、二人を極秘に出迎えた小峰は自身の別荘に二人を連れて行った。ここならば二人の練習にも、成実の身の安全にもちょうどいい。
国内での復帰公演を準備する秀一郎のもとに、電話が入った。成実からだった。
「秀一郎さん、今度のお休みの日、病院に一緒に来てくれませんか?」
成実と訪れたのは、町の産婦人科。
「お二人は、このあとどうされますか?」
診察を終え結果を告げた医師は、まだ二人とも未婚だと知って今後に向けての面談があった。
父親としてこの子を認知するか、その結果によって、お腹の子をどうするのかといった内容だ。
「私一人でも産みます。産ませてください」
「結婚します。この子は間違いなく僕の子です」
二人の答えがあまりにも即答だったので、医師は目を白黒させ、事情を聞くと大きな声で笑った。
「なるほど。お二人とも強攻策ですな。でも、そういう時はご両家からの援助が受けられないことも多い。お二人はお子さんを守っていけますかな?」
「はい」
二人は手を重ねて肯いた。
しかし、初孫が生まれると知っても、二人の周囲は厳しかった。秀一郎の籍は佐々木家から外されていた。
成実の家からも、飛び出した子に縁はないとも言われた。
「これでいいんだ。これならもう誰も関係がなくなる。成実とこの子を守っていけばいいんだ」
小峰の厚意で出産が落ち着くまで別荘を借りることにし、生まれてくる子のために住民票なども移した。
秀一郎はそこから新幹線で仕事に出かけ、成実はそのときを静かに待っていた。
こうして9月10日の夕方。誕生を待ち望んだ両親の腕に抱き抱えられたのが二人の長女、佐々木茜音だった。
「茜音ちゃん……」
静かに日記のページを閉じる。
大きなため息をついて、よろよろと立ち上がった。
「ごめんね。ちょっと一人になってもいい? 危ないことはしないと約束するから」
「うん。分かった」
こんなとき、健は彼女が自分から話すまで深く追及はしない。茜音がどこに行くかは大抵決まっていて、家の一番奥にある防音の練習室だから、落ち着くまでそっと見守ることにしている。
「……ごめんね、パパもママも……」
幼稚園の敬老の日に、誰もいないことをからかわれたことがある。
茜音のおじいちゃんとおばあちゃんは遠くにいるとママは言っていた。きっと自分に伝えることも辛かったに違いない。
これなら、あの事故があって、自分が無事だと報道されても誰も名乗り出ない理由もわかる。
そうなのだ、わたしは……。