「そんな連絡が入ったのねぇ……」

 日中の仕事を終えて、珠実園の子どもたちの宿題を教え終わった後、宿直室で茜音は健から電話の中身をもう一度聞いた。

「今ごろ出てこなくてもなぁ……」

 連絡は先日のテレビ局からだった。交通孤児となって片岡家に迎え入れてもらえるまで、身寄りのいなかった茜音に、親戚だというものから連絡が入ったという。

「片岡のご両親は、茜音ちゃんの気持ちに任せると言っていたよ。引き取るといっても今の茜音ちゃんにはきちんと家族がいるんだから」

「うん。分かってる……。でも……」

 茜音には、そもそもこんな話を聞く前から分かっていた。どこかに自分よりも少し大きな女の子がいる親戚がいたはずだと。

 それは、今でも大切に保管されている幼い頃に着ていた1着の服だった。

 茜音と健が施設を飛び出した8歳の駆け落ち劇でも着られていたそれは、茜音の母親の手作りだ。でも、事故当時の茜音は5歳だったから、事故当時ではサイズが合わない。

 まさか3年後を見越して作ったとは思えないから、これを渡すはずだった相手がいたことになる。

 茜音が生まれ育った佐々木家は横浜だったから、北海道に友人がいたとするより、親戚筋だと考えた方が妥当だという推論を持っていた。

「健ちゃん、ごめん。ちょっとその件は保留してもらっていいかな。ちょっと調べたいことがあるの」

「うん、わかった。茜音ちゃん?」

「うん?」

「無理しちゃダメだぞ? 茜音ちゃん一人が被る問題じゃない」

「ありがとう。ほんと、健ちゃんには迷惑かけてばっかりだなぁ」

 力なく宿直室を出て、茜音は住居棟の屋上に出た。もともと山の上に建てられたホテルのあった場所なので眺望は良い。港の夜景を遠くに見下ろしながら、ベンチに腰をかけて自分のスマートフォンを取り出す。

「もしもし、佳織(かおり)?」

『茜音? 久しぶり! どうしたの、声に元気ないわよ?』

 さすがだ。一緒に青春時代の一番楽しい時間を駆け抜けた親友に空元気は通用しない。

「うん、実はちょっと調べてほしいことがあるんだぁ」

 佳織に今回のことを手短に話す。そして続けた。

「わたしも、まだどうしていいか分からない。でも、どこかにヒントはあると思うんだ」

『なるほどねぇ。いいよ。すぐ調べてあげる。実習にちょうどいいや』

「ごめんね。お仕事だからお金も払うよ。事務所の先輩さんたちにも迷惑かけちゃうから」

『茜音からお金なんてもらえないよ。任しといて。分かったらすぐに連絡する。今度遊びに行くからね!』

 佳織との電話が切れて、茜音はひとつ肩の荷が下りたように感じた。




「茜音ちゃん……、少しは休んだら?」

 日曜日、健は夜通し部屋にこもっている茜音に朝食を持ってきた。

「うん、時間が無いからごめんね……」

 部屋の中は資料が散乱している。

「お母さんが心配してたよ。急にこんなことになってって」

「佳織が週明けには結果を持ってきてくれるはずだから、それまでにこっちも見つけたいの。それまでは頑張る」

 昨日の夜、今の茜音の両親である片岡の夫妻が資料を持ってきてくれた。

 佳織に電話をしたあと、彼女は家に電話をして、母親に当時の新聞のコピーを頼んだのだ。

 当然そんな古い新聞は紙媒体で残っていないから、マイクロフィルムの縮小版かデシタルデータでの保管になっているので素人では扱えない。しかし、図書館の司書として働く彼女なら可能だと思い出した。

 娘の頼みとはいえ、生々しい記事を渡すことに迷いもあった。それでも、真剣な茜音の口調に負けて、探し出すことを約束した。

 仕事になればさすがはプロだ。僅か一日で茜音の元には膨大な新聞記事が届いた。

 この中から、茜音の名前が出ている物を拾う。

 その作業を昨日の夜から健にも手分けをしてお願いしていた。

 蛍光ペンでマーキングをしながら、当時、茜音が事故の数少ない生存者として、何度も紙面に名前が出ていることに健も気付いていた。

 そして、その日の夕方には二人の結論も揃いつつあった。

 よほどのことが無い限り、「佐々木茜音が無事に救出された」ことは、仮に親戚であればその時から知っていたことではないかと。

 それならば、なぜ当時に申し出をせず、今この時期になってという理由を推測するしかない。

 そして、ついにその答えの一部を茜音は練習室の奥に束ねられていた大学ノートのなかから見つけてしまった。