茜音の一家が飛行機事故に遭ったのはもう17年前の話だ。

 事故の検証や遺族の証言などを集めている中で、助けられた生存者を探していた。

 茜音の両親は当時から世界的に著名な演奏者として名前も挙がっている。その娘が助かっていることは当時の記録にも残っているものの、彼女の足取りは忽然と消えていたからだ。

「ちょっといいですか? 私の一存では決められないので……」

 茜音は内線で園長室を呼び出した。

「ごめん、来てもらってもいいかなぁ?」

 電話の主はすぐ行くと言ってくれ、間もなく二人の男性が入ってきた。

「おや、小峰さん。これはどうも」

 入ってきたのは、珠実園の園長先生と松永健の二人だった。

 もちろんこの二人とも、小峰氏のことはもちろん知っているし、一時的には茜音の保護者でもあったわけで、これまで茜音をメディアに出さないようにしてきた二人の意見が聞きたかった。


 取材の趣旨を聞いた二人も唸った。

 番組は非常に真面目な物だったし、それを否定したりはしない。

 心配しているのは茜音のメンタルだ。

 茜音が事故後、初めて当時の施設、ときわ園にやってきたとき、彼女は言葉を発することが出来ないほど傷ついていたからだ。

 両親を失い、親戚が誰も迎えに来ないことを絶望したこと。また周囲の好奇の目に晒されて、子供らしく笑うことすら出来ず、小さくなって怯えていた。

 園長先生と同い年の健が中心になって、それこそ総力戦で必死に茜音の笑顔を取り戻した。

 そして、ようやく一人の女性としての幸せを手に入れられるところまで持ってきた。

 ここで対応を間違えば、また茜音を突き落としてしまいかねない。

「どうする? 珠実園としては取材そのものは構わないけど、茜音ちゃんの気持ちだよ」

 しばらく考えて、茜音はとうとう口を開いた。

「分かりました。でも、スタジオはごめんなさい。事故の後や両親についてはお話しします。あとは、お仕事中の撮影は、子どもたちのプライバシーをちゃんと守ってあげてください」

 当日、内容については別途打ち合わせということで、その日は切り上げることになった。




「茜音ちゃん、本当に大丈夫?」

 こちらも仕事を終えた健と車で二人の家に帰る。もともとは茜音が事故前に佐々木家の一人娘として両親と暮らしていた場所だ。

 茜音を最後に施設から引き取り、片岡家の家族として迎えてくれた両親は茜音が遺産として引き継いだ彼女の生家と財産には手をつけず、18歳の誕生日に返した。

 そのおかげで茜音がまだ社会人2年目でありながら戸建ての家に住める理由だ。

「うん、迷ったんだけどね。珠実園の子どもたちにも、『あかね先生もこんなだった』って説明する必要もあると思うし。あの子たちがこういう生き方もあるって知ってもらえるようになれば、それでもいいかって思ってね」

 もう自分は誰かを導く立場になっている。特別なことは出来ないけれど、自分の半生を話すことくらいはしてもいい。

「強くなったんだねぇ」

「ううん、違うよ。わたしには健ちゃんっていう帰れるところができたから。だから、弱虫な茜音はそのまんまなの」

 以前なら、あの話題を持ち出すことすらタブーになっていた茜音。長い年月を経た今でも、決して忘れている物ではない。それでも少しでも前に進みたいと努力を続けてきた彼女の気持ちを健も解っている。

「辛かったら、当日でもストップをかけるから。無理はしないでね」

「うん、ありがとう」

 いつものように、茜音は健の手を握りながら床についた。