【茜音 短大2年 冬休み】




「それでは茜音(あかね)ちゃん、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 職員室の中で拍手が自然に湧き上がった。

「これまで、いろんな職員の面接をやってきたけど、こんなのは初めてだったな」

 児童福祉施設、珠実園(たまみえん)の職員室では和やかな空気が流れていた。

 片岡茜音、短大の2年生の冬になっていた。就職活動への動きも本格化する夏休みを過ぎてから、彼女はそれまでの気持ちを総決算するように、整理を始めた。

 児童福祉施設に就職したい。それは茜音が進路を考え始めた頃からの基本ライン。

 幼くして交通事故で両親を亡くした彼女もこういった施設で一時期を過ごしており、その重要性の理解は人一倍進んでいる。

 高校での長期休暇で課される各種ボランティア活動においても、毎回このような施設に参加していた。

 そして、大人側の偶然ではあるが、高校3年生の夏に、茜音はある施設に派遣された。

 それがこの珠実園だった。ここには、茜音と幼い頃に一緒に過ごし、将来を誓った松永健が暮らしていた。

 そして、彼は高校の卒業を機に、この施設を運営する側になるための道を進んでいた。

 一方の茜音は、職場はどこになろうとも、こういった施設の力になれるように、幼児教育の教員資格や、心理学などの勉強を続けていた。

 その必要性は彼女自身の経験から必要な物だと感じていたから。



 誰もが信じることかできなかった10年後の再会の誓い。奇跡とも執念とも言える再会を果たし、直後のボランティア活動以来、公私共に少しずつ接近してきた茜音と健。

 前年の冬休みから、二人はお互いの将来を真剣に話し合ってきた。

 幼い頃、大きくなったら二人で手を取り合って生きていこうとの誓いは今でも有効だったし、それに向けての準備は少しずつ進めてきた。


 
「就職は、茜音先生として来て欲しい」

 その時は、恋人としてではなく、珠実園の次期園長としての健の言葉をありがたく暖めながら、一方で自分がきちんと役に立てるようになるまで、待って貰っていた。

 心理カウンセラーに加えて、ついに幼稚園教員免許も手に入れるための単位や試験も全て習得し終えた。

 これで子供たちの役に立てるようになる。

 学校に上がれば、最低限の知識はつけられる。

 問題はそれまでの期間で、幼稚園や保育園に入るまでに時間もかかるし、複雑な事情からなかなかすんなりいかないことも多い。

 茜音は自分が教員資格を持てば、施設の中で授業を行うことを健に提案してあったし、その期間の重要性を分かっていた彼も、その案を受け入れることを約束していた。

 そして、短大2年の夏に受験した無事に幼稚園教諭免許状の国家試験も合格。それ以外の資格も来春の学校卒業で手に入ることを報告に行った時、珠実園の園長先生は茜音と健を呼んだ。

 この園長先生とも長い付き合いだ。

 12年前、僅か小学2年で施設から抜け出し、駆け落ちをした健と茜音を叱りもせずにその後も応援し続けてくれた人物でもある。

「健君、茜音ちゃん。よく、ここまで頑張ってくれたね」

「はい……。それが、わたしたちのお詫びです」

 恥ずかしそうに答える茜音。あの時は若さだけで突っ走って大変なことをしたと、それを笑い事にしてくれた園長先生には二人とも感謝している。