「神賀龍輝は知ってるみたいだね、
茉蕗ちゃんのこと」
部屋を出て行った、龍輝くんと北邑さん。
そのあと。
海翔さんが口を開いた。
「茉蕗ちゃんは?
知ってるの? 神賀龍輝のこと」
「……はい。
知っています」
「言ってないんだね。
神賀龍輝は茉蕗ちゃんに。
自分の正体」
そう。
教えてもらっていない。
龍輝くんから。
「……はい」
なんだろう。
複雑な気持ち。
「そうか。
なんで茉蕗ちゃんに言わなかったんだろ」
* * *
どれくらい経ったのだろう。
「緊張し過ぎていると身体に良くないよ。
これ飲んでリラックスしなよ」
気付いていた、海翔さんは。
「ありがとうございます」
受け取ったものの。
飲むことはできそうにない。
「大丈夫だよ、茉蕗ちゃん。
あっくんも神賀龍輝も慣れてるから」
和らげようとしてくれている。
海翔さんは。
「時間だって通常通り。
長いときは本当に長いから」
やっぱり。
海翔さんは余裕な感じ。
「今日はこじんまりとしているけど、
全員参加のときなんか激しいのなんのって。
パトカーのサイレンが聞こえてきたときなんか、
みんな猛スピードで逃げてさ」
えぇっ⁉
パトカーのサイレンっ⁉
海翔さんっ。
笑顔でサラッと言ったけれどっ。
何をどのようにしたらパトカーが来てしまうのっ⁉
“ガチャッ”
海翔さんの言葉の内容に驚き過ぎて。
頭と心の中がバタバタと忙しくなっている。
そんなとき。
聞こえた、ドアを開ける音が。
ということは―――。
終わったんだ、勝負が。
帰ってきてくれた、龍輝くんが。
だけど。
怖い、龍輝くんの姿を見ることが。
「総長は?」
「北邑は
もう少しあとで帰るそうだ」
龍輝くんと海翔さんの会話。
聞いている、下を向いて。
「ただいま、茉蕗。
帰ろう」
龍輝くんの穏やかでやさしい声。
「おかえり、龍輝くん」
大丈夫、きっと。
龍輝くんは。
そう思いながら。
見る、龍輝くんの顔を。
そこには。
いつも通りの龍輝くんの姿が。
そのことが。
嬉しくて。
ほっとして。
「ごめんな、
心配かけて」
龍輝くんは私の頭をやさしくポンポンとする。
「こんなところじゃなくて、
帰ってからイチャイチャしたら?
はい、これ茉蕗ちゃんの荷物」
海翔さんっ、何を言っているのっ⁉
していないよっ、イチャイチャなんてっ。
「行こう、茉蕗」
龍輝くんが私の手をやさしく握る。
「そういえば
神賀はバイクで来たんだろ」
「あぁ」
「それなら、ちょうどいいな。
茉蕗ちゃんを乗せてデートすればいいから」
えっ⁉
「今日は茉蕗ちゃんの時間を台無しにしちゃったし。
ゴールデンウィークの初日、
二人で良い思い出作りというのもいいんじゃないか」
そうだった。
今日は。
楽しみにしていた小説を買って。
カフェで読む。
そう予定していた。
海翔さんに見送られ。
外に出た、龍輝くんと一緒に。
しばらく薄暗い部屋にいた。
なので。
ものすごく眩しく感じる、太陽の光が。
「茉蕗、これ」
眩しくて目を細めているとき。
龍輝くんからヘルメットを渡された。
「安心していい、
茉蕗を乗せるんだから
しっかり安全運転する」
えっ⁉
龍輝くんっ。
普段はどのような運転を⁉
「遠慮しなくていい、
乗って」
「あの……」
「どうした?」
「……バイクに乗るの初めてで……」
正直なところ、かなり怖い。
「確かに
乗ったことがないと恐怖を感じるかもな」
龍輝くんの言葉に。
頷く、小さく。
「心配しなくていい。
茉蕗が快適に(バイクに)乗ることができるようにする」
思う、龍輝くんの言葉を聞いて。
信じている、いつも。
龍輝くんのことを。
* * *
「どうだった?
初めてバイクに乗った気分は」
「初めは少し怖かったけど、
時間が経つにつれて少しずつ気持ちよくなってきた。
風が当たる感触とか」
今いるところは。
海がきれいに見えるカフェ。
私と龍輝くんは窓際の席に座っている。
「だろっ。
最高なんだ、バイクは。
走っているときに感じる風とかさ、
やみつきになるんだっ」
珍しい。
龍輝くんが熱くなって話をするなんて。
バイクが好き。
龍輝くんの気持ち。
伝わってくる、とても。
今の龍輝くんは。
無邪気な子供みたいで可愛らしい。
……ん?
なんだろう、今の。
キュン、って。
「違うっ。
今はその話ではなかった」
龍輝くん。
突然、真剣な表情に。
「ごめん、茉蕗。
俺のせいで茉蕗に怖い思いをさせてしまった」
龍輝くん。
ものすごく申し訳なさそうにしている。
「謝らないで。
龍輝くんは全然悪くない」
「そんなことない、
茉蕗が連れ去られたのは俺のせいだ」
「俺が最近『蝮』との勝負を断っていたのは、
もう、やめようと思ったから
無駄な戦いをすることは」
龍輝くんがそう思うようになった理由。
きっかけでもあったのだろうか。
「自分の力はそういうことに使うものではない。
もっと大事なことに使う必要がある。
そう気付いたから」
それは……。
「大切な人を守る。
そのために」
どんな人?
龍輝くんにとっての大切な人。
「守りたい、
茉蕗のことを」
私のことを?
驚いた、龍輝くんの言葉に。
だけど。
それよりも。
「ありがとう、龍輝くん。
すごく嬉しい」
大きい、その気持ちの方が。
「だけど、
無理してほしくない、龍輝くんに」
思っている、そのことも。
「無理なんかじゃねぇよ。
俺がそうしたいだけだから」
龍輝くん。
いつもの穏やかでやさしい笑顔。
「それからさ、
俺の正体を茉蕗に言わなかった……言えなかったのは、
茉蕗がそれを知ったとき、
俺のことを避けるかもしれない。
だから、やっぱり茉蕗には言わない方がいいと思ったんだ」
有り得ない、龍輝くんのことを避けるなんて。
「私にとっても龍輝くんは大切な存在。
避けるなんて絶対にない」
伝えたい、龍輝くんに。
そういう思いが強かったから。
『龍輝くんは大切な存在』
そう言ってしまった、大胆に。
なんだか。
恥ずかしくなってきた、ものすごく。
「ありがとう、茉蕗。
そう言ってくれて、すげぇ嬉しい」
うわぁっ。
ものすごい破壊力、龍輝くんのピュアな笑顔。