「だけど先生たちは、
ものすごく驚いてたよね」
「先生たちにとっては、
向陽さんは校内ダントツの優等生だから」
「まぁ、確かに
先生たちが驚くのも無理はないよね。
昨日の向陽さん、
本当に別人のようだったから」
確かに。
覚えていない、全く。
昨日のこと。
まるで記憶喪失かのように。
「向陽さん、優等生過ぎるから
今までは話しかけにくいかなと思っていたけど、
昨日、向陽さんの新たな一面を知って、
人は話してみないとわからないなと思ったの。
だから向陽さんと話をしてみたい。
もしよかったら私たちと友達になってくれないかな」
「私も。
向陽さんと話をしてみたいし友達になりたい。
友達になろう」
言っている、何人かの女子たちが。
「友達になろう」
そういうふうに。
少ない方、友達は。
だから。
慣れない、積極的に関わりを求められること。
なので。
戸惑っている、少しだけ。
「そういえば、
向陽さん、
昨日は本当にかっこよかったよ。
あれは女子の私でも惚れるわぁ」
「ほんとだよね。
あのグループに臆することなく
一人で立ち向かって
負かすことができたんだから」
あのグループ?
って。
まさかっ‼
「あの《ピンク・ラビット》だよ?
『ピンク』と『ラビット』って、
可愛らしい名前の組み合わせだけど、
とんでもなく恐ろしくて厄介なグループだもんね」
やっぱり‼
《ピンク・ラビット》。
それは女子五人組の不良(?)の人たち。
噂では。
リーダーである三年生の斐涼楓さん。
斐さんは暴走族の総長と付き合っているとのこと。
定かではない、その噂が本当なのか。
それでも。
周りの人たちを脅かす存在。
それは確かなこと。
「《ピンク・ラビット》は皆に恐れられていて、
何か問題を起こしても
誰も何も言うことができないからね」
「そうそう。
先生たちでさえ何も言うことができないもんね」
みんなの言う通り。
それなのに。
勝った? そんな《ピンク・ラビット》に?
黙っているだろうか、このまま。
私に負けた(?)《ピンク・ラビット》は。
いや。
そんなことあるわけないっ。
どうしようっ。
「おはようございます‼ 姐さん‼」
一時間目の授業が終わり。
入った、休憩時間に。
二時間目の授業は美術。
そのため。
向かう、美術室へ。
そのときのこと。
「朝一番に姐さんに挨拶をしに行こうと思ったのですが、
こいつらが寝坊をしてしまいましてっ。
ほんっとうに申し訳ありませんっ」
幻覚ではない。
私に頭を下げているのは。
あの《ピンク・ラビット》―――っ‼
中心になって謝っているのは。
リーダー、斐涼楓さん。
斐さんと一緒にいる四人も深々と頭を下げ謝っている。
一体なぜ?
逆に怖い。
「姐さんっ、
移動教室、お疲れ様です‼
教材、お持ちいたします‼」
そう言っている、斐さんの隣にいる女子が。
一体どうして?
「あの、
大丈夫です」
「なんて謙虚なお方っ。
どうか遠慮なさらず」
「本当に大丈夫です」
終わらない、このままでは。
このやりとり。
「あの、
斐さんの方からお願いしてもらってもいいですか?
教材は自分で持って行くので大丈夫です、と」
リーダーの斐さん。
彼女の言うことなら聞いてくれると思う。
なので。
頼んでみた、勇気を出して。
「姐さんっ‼」
びっくりした。
斐さん、いきなり大声を出したから。
って。
斐さん?
顔、近いんですけど?
斐さんは怖い雰囲気。
だから。
近いと、ますます怖い。
一体どうしたのだろう、斐さん。
もしかして。
言ってしまった? 何かまずいことを。
どうしよう。
怒鳴られるだろうか。
そう考えると。
恐怖で全身に嫌な汗が。
「姐さんっ、
私の名字、知ってるんですかっ⁉」
えっ?
「……はい、
斐涼楓さん、ですよね……?」
「なんとっ‼
姐さんが私のフルネームを知っていらっしゃるっ‼」
もちろん、知っている。
《ピンク・ラビット》のリーダーで学校内で有名。
なので知らない人はほとんどいないと思う。
「それはっ、
大変嬉しいことでございますっ‼」
そんなにも喜んでもらえるなんて。
なんだか。
照れくさい、少しだけ。
そう感じながら。
見ている、斐さんの顔を。
そうしたら。
気付いたことが。
斐さん。
無邪気で可愛らしい笑顔。
それに。
目も鼻も口も。
全てきれいに整っていて。
かなりの美少女。
今まで思っていた斐さんのイメージ。
それとは違う一面を知ることができた。
そんな気がした。
「姐さん、
私のことは呼び捨てでお願いします。
……できれば下の名前で呼んでいただけると嬉しいです」
えぇっ⁉
斐さんのことを呼び捨てっ⁉
無理に決まっているっ‼
「……あの……
私のことは『姐さん』じゃない呼び方でお願いします」
それよりも。
『姐さん』
その呼ばれ方、なんとかしないと。
私は。
そう呼ばれるような人間ではない。
「『姐さん』以外の呼び方なんてありません。
『姐さん』は『姐さん』ですから」
あぁぁ。
変えてもらえない、呼び方を。
「あっ、
私のことも下の名前で呼んでいただければ。
『姐さん』は付けないで……」
どうだろう、こう言えば。
「わかりました。
茉蕗姐さんと呼ばせていただきます」
『姐さん』
その呼び方は譲れないんだ。
「それから茉蕗姐さん、
丁寧語で話さなくていいですよ」
私も。
思っていた、斐さ……涼楓さんと同じことを。
「私にも丁寧語はなしでお願いします」
同じ学年だし。
「それは無理ですね。
茉蕗姐さんにタメ口で話をするということは。
茉蕗姐さんのお願いでも」
無理なのかぁ。