友達のところに戻って行った男の子。
その子のことを見届け。
再び座る、ベンチに。
「不思議な感じだな、なんか。
茉蕗が『お兄ちゃん』って呼ばれるのって。
でもまあ、そうなるのか、
周りから見たら」
そうだね。
思わないよね、周りの人たちは。
私と龍輝くんが入れ替わっているなんて。
「あのさ、茉蕗。
入れ替わりのこと、聖夜たちに話そうと思う」
龍輝くんの言葉。
驚いた、ものすごく。
「聖夜らは
すげぇ信頼できる」
それでも。
伝わってくる、ものすごく。
龍輝くんの思いが。
「だから、
聖夜らに助けてもらおう。
俺と茉蕗だけで抱えるのは限界があると思う」
確かに。
龍輝くんの言う通り。
「信頼できる他人たちに
俺と茉蕗のことを知ってもらっている。
それだけで心強いと思う」
精神的に強そうな龍輝くん。
そんな龍輝くんも。
平気なわけではない。
抱えている、本当は。
心配や不安を。
「俺にとって信頼できる他人たちは、
聖夜と來空と梨央だ」
信頼できる他人がいる。
それは素敵なことだと思う。
「家族のことも、もちろん信頼している。
だけど家族には逆に話しづらい。
心配させたくないという気持ちもあるしな」
確かに。
「一方的に話を進めてしまったけど、
俺としては、そうしたいと思った」
「いいと思う」
今、龍輝くんの部屋の前。
「わりぃ、待たせたな」
龍輝くん(私の姿)はドアを開け。
声をかけた、桐生くんと諏藤くんと平岡くんに。
「おかえり、龍輝。
……って……。
その子、誰?
龍輝の友達?
……ものすごく元気がいいな……」
そう思うよね、桐生くん。
思わないから、絶対に。
桐生くんと諏藤くんと平岡くんは。
私と龍輝くんが入れ替わってしまっているなんて。
「細かく説明する前に
俺たちの今の状況を先に言った方がいいな」
「……『俺』って……
君、なんだかイメージと違うね……」
困惑している、桐生くんたちが。
無理もない。
「今、俺は
ここにいる向陽茉蕗という子になっている」
「……え?
ちょっと、何を言っているのか……」
引き続き。
困惑している、桐生くんたちが。
わかる、ものすごく。
そういう反応をするのは。
「単刀直入に言う。
俺と茉蕗は入れ替わっている」
龍輝くんのストレート過ぎる言葉。
その言葉に。
驚き過ぎている、きっと。
固まっているから、口をポカンとして。
桐生くんと諏藤くんと平岡くんが。
「……それは何かの冗談か……?」
固まりながらも。
なんとか声を出す、桐生くん。
「そんな冗談は言わない」
「そんな話、簡単に信じられるわけがないだろ」
確かに。
桐生くんの言う通り。
非現実的な内容だから。
「……だけど不思議だな」
少しの沈黙があり。
桐生くんは静かに口を開いた。
「入れ替わり、
信じるには難しい話」
そう思う、桐生くんが。
それは。
当たり前のこと。
「どう見ても、
向陽茉蕗ちゃんは
向陽茉蕗ちゃんにしか見えない」
うん。
わかる、それも。
どう見ても。
姿は私。
龍輝くんの話し方でも。
「そのはずなのに……
向陽茉蕗ちゃんが龍輝に思えてくる」
私も。
桐生くんと同じ感覚。
そのことは本当に不思議だと思う。
「そう思えるのは、
俺と茉蕗が入れ替わっているからだ。
これで、わかってくれたか」
「そういうことではなく、
まだ湧いてこない、実感が」
そうだよね。
わかる、なんとなく。
桐生くんが言いたいこと。
「だけど、
姿は龍輝じゃないのに
龍輝に思えてくるということは、
そういうことなんだろうな」
それでも。
理解しようとしてくれている。
桐生くんたちは。
「あぁ、そういうことだ。
それで、さっそくだけど、
聖夜と來空と梨央に説明する。
俺と茉蕗が入れ替わってしまったことについて」
「それにしても、
これからどうするんだよ」
龍輝くんの説明。
それを全て聞き終えた、桐生くんと諏藤くんと平岡くん。
「元に戻ることができても、
また入れ替わってしまうかもしれないんだよな」
桐生くんの言う通り。
だから。
憂鬱になってしまう、そのことを考えると。
「今は龍輝の部屋だからいいけど、
他の場所の場合、困るよな」
うん。
かなり困る。
「スマホで連絡を取り合っても
限界があるからな」
今は。
一緒にいる、龍輝くんと。
だから心強いし行動も取りやすい。
だけど。
私一人だけでは。
無理、絶対に。
落ち着いて行動することなんて。
「それから、
まだわかってないんだろ?
入れ替わりと戻るタイミング」
本当に困る。
わからないままでは。
「初めてのときは眠っている間。
今回は眠っていないとき」
どうして違うのだろう。
「タイミングがわからないとなると、
かなり厄介なことにならないか」
「聖夜の言う通り、
厄介だろうな」
頷いている、龍輝くんも。
桐生くんの言葉に。
「タイミングを知ることができればいいけど、
知ることができなかったときは、
対策もしなければいけない」
「だけど、とりあえず今は今のことを考えたい。
それでさ、來空、頼みがあるんだけど」
龍輝くん、どんな頼み事だろう。
「今日、來空の家に泊めてほしいんだけど。
茉蕗も一緒に」
驚いた、少しだけ。
龍輝くんの言葉に。
「もちろん。
龍輝くんの頼みなら喜んで」
快く受けてくれた、諏藤くん。
言ってくれた、龍輝くんは。
諏藤くんは。
今日から明日の夕方まで一人で家にいるとのこと。
なので。
泊まりやすい、私と龍輝くんが。
龍輝くんの提案に。
救われた、ものすごく。
今の姿では。
家に帰ることはできないから。
いろいろと考えてくれている龍輝くん。
家に泊めてくれる諏藤くん。
二人に感謝の気持ちでいっぱいになった。