《ピンク・ラビット》には掟がある。
威力が自分たちよりも上回る相手には丁重に従う。
つまり。
《ピンク・ラビット》に圧勝した私は。
彼女たちにとって丁重に従う相手ということになる。
そのことは学校内で一気に広まり。
私は救世主と崇められるようになった。
「昨日の茉蕗の活躍、
ものすごくカッコイイ、って言ってる人たちが大勢いてさ、
ほら、あそこ」
帆夏ちゃんが後ろを示した。
私も。
向ける、視線を。
私たちから少し離れた廊下の曲がり角。
その場所から。
見ている、三人の女子が。
私たちのことを。
「あの子たち、茉蕗のファンだよ」
「えっ⁉」
なぜ私にファンが⁉
「昨日の茉蕗の活躍で
一気に茉蕗の人気が急上昇。
それで茉蕗のファンクラブを発足」
すご過ぎるっ、展開がっ。
「ファンクラブの名前が
『茉蕗様を心から愛する会』だったかな」
昨日の私は別人。
そんな私のファンになってくれた人たち。
なんだか。
申し訳ない、です。
「すごい人気だよ、茉蕗は。
学校内のアイドルって感じ」
変化している。
ものすごいスピードで。
私の中の世界が。
この状況に驚き過ぎて。
わからない、どうしたらいいのか。
「はじめまして、向陽茉蕗さん。
俺は神賀龍輝。
向陽茉蕗と同じ高校三年」
誰?
なぜ知っているの? 私の名前を。
驚きを通り越して。
怖い、かなり。
「本当は初めてではないけど、
そのようなものだから」
どういうこと?
「訊くけど、
今、時間は大丈夫か?」
今は。
授業が終わり。
家に帰るところ。
「いきなりで悪いけど話がある。
場所は近くの公園で」
えっ?
まだ何も返事していない。
そう思っている間にも。
神賀龍輝くんという人は私の手を握り歩き出した。
歩きながら。
チラッと見てみる、神賀くんのことを。
神賀くんの服装。
あの有名な進学校の制服。
そして顔は。
国宝級の美しさっ。
って。
そう思っている場合ではない。
神賀くん、何の話があるのだろう。
「まずは」
公園に着き。
座っている、ベンチに。
「ありがとう、俺の話を聞くことに付き合ってくれて」
「うん」
知らない人に声をかけられた恐怖。
それよりも。
勝ったから、話の内容を知りたいという気持ちが。
「それじゃあ、
さっそく本題に入る」
いよいよ。
始まる、神賀くんの話が。
「昨日のことだけど、
あれは驚いたなんてものではなかったよな」
知っているんだ、神賀くんは。
昨日、何があったのか。
これは。
知るチャンス。
「あのっ」
「どうした?」
「昨日、何があったの?」
「え?」
「覚えてないの、
昨日、何があったのか」
「マジか」
「うん、マジ」
「説明を長くすると
ややこしくなるし混乱すると思うから
単刀直入に言う」
緊張してきた。
何を言うのだろう、神賀くん。
「昨日、
俺と、向陽茉蕗は入れ替わっていた」
え?
「……どうした?
大丈夫か?」
神賀くん。
混乱しているよ、単刀直入に言われても。
「……それは……
確かなことなの……?」
精一杯、そう言うことが。
「あぁ、確かなことだ。
昨日、俺は向陽茉蕗の姿で過ごしていた。
向陽茉蕗が通っている学校にも行った」
神賀くんが言っていること。
それが本当だとすれば。
昨日、先生や生徒たちが見ていたのは。
心が神賀くんだった私、ということになる。
「どんな感じだ?
少しは思い出せそうか?」
「……う~ん、
言われてみれば、
昨日、誰かになって過ごしていたような……」
「それは、
少し思い出したということか?」
「というより、
夢だと思っていたから……」
湧かない、まだ実感が。
「はっきり思い出せないのは仕方がない。
それより、今から打ち合わせをしたいと思う」
「打ち合わせ?」
「この入れ替わり。
一回で済むと思うか?」
「え?」
「また同じことが起こってしまうかもしれないだろ」
「……確かに、
そうかもしれない」
「再びそうなってしまったときに
混乱しないで少しでも落ち着いて行動が取れるように
そのための話し合いは必要だと思う」
「そうだね」
そうして。
始まった、打ち合わせが。
主な内容は。
お互いの生活や人間関係など。
それらの情報を交換する、差し支えない程度に。
それから。
交換した、連絡先を。
何かあったときに連絡が取れるように。