「姐さんっ、
 私の名字、知ってるんですかっ⁉」


 恐怖と不安。
 それらが全身を支配している。

 そんなとき。
 (あや)さんが顔を近づけたまま迫力のある声を出した。


 そのことに驚きと恐怖が加速し全身を激しく駆け回る。





 斐さん、黙っていても十分に怖い。

 だから。
 お願いです。
 そんなにも迫力を出さないでほしいです。



 とはいっても。
 伝わらない、心の中で願っていても。
 斐さん(本人)に。


 確かに。
 伝わったら伝わったで怖い、かなり。

 怒られそうな気がするから。


「はっ……はい、
 斐涼楓(すずか)さん……ですよね……?」


 全身が恐怖に覆われている。
 そんな中。
 恐る恐る声を出した。


「なんとっ‼」


 そうしたら。
 斐さんがまたまた大声を出した。


 そのことで驚き過ぎて心臓が勢い良く飛び跳ねた。


「姐さんが私のフルネームを知っていらっしゃるっ‼」


「……?
 ……はい、知っています」


 私が斐さんのフルネームを知っている。

 そのことが斐さんにとって驚くことだなんて。
 逆に私の方が驚いてしまう。


 斐さんは《ピンク・ラビット》のリーダーで学校内で有名。
 なので知らない人はほとんどいないと思う。


「それはっ、
 大変嬉しいことでございますっ‼」


 あ、そうか。
 驚く、ということではなさそうで。
 嬉しい、ということだった、のかな。







 斐さん以外の《ピンク・ラビット》のメンバーが言っている、斐さんに。
「いいなぁ、姐さんにフルネーム知ってもらっていて」と。



 私がフルネームを知っている人。
 その人のことを羨ましく思う。

 そのことに、ものすごく驚いてしまう。


 私にフルネームを知られている。
 そのことが、なぜそんなにも羨ましいのだろう。





 そう思いながら斐さんの顔を見ていると。
 気付いたことが。


 斐さん、普段は怖い雰囲気。
 だけど。
 笑顔になると無邪気で可愛らしく見える。

 それに。
 近くで見ると、よりわかる。
 斐さん、目も鼻も口も全てきれいで整っていて、とても美少女。



 斐さんとは接したことはなかった。

 だけど。
 今まで思っていた斐さんのイメージ。
 それとは違う一面を知ることができた。
 そんな気がした。