うちは四人家族で、私は長女だった。実家は商家で、代々続く蚕飼いの黎家だ。黎家は、数人の召使いも抱える、割と大きな家だ。
そして、私には一つ下に弟がいる。名前は、暁明。私たち姉弟は、商店街ではちょっとした有名人である。
理由は、姉である私が男顔負けの食いしん坊で、代わりに弟の暁明が女顔負けの淑やかさを持つからだ。
お互い顔はそっくりだけど、まとう雰囲気がまるで性別と相反しているため、たまに私が暁明で、暁明が私なのではないかと疑われるほどだ。
私たちは、お互い同性によく気に入られる。
私は花より団子で飾らない性格からか、町娘に人気があるが、弟の暁明は私よりも少食で、なおかつ優しく穏やかな性格なので、男にすこぶる人気があるのだ。
私たちは家族で支え合って、そこそこ幸せな生活を送っていた。
でも、そんなある日、事件は起きた。
父様と母様が盗賊に襲われ、命を落としたのだ。私たちは運良く町に出ていたから助かったものの、雇っていた召使いたちもすべて殺されてしまった。それだけでなく、屋敷は荒らされ、金目のものもすべて盗まれてしまっていたのだ。
残された私たちは、途方に暮れた。
「これからどうしよう……」
暁明が半泣きで私に縋る。
「だ、大丈夫よ。きっとなんとかなる!」
強がるけれど、さすがにこの状況を目の前にしては、声が震えてしまう。
「そんなこと言っても……なにをどうするつもりなの?」
私は必死に考えた。そして、考えて考えて、出した答えを、告げる。
「こうなったら、二人で官僚になろう。私は女官の試験を受けるから、暁明は科挙の試験を受けるの」
「か、科挙!?」
私の大胆な発言に、暁明は目玉が落っこちそうなほど見開いた。かと思えば、暁明の顔からみるみる血の気が引いていく。
気持ちは分かる。
だが、嘆いている暇はない。こうなったら、私たちは私たちで生きていくしかないのだ。
蚕飼いは、手間の割に稼げる金はたかが知れてるし、そもそも召使いを失った今、二人だけではどうしようもない。正直、商いが軌道に乗る前に飢えで死ぬ未来しか見えない。
「む、無理無理無理! 絶対落ちるよ!」
ぶんぶんと首を振る暁明の肩をがっしりと掴み、私は真剣に訴える。
「考えてみて、暁明? 私がもし女官になって、後宮に入ったとする。それでもし万が一にでも皇帝のお気に入りになれば、妃嬪に成り上がることができるのよ。それからもし億が一、皇帝の子でも孕めばそれこそ玉の輿なのよ。あなたも同じ。官僚になってからも地道に試験を受けて出世していけば、高給取りになれる」
「そんな上手くいかないよ……そもそも僕、勉強苦手だし……」
「やるのよ! じゃないとこのままじゃ、具なし粥すら食べられなくなるのよ」
「うっ……」
それでも苦い顔をする暁明。その肩を、私は両手でがしっと掴み、さらに畳み掛けるように訴える。
「いい? 暁明。人間、一生に食べられるご飯の数は決まってるの。一日たりともこんな質素な粥で無駄にするわけにはいかないのよ」
私はごくごく真剣な顔で、暁明を見る。人間、一番耐えられないのは飢えである。つまりこれは、由々しき問題なのだ。
「そんなこと言ったって、現実的に考えて無理だよ。僕、雪玲と違って、全然勉強なんてできないし、今から勉強したところで、結果は見えてる。雪玲はいいよ? そもそも頭良いし、女官の試験ならそこまで難しくもないだろうし……」
ぴくり、とこめかみがひくつく。
なにおう。
「じゃあ分かった! 私が科挙の試験を受けるわ!」
「はあぁ!? ななな、なに言ってんの!? 女の子は科挙の試験は受けられないよ!?」
科挙とは、この国の官吏を決める採用試験である。科挙試験は家柄や身分に関係なく、誰でも平等に受験することができる。但し、男のみ。
その上、科挙試験はとんでもなく難しいことで有名で、しっかりと勉強できる良家の環境でなければ、とても受かるような試験ではない。
「そんなの知ってるわよ。とはいえ、よ。暁明。私たちにはもってこいの試験だと思うのよ。私たちは元々良家で、勉強ならさんざんしてきた。それなりに知識も作法も学んできたでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
それになにより、食べ物のためなら、
「結構いける気がするのよね!」
「軽っ!」
「大丈夫よ、ちゃんと変装すればばれないわ。私たち、顔立ち自体はよく似てるし。むしろ、私は暁明より暁明らしくなれそうだし、暁明は私より雪玲らしくなれるわよ、きっと」
「そんな無茶な……」
「合格してからは、お互い入れ替わりが必要なときだけ入れ替わるの。私は協調性がないから、女同士の交流とか洗濯、針仕事は苦手だし、逆に暁明は決断力がないから、人に指示を出したり立ち回りが苦手でしょ? お互いの得意分野で苦手を補うのよ」
「それはそうだけど……そんな上手くいく? もしばれたら、皇帝を謀った罪で殺されちゃうんだよ」
たしかにその通りだ。
だが……。
「このまま具なし粥を食べ続けるぐらいなら、死んだ方がましよ。というか、人間はそもそもいつか死ぬ生き物なの。そんなこと気にしてたら、なにもできないじゃない。人生は一度きりよ。悔いなく美味しいものを食べて死にましょう」
私はきっぱりと言い切った。暁明は、とほほと肩を落として項垂れている。
「その度胸、少しでいいから僕に分けてほしいよ……」
「さあ、そうと決まったら勉強するよ!」
こうして私たちは試験に合格するべく、猛勉強を始めるのだった。
かくしてその一ヶ月後、私たちは無事にそれぞれの試験に合格し、私は男装をして官吏に、暁明は女装をして宮女として時の皇帝の城に潜入したのだった。