翌日、小笠原先輩の実家の最寄り駅に着いたわたしは、待っていた小笠原先輩に開口一番「緊張しすぎ」と言われました。

 どうしてそう思ったのか聞いたところ、「肩が上がりすぎてMになっている」とのことでした。それを聞いたわたしは肩から力を抜きましたが、少し歩くとまた「M! M!」と指摘されました。小笠原先輩が笑いながら話しかけてきます。

「そんな緊張する?」
「しますよ。小笠原先輩はしなかったんですか?」
「あまり。何となく、いい家族なんだろうなーって思ってたから」
「実際はどうでした?」
「想像の百倍いい家族だった。ああやって認めて貰えると嬉しいね」

 雑談しながら歩いているうちに、小笠原先輩の家に着きました。わたしの家と同じ二階建ての一軒家。小笠原先輩が「ただいまー」と玄関のドアを開け、わたしは肩をMにして家に上がりました。

 まずは小笠原先輩の案内で、畳張りの和室に通されます。和室には大きな漆塗りのテーブルが置いてあり、奥にはたくさんの座布団が積み重なっていました。小笠原先輩がお父さんと弟さんを呼びに行っている間、わたしは座布団四枚をテーブルの周りに並べ、そのうち一枚に正座します。そして持ってきた紙袋からラッピングされたクッキーの詰め合わせを取り出し、テーブルの下に忍ばせてお父さんたちが現れるまで待機します。

 鼓動が早まります。はしたない格好をしていないかと、家を出る前に何回もチェックしたワンピースの丈を全身鏡でチェックしたくなります。小笠原先輩はわたしの家族に良いイメージを持っていたから緊張しなかったと言いましたが、わたしだって小笠原先輩の家族に悪いイメージを持っているわけではありません。なのに、これ。とはいえ、わたしがおかしいわけではないと思います。小笠原先輩の心臓に剛毛が生えているだけでしょう。

 ふすまが開きました。

 小笠原先輩と男性二人が和室に入ってきます。小笠原先輩はわたしの隣に座り、その向かいに大人の男性が正座しました。わたしの向かいに座ったのは若い男の子。どちらも彫りの深い男らしい顔立ちをしていて、身体も大きくて厚みがあります。女顔で細い小笠原先輩とはあまり似ていません。

「はじめまして」

 大人の男性が頭を下げました。そして自分が小笠原先輩の父親であることと、隣の男の子が高校三年生になる小笠原先輩の弟であることを語ります。わたしも頭を下げて自己紹介をしてから、用意していたクッキーの詰め合わせをテーブルの上に置きました。

「これ、お土産のお菓子です。良かったら」
「ありがとう。気を使わせて悪いね」

 お父さんがクッキーを手元に引き寄せました。小笠原先輩がわたしの肩に手を置いてへらへらと笑います。

「いい子でしょー。俺が好きになるのも分かると思わない?」

 お父さんがじろりと小笠原先輩をにらみ、わたしは背筋を強張らせました。わたしがにらまれているわけではない。分かっていても、怯えてしまいます。

「そうだな。他人の思いやれる優しい子なのだろう。だからこそ――」

 お父さんの低い声が、にわかにボリュームを増しました。

「お前はその子のことをきちんと考えて、自分の行動を選ばなくてはならない」

 お父さんが立ち上がりました。強かった威圧感がさらに増します。

「お前の人生だ。お前はお前を好きにしていい。だけど他人を好きにしていいわけじゃない。お前の命が残り少ないことは、何の免罪符にもならない」

 小笠原先輩を見下ろし、お父さんが厳しい言葉を投げかけます。わたしはすっかり蚊帳の外。顔合わせという主旨が見事に消えてしまっています。

「お前はその子の人生の責任を取れない。それだけは絶対に忘れるな」

 お父さんが歩き出し、ふすまを開けて和室から出ていきました。あまりの展開にわたしが呆けているうちに、弟さんもすっくと立ち上がります。

「ごめん。俺も特に言うことない」

 弟さんがわたしを見やりました。小笠原先輩とは違う、意志の強そうな瞳。

「あなたも、自分が何をさせられているのか、少し考えた方がいいと思います」

 お父さんと同じように、弟さんが和室から出ていきました。二人が現れてから約一分。名前すら聞けずに顔合わせは終了です。わたしは動揺し、おろおろと小笠原先輩に話しかけます。

「どうしましょう」

 小笠原先輩が「んー」と腕を組んで目をつむりました。そしてしばらく経ってからぱちりとまぶたを上げ、右のひとさし指を伸ばします。

「とりあえずさ」

 指先が、テーブルの上のクッキーに向けられました。

「あれ、食べちゃお」