親が離婚してから、もう10年経った。
「ちづると再会できて良かった。このまま家族に戻れたらいいのにね」
 私、ちづると双子の弟奏多(かなた)は今年、16歳になる。
 私達が5歳の時、両親は離婚した。しかし一昨年の秋、突然、お母さんが元父親と奏多を連れて家に帰ってきたのだ。それもそうか、元父親とお母さんはお婆ちゃん、つまり姑のせいで離婚したのだから。離婚の元凶であるお婆ちゃんが、昨年亡くなったのが2人がよりを戻すきっかけになったんだろうな。
「そうだね。私もこのまま家族に戻りたいよ」
 私は、奏多の言葉にそう答えたものの、本心そうは思っていなかった。だって奏多のことが幼稚園の頃から、ずっと好きなんだよ。
 だから正直、奏多から「家族」と言う言葉を聞くと、心がギュッと締め付けられて痛い。

 奏多達と住み始めてからしばらく経ったある夜、お母さんが「お父さんと2人でご飯を食べに行ってくるから」と、奏多と家で2人っきりになった。
「ちづる?今日の夜ごはん、一緒にファミレス行こ。母さんから5千円貰ったから」
 5千円を片手に、奏多が話しかけてきた。
「うん、行こっか。あ、でもちょっと待って」
 いくら、家族とはいえ好きな人だ。少しでも可愛いと思って貰いたい。
 私は部屋からお気に入りのピンク色のワンピースを取り出し、ナチュラルメイクをした。アクセサリーも忘れずに。
「ごめん、お待たせ」
「全然。よし行こっか」
「うん。お腹すいたねー」
「何食べる?ちづると2人で出かけるの久しぶりで凄い楽しみ」
…ちょっとだけデートみたいで嬉しいな。
 私は、嬉しさと恥ずかしさからいつもより早足で歩いた。しかし、奏多はそんな私の気も知れず、ニコニコしながら私の横を歩いている。
 鈍感なのか、やっぱり私のことそういう目で見れないのか。彼は無意識のうちに私のことを的確に傷つけてくる。
「ちづる!!危ない!!」
 奏多の叫び声と手を引っ張られて私は現実に戻ってきた。奏多のことを考えながら歩いていたから、目の前の赤信号の横断歩道に気がつかなかったのだ。
「あ、危な」
「ちづる、大丈夫!?」
「へ、平気。ありがとう、奏多」
「もー、ちづるは危なっかしいから。手、繋いだまま行くよ」
「…えっ、?」
 奏多に言われた瞬間、私は自分の手を勢いよく見た。そこには彼の手に握られている私の手があった。これは夢ではない。
「いや、ちょっと待って」
 すると、少し暗くなってきた町の中にいつものファミレスと、学校の友達の影が見えた。こっちをじっと見ている。私は、急いで彼の手を振り解き、慌ててファミレスの中に入った。
「1名様ですか?」
「え、あ、あの」
「…2名です!」
 奏多も私が慌てて入った後、すぐにファミレスに入ってきた。
「いきなり急ぐからびっくりしたじゃん」
「ごめん…」
「全然いいけど。はい、メニュー」
「ありがと…」
 奏多は私と手を繋ぐこともどうとも思わないのかな。しょうがないけど、少しくらい意識して欲しい。
 そう思っていた私だが、隣の人が美味しそうな料理を食べているのを見ると、誘惑に負けてしまい、メニュー表をペラペラとめくり始めた。
 そして、食べたいのが決まった。
「オムライス、美味しそう」
「オムライス、美味そうだな」
「あ、揃った」
 笑いながら私を見ている彼の顔は、また私のことを無意識に傷つけた。そんなキラキラした笑顔で私を見ないでよ。諦められなくなる。それとも、本当は奏多も私のことが好きなの?
「うん。好きだけど?」
「…え、は?」
「お待たせしました。デミグラオムライス2つです」
 私の言葉を遮るように、定員さんがオムライスを持ってきてくれた。タイミングよく。
 そして、そのまま私と奏多は食事を始めた。
「このオムライスさ、なんか知ってる味な気がするんだよね。なんだっけ?」
「さぁ、私は知らないけど」
「あ、あとさっきさ、何を言おうとしてたの?店員さんの声で聞こえなかったんだけど」
「あー、なんでもないよ。それより、早くご飯食べよ」
 最近、奏多は私に向かってよく「家族」と言ってくる。
「やっぱり家族と一緒にご飯食べると、いつもより美味しいね」
「え?おと…さんは?」
 あー、ほらまた言った。やっぱり、奏多にとって私は家族にしか見えないのだろうか。奏多には、私がまだお父さんとはっきり呼べないことを、隠さず話している。私がいつかは呼べるようになると、奏多は本気で思っているんだろうな。
「父さんは仕事忙しくて、家ではいつも1人だったから」
「家族ってほんといいね!!」
 本当に、そう思ってるの?奏多のこと全然わからないよ。それもそうだよね、私達9年間お互いのことを知らない時期があったんだから。
「あれ?奏多?」
 明るい声と同時にふわっと甘い香りがした瞬間、私の目の前にふわふわした髪の女の子が現れた。しかし、彼女は私に目を合わせることは無く、彼の方をずっと見ている。
「…原?久しぶりじゃん。元気だった?」
「元気、元気!!あ、でも奏多と会えてなくて寂しかったかも」
「なんだよ、それー」
 奏多と原さん?という女の子は私を置いてどんどん盛り上がっている。
「あ、ごめんちづる。食べ終わったし、出よっか」
「え、あ、うん」
 原さんはポカンとした顔を一瞬したものの、すぐに首を少し振って私の方を初めて見た。そして、睨んだ。
「ちづるちゃん?私、原 実里(はら みのり)。よろしくね」
「うん…よろしく」
「もー、表情固いよ。笑って、笑って。笑わないともっと不細工になっちゃうよ」
 なんなのこの女。絶対にわざと私のことをイラつかせている。まあ、いいけど。
「お前、失礼。行こ、ちづる」
 苛立った表情と声色をしながら、奏多が私のことを引っ張り早足でレジに向かった。そしてまた、手を繋いだままファミレスを後にした。さっきとは違う、強い力で。男だということが自然と自分の右手から伝わってくる。
「ごめんね。大丈夫?」
「大丈夫だよ。原さんは、奏多の…」
 私は、歩く足を止めて、確かめるように言う。彼女と言う言葉を濁しながら。
「あー、俺が中2の時の友達。いつも、あんなことばかり言って周りの女子と喧嘩してたから、俺らのグループに居たんだよね」
 その言葉を聞いて、私は内心嬉しかった。あの子が元カノとかじゃなくて良かった、と。
 そして、彼は少し嬉しそうな表情になり、どこかを指差しながら言った。
「あれ、父さんと母さんだ。デート帰りかな」
 そう言われて、私は慌てて彼の指差す方を見た。そして、私は見たくもないものを見てしまったのだ。両親のキスシーンを。
 私はつい悲しくなって、小声で言ってしまった。
「え、夢?」
「夢じゃないよ。ほら、ほっぺつねると痛いでしょ?夢だったら痛くないはず」
 私は恐る恐る自分のほっぺに手を伸ばし、キュッとつねった。痛くない、そう思いたかったけど。無理だった。
 痛い、痛いな…ほっぺじゃ無くて、心が。もういっそ私の心を壊して、無くしてよ。
「ね。痛いでしょ?」
「…うん。痛い、痛いよ」
 涙をポロポロ流しながら、私は彼の目を見て言った。私の好きな顔がどんどんぼやけていく。
「やったね。やっと、母さんと父さん再婚するんだ。やっと」
 やめて。言わないで。これ以上、現実を突きつけないで。そんな、私の思いは虚しく彼は喋るのを続けた。
「ちづると家族に戻れるんだ」