2000年代、後半。

 僕は長年の友人である天才(てんさい)くんと地元の焼き鳥屋で、酒を飲んでいた。
 お互い普段は酒など飲まないくせに。
 しかし、この日だけは、どうしても酔いたかった……。

「おめでとう! 天才くん。やっと合格できて、僕も嬉しいよ」
「ありがとな、味噌村(みそむら)。俺もようやく浪人生活とおさらばだ」

 照れながら串を手に取る天才くん。
 彼は幼い頃から、国内でも有数の難関大学に入学することが夢だった。
 高校生の時に出会った親友の一人だ。
 バカな僕とは大違いの頭脳の持ち主。

 そんな天才くんでも、高校卒業後。何年間も浪人していた。
 血の滲む思いで試験に挑んでいたが、毎年結果を見ては、落ち込んでいた……。
 毎年、不合格という報告を聞いていたから、僕も半ば諦めていた。

 僕も彼も、この時20代の半ばを越えている。
 だが、天才くんが決して諦めることはなかった。

 いつも言っていた。
「俺は命を賭けて、試験を受けているんだ。絶対に合格してみせる」と。

 彼はそれをしっかりと叶えて見せた。
 有言実行したんだ。
 なんて凄いことを成し遂げたんだ……と、僕は感動していた。

 酒が進み、天才くんの顔が赤くなりだした頃。
 彼はヘラヘラと笑いながら、僕にこう言った。

「ていうかさ、今回の合格さ。マジで味噌村のおかげでもあるんだわ」
 僕は耳を疑った。
「え? なんで?」
「だってほら……前に教えてくれたアレだよ。アレがなかったら、合格できなかったと思うんだよ」
「なんだっけ? あれって……」

 一生懸命、思い出してみる。
 しばらく店の天井を見上げていると……。

「あっ! アレか!」
 僕が手のひらを叩いて見せると、天才くんがニヤッと怪しく微笑む。
「そう。味噌村のオススメ」

 ~遡ること、半年前~

 僕は天才くんにとある相談を受けていた。

「なあ、味噌村。俺さ、不合格になる理由を見つけた気がするんだよ……」
「え? 理由? そんなもの試験にあるの?」
「試験……ていうか、コンディションの問題だと思うんだ」
「?」

 彼の言うコンディションとは、試験を受ける際、地元である福岡から離れて、東京のホテルで数日間、過ごすことにあるらしい。
 普段とは違う生活で、予習と復習をするため、脳内にしっかりとインプットできないとのこと。
 福岡と東京の暮らしにおける違い……。
 それは、天才くんの趣味が関係していた。

 彼は頭も良いし、知識も豊富だ。
 だが、何よりも性癖が偏りまくっていた……。

 高校生時代に、大人のビデオ屋へ連れて行くと。
『出産』というただ妊婦さんが、赤ちゃんを産むというコアな作品に興奮を覚える紳士。
 そして、彼の自宅には、天井まである大きな本棚に、膨大なムフフのコレクションを並べるお人だ。

 つまり、彼が抱えている問題とは、勉強をする時、コレクションがすぐそばにないから、集中できないということだ。
 僕からしたら、逆にそんなものがあった方が、集中できないが……。
 凡人とは違った頭脳だから、住む世界が違うのだと思う。


「福岡にいる時は、勉強がちゃんと出来るんだよ。東京へ行くとやっぱり成績が下がるんだ。数年間の試験結果を比べて、ようやく理解できたわ」
「な、なるほど……つまり東京にもコレクションを持って行けば、天才くんの悩みは解決できるんじゃない?」
 僕が軽く提案してみると、彼は激怒する。
「バカ野郎! 持って行けるわけないだろ! あの量だぞ? それに飛行機で東京へ行くから、手荷物の検査に引っかかると恥ずかしいだろ!」
「ああ……」

 普段から大人のビデオを持ち歩くくせに、こういうところは恥ずかしがるんだよな……と僕は彼の拘りに、驚く。

「だからさ。ホテルに持って行っても恥ずかしくない、18禁じゃない写真集が欲しいんだよ。そのために味噌村の知恵を借りたいんだ。お前は写真集に詳しいだろ?」
「ま、まあ……好きだけど」
「頼む! エチエチでも、空港で恥ずかしくないレベルのギリギリ写真集が欲しいんだ!」
「うぅん……まあ期待に応えられるか、分からないけど。情報を集めてみるよ」


 2005年頃。まだスマホは普及していない。
 気軽にエチエチな動画を、持ち歩ける時代ではなかった。
 DVDプレーヤーは、家庭に広まりつつあったが、未だにVHSを好む人も多く感じる。

 天才くんはホテルで快適な暮らしを送れないと、勉強ができない。集中力も上がらない。
 確かに、彼の言うことも一理ある。

 高校生時代に何となく、彼の自宅で話をしていた時。
 僕は膨大なコレクションを眺めながら、ふと彼に質問をしてみた。
「ねぇ。こんなに集めているけどさ。一日、何回するの?」
 すると、彼は自信満々な顔でこう言う。
「俺か? そうだな、6回以上はするな」
 僕は驚きを隠せずにいた。
「ろ、6回!? それじゃ、勉強中とか気が散って大変じゃないの?」
「だから、定期的にしてるよ。だいたい、二時間おきに」
「マジなの……疲れない? それに集中力も下がるでしょ」
「全然。俺ってむしろ、しないとさ。集中できないタイプなんだよ……ところでさ、今話してたら、なんかムラムラしてきたから、味噌村もう帰ってくれない?」
「えぇ……」

 と、このように……。
 彼はコレクションに囲まれた生活を送っていないと、勉強に対するモチベーションが下がるのだ。


 だから、彼の言うことは間違っていない。
 僕はそれから、インターネットや本屋で一生懸命、エチエチな写真集を探しまくった。
 全ては親友のため……。

 ただ、探す際に彼から再三、注意を受けていた。

「味噌村が好きそうな童貞臭いグラドルは嫌だ」と……。

 要は、水着を着たグラビアアイドルが、浜辺で微笑んで走る姿は見たくないらしい。

 彼の望む際どいグラドルなんて、僕は知らない。
 正直、頭を抱えた。

 ある日、地元の本屋に入った時。
 写真集のランキングを見かけた。
 1位に輝くグラドルは、前に購入したことがある人だ。

 セミヌードみたいな表紙で、かなり攻めている。

 しかも、このグラドルさんは、過去に天才くんが「好みだ」と言った妖艶な感じの女性。
 僕の勝手な偏見だが、グラビアアイドルというものは、年を取ると共に、肌の露出も増えていく気がする。
 この写真集の人は、もうアラフォーに近い。
 それだけ、過激な写真集を発売する機会も多いと思う。

「これだ!」

 僕はすぐにガラケーを取り出し、天才くんに電話をかけてみた。
 口頭にて、写真集の名前と出版社を教える。
 彼は電話の向こうで、「うんうん」と頷く。
 どうやら、パソコンのインターネットを使い、写真集を調べているようだ。

 それが、半年前の出来事だ。


 まあ、僕が教えた写真集以外にも大量に、東京へと持っていったらしい。
 地元のコレクションまでなくても、常時ムラムラしている彼は、最高のコンディションで受験できたらしく。
 めでたく、合格したということだ。

 
「ほんっとに、ありがとな! 味噌村のおかげだ!」
「いや……天才くんの実力だと思うよ。僕、なにもしていないし」
「マジだって! 味噌村があの写真集を教えてくれなかったら、今年も落ちてたって!」
 鼻息を荒くして、語る彼に、僕は若干、引き気味で頷く。
「そ、そうなの。よく分からないけど、おめでとう……」

 余談だが、彼は上京する際、コレクションを全て破棄したらしい。
 飛行機や引っ越し会社に見られる恐れがあるからだ。
 
 全てを捨てて、一人暮らしを始めているが、最高のコンディションで勉学に励んでいるらしい……。
 下宿しているマンションの近くには、エチエチなショップが沢山あって、大学の帰りに寄っているが、多すぎて全て把握できないほど。
 サークルにも入らず、勉強とムフフの繰り返し。
 
「最高のキャンパスライフだ」と、彼は語っていた……。

 夢は必ず叶えるもの……親友が教えてくれたことだ。

  了