ベン・リアック神殿に侵入したデリックとリーは、その警備があまりに杜撰(ずさん)であることにまず驚き、だがこれ幸いとばかりに気配を消して堂々と探索していた。
 もっともさすがに専門の訓練を受けているであろう神殿兵(タンプル・ソルダ)だけは避けて通り、それでもその程度なだけで誰も気付かないのはどうしたものかと逆に心配になったりもしたが。

 闇雲に探すのでは(らち)が明かないため、お約束として使用人の会話を聞こうと下働きが集まる食堂の天井裏へと忍び込む。そうやってそれらの会話や愚痴、噂話からシェリーの居場所を探るつもりであったのだが、

「そういえば、聖女様って何処にいるんだ?」
「ああ、貴賓室に通されていたよ」

 秒で必要な情報が掴めてしまった。

 さすがは訓練されてもいない神殿の下働きである。

 そんなワケで必要な情報が即座に手に入った二人は、さっさと要件を済まそうと移動を開始し、

「その聖女様だけど、なんでもアベスカ司祭長や神殿兵(タンプル・ソルダ)(おお)(たち)(まわ)りしたみたいだよ」
(ちょっと待って)
(おげ!?)

 だがリーにとって聞き逃せない情報が語られ、先行しようとするデリックの襟首を掴んで引き戻す。
 因みに二人が着ている潜入用の服は動きを一切阻害しない、そして若干の筋力強化を作用させるために隙間など一切ない。そんな着衣の襟首を問答無用に掴めばどうなるか、答えは明白である。

(なにをするんだ突然! 必要な情報はもう聞けただろう!)
(いいえ、これからもっと重要な話が聞けそうよ。それが判らないなんて、随分と腕が落ちたんじゃないの?)

 実力()()は認めているリーにそんなことを言われ、見落としや聞き逃しがあったのかを反芻するデリック。
 だがどう考えても、必要な情報は充分にとれている。なにしろ自分は、このベン・リアック神殿の間取りを完全に――トイレの場所から秘密の抜け道、某司祭長が愛人との逢瀬で使う、勝手に増築した枢機卿ですら知らない秘密の抜け道すら把握しているのだから。

 しかし、あまりに自信満々にそう言われて気になってしまった彼は、(はや)る気持ちを抑えて渋々その会話に耳を傾けた。

「え、そうなの? アベスカ司祭長は口の利き方を知らないし態度が悪いし面倒臭がり屋な上に根気がないから判るけど、神殿兵(タンプル・ソルダ)はちゃんと訓練されたエリートでしょ。それを相手にそうするって、相当なんじゃない?」
「凄かったみたいよ。取り押さえようとする修道士(ブラザー)とか神殿兵(タンプル・ソルダ)を氷の(つる)で縛って動けなくしたり、枢機卿猊下に氷の槍を撃ったりしたんだって!」
「ああ、知ってる~。なんか蔓に縛られた神殿兵(タンプル・ソルダ)をケシケシ蹴っていたんだって」

 え、そんなことをしたのか? まさかシェリーさんが?

 下働きのそんな噂話に、我が耳を疑うデリックだった。

「でもそれは聖女様の気持ちの方が判るわ~」
「そうなの?」
「だってあのブタ――アベスカ司祭長ったらノックもなしに扉を開けたんですって」
「うわ~……有り得ない。デリカシーが全然ないわね。話も全然面白くないし、あの人ってなんで司祭長やってるの?」
「そりゃあ、ジンデル枢機卿猊下を除けば、この神殿で一番長く居るからよ」
「……年功序列って害悪でしかないよね……此処も実力主主義になればいいのに」
「そんなことを言ったら、シスター・ハーネスが司祭長どころか大司祭になっちゃうでしょ」
「うん、そうだよね。無詠唱で聖魔法(せいまほう)が使えるのって、シスター・ハーネスだけだもんね」
「でもシスター・ハーネスって確か、終生誓願してないよね」
「そりゃそうよ。此処の神殿にいる司祭を見たら、そんなものする気がなくなるでしょう」
「そうよね。隠しているみたいだけど、あのブタ――アベスカ司祭長とクハジーコ……女子修道院長っ()()()()()()()だしね」
「だよねー。そのうち妊娠して追放されるんじゃない?」
「でも意外だよね~。ラディスラヴァ・クハジーコヴァー女子修道院長ってそういうことには一切興味がないようにしか見えないのに」
「え? 貴女知らないの。クハジ……女子修道院長って、元々は(ブルイッ)(クラディ)の娼館にいたんだよ。それに関しては珍しくないけど、あの人は特別で、脱いだら色気が凄いんだ」
「うんうん。なんでもクハジー……女子修道院長の取り合いで貴族達が潰しあったくらいなんだって。きっととんでもない悪女だったんだよ」
「へ~。なんか意外。だってラディスラヴァ・クハジーコヴァー女子修道院長って凄く優しいんだよ。以前あのブタに殴られそうになったのを庇ってくれたし」
「え? そうなの? だってあのブタの愛人でしょ? なんでそんなことをするのよ」
「それは判らないけど。でもその話しだって本当かどうか怪しいよね。そもそも終生誓願しているラディスラヴァ・クハジーコヴァー女子修道院長がそういう不実をすると思う? 皆、ちょっと娼館勤めに偏見あるんじゃないの」
「あー、う、うん……。確かに事情があってそういう処にしかいられないって人もいるし……というか、貴女こそどうしてクハ……女子修道院長の肩を持つの? それに名前もちゃんと言えるし」
「あたしなんて名前が長くて全然覚えられない……」
「以前ラディスラヴァ・クハジーコヴァー女子修道院長の担当だったの。当然寝所の掃除もするんだけど、一度だって()()()()()()()()()()がなかったよ。それに凄ーく親切で凄ーく優しくて、凄ーく良い匂いした――」

 その後、延々とその女子修道院長の話しが続き、痺れを切らしたデリックがジト目でリーを睨んで悶絶させてしまい若干後悔した頃になり、

「そういえばさ、聖女様に蹴られたり踏まれたりした神殿兵(タンプル・ソルダ)達がね、なんか凄く幸せそうだったって」
「あーね。それあたしも聞いた。なんか『女王様』とか『女神様』とか言ってたんだって」
「ええ? わたしは『フトモモがぁ』とか『ハムストリングスが堪らん』とか言ってたって聞いたけど?」
「違うよ。『腓腹筋とヒラメ筋の絶妙なバランスがぁ』とか『内モモがぁ』とかでしょ?」
「そうなの?『綺麗な膝と膝蓋骨がぁ』だったと聞いたけど……」

 シェリーが神殿兵(タンプル・ソルダ)に対して行った、悪逆極まりない行いの数々(笑)が露呈してしまった。

(イエス!)

 だがそれよりなにより、過酷極まる訓練を行いやっとそうと名乗れる神殿兵(タンプル・ソルダ)が、特殊なナニかに目覚めてしまった。

 下働きのそんな会話に耳を疑うデリックであったが、リーは何故かサムズアップをしていた。

「聖女様って凄く可憐で綺麗でしょ。そんな少女(ひと)に踏まれたり蹴られたりするのが堪らないんだって」
「あ、う、うん。ちょおっと理解出来ないかなぁ」
「ん~、素敵な人にちょっとイジワルされるのはイヤじゃないかも……」
「え? 貴女そういう属性持ちなの? (びた)イチ理解出来ないんだけど」
「それには同意するわね。でも一部の神殿兵(タンプル・ソルダ)がそうされて()()()()()()()()()()()んだって」
「うわ~……。きっと厳しい戒律とか訓練で抑圧されたナニかが一気に弾けたんだろうね……」

(あのシェリーさんが……エセル様の忘形見のシェリーさんがそんなことを……)

 思わず頭を抱えるデリックであった。

 だがその隣で、そりゃあもう小気味良いくらいの満面得意顔をしているリーに気付いて「(いら)ぁ!」とし、その胸倉(むなぐら)に掴み掛かる――

(お前か! お前ら(従業員ども)の所為か! シェリーさんに、エセル様の忘形見になにしてくれてんだ!)
(あ、ん、うんん……良いわデリック。その調子でもっとして。いつも何度でもこうしてくれると、わたしは何回でもイけるわ)

 ――のだが、都合が悪くなって視線を逸らすでも(いい)(わけ)をするでもなく、胸倉を掴まれてカックンカックンされるがままに恍惚の表情を浮かべるだけであった。

(もう、貴女は優し過ぎるのよ。わたしがもっと乱暴にしてって言ってるのにしてくれないし。確かにそうされるのもイヤじゃないし、イチャイチャネチネチするのが好きだっていうのも理解出来るわ。だけど私の希望もちょっとは聞いて欲しいっていうのは至極真っ当なことだと思うわ)
(うっさい!)

 (かしま)しく噂話しに花を咲かせる使用人用食堂の天井裏で、草原妖精二人は声もなく音もなく、現時点で一切必要のない会話をしていた。

 客観的に見て、滅茶苦茶仲のいい二人である。

 そんなどーでもいい情報と行為がありつつ、だが身の(こな)しと捜索技術は本物な二人は、ほどなくシェリーが立て(こも)っている貴賓室へと到達した。

 数ある貴賓室の中からシェリーが在室しているそれを探し出すのは、実はそれほど難しいくはない。

 シェリーほど優れた魔法使いならその魔力は独特であるし、それにそれを抑えていたとしても、逆にその場が空白のようになるから、デリックやリーが気づかない筈がないから。

 それに、何故かその扉の前ではやたらと肉付きが良い、本当に聖職者なのかと疑いたくなるようなジジイが喚いているし、更に内側には〝静寂(シランス)〟の効果で音が伝わらないようになっていた。

 気付かないわけがない。

「お嬢」

 天井の張り板を外し、まずリーが室内に侵入するのだが、それより早くシェリーは其方へ目を向けていた。

「迎えに来ました。さっさと此処から出ましょう」

 室内に降りて片膝を突き、慇懃に礼をして微笑み掛ける。そんな一見安堵させるような笑顔であっても、常日頃の行いや言動を知っているシェリーは、ティーカップ片手にそりゃあもう嫌ぁな顔を向けてちょっと後ずさった。

「なにしに来たのよリー。私、アンタを呼んだ覚えなんてないわよ」

 世の子女達が床を這いずる黒い甲虫を目の当たりにしたときような目を向けられ、思わず頬を赤らめハァハァしだすリー。

 それを目の当たりにしたシェリーは、更に汚物へ向けるような視線を浴びせる。だがそんな表情(かお)を向けられたら、余計に悶絶するだけである。

 関係ないが、二人が着ている黒スーツは身体に吸い付くように締め付け凹凸を押さえるため、()()()()()()()()()()()()リーは細身の少年にしか見えない。四六歳だけど。

「この変態は気にしないで下さい」
「あぶぇ!?」

 そんなハァハァしているリーをよそに、続けてデリックが()()()()()()()()()()()()()

 此方も黒スーツであり、リーより若干体幹がしっかりしているように見える。どちらにせよ、シェリーはそんなものに興味はないからどーでもいいが。

「デメトリオから、シェリーさんが教会に入ったきり出て来ないと報告がありましたので迎えに来ました。まさか教会がこんな意味不明なことを強行するとは……」
『あ……んん、ん……。唐突にそうクルとかハイレヴェルなプレイを始めるなんて……ぅうん、萌えるわ……』
「デメトリオさんが? そっかー、なんか悪いことしちゃったなぁ。真面目な人みたいだったから、必要以上に責任感じちゃっていないか心配してたんだよね」
『ふ、ふふ……お嬢の前で(わたくし)を踏むとは良い度胸じゃないか。いつもはしてくれなあふぅ――』
「そもそもなにがあったのですか? 下働きの雑談で『聖女』とか言われていましたが……」
『「性女」!? お嬢! 遂にやりましたね! コレでオトナの仲間入りごふぅ――』
「それが私にもワケが判らないのよ。水晶に触ったら真っ黒に染まるし。私の腹ってそんなに黒いのかしら……って放っといて。というかデリックさんもリトルミル(ここ)に来てたの?」
『あ、ああ、あ……お、お嬢にまで()()()()()()なんて……なんて至極な……』
「いえ。デメトリオから連絡がありましたので、急いで()()()()()()()
『んん、あぅん……お嬢の力加減が絶妙です……クセになっちゃ――うん……』
「駆け付けたって、どれだけ急いで来たのよ。大変だったでしょ。あ、お茶飲む? ディリィ、デリックさんにも淹れてあげて」
「え? あ、はい」

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚き、そして踏ん付けられて恍惚としているリーを見て唖然とし、だがシェリーが親しげに話しているため良からぬことをしに来たのではない判断した、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさんは、若干どころか相当戸惑いながらもティーカップを二つソーサーに乗せて紅茶を淹れ――

「あ、一つで良いわよ。二つも淹れて誰に飲ませるの。やーねーディリィったら」
「え? あ……の、其方の方には……」
「なに言ってるの? 此処にはデリックさんしか来ていないでしょ。もーディリィったら、まさか虫にも振る舞うつもりなの?」
「え……虫って……」

 とても良い笑顔でそう言うシェリー。だがコーデリアは見逃さなかった。「虫」とか言っているときのシェリーの瞳から、ハイライトが消えていることを。

 だがそうはいっても、そんな扱いを受けて虐げられて辛い思いをしている者を目の当たりにして放って置くのは、終生請願をしていないとはいえ聖職者である自分には出来な――

『あ、ああ、グリグリしちゃらめぇ……う、ううん……もっとして欲しくなっ――』

 うん、放って置こう。

 辛くないようで逆に楽しんでいるのならば、その享楽を邪魔するのは無粋である。

 ヒトにはそれぞれ、他と違った楽しみ方があるのだから。

 そう、みんな違ってみんな良いのだ。

「お気遣いなく、お嬢さん。我らはすぐにでも去りますから」

 まぁ、そうだろう。

 決して察しが悪いわけでも鈍いわけでもない、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさんは、二人を見たときから見当はついていた。
 というか、シェリーが置かれている現在の状況を鑑みた上にこんな黒尽くめな格好をした闖入者を目の当たりにすれば、気付かない方がどうかしている。

 そもそも、相手の同意などなく個人を連れ去っている時点で充分不当だし、一歩間違えば犯罪だ。
 特に、今も扉の向こうで喚いているであろう誰かさんは特権だと思い込んでいるのだろうが、無理やりなにかをやらせようとするのは当り前に強要罪である。

 だが、一応はシェリーの世話を任され、その実監視をさせられている手前、そういうことは止めなくればならないわけで――

「あらそう。じゃあさっさと行きましょうか。窓からでいい?」
「構いませんよ。ただ此処からでは〝魔力縄〟まで崖伝いに行かないといけませんが」
「大丈夫よそんなの。じゃあディリィ、行くわよ」
「え?」

 言うが早いか、その手を引いて細い腰に手を回す。そしてデリックが窓を開け放つと、なんの躊躇もなく其処から身を躍らせた。

 ちなみに、下は150メートル超の断崖である。

 一瞬の浮遊感――そして襲い来る、重力に引かれた自由落下の戦慄。

 コーデリアの脳裏に、一瞬にして過去の出来事が()ぎる――

「〝空中浮揚(レビテシオン)〟」

 ――前に、シェリーが魔法を紡ぎその効果でゆっくりと下降して行く。

 黒装束二人は、神殿の外壁にある僅かな窪みや隙間に指を入れ、驚くほどの速度で降りている。

 そんなこと(紐無しバンジー)をさせられて、更に不可解な行動(フリークライミング)をしている草原妖精二人を目の当たりにして、酸欠の淡水魚のように目を丸くして口をパクパクさせている、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさん。
 今まで見たり聞いたり体験した中でも、きっとに圧倒的に奇々怪界な出来事なのだろう。

 だがそれは、まだいい。世の中には有り得ないと思われる事象や、理解不能な行動をとる者どもは山程いるから。

 それよりも気になるのは、何故に自分が一緒になって神殿から脱出しているのだろうか。

 やっとそれに思い当たり、あたかも逃すまいとしっかり腰に手を回して捕まえているシェリーをジト目で見る、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさん。

 その視線に気付いて、

「あら困ったわー。ついディリィまで連れて来ちゃったわー。どーしましょー。今更戻れないわー、困った困ったー」

 明後日の方向へと目を向けて、そんなことを棒読みで言うシェリーだった。

 絶対確信犯だ。

 ゆるゆると下降し、そして見えないなにかに着地するシェリーへ、一言文句を言わないと気が済まないとやっと思い至った、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさん。

 だがそれより早く、

「大丈夫よ、ちゃんと責任取るわ。私がディリィを幸せにしてあ・げ・るから♡」

 何処かで聞いたようなコトを言いつつ、ウィンクをするシェリーであった。