セシル達がストラスアイラ王国の商業都市グレンカダムに居を移してから季節は巡り――といっても訪れたのが初秋であったため、初冬な現在ではそれほど日数は経っていなかったりする。
まぁそんな短い期間ではあるのだが、セシル達はシェリーに良いように使われ忙殺されており、その濃度があまりに濃くて期日の日数への換算なんて出来ていないのが現状であった。
中でも最も忙しかったのが、なんとレオンティーヌであったのである。
彼女の――レオンティーヌの服飾と洋裁技術を高く買ったシェリーは、即日商業ギルドへ針子は元より事務職や管理職候補、運送専用馬車の御者などの募集を掛け、更に岩妖精の職人さんにそれ専用の作業場建設を依頼してしまった。
そして一週間後。
リンゴ酒に釣られてシェリーに良いように手の平で転がされた岩妖精の本気が、作業場ばかりか倉庫や事務室、従業員の休憩場や寮、そしてやたらと収納が多くてしっかりしている所長の個室までもを、たったそれだけの工期で創り上げてしまうという異常事態を発生させた。
岩妖精はまさしくバカモノ――もとい、バケモノの集団である。
関係ないが、岩妖精達は落成後の宴会で出されたリオノーラ監修の料理を爆食いしてその美味さに感涙し、そしてリンゴ酒と炭酸水とその他色々を使ったやたらと薄いシトラス系のカクテルの口当たりが良かったためにつるつる呑みまくってしまい、例によって悉く酔い潰れたという。
だがその後、そのカクテル――岩妖精達は勝手に〝リオ・ジャック〟と名付けていた――は岩妖精の中で爆発的な流行となってしまい、どーせ隠す必要もないからとレシピを公開したリオノーラ宛に後日、岩妖精の女王ヴラスチスラヴァ・ヴィレーム・スペイサイドと、何故か土妖精の王トールヴァルド・アードリアン・レダイグの連名で感謝状と記念品が届き、当り前だが戸惑いまくったそうな。
届いたのは、巨大〝冷却箱〟に所狭しと大量に収納された旬のお野菜詰め合わせ各種、そして岩妖精の特級刀匠作である牛刀包丁《ナイフ》、ペティナイフ、筋引き包丁、パン切り包丁、そして骨切り鉈の、料理人垂涎間違いなしな高級包丁五点セットである。
しかも付与魔法まで施されており、多少の刃毀れなど勝手に自己修復するというとんでもない代物であったため、引き続き喜びより戸惑いが大きいリオノーラであった。
ちなみに――
「魔力を帯びた魔鋼鉄も余裕で一刀両断出来るから、武器としても使えるよ。指も生物もあっさりスパッと逝くから、取扱には充分気を付けてね。使用者登録してあるから、リオちゃん以外が使ってもただの鈍だから安心して。でももし盗まれたら言ってね。犯人を見つけ出して生まれて来たのを後悔させてあげるから。それから、いつになるか判らないけど、今度スペイサイドに招待するから、お楽しみに♡」
と、見なかったことにしたい余計な注釈もついていたそうな。
岩妖精の女王は、文章ではお茶目な性格だった。
――話しは戻って。
そんな離れ業を成した岩妖精達もそうなのだが、シェリーの決断の早さも行動の迅速さも、常々それらが常軌を逸していると思っていたセシルを凌ぐ勢いで事態が進んだのである。
そしてそのあまりの展開の速さに呆然とするレオンティーヌを所長として、あれよあれよという間にアップルジャック商会に服飾部門を立ち上げてしまった。
受注生産や古着が全てであるこの世界で、なんと初の既製品専門店である。
更に言っちゃうと――
「今秋開店。服飾専門店〝碧瑠璃の海妖精〟。既製品の取扱い専門ではありますが、受注生産もお手頃価格で承っております。お気軽に♡」
などというとんでもないうたい文句まで掲げてしまっていた。
そして所長となる筈のレオンティーヌには、当り前に無許可である。
言ったところで承諾しないであろうし、下手を打って逃げられたら堪ったものではないから。
ちなみに商業ギルドに提出した募集要項には、このように書かれていた。
『この度、アップルジャック商会では服飾部門を立ち上げる運びとなり(中略)オープニングスッタフを募集します。片付けがちょっと苦手だけど超美人な海妖精の所長と働いてみませんか。針子見習いも大歓迎。お申し込みは商業ギルドまで――』
とまぁ、こんな感じで。
知っている方々にとってはある意味で詐欺のようなのだが、残念ながら虚偽ではない。程度の問題である。
そしてその募集要項には、見た目は男女問わず十人が十人振り返るほどの、水面のように儚げな美女が多いと言われている海妖精の彼女が、ちょっと憂いを含んで窓辺で佇む写真付きであった。
何故そんな写真が撮れたかというと、片付けられないなら夕食は魚介盛り合わせだとセシルに脅されて、ショックを受けてそうなったそうである。
凄く大したことのない出来事であった。
ちなみに写真は、趣味が再燃したシェリーが撮ったものである。
最近セシル達のおかげでちょっと時間が出来たためか、色々撮りまくっているらしい。
セシルの湯上がり半裸とか、寝起きで着衣が乱れまくっているが見えそうで見えないクローディアとか、ロリ巨乳なラーラの胸部装甲の峡谷とか、洗濯物が溜まり過ぎて着る物が無くなったレオンティーヌが薄着で窓際に佇み逆光で色々拙いことになっている写真とか――
ほぼ、というか、全て盗撮なのだが、被写体側は特別なんとも思っていないらしい。減るものでもないし。
それに特殊性癖者が九割を超える、ある意味では非常に問題のあるアップルジャック商会内で、そんな写真の需要なんて――
「セ、セセセセセセセセセシルの半裸……なんて素晴らし怪しからん――! ぐふぅ、鼻から止めどなく赤い汗が……おかしい、元旦那を襲って発散させた筈なのに足りないだと……!」
――変態にしかなかった。まぁ、未だにセシルから意味不明に逃げ回っているが。
だがそれでも、デシレアのそれだけはどうあっても撮れないそうだ。ガードが固いという以前に、そういう姿は自身の伴侶にしか見せないのが植物妖精であるから。
ちなみに植物妖精は女性しかおらず、生まれて来るのも絶対に全員女児で、他種交配であろうと須く植物妖精になる。
まぁ、種族の性質上で他種交配しか出来ないが。
関係ないが、デシレアの目標は子供一二人らしい。大体三つ子で生まれるから、最低四回で目標達成だと無邪気に言っていたそうな。
そしてそれを話しているときの仕草が妙に可愛くて、その後はちょっと賑やかだったらしい。夜中なのに。
そんな服飾部門の責任者になっちゃったレオンティーヌだが、やっぱり色々ゴネたものの、好きな服が思う存分作れると言い含めるシェリーの口車にまんまと乗せられ、結局は引き受ける羽目になった。
責任者とはいっても、基本的に片付けすら出来ない彼女にそんな役職が務まるわけはなく、就職希望者から厳選し能力次第で副所長という体で決めようと画策するシェリー。
だがそんな中、実働部隊に疲れちゃった事務とか整理整頓が得意な人材がいると、商業ギルドのサブマスターのデリック・オルコックから出向受け入れの要請があり、とある理由で――某変態さんと一度とはいえ夫婦であった強者な彼を絶対的に信頼しているシェリーは、渡りに船だとばかりに二つ返事で受け入れることにした。
その人材の名はウッツ・ロイスナーというヒト種の男性で、以前は監査特務隊に居たそうである。
一人暮らしが長かったためか、家事全般を卒なく熟せる優秀な人材である上、整理整頓能力が変態的なほど熟達し過ぎて同僚に疎まれているそうだ。
そして彼が初出勤し、平気で素肌にキャミソール一枚という実に目の保養――もとい目の毒な格好でところ構わずその辺をウロウロする海妖精を目撃して絶句し、呪禁のように「俺にはへスターがいる俺にはへスターがいる俺にはへスターがいる」と繰り返し呟き、だが彼女の私室をうっかり目撃して秒で落ち着いたという。
そんな感じで服飾部門のアレコレがあった後に無事(?)ひと段落し、セシルとラーラとウッツの間で謎の一体感が生まれたりしながら、アップルジャック商会内で実は急速に進められていた人材育成がひとまず終わりを迎えた。
それらを請負っていたのが、ちゃっかり教員資格持ちのセシル、クローディア、デシレア、そしてラーラなのである。
四人は他国でも教師として活動出来る、国際教員資格を持っていた。
デシレアとラーラは仕事上で必要だから取得したのだが、セシルとクローディアは「持っていれば食うに困らない」という理由で取得していたりする。
堅実といえばその通りな二人だった。
ちなみに、レオンティーヌが所持している資格もそれと同様に国際資格であり、国際服飾士と呼ばれている。
そして意外にその数は少なかった。何処でもどの街でも針子さんはいるから。
そんなこんなで色々落ち着いたセシル達は、冬が本格的に始まる前に四人で暮らせる戸建てを新築しようと計画していた。
幸いにもアップルジャック商会本店周囲の建造物は、本店に繋がっている住み込み社員用の社宅、併設されているその辺の教会よりもよほど立派なチャペルと巨大式場、ちゃっかり合併吸収しちゃったレストラン「オーバン」、社長のアイザック・セデラー夫妻宅、元々其処にあったザカライア爺の自宅と酒蔵しかない。
・・・・・・。
結構あった。
ともかく、ダルモア王国の交易都市バルブレアでマーチャレス農場を経営していたセシルは実はちょっとした資産家であり、豪邸でなければ戸建てを新築出来るだけの資産は持ち合わせている。
それにグレンカダムに来てからシェリーに良いように扱き使われ、だがそれに見合った給与を貰っており、更に使い所と時間がない上に衣食住の全てを支給されていたため、貯まる一方であった。
そんな事情で戸建てを新築したいとシェリーに言ったところ、
「ああ良いんじゃない。この辺一帯は地価も安いし誰かさんが衝動発散で定期的に魔物とか盗賊とか山賊とかを間引いているから治安も良いし」
龍は定期的に破壊衝動が発現するため、たまーに発散しないといけないらしい。
それは性衝動に変換可能であるらしいが、ナニかがとっても凄い誰かさんの夫はともかく、誰かさんの恋人はヒト種で体力も並よりちょっと優れている程度であるためか、加減しないと身が保たないそうな。
真剣にナニかの仲間が欲しくなって来る、メガネがよく似合う三つ編み元修道女な誰かさんだった。
「あ、でも戸建てを新築するならグレンカダムの戸籍省に住民登録しないといけないわよ。それからどんな家が良いの? 参考までに聞かせてくれない?」
サラッとそんなことを言い、セシル達と理想の自宅について楽しく語り、その後ついでとばかりに商会の担当国法士に話しを付けてくれて、滞りなく住民登録と土地の権利証が手に入った。
その担当国法士は、見た目も話し方も「ヤ」が付くヤヴァイ自由業のお方にしか見えなかったが、滅茶苦茶良いヒトであったそうな。
――それで。
「ちょっと待て、俺はまだ土地なんて買っていないぞ。なんで権利証があるんだ?」
そう、セシルはまだ土地を買っていない。なのに何故か手に入っていた。
それをシェリーに問いただすと、
「気にしない気にしない。ただの賞与だから」
「いや賞与で土地くれるとか、バカじゃねーの!?」
そんなセシルの真っ当なツッコミなど鼻歌で一蹴し、気付けば既にお得意様になっている岩妖精の職人連合が大挙で押し寄せ勝手に戸建てを建築し始めてしまった。
「いやちょ待てよ! 家って、自宅ってさ! もっとこーワクワクドキドキしながら皆で楽しく悩みながら計画も設計もするもんじゃないのか!? こんなにあっさりしてて良いのか!」
「ウルサイわねー。そんなケツの穴の小さいことを言ってんじゃないわよ見苦しい。アンタは黙って新築の自宅で奥さん達に思う存分生殖器をぶちこんでいれば良いのよこのハーレム野郎が!」
「言い方! それにまだ成人したての女の子がそんな直球で下品なことを言っちゃいけません!」
「飾り立てたって表現抑えたって意味は一緒でしょうが。大体ね、毎晩毎晩煩くて仕方ないのよ。コッチまで変な気分になったらアンタ責任取ってくれるの!?」
「セシルのソレは普通サイズだと思うわ。他所を知らないからなんとも言えないけど。あとセシルなら甲斐性もあるから責任はしっかり取ってくれるわよきっと。なんならシェリーも混ざる?」
「いやソレの実際のサイズ云々言われても知らないわよ。ま、確かにセシルなら甲斐性もあるしちゃんと責任取ってくれるだろうとは思うけど、でも私って独占欲が強いから、きっとディア達を許せなくなると思う。私は皆とは良い関係でいたいのよ。だから嫁仲間は他を当たって」
「あらそう。残念だわ。セシルは床上手だから初めてでも無茶はしないから安心なのに。あと一人で相手してると大変だから、独占欲とかどうでも良くなるわよ。一回試してみたら良いわ。私もデシーもラーラも全然構わないわ」
「そんなになの? あのハーレム野郎は。でもそれは断固として遠慮しとく。それに私ってお母さんと一緒で男運無さそうだから、一生独身でも良いかなーって思ってるのよねー」
「あのなディア。横から割って入って唐突に嫁を増やそうとするんじゃないよ。それから、こう言うのは卑怯かも知れないが、ディア以外は全部俺が嵌められたんだからな。強精剤と媚薬を飲まされた上で目の前で誘惑されたらそうなるのは当り前だろう」
「ふふ、あの頃のセシルは初々しかったわね」
「最初から猛々しかったら逆に嫌だろう。というか問題がすり替わってんぞ。そもそも幾らするんだこの土地と戸建て」
「だから賞与よ賞与。細かいことは気にしないの。これでも私はアンタを高く評価しているんだからね。四の五の言わずに受け取りなさいよ面倒臭い。あと贈与税の支払いも終わっているから、懐は一切傷まないわよ」
「面倒臭い言うな。それにそんな至れり尽くせりな賞与を出してくれる経営者なんて、一体何処に居るんだよ」
「此処に居るわ!」
左の拳を腰に当て、サムズアップした右手で自らを指差し程よいサイズの胸を張る。
シェリー、渾身のドヤ顔。
気の所為か、その背後に「バアアアアン!」という擬音が浮かんでいる錯覚に囚われるセシル。
それくらい、このときのシェリーはイケメンだった。
まぁそれはともかく。
「納得出来るかーーーー!!」
セシルのやっぱり至極真っ当なツッコミは、虚しく虚空へ消えて行ったそうである。
――そして一週間後の昼過ぎ。
セシル達五人の自宅は無事完成した。
まぁそんな短い期間ではあるのだが、セシル達はシェリーに良いように使われ忙殺されており、その濃度があまりに濃くて期日の日数への換算なんて出来ていないのが現状であった。
中でも最も忙しかったのが、なんとレオンティーヌであったのである。
彼女の――レオンティーヌの服飾と洋裁技術を高く買ったシェリーは、即日商業ギルドへ針子は元より事務職や管理職候補、運送専用馬車の御者などの募集を掛け、更に岩妖精の職人さんにそれ専用の作業場建設を依頼してしまった。
そして一週間後。
リンゴ酒に釣られてシェリーに良いように手の平で転がされた岩妖精の本気が、作業場ばかりか倉庫や事務室、従業員の休憩場や寮、そしてやたらと収納が多くてしっかりしている所長の個室までもを、たったそれだけの工期で創り上げてしまうという異常事態を発生させた。
岩妖精はまさしくバカモノ――もとい、バケモノの集団である。
関係ないが、岩妖精達は落成後の宴会で出されたリオノーラ監修の料理を爆食いしてその美味さに感涙し、そしてリンゴ酒と炭酸水とその他色々を使ったやたらと薄いシトラス系のカクテルの口当たりが良かったためにつるつる呑みまくってしまい、例によって悉く酔い潰れたという。
だがその後、そのカクテル――岩妖精達は勝手に〝リオ・ジャック〟と名付けていた――は岩妖精の中で爆発的な流行となってしまい、どーせ隠す必要もないからとレシピを公開したリオノーラ宛に後日、岩妖精の女王ヴラスチスラヴァ・ヴィレーム・スペイサイドと、何故か土妖精の王トールヴァルド・アードリアン・レダイグの連名で感謝状と記念品が届き、当り前だが戸惑いまくったそうな。
届いたのは、巨大〝冷却箱〟に所狭しと大量に収納された旬のお野菜詰め合わせ各種、そして岩妖精の特級刀匠作である牛刀包丁《ナイフ》、ペティナイフ、筋引き包丁、パン切り包丁、そして骨切り鉈の、料理人垂涎間違いなしな高級包丁五点セットである。
しかも付与魔法まで施されており、多少の刃毀れなど勝手に自己修復するというとんでもない代物であったため、引き続き喜びより戸惑いが大きいリオノーラであった。
ちなみに――
「魔力を帯びた魔鋼鉄も余裕で一刀両断出来るから、武器としても使えるよ。指も生物もあっさりスパッと逝くから、取扱には充分気を付けてね。使用者登録してあるから、リオちゃん以外が使ってもただの鈍だから安心して。でももし盗まれたら言ってね。犯人を見つけ出して生まれて来たのを後悔させてあげるから。それから、いつになるか判らないけど、今度スペイサイドに招待するから、お楽しみに♡」
と、見なかったことにしたい余計な注釈もついていたそうな。
岩妖精の女王は、文章ではお茶目な性格だった。
――話しは戻って。
そんな離れ業を成した岩妖精達もそうなのだが、シェリーの決断の早さも行動の迅速さも、常々それらが常軌を逸していると思っていたセシルを凌ぐ勢いで事態が進んだのである。
そしてそのあまりの展開の速さに呆然とするレオンティーヌを所長として、あれよあれよという間にアップルジャック商会に服飾部門を立ち上げてしまった。
受注生産や古着が全てであるこの世界で、なんと初の既製品専門店である。
更に言っちゃうと――
「今秋開店。服飾専門店〝碧瑠璃の海妖精〟。既製品の取扱い専門ではありますが、受注生産もお手頃価格で承っております。お気軽に♡」
などというとんでもないうたい文句まで掲げてしまっていた。
そして所長となる筈のレオンティーヌには、当り前に無許可である。
言ったところで承諾しないであろうし、下手を打って逃げられたら堪ったものではないから。
ちなみに商業ギルドに提出した募集要項には、このように書かれていた。
『この度、アップルジャック商会では服飾部門を立ち上げる運びとなり(中略)オープニングスッタフを募集します。片付けがちょっと苦手だけど超美人な海妖精の所長と働いてみませんか。針子見習いも大歓迎。お申し込みは商業ギルドまで――』
とまぁ、こんな感じで。
知っている方々にとってはある意味で詐欺のようなのだが、残念ながら虚偽ではない。程度の問題である。
そしてその募集要項には、見た目は男女問わず十人が十人振り返るほどの、水面のように儚げな美女が多いと言われている海妖精の彼女が、ちょっと憂いを含んで窓辺で佇む写真付きであった。
何故そんな写真が撮れたかというと、片付けられないなら夕食は魚介盛り合わせだとセシルに脅されて、ショックを受けてそうなったそうである。
凄く大したことのない出来事であった。
ちなみに写真は、趣味が再燃したシェリーが撮ったものである。
最近セシル達のおかげでちょっと時間が出来たためか、色々撮りまくっているらしい。
セシルの湯上がり半裸とか、寝起きで着衣が乱れまくっているが見えそうで見えないクローディアとか、ロリ巨乳なラーラの胸部装甲の峡谷とか、洗濯物が溜まり過ぎて着る物が無くなったレオンティーヌが薄着で窓際に佇み逆光で色々拙いことになっている写真とか――
ほぼ、というか、全て盗撮なのだが、被写体側は特別なんとも思っていないらしい。減るものでもないし。
それに特殊性癖者が九割を超える、ある意味では非常に問題のあるアップルジャック商会内で、そんな写真の需要なんて――
「セ、セセセセセセセセセシルの半裸……なんて素晴らし怪しからん――! ぐふぅ、鼻から止めどなく赤い汗が……おかしい、元旦那を襲って発散させた筈なのに足りないだと……!」
――変態にしかなかった。まぁ、未だにセシルから意味不明に逃げ回っているが。
だがそれでも、デシレアのそれだけはどうあっても撮れないそうだ。ガードが固いという以前に、そういう姿は自身の伴侶にしか見せないのが植物妖精であるから。
ちなみに植物妖精は女性しかおらず、生まれて来るのも絶対に全員女児で、他種交配であろうと須く植物妖精になる。
まぁ、種族の性質上で他種交配しか出来ないが。
関係ないが、デシレアの目標は子供一二人らしい。大体三つ子で生まれるから、最低四回で目標達成だと無邪気に言っていたそうな。
そしてそれを話しているときの仕草が妙に可愛くて、その後はちょっと賑やかだったらしい。夜中なのに。
そんな服飾部門の責任者になっちゃったレオンティーヌだが、やっぱり色々ゴネたものの、好きな服が思う存分作れると言い含めるシェリーの口車にまんまと乗せられ、結局は引き受ける羽目になった。
責任者とはいっても、基本的に片付けすら出来ない彼女にそんな役職が務まるわけはなく、就職希望者から厳選し能力次第で副所長という体で決めようと画策するシェリー。
だがそんな中、実働部隊に疲れちゃった事務とか整理整頓が得意な人材がいると、商業ギルドのサブマスターのデリック・オルコックから出向受け入れの要請があり、とある理由で――某変態さんと一度とはいえ夫婦であった強者な彼を絶対的に信頼しているシェリーは、渡りに船だとばかりに二つ返事で受け入れることにした。
その人材の名はウッツ・ロイスナーというヒト種の男性で、以前は監査特務隊に居たそうである。
一人暮らしが長かったためか、家事全般を卒なく熟せる優秀な人材である上、整理整頓能力が変態的なほど熟達し過ぎて同僚に疎まれているそうだ。
そして彼が初出勤し、平気で素肌にキャミソール一枚という実に目の保養――もとい目の毒な格好でところ構わずその辺をウロウロする海妖精を目撃して絶句し、呪禁のように「俺にはへスターがいる俺にはへスターがいる俺にはへスターがいる」と繰り返し呟き、だが彼女の私室をうっかり目撃して秒で落ち着いたという。
そんな感じで服飾部門のアレコレがあった後に無事(?)ひと段落し、セシルとラーラとウッツの間で謎の一体感が生まれたりしながら、アップルジャック商会内で実は急速に進められていた人材育成がひとまず終わりを迎えた。
それらを請負っていたのが、ちゃっかり教員資格持ちのセシル、クローディア、デシレア、そしてラーラなのである。
四人は他国でも教師として活動出来る、国際教員資格を持っていた。
デシレアとラーラは仕事上で必要だから取得したのだが、セシルとクローディアは「持っていれば食うに困らない」という理由で取得していたりする。
堅実といえばその通りな二人だった。
ちなみに、レオンティーヌが所持している資格もそれと同様に国際資格であり、国際服飾士と呼ばれている。
そして意外にその数は少なかった。何処でもどの街でも針子さんはいるから。
そんなこんなで色々落ち着いたセシル達は、冬が本格的に始まる前に四人で暮らせる戸建てを新築しようと計画していた。
幸いにもアップルジャック商会本店周囲の建造物は、本店に繋がっている住み込み社員用の社宅、併設されているその辺の教会よりもよほど立派なチャペルと巨大式場、ちゃっかり合併吸収しちゃったレストラン「オーバン」、社長のアイザック・セデラー夫妻宅、元々其処にあったザカライア爺の自宅と酒蔵しかない。
・・・・・・。
結構あった。
ともかく、ダルモア王国の交易都市バルブレアでマーチャレス農場を経営していたセシルは実はちょっとした資産家であり、豪邸でなければ戸建てを新築出来るだけの資産は持ち合わせている。
それにグレンカダムに来てからシェリーに良いように扱き使われ、だがそれに見合った給与を貰っており、更に使い所と時間がない上に衣食住の全てを支給されていたため、貯まる一方であった。
そんな事情で戸建てを新築したいとシェリーに言ったところ、
「ああ良いんじゃない。この辺一帯は地価も安いし誰かさんが衝動発散で定期的に魔物とか盗賊とか山賊とかを間引いているから治安も良いし」
龍は定期的に破壊衝動が発現するため、たまーに発散しないといけないらしい。
それは性衝動に変換可能であるらしいが、ナニかがとっても凄い誰かさんの夫はともかく、誰かさんの恋人はヒト種で体力も並よりちょっと優れている程度であるためか、加減しないと身が保たないそうな。
真剣にナニかの仲間が欲しくなって来る、メガネがよく似合う三つ編み元修道女な誰かさんだった。
「あ、でも戸建てを新築するならグレンカダムの戸籍省に住民登録しないといけないわよ。それからどんな家が良いの? 参考までに聞かせてくれない?」
サラッとそんなことを言い、セシル達と理想の自宅について楽しく語り、その後ついでとばかりに商会の担当国法士に話しを付けてくれて、滞りなく住民登録と土地の権利証が手に入った。
その担当国法士は、見た目も話し方も「ヤ」が付くヤヴァイ自由業のお方にしか見えなかったが、滅茶苦茶良いヒトであったそうな。
――それで。
「ちょっと待て、俺はまだ土地なんて買っていないぞ。なんで権利証があるんだ?」
そう、セシルはまだ土地を買っていない。なのに何故か手に入っていた。
それをシェリーに問いただすと、
「気にしない気にしない。ただの賞与だから」
「いや賞与で土地くれるとか、バカじゃねーの!?」
そんなセシルの真っ当なツッコミなど鼻歌で一蹴し、気付けば既にお得意様になっている岩妖精の職人連合が大挙で押し寄せ勝手に戸建てを建築し始めてしまった。
「いやちょ待てよ! 家って、自宅ってさ! もっとこーワクワクドキドキしながら皆で楽しく悩みながら計画も設計もするもんじゃないのか!? こんなにあっさりしてて良いのか!」
「ウルサイわねー。そんなケツの穴の小さいことを言ってんじゃないわよ見苦しい。アンタは黙って新築の自宅で奥さん達に思う存分生殖器をぶちこんでいれば良いのよこのハーレム野郎が!」
「言い方! それにまだ成人したての女の子がそんな直球で下品なことを言っちゃいけません!」
「飾り立てたって表現抑えたって意味は一緒でしょうが。大体ね、毎晩毎晩煩くて仕方ないのよ。コッチまで変な気分になったらアンタ責任取ってくれるの!?」
「セシルのソレは普通サイズだと思うわ。他所を知らないからなんとも言えないけど。あとセシルなら甲斐性もあるから責任はしっかり取ってくれるわよきっと。なんならシェリーも混ざる?」
「いやソレの実際のサイズ云々言われても知らないわよ。ま、確かにセシルなら甲斐性もあるしちゃんと責任取ってくれるだろうとは思うけど、でも私って独占欲が強いから、きっとディア達を許せなくなると思う。私は皆とは良い関係でいたいのよ。だから嫁仲間は他を当たって」
「あらそう。残念だわ。セシルは床上手だから初めてでも無茶はしないから安心なのに。あと一人で相手してると大変だから、独占欲とかどうでも良くなるわよ。一回試してみたら良いわ。私もデシーもラーラも全然構わないわ」
「そんなになの? あのハーレム野郎は。でもそれは断固として遠慮しとく。それに私ってお母さんと一緒で男運無さそうだから、一生独身でも良いかなーって思ってるのよねー」
「あのなディア。横から割って入って唐突に嫁を増やそうとするんじゃないよ。それから、こう言うのは卑怯かも知れないが、ディア以外は全部俺が嵌められたんだからな。強精剤と媚薬を飲まされた上で目の前で誘惑されたらそうなるのは当り前だろう」
「ふふ、あの頃のセシルは初々しかったわね」
「最初から猛々しかったら逆に嫌だろう。というか問題がすり替わってんぞ。そもそも幾らするんだこの土地と戸建て」
「だから賞与よ賞与。細かいことは気にしないの。これでも私はアンタを高く評価しているんだからね。四の五の言わずに受け取りなさいよ面倒臭い。あと贈与税の支払いも終わっているから、懐は一切傷まないわよ」
「面倒臭い言うな。それにそんな至れり尽くせりな賞与を出してくれる経営者なんて、一体何処に居るんだよ」
「此処に居るわ!」
左の拳を腰に当て、サムズアップした右手で自らを指差し程よいサイズの胸を張る。
シェリー、渾身のドヤ顔。
気の所為か、その背後に「バアアアアン!」という擬音が浮かんでいる錯覚に囚われるセシル。
それくらい、このときのシェリーはイケメンだった。
まぁそれはともかく。
「納得出来るかーーーー!!」
セシルのやっぱり至極真っ当なツッコミは、虚しく虚空へ消えて行ったそうである。
――そして一週間後の昼過ぎ。
セシル達五人の自宅は無事完成した。