高濃度の魔力により複雑に織り込まれて構築され、そしてその複雑さ故に他の干渉の一切を拒絶している筈の術式が、それら全てを自ら緩めて解き始めているかのように解体されて霧散する。
それはまるで奇跡のような光景であり、だが同時に、秘奥とも言うべきそれを一瞬で消し去られた事実を突き付けられた、自他共に優秀だと認めているユーインの矜持が粉々に砕かれた瞬間でもあった。
そうして呆然として膝から崩れ落ちているユーインを他所に、明らかにその場にフラッと現れただけの男女三人が、のんびりと周りを見回している。
そして外骨格鎧などという奇異なものを纏っているイーロに気付いたらしく、三人のうちの背は低いがやたらとスタイルが良い女があからさまに指を差す。
「ねぇセシルくん。なんかあそこに変な鎧を着てる人がいるよ」
「いや俺は今、串焼きに夢中なんだから……ってなんだあれ? あー、魔石の魔力で膂力を補助する魔法機構か。でもアレって帝国の技術だぞ。なんでこんな場末でオッサンが着けてるんだ?」
「それラーラが訊きたいよ……わ、なんかこっち来た!」
一目見ただけで〝魔導鎧〟を見抜ける者はほぼ居らず、だがもしそれが可能であるのなら、そいつは危険であるとこれを売った商人が言ってた。
だから、片付けなければならない。
〝大海嘯〟が通りすがりと思われる誰かに強制破棄され安堵し、だがそのあまりの出来事に衝撃を受け呆然としているユーインを完全に無視し――それ以前に敵として認識する必要すらないと判断したイーロは、組み込まれている魔石の魔力を最大稼働させ、のんびりと談笑している男――セシルへ高速で突き進む。
何故そのような考えに至ったのか、イーロには判らない。そもそも彼は姑息な謀を画策する方を好み、力で捻じ伏せるなどはする人物ではない。
なのに彼は今、強化装甲に包まれた拳で、突進の勢いそのままに殴り掛かっている。それは彼にとって、明らかに正常とは言えない行動であった。
驚異的な速度で接近し、そして殴り掛かるイーロ。だが、突き出されたその拳にセシルの左手が添えられるように軽く触れた瞬間、イーロの視界が急転してその背が石畳に叩き付けられた。
その衝撃は、頑丈で分厚い筈の石畳が砕けるほどであり、強化装甲にその身を包んでいるイーロにも突き抜けた。
なにが起きた?
その衝撃により数瞬視界が暗転し、そしてそんな信じられない現状をイーロは把握出来ない。いや、より正確には認めたくないのだろう。
暗転した視界が回復した瞬間、その視界の隅に小柄だがやけにスタイルの良い肢体が映ったが、それを気にする暇すらないイーロは即座に立ち上がろうと身を起こす。
そして不自然に重くなった身体を這いつくばらせて、セシルから離れた。
背はまだ痛いが、この程度で戦えなくなるわけでは――わけでは……何故自分は戦おうとしていた?
自分の心の変化に戸惑い、その両手を見る。なんの変哲もない、〝魔導鎧〟など纏っていないいつも通りの自分の手。
え?
いつの間にかその全身を外骨格のように包んでいる〝魔導鎧〟が、体幹を除いた全てが外されていた。
「セシルくん。この鎧って立て付け悪いよ。ビスがこんなに簡単に外れちゃう」
ドライバーを片手に取り外したビスをパラパラ落としながら、そんな身も蓋もないことを言うラーラ。簡単に取れちゃって面白くなかったらしい。
「いやラーラよ。なにそのスリも真っ青な瞬間解体技術。というかなにしてくれちゃってるの? 他所様の鎧をバラしちゃいけません!」
そんなお行儀の悪いラーラをぷんすこ怒るセシル。だがそんなことを言われているラーラは、満面の笑顔で「褒めて褒めて」と言わんばかりにキラキラお目々を向けていた。
そんな飼い犬が飼い主に向けるような期待に満ち満ち溢れている視線を送っているラーラは、セシルより七歳ほど年上である。
「良いわね。なんだかんだでラーラとも仲良くしてくれれば、私の負担がもっと減るわ」
どう見ても飼い主と犬みたいな遣り取りをしている二人を微笑ましく眺め、そして満足げにそう言いながらクローディアは頷いている。
そんなクローディアへと視線を移し、セシルは怪訝な表情で、
「なぁディア、なんでお前は俺の嫁を増やそうとしているんだ?」
心底不思議そうにそう訊いた。するとクローディアは困惑しているようにちょっとだけ押し黙り、だがすぐにやれやれと言わんばかりに溜息を吐いて頭を振る。
「なに言ってるの? 優秀な種は沢山撒かなくちゃいけないのよ。それには畑も沢山ないといけないでしょ。それにデシーの種族は一度に三人くらい生まれるそうよ。だから出る母乳を増やさないといけないの。そんなわけで、デシーのためにもラーラとも子作りを……どうしたのラーラ」
「ラーラじゃなくても、クローディアが生んであげれば良いのです。それで全て解決です」
今まで空気を読んで、言いたくても誰も言わなかったことを、無邪気にニコニコ笑顔を浮かべながらラーラが言う。
責任を取れとかケジメを付けろとかは煩く散々言われて来たが、こんなにニコニコ明け透けにそんなことを言われたのは初めてである。
結果、互いに居心地悪そうに目配せをするセシルとクローディア。だがその視線が合うと、すぐにいつもの二人に戻った。この場にデシレアがいたのなら、なかなか手強いと独白していただろう。
それはともかく、装着していた〝魔導鎧〟がそんな有様になってしまったイーロは、脱力してその場にへたり込んだ。
だが、まだ装着している〝魔導鎧〟の体幹部に埋め込まれている魔石が怪しく光を放ち、その込められている魔力が制御から外れて肥大化する。
「あれ? なんかあの人の鎧がおかしなことになってるよ」
「ラーラに分解されて怒ったんじゃないかしら? ほら、暴走し始めてるし。あら困ったわね、この規模だと半径1キロメートルは焦土になるんじゃないかしら」
「わあ、大惨事だね。セシルくん、なんとかして」
「あのな、魔力が暴走した魔石を俺がどうこう出来ると思ってるのか? 失敗したら確実に死ねぞ」
「セシルなら大丈夫でしょう。もしダメでも、私が一緒に死んであげるわ」
「ラーラは死ぬ気はないよ。セシルくんなら出来るよ」
「ちゃんと出来たら、今夜は私から色々してあげるわよ」
「あーはいはい。まぁやるだけやってみるよ。失敗しても恨むなよ」
恨むもなにも、失敗したら即座に死亡が確定してそれどころじゃないが。
そんな惚けたことを独白しながら食べ終わった串焼きの串(竹製)を咥えたまま、暴走している〝魔導鎧〟を外そうとしているイーロに近付いて行く。
ちなみにユーインはというと、暴走が始まった直後から水路に逃げ込んで成り行きを静観していたりする。
情けないと思われるかも知れないが、魔力が暴走を始めてしまえば、専門的な知識がない限り解体や正常化は難しい。よってユーインの行動は、決して間違いではないのだ。
情けないのは事実だが。
そんな暴走している魔力の奔流の中、まるで微風の中を歩くようにのんびり近付くセシル。
その傍まで来ると、へたり込んで動けずにいるイーロを踏ん付けて仰向けに転がした。
そしてその体幹の装甲に埋め込まれた魔石の位置を確認し、続けて懐から万年筆を取り出して魔法陣を装甲へと直接描き込み、そして――
「こういう危ねぇモンはぶっ壊すに限る」
咥えている串を指で摘んで構え、描かれた魔法陣の中心目掛けて突き立てる。
その装甲の素材は魔鋼――魔力を付与しながら鍛えた鋼鉄――なのだが、その串は折れることなく粘土に刺さるように装甲へと沈み、あろうことかその奥にある魔石すら貫き粉々に砕く。
本来であればそのような暴挙をすれば、込められた魔力が一気に解き放たれて大爆発を起こすのだが、その気配は一向になかった。
代わりに、描き込まれた魔法陣の中心に突き立っている串を消し炭に変えながら膨大な魔力が天高く打ち上げられ、中空で大爆発した。
「見事な花火だねぇ」
暴走していた魔力がそうして打ち上げられ、その結果に満足するセシル。
そしてそれを運河の縁から驚愕しつつ、呆然と見詰めているヤツの存在には当然気付いていたが、それは無視する。
「ねぇクローディア。セシルくんはなにしたの? もう平気っていうのは判るけど、ラーラどうなったのか判らない」
「うん、あれは魔力に指向性を持たせる魔法陣を描いて、爆散させずにその中心から直線で放出させるようにしただけよ。魔法陣を解しているなら、やろうと思えば誰でも出来るわ。私はやらないけど」
「誰でもは出来ないよ。セシルくんだから出来るんだよね。だけど、クローディアも凄いよ。あんな状況で『ダメだったら一緒に死んであげる』って言える人はいない。本当に、セシルくんを愛してるんだね」
「???? なに言ってるのラーラ。私は別にセシルを好きとか愛してるわけじゃないわ。ただ、死ぬときに一人っていうのは寂しいでしょう。だからそう言ってるの。セシルだって私と同じことを言うわよ」
「(それが『愛』なんだけど。なんでこうなのこの夫婦は)」
そんな独白をするラーラを他所に、やれやれと言わんばかりに首を回して肩を解すセシルに近付くクローディア。
「お疲れ様」
そう言いながら鞄からタオルを出し、セシルの汗を拭く。
どう見ても夫婦である。
そして三人は、
「あ、やべ。なぁ乗合馬車の最終便って何時だ?」
「えーと、ラーラの記憶が確かなら、二三時だったよ。今は二三時一〇分だけど」
「乗り過ごしてんじゃねーか。どーすんだよ。走るか?」
「私は嫌よ。どうやったって二人に追い付けないもの。どうしても走るっていうのなら、抱いて運んでよ」
「あーはいはい。じゃあそうするよ。おんぶと姫抱っこ、どっちが良い?」
「おんぶの方が負担は少ないのかな? でも結構荷物あるからどうしよう。私が荷物背負ってセシルにおんぶ? の方がセシルの背中が幸せじゃないかしら」
「いや俺は胸に執着ないから。じゃあ俺が荷物背負うから姫抱っこで良いよ。大した距離じゃないから一五分くらいで着くだろう」
「うんそうだね。あ、荷物はラーラが持つから二人はしっかりイチャイチャしててね」
そんなほのぼのしながら(?)準備を整え、三人はちょっと常人には不可能だと思われる速度でその場を後にした。
関係ないが、三人は帰宅途中で乗合馬車に追い付き、疲れ切っている御者のドロテオと走りながら交渉して乗せて貰ったそうな。
その際セシル相手に現在の勤務状況について色々愚痴を零し、ちょっとだけスッキリした。
だが翌日になって彼が出勤すると、勤務先の乗合馬車業者に抜き打ちで査察が入っており、職員の勤務状況が悪いことや休日、有給休暇がお座なりになっていること、更に残業手当の未払いが大量にある事実が発覚した。
そのためそこへ商業ギルドの指導が入り、後にその勤務状況が一変した乗合馬車業者は、ちょっとした人気の事業所となったそうな。
そしてドロテオは、その腕前を見込まれてアップルジャック商会専属の御者として引き抜かれ、決まった休日と無理のない勤務形態を与えられてとても満足な生活を送ることになった。
本気で関係ないことだが。
三人が去った後、退避していた運河から這い出したユーインは、破壊された〝魔導鎧〟の残骸を装着したまま倒れているイーロの傍に寄る。
そして完全に意識を失っているのを確認して安堵の息を漏らし、そして――
「イーロ・ネヴァライネン。業務上横領、並びに公務執行妨害及び殺人未遂の現行犯で捕縛する」
誰にともなくそう独白し、イーロを後ろ手に縛って捕縛した。
それはまるで奇跡のような光景であり、だが同時に、秘奥とも言うべきそれを一瞬で消し去られた事実を突き付けられた、自他共に優秀だと認めているユーインの矜持が粉々に砕かれた瞬間でもあった。
そうして呆然として膝から崩れ落ちているユーインを他所に、明らかにその場にフラッと現れただけの男女三人が、のんびりと周りを見回している。
そして外骨格鎧などという奇異なものを纏っているイーロに気付いたらしく、三人のうちの背は低いがやたらとスタイルが良い女があからさまに指を差す。
「ねぇセシルくん。なんかあそこに変な鎧を着てる人がいるよ」
「いや俺は今、串焼きに夢中なんだから……ってなんだあれ? あー、魔石の魔力で膂力を補助する魔法機構か。でもアレって帝国の技術だぞ。なんでこんな場末でオッサンが着けてるんだ?」
「それラーラが訊きたいよ……わ、なんかこっち来た!」
一目見ただけで〝魔導鎧〟を見抜ける者はほぼ居らず、だがもしそれが可能であるのなら、そいつは危険であるとこれを売った商人が言ってた。
だから、片付けなければならない。
〝大海嘯〟が通りすがりと思われる誰かに強制破棄され安堵し、だがそのあまりの出来事に衝撃を受け呆然としているユーインを完全に無視し――それ以前に敵として認識する必要すらないと判断したイーロは、組み込まれている魔石の魔力を最大稼働させ、のんびりと談笑している男――セシルへ高速で突き進む。
何故そのような考えに至ったのか、イーロには判らない。そもそも彼は姑息な謀を画策する方を好み、力で捻じ伏せるなどはする人物ではない。
なのに彼は今、強化装甲に包まれた拳で、突進の勢いそのままに殴り掛かっている。それは彼にとって、明らかに正常とは言えない行動であった。
驚異的な速度で接近し、そして殴り掛かるイーロ。だが、突き出されたその拳にセシルの左手が添えられるように軽く触れた瞬間、イーロの視界が急転してその背が石畳に叩き付けられた。
その衝撃は、頑丈で分厚い筈の石畳が砕けるほどであり、強化装甲にその身を包んでいるイーロにも突き抜けた。
なにが起きた?
その衝撃により数瞬視界が暗転し、そしてそんな信じられない現状をイーロは把握出来ない。いや、より正確には認めたくないのだろう。
暗転した視界が回復した瞬間、その視界の隅に小柄だがやけにスタイルの良い肢体が映ったが、それを気にする暇すらないイーロは即座に立ち上がろうと身を起こす。
そして不自然に重くなった身体を這いつくばらせて、セシルから離れた。
背はまだ痛いが、この程度で戦えなくなるわけでは――わけでは……何故自分は戦おうとしていた?
自分の心の変化に戸惑い、その両手を見る。なんの変哲もない、〝魔導鎧〟など纏っていないいつも通りの自分の手。
え?
いつの間にかその全身を外骨格のように包んでいる〝魔導鎧〟が、体幹を除いた全てが外されていた。
「セシルくん。この鎧って立て付け悪いよ。ビスがこんなに簡単に外れちゃう」
ドライバーを片手に取り外したビスをパラパラ落としながら、そんな身も蓋もないことを言うラーラ。簡単に取れちゃって面白くなかったらしい。
「いやラーラよ。なにそのスリも真っ青な瞬間解体技術。というかなにしてくれちゃってるの? 他所様の鎧をバラしちゃいけません!」
そんなお行儀の悪いラーラをぷんすこ怒るセシル。だがそんなことを言われているラーラは、満面の笑顔で「褒めて褒めて」と言わんばかりにキラキラお目々を向けていた。
そんな飼い犬が飼い主に向けるような期待に満ち満ち溢れている視線を送っているラーラは、セシルより七歳ほど年上である。
「良いわね。なんだかんだでラーラとも仲良くしてくれれば、私の負担がもっと減るわ」
どう見ても飼い主と犬みたいな遣り取りをしている二人を微笑ましく眺め、そして満足げにそう言いながらクローディアは頷いている。
そんなクローディアへと視線を移し、セシルは怪訝な表情で、
「なぁディア、なんでお前は俺の嫁を増やそうとしているんだ?」
心底不思議そうにそう訊いた。するとクローディアは困惑しているようにちょっとだけ押し黙り、だがすぐにやれやれと言わんばかりに溜息を吐いて頭を振る。
「なに言ってるの? 優秀な種は沢山撒かなくちゃいけないのよ。それには畑も沢山ないといけないでしょ。それにデシーの種族は一度に三人くらい生まれるそうよ。だから出る母乳を増やさないといけないの。そんなわけで、デシーのためにもラーラとも子作りを……どうしたのラーラ」
「ラーラじゃなくても、クローディアが生んであげれば良いのです。それで全て解決です」
今まで空気を読んで、言いたくても誰も言わなかったことを、無邪気にニコニコ笑顔を浮かべながらラーラが言う。
責任を取れとかケジメを付けろとかは煩く散々言われて来たが、こんなにニコニコ明け透けにそんなことを言われたのは初めてである。
結果、互いに居心地悪そうに目配せをするセシルとクローディア。だがその視線が合うと、すぐにいつもの二人に戻った。この場にデシレアがいたのなら、なかなか手強いと独白していただろう。
それはともかく、装着していた〝魔導鎧〟がそんな有様になってしまったイーロは、脱力してその場にへたり込んだ。
だが、まだ装着している〝魔導鎧〟の体幹部に埋め込まれている魔石が怪しく光を放ち、その込められている魔力が制御から外れて肥大化する。
「あれ? なんかあの人の鎧がおかしなことになってるよ」
「ラーラに分解されて怒ったんじゃないかしら? ほら、暴走し始めてるし。あら困ったわね、この規模だと半径1キロメートルは焦土になるんじゃないかしら」
「わあ、大惨事だね。セシルくん、なんとかして」
「あのな、魔力が暴走した魔石を俺がどうこう出来ると思ってるのか? 失敗したら確実に死ねぞ」
「セシルなら大丈夫でしょう。もしダメでも、私が一緒に死んであげるわ」
「ラーラは死ぬ気はないよ。セシルくんなら出来るよ」
「ちゃんと出来たら、今夜は私から色々してあげるわよ」
「あーはいはい。まぁやるだけやってみるよ。失敗しても恨むなよ」
恨むもなにも、失敗したら即座に死亡が確定してそれどころじゃないが。
そんな惚けたことを独白しながら食べ終わった串焼きの串(竹製)を咥えたまま、暴走している〝魔導鎧〟を外そうとしているイーロに近付いて行く。
ちなみにユーインはというと、暴走が始まった直後から水路に逃げ込んで成り行きを静観していたりする。
情けないと思われるかも知れないが、魔力が暴走を始めてしまえば、専門的な知識がない限り解体や正常化は難しい。よってユーインの行動は、決して間違いではないのだ。
情けないのは事実だが。
そんな暴走している魔力の奔流の中、まるで微風の中を歩くようにのんびり近付くセシル。
その傍まで来ると、へたり込んで動けずにいるイーロを踏ん付けて仰向けに転がした。
そしてその体幹の装甲に埋め込まれた魔石の位置を確認し、続けて懐から万年筆を取り出して魔法陣を装甲へと直接描き込み、そして――
「こういう危ねぇモンはぶっ壊すに限る」
咥えている串を指で摘んで構え、描かれた魔法陣の中心目掛けて突き立てる。
その装甲の素材は魔鋼――魔力を付与しながら鍛えた鋼鉄――なのだが、その串は折れることなく粘土に刺さるように装甲へと沈み、あろうことかその奥にある魔石すら貫き粉々に砕く。
本来であればそのような暴挙をすれば、込められた魔力が一気に解き放たれて大爆発を起こすのだが、その気配は一向になかった。
代わりに、描き込まれた魔法陣の中心に突き立っている串を消し炭に変えながら膨大な魔力が天高く打ち上げられ、中空で大爆発した。
「見事な花火だねぇ」
暴走していた魔力がそうして打ち上げられ、その結果に満足するセシル。
そしてそれを運河の縁から驚愕しつつ、呆然と見詰めているヤツの存在には当然気付いていたが、それは無視する。
「ねぇクローディア。セシルくんはなにしたの? もう平気っていうのは判るけど、ラーラどうなったのか判らない」
「うん、あれは魔力に指向性を持たせる魔法陣を描いて、爆散させずにその中心から直線で放出させるようにしただけよ。魔法陣を解しているなら、やろうと思えば誰でも出来るわ。私はやらないけど」
「誰でもは出来ないよ。セシルくんだから出来るんだよね。だけど、クローディアも凄いよ。あんな状況で『ダメだったら一緒に死んであげる』って言える人はいない。本当に、セシルくんを愛してるんだね」
「???? なに言ってるのラーラ。私は別にセシルを好きとか愛してるわけじゃないわ。ただ、死ぬときに一人っていうのは寂しいでしょう。だからそう言ってるの。セシルだって私と同じことを言うわよ」
「(それが『愛』なんだけど。なんでこうなのこの夫婦は)」
そんな独白をするラーラを他所に、やれやれと言わんばかりに首を回して肩を解すセシルに近付くクローディア。
「お疲れ様」
そう言いながら鞄からタオルを出し、セシルの汗を拭く。
どう見ても夫婦である。
そして三人は、
「あ、やべ。なぁ乗合馬車の最終便って何時だ?」
「えーと、ラーラの記憶が確かなら、二三時だったよ。今は二三時一〇分だけど」
「乗り過ごしてんじゃねーか。どーすんだよ。走るか?」
「私は嫌よ。どうやったって二人に追い付けないもの。どうしても走るっていうのなら、抱いて運んでよ」
「あーはいはい。じゃあそうするよ。おんぶと姫抱っこ、どっちが良い?」
「おんぶの方が負担は少ないのかな? でも結構荷物あるからどうしよう。私が荷物背負ってセシルにおんぶ? の方がセシルの背中が幸せじゃないかしら」
「いや俺は胸に執着ないから。じゃあ俺が荷物背負うから姫抱っこで良いよ。大した距離じゃないから一五分くらいで着くだろう」
「うんそうだね。あ、荷物はラーラが持つから二人はしっかりイチャイチャしててね」
そんなほのぼのしながら(?)準備を整え、三人はちょっと常人には不可能だと思われる速度でその場を後にした。
関係ないが、三人は帰宅途中で乗合馬車に追い付き、疲れ切っている御者のドロテオと走りながら交渉して乗せて貰ったそうな。
その際セシル相手に現在の勤務状況について色々愚痴を零し、ちょっとだけスッキリした。
だが翌日になって彼が出勤すると、勤務先の乗合馬車業者に抜き打ちで査察が入っており、職員の勤務状況が悪いことや休日、有給休暇がお座なりになっていること、更に残業手当の未払いが大量にある事実が発覚した。
そのためそこへ商業ギルドの指導が入り、後にその勤務状況が一変した乗合馬車業者は、ちょっとした人気の事業所となったそうな。
そしてドロテオは、その腕前を見込まれてアップルジャック商会専属の御者として引き抜かれ、決まった休日と無理のない勤務形態を与えられてとても満足な生活を送ることになった。
本気で関係ないことだが。
三人が去った後、退避していた運河から這い出したユーインは、破壊された〝魔導鎧〟の残骸を装着したまま倒れているイーロの傍に寄る。
そして完全に意識を失っているのを確認して安堵の息を漏らし、そして――
「イーロ・ネヴァライネン。業務上横領、並びに公務執行妨害及び殺人未遂の現行犯で捕縛する」
誰にともなくそう独白し、イーロを後ろ手に縛って捕縛した。