商業ギルドの監査特務隊が、イーロ・ネヴァライネン邸へと強制捜査に踏み入った時刻より二時間ほど前のこと――
「ねぇセシル。リオノーラのトコのなんとかっていう支配人の家に行って来たみたいだけど、そのラーラ用の色々を買って来る必要はあったの?」
ニコニコで買って貰ったその色々を、皆がいるリビングで早速広げているラーラを眺めながら、それに対して特に怒っているわけでもなく、ただなんとなく訊きたかっただけのクローディアがそう切り出し、だがそれをどう感じたのか、シェリーを始めとするアップルジャック商会の面々が向ける氷点下な視線が突き刺さり、こちらも特になにも考えていなかったセシルは、何故にそんな目で見られなければならないのだろうと怪訝な表情を浮かべた。
「恋人がいるのにそれに断りも入れないで、他の女に色々買ってあげるなんて。一体どういうつもりなのかしら、このハーレム野郎は」
マーチェレス農場謹製、セシルお勧めなブルーベリーのフレーバード・ティーを傾けながら、頬杖を突いて白けたように独白するシェリー。
まぁその独白は、無論ワザとだが結構な音量があり、その場にいる皆に丸聞こえであったが。
「そうね。まだラーラとはそういう関係じゃないでしょうから、一言デシーに断りを入れるべきだったわね。案外セシルはそういうところが抜けているから」
やれやれと言わんばかりにそう言い、ローズのセンティッド・ティーを傾けるクローディア。まるっきり他人事なその反応に、アップルジャック商会の面々は目を見開いて首を傾げ、ジャスミンのセンティッド・ティーを楽しんでいるデシレアが、同じく「やれやれ」とでも言いたげに頭を振っている。
「え? ディアってセシルと、あの、そういう関係なのよね? 違ったっけ?」
若干困惑しながら、控えめに訊くシェリー。言わんとしていることは判るし、年齢的にも直接的に言うのは憚れるのだろう。
だがそういうことに空気を読むクローディアではない。
不思議に思っている一同に、茶系金髪の長い髪を掻き上げて耳に掛け、
「違うわよ。私とセシルは身体だけの関係よ。もうずっとそうやって過ごして来たわ。セシルの恋人はデシーよ」
なんでもないようなことのように、さもそれが当然であるかのようにクローディアがそう言い、付け合わせのビスケットを口に運んでサクサクしてから手元の紅茶をコクコク傾ける。
それを受けて、事情の詳細が判っていない一同が、更に冷たくなった視線をセシルに向けた。
そんな凍えそうな目で見られているセシルだが、
「あれ? こんなおパンツ買ったっけ?」
「いやラーラよ、お前特に深く考えないでサイズ重視で選んでたろう。布面積とか見てから買えって言ったの覚えてねーのかよ」
「えへへ、そうだっけ。でもセシルくんだって止めなかったよね。これ穿いてるラーラ見たいの?」
「あのなぁ、女性下着店で恋人でもなんでもない俺が口出ししたらおかしいだろ。あと此処でパンツ広げるな」
そんな視線にも効果がある筈はなく、無邪気な口調に一切合っていない布面積がやたらと少なく一部紐だけという、どう考えてもアレ目的でしかないおパンツを広げているラーラへ、効果が一切ないであろうやる気のない注意をしていた。
そして言われたラーラも、やはり無邪気に笑いながら「後で見せてあげるね」とか言いながらそれを仕舞う。
今現在どう見ても、セシルとラーラがそういう関係にしか見えないアップルジャック商会の面々。クローディアとデシレアは、いつものことであるため全く気にしていないが。
関係ないが、レオンティーヌは結局デシレアに笑顔で説教された挙句、充がえられた部屋で不貞寝しているそうな。今後の展開如何では、確実にサスペンスになるであろう。
「結局あのハーレム野郎の恋人って誰になるの?」
ハッキリしない所為か苛立たしげにテーブルを指でコツコツ叩きながら、ジト目なシェリーがセシルを睨め上げる。
もしこの場に商会の若いモンがいたのなら、その視線だけでバケット五本はイケるだろう。
それはともかく、そんなシェリーの質問にクローディアはデシレアを指差し、デシレアは自分とクローディアを指差して、更にラーラはクローディアとデシレアを指差すという、相当混沌とした有様になった。この場にレオンティーヌがいないのが本当に幸いである。
もっともいたところで、軽ぅ~く流されて終わりのような気がしないでもない。
「ねぇデシー。私はセシルの恋人じゃないわよ。恋人は貴女でしょ? それとも身体だけの女が傍らにいるのが気に入らないのかしら」
「この際に本音を言わせて貰えば、本人同士がどう考えていようと、お二人は恋人以上で既に夫婦と名乗っても遜色ありません。どちらかといえば、知らなかったとはいえ私が割って入ってしまったことを怒ってもいいくらいです」
「おかしなことを言うのね。私の方こそ邪魔だっていうなら消えるわよ」
「それは絶対にいけません。セシル様にはディアが必要なんですよ。仮に私だけがそうなのなら、こういうのは露骨ですが、どうしてセシル様は真っ先にディアを求めるのですか? その事実だけで充分です。あと、私は一人だけ幸せになろうとは思っていません。ディアだって幸せになって欲しいのです」
「ん~……セシルが真っ先に私を選ぶのは、お互いの好きなトコロを熟知してるからよ。もう六年間くらい私がダメなとき以外は毎日シてるから。それくらいシてれば判らない方がおかしいでしょう」
「そればかりではなく、セシル様の旅支度や荷造り、用意する装束だって完璧に出来ますし――」
「それも一緒に暮らしていれば誰でも判るわ。なにしろ一〇年以上の付合いだし」
「どんなに疲れていても、セシル様の翌日の装いの用意をしていますし――」
「同居人として、セシルに見窄らしい格好をさせるわけにはいかないでしょう。当り前のことよ」
「セシル様の食事の好みも完璧に把握しているのは勿論、これ以上ないくらいバランス良く用意していますし――」
「ひとの食事にはこれ以上ないくらい気を使って用意するのに、セシルって自分の食事には本当に無頓着なの。放って置いたらいつ作ったのか判らない硬くなったライ麦パンを、生温いミルクに浸して啜ってたりするのよ。そんなの見たら誰でもそうするわよ」
ああ言えばこう言いながら、どうあっても認めないクローディアに、デシレアは溜息と共に肩を落とす。
そしてそんな遣り取りを黙して聞いているアップジャック商会の面々は、一様に思った。
それ、どう考えても夫婦だろう――と。
そんな無自覚なんだか意図的にそう思わないようにしているのか不明ではある二人だが、この機会にもっとお互いの気持ちを理解して貰おうと画策したデシレアが、
「ラーラだけが市街観光したのは不公平ですので、セシル様とディアとで行って来たら良いのではありませんか?」
名案と言わんばかりに「パン」と手を合わせて言ってみた。
すると二人は互いに顔を見合わせて、
「え、嫌だよ。ディアって俺が行きたいところにしか行こうとしないんだら」
「嫌よ。セシルったら私が行きたいところにしか行きたがらないもの」
そんなことを言う始末。裏を返せば、互いが行きたいと思うところで充分満足だということなのだろう。
「砂糖吐いて良いかな」
独白するシェリー。どうあってもイチャついているようにしか見えない。
「それに、そもそもな問題としてこんな夜遅くまで営業している小売店ってあるわけないでしょう。少なくとも交易都市と銘打っているバルブレアでさえ、二〇時を過ぎているこの時間じゃあ酒場とかバーみたいな処とか風俗店くらいしか営業していないで――」
「二三時くらいまで開いてるわよ」
ダルモア王国の常識を例に出して行かない理由を並べるクローディアだが、残念ながら此処はストラスアイラ王国であり、更に最も商業が盛んな〝商業都市〟グレンカダムである。
業種によっては仕遅くまで営業するのは当り前であり、更に自営であるなら休日はほぼ無いに等しい。
そんな方々のために、様々な小売店やら服飾店やら食料品店やらも営業しているし、なんなら夕方に開店して明方まで営業しているそれらや、中には夜だけ開業している診療所まであったりするのだ。
需要があるから供給されるのは、いつの時代も何処の世界も一緒である。
「二人で行って来たら良いでしょ。どうせ此処はいつでも誰かしら起きているから、迷惑なんて思わないわよ。お父さ――ザック、商業地図出して」
言われて、先程取り出したグレンカダムの地図とは別の物を棚から取り出すアイザック。
シェリーが何故かちょっと言い淀んで、そして何故かアイザックがちょっと嬉しそうな顔をしているのはどういうわけだろう。
それはともかく、アイザックがテーブルに広げたそれは、グレンカダムの商業区にある夜間営業店舗が多く点在している区画の地図だった。
それには各店舗の取扱商品と営業時間、オススメ度や電話番号まで書かれている。但し、相当大きくなってしまっているが。
「うちの手の者が集めた情報を元に作った店舗情報地図だ。これを押さえておけばまず間違いない」
先程グレンカダム全体地図を提示したときと変わらないトーンでアイザックがそう言う。ちょっと得意げなドヤ顔が、若干鬱陶しい。奥さんのエイリーンは、そんな彼をポーッとしながら見ていたが。
そしてそんな情報量の多い特大の地図を、半眼で胡乱な表情で見下ろすセシルとクローディアの二人。
「……これを覚えろと? 面倒だな」
「私はイヤよ。覚えてても今後に役立つとは思えないもの。それに商店なんて水ものでしょう。いつ無くなったり変わったりするか判らないから容量の無駄はしたくないわ」
「……この似た者夫婦は……!」
せっかく出した、贔屓目に見ても大変良く出来ている、あたかも「る◯ぶ」や「まっ◯る」のような地図を目前にしてそんなことを言っちゃう二人に、苛ぁ! っとしながら歯噛みするシェリー。
誰も全部覚えろとは言っていない。行きたい店舗を事前に調べて、無駄のないようにした方がいいと考えて提示しただけである。
もっともセシルにしてみれば、そんな地図だからこそ信用出来ないと思ってしまっているのだが。
過去の何処かで信じてハズレを掴まされ、地元の情報通な乗合馬車業者に大笑いされたことでもあったのだろう。
だがそれは、行ったことすらないし行こうとも思っていない場所を、さも「行って来ましたオススメしますよ良かったDEATH!」と言わんばかりに記事にしている、そんな某とは違い純度一〇割な地元民情報であるため信頼に足る情報である。
いや、素行はともかくそういう作業では絶対に外さない変態の手の者の情報であるから、信用も信頼も出来る筈だ。
なのに、この言い草。相手がシェリーじゃなくても誰でもそうなるだろう。もっともそのシェリーだって、決して気が長いわけではないが。
「はいはいはーい。地図はラーラが覚えるから、一緒に行ってもいいよー。大丈夫、二人の邪魔しないから」
一切地図を見る気のない二人を他所に、ラーラがそう提案する。
「いやそれは……」
二人きりにさせたいと画策するシェリーがそう言い淀み、だがふと我に返って何故に自分がそこまで心を砕かないといけないんだと考えて沈黙する。
そしてそれをどう捉えたのか、とても良い笑顔なデシレアが、
「良いと思います。ラーラは地図をしっかり読めますし、案内も上手ですので適任です。なにより雰囲気も読めるので二人の邪魔はしませんよ。深く考えずに、案内付きの観光程度な気分で行って来れば良いのです」
ラーラの両手を握ってバンザイさせ、それごと身体をヒョコヒョコ持ち上げながら良い笑顔で言う。デシレアは意外に力が強かった。
どうでも良いが、そうされることでラーラの豊かな胸部装甲が強調されてたゆんたゆんする。どうやら戻った時点で即、摩擦と揺れから保護する武装は弛めたようだ。
おかげでアイザックとJJの視線が落ち着かなくなる。気にしていないと公言しているものの、思わず奥さんだったり恋人だったりのなにかと比べちゃったようだ。
そんな男二人に、エイリーンとコーデリアの視線が各々に突き刺さりまくる。
「悪かったわねツルペタで」
「……これでも私だってそれなりな自負はありますが、ジャック様は物足りないのでしょうか」
ちょっとしたサスペンスになっている夫婦と恋人同士は置いといて、セシルとクローディアは互いに視線を交わし、
「行くか?」
「ん~、それなら行っても良いわよ」
イエス! と心中で独白し、更にラーラをヒョコヒョコしてたゆんたゆんさせるデシレア。
誰かさんと誰かさんが水飲み鳥のようになっているのだが、そんなのお構いなしである。
そしてそうされているラーラ(二七歳)も、無邪気にキャッキャ言っていたが。
「ねぇセシル。リオノーラのトコのなんとかっていう支配人の家に行って来たみたいだけど、そのラーラ用の色々を買って来る必要はあったの?」
ニコニコで買って貰ったその色々を、皆がいるリビングで早速広げているラーラを眺めながら、それに対して特に怒っているわけでもなく、ただなんとなく訊きたかっただけのクローディアがそう切り出し、だがそれをどう感じたのか、シェリーを始めとするアップルジャック商会の面々が向ける氷点下な視線が突き刺さり、こちらも特になにも考えていなかったセシルは、何故にそんな目で見られなければならないのだろうと怪訝な表情を浮かべた。
「恋人がいるのにそれに断りも入れないで、他の女に色々買ってあげるなんて。一体どういうつもりなのかしら、このハーレム野郎は」
マーチェレス農場謹製、セシルお勧めなブルーベリーのフレーバード・ティーを傾けながら、頬杖を突いて白けたように独白するシェリー。
まぁその独白は、無論ワザとだが結構な音量があり、その場にいる皆に丸聞こえであったが。
「そうね。まだラーラとはそういう関係じゃないでしょうから、一言デシーに断りを入れるべきだったわね。案外セシルはそういうところが抜けているから」
やれやれと言わんばかりにそう言い、ローズのセンティッド・ティーを傾けるクローディア。まるっきり他人事なその反応に、アップルジャック商会の面々は目を見開いて首を傾げ、ジャスミンのセンティッド・ティーを楽しんでいるデシレアが、同じく「やれやれ」とでも言いたげに頭を振っている。
「え? ディアってセシルと、あの、そういう関係なのよね? 違ったっけ?」
若干困惑しながら、控えめに訊くシェリー。言わんとしていることは判るし、年齢的にも直接的に言うのは憚れるのだろう。
だがそういうことに空気を読むクローディアではない。
不思議に思っている一同に、茶系金髪の長い髪を掻き上げて耳に掛け、
「違うわよ。私とセシルは身体だけの関係よ。もうずっとそうやって過ごして来たわ。セシルの恋人はデシーよ」
なんでもないようなことのように、さもそれが当然であるかのようにクローディアがそう言い、付け合わせのビスケットを口に運んでサクサクしてから手元の紅茶をコクコク傾ける。
それを受けて、事情の詳細が判っていない一同が、更に冷たくなった視線をセシルに向けた。
そんな凍えそうな目で見られているセシルだが、
「あれ? こんなおパンツ買ったっけ?」
「いやラーラよ、お前特に深く考えないでサイズ重視で選んでたろう。布面積とか見てから買えって言ったの覚えてねーのかよ」
「えへへ、そうだっけ。でもセシルくんだって止めなかったよね。これ穿いてるラーラ見たいの?」
「あのなぁ、女性下着店で恋人でもなんでもない俺が口出ししたらおかしいだろ。あと此処でパンツ広げるな」
そんな視線にも効果がある筈はなく、無邪気な口調に一切合っていない布面積がやたらと少なく一部紐だけという、どう考えてもアレ目的でしかないおパンツを広げているラーラへ、効果が一切ないであろうやる気のない注意をしていた。
そして言われたラーラも、やはり無邪気に笑いながら「後で見せてあげるね」とか言いながらそれを仕舞う。
今現在どう見ても、セシルとラーラがそういう関係にしか見えないアップルジャック商会の面々。クローディアとデシレアは、いつものことであるため全く気にしていないが。
関係ないが、レオンティーヌは結局デシレアに笑顔で説教された挙句、充がえられた部屋で不貞寝しているそうな。今後の展開如何では、確実にサスペンスになるであろう。
「結局あのハーレム野郎の恋人って誰になるの?」
ハッキリしない所為か苛立たしげにテーブルを指でコツコツ叩きながら、ジト目なシェリーがセシルを睨め上げる。
もしこの場に商会の若いモンがいたのなら、その視線だけでバケット五本はイケるだろう。
それはともかく、そんなシェリーの質問にクローディアはデシレアを指差し、デシレアは自分とクローディアを指差して、更にラーラはクローディアとデシレアを指差すという、相当混沌とした有様になった。この場にレオンティーヌがいないのが本当に幸いである。
もっともいたところで、軽ぅ~く流されて終わりのような気がしないでもない。
「ねぇデシー。私はセシルの恋人じゃないわよ。恋人は貴女でしょ? それとも身体だけの女が傍らにいるのが気に入らないのかしら」
「この際に本音を言わせて貰えば、本人同士がどう考えていようと、お二人は恋人以上で既に夫婦と名乗っても遜色ありません。どちらかといえば、知らなかったとはいえ私が割って入ってしまったことを怒ってもいいくらいです」
「おかしなことを言うのね。私の方こそ邪魔だっていうなら消えるわよ」
「それは絶対にいけません。セシル様にはディアが必要なんですよ。仮に私だけがそうなのなら、こういうのは露骨ですが、どうしてセシル様は真っ先にディアを求めるのですか? その事実だけで充分です。あと、私は一人だけ幸せになろうとは思っていません。ディアだって幸せになって欲しいのです」
「ん~……セシルが真っ先に私を選ぶのは、お互いの好きなトコロを熟知してるからよ。もう六年間くらい私がダメなとき以外は毎日シてるから。それくらいシてれば判らない方がおかしいでしょう」
「そればかりではなく、セシル様の旅支度や荷造り、用意する装束だって完璧に出来ますし――」
「それも一緒に暮らしていれば誰でも判るわ。なにしろ一〇年以上の付合いだし」
「どんなに疲れていても、セシル様の翌日の装いの用意をしていますし――」
「同居人として、セシルに見窄らしい格好をさせるわけにはいかないでしょう。当り前のことよ」
「セシル様の食事の好みも完璧に把握しているのは勿論、これ以上ないくらいバランス良く用意していますし――」
「ひとの食事にはこれ以上ないくらい気を使って用意するのに、セシルって自分の食事には本当に無頓着なの。放って置いたらいつ作ったのか判らない硬くなったライ麦パンを、生温いミルクに浸して啜ってたりするのよ。そんなの見たら誰でもそうするわよ」
ああ言えばこう言いながら、どうあっても認めないクローディアに、デシレアは溜息と共に肩を落とす。
そしてそんな遣り取りを黙して聞いているアップジャック商会の面々は、一様に思った。
それ、どう考えても夫婦だろう――と。
そんな無自覚なんだか意図的にそう思わないようにしているのか不明ではある二人だが、この機会にもっとお互いの気持ちを理解して貰おうと画策したデシレアが、
「ラーラだけが市街観光したのは不公平ですので、セシル様とディアとで行って来たら良いのではありませんか?」
名案と言わんばかりに「パン」と手を合わせて言ってみた。
すると二人は互いに顔を見合わせて、
「え、嫌だよ。ディアって俺が行きたいところにしか行こうとしないんだら」
「嫌よ。セシルったら私が行きたいところにしか行きたがらないもの」
そんなことを言う始末。裏を返せば、互いが行きたいと思うところで充分満足だということなのだろう。
「砂糖吐いて良いかな」
独白するシェリー。どうあってもイチャついているようにしか見えない。
「それに、そもそもな問題としてこんな夜遅くまで営業している小売店ってあるわけないでしょう。少なくとも交易都市と銘打っているバルブレアでさえ、二〇時を過ぎているこの時間じゃあ酒場とかバーみたいな処とか風俗店くらいしか営業していないで――」
「二三時くらいまで開いてるわよ」
ダルモア王国の常識を例に出して行かない理由を並べるクローディアだが、残念ながら此処はストラスアイラ王国であり、更に最も商業が盛んな〝商業都市〟グレンカダムである。
業種によっては仕遅くまで営業するのは当り前であり、更に自営であるなら休日はほぼ無いに等しい。
そんな方々のために、様々な小売店やら服飾店やら食料品店やらも営業しているし、なんなら夕方に開店して明方まで営業しているそれらや、中には夜だけ開業している診療所まであったりするのだ。
需要があるから供給されるのは、いつの時代も何処の世界も一緒である。
「二人で行って来たら良いでしょ。どうせ此処はいつでも誰かしら起きているから、迷惑なんて思わないわよ。お父さ――ザック、商業地図出して」
言われて、先程取り出したグレンカダムの地図とは別の物を棚から取り出すアイザック。
シェリーが何故かちょっと言い淀んで、そして何故かアイザックがちょっと嬉しそうな顔をしているのはどういうわけだろう。
それはともかく、アイザックがテーブルに広げたそれは、グレンカダムの商業区にある夜間営業店舗が多く点在している区画の地図だった。
それには各店舗の取扱商品と営業時間、オススメ度や電話番号まで書かれている。但し、相当大きくなってしまっているが。
「うちの手の者が集めた情報を元に作った店舗情報地図だ。これを押さえておけばまず間違いない」
先程グレンカダム全体地図を提示したときと変わらないトーンでアイザックがそう言う。ちょっと得意げなドヤ顔が、若干鬱陶しい。奥さんのエイリーンは、そんな彼をポーッとしながら見ていたが。
そしてそんな情報量の多い特大の地図を、半眼で胡乱な表情で見下ろすセシルとクローディアの二人。
「……これを覚えろと? 面倒だな」
「私はイヤよ。覚えてても今後に役立つとは思えないもの。それに商店なんて水ものでしょう。いつ無くなったり変わったりするか判らないから容量の無駄はしたくないわ」
「……この似た者夫婦は……!」
せっかく出した、贔屓目に見ても大変良く出来ている、あたかも「る◯ぶ」や「まっ◯る」のような地図を目前にしてそんなことを言っちゃう二人に、苛ぁ! っとしながら歯噛みするシェリー。
誰も全部覚えろとは言っていない。行きたい店舗を事前に調べて、無駄のないようにした方がいいと考えて提示しただけである。
もっともセシルにしてみれば、そんな地図だからこそ信用出来ないと思ってしまっているのだが。
過去の何処かで信じてハズレを掴まされ、地元の情報通な乗合馬車業者に大笑いされたことでもあったのだろう。
だがそれは、行ったことすらないし行こうとも思っていない場所を、さも「行って来ましたオススメしますよ良かったDEATH!」と言わんばかりに記事にしている、そんな某とは違い純度一〇割な地元民情報であるため信頼に足る情報である。
いや、素行はともかくそういう作業では絶対に外さない変態の手の者の情報であるから、信用も信頼も出来る筈だ。
なのに、この言い草。相手がシェリーじゃなくても誰でもそうなるだろう。もっともそのシェリーだって、決して気が長いわけではないが。
「はいはいはーい。地図はラーラが覚えるから、一緒に行ってもいいよー。大丈夫、二人の邪魔しないから」
一切地図を見る気のない二人を他所に、ラーラがそう提案する。
「いやそれは……」
二人きりにさせたいと画策するシェリーがそう言い淀み、だがふと我に返って何故に自分がそこまで心を砕かないといけないんだと考えて沈黙する。
そしてそれをどう捉えたのか、とても良い笑顔なデシレアが、
「良いと思います。ラーラは地図をしっかり読めますし、案内も上手ですので適任です。なにより雰囲気も読めるので二人の邪魔はしませんよ。深く考えずに、案内付きの観光程度な気分で行って来れば良いのです」
ラーラの両手を握ってバンザイさせ、それごと身体をヒョコヒョコ持ち上げながら良い笑顔で言う。デシレアは意外に力が強かった。
どうでも良いが、そうされることでラーラの豊かな胸部装甲が強調されてたゆんたゆんする。どうやら戻った時点で即、摩擦と揺れから保護する武装は弛めたようだ。
おかげでアイザックとJJの視線が落ち着かなくなる。気にしていないと公言しているものの、思わず奥さんだったり恋人だったりのなにかと比べちゃったようだ。
そんな男二人に、エイリーンとコーデリアの視線が各々に突き刺さりまくる。
「悪かったわねツルペタで」
「……これでも私だってそれなりな自負はありますが、ジャック様は物足りないのでしょうか」
ちょっとしたサスペンスになっている夫婦と恋人同士は置いといて、セシルとクローディアは互いに視線を交わし、
「行くか?」
「ん~、それなら行っても良いわよ」
イエス! と心中で独白し、更にラーラをヒョコヒョコしてたゆんたゆんさせるデシレア。
誰かさんと誰かさんが水飲み鳥のようになっているのだが、そんなのお構いなしである。
そしてそうされているラーラ(二七歳)も、無邪気にキャッキャ言っていたが。