抱き付かれて離れる様子が全然なく、本気で困ってしまい助けを求めているシェリーから、セシルはクローディアをなんとか引き離した。
 そのときちょっと暴れられて引っ掻かれたりしたが、その程度は許容範囲内である。たまーに背中を引っ掻かれるし。

 そしてそのクローディアを落ち着かせてから、他の三人へ目配せをして慇懃(いんぎん)に一礼をしてから名乗る。

「大変失礼を致しました。改めまして、我らはダルモア王国の交易都市バルブレアにあります、『マーチャレス農場』から参りま――」
『セシル、くぅーーーーーーーーーーん!』
「――した。私はセシル・アディと申しま――」

 その挨拶の途中で、玄関口に立つシェリーを飛び越えて草原妖精が、セシル目掛けて飛び込み(ダイブ)をする。

(わたくし)に会いに来てくれたんだね! 嬉しいよ天にも昇る気持ちだよ昇天しそうだよイっちゃいそうだよ! さあ! (わたくし)()んず(ほぐ)れつ(ただ)れた夜を過ごそうじゃないか今直(います)――」
(フン)!!」
「ぐにぃ!?」

 それがセシルへと到達する前に、そのまだ宙を舞っている草原妖精の背に気合一閃全体重を掛けて掌底を落とす。
 哀れその草原妖精――リー・イーリーは、潰れたカエルのような声を出して「ビタン」と地面に落ちた。

 シェリーは既に成人しており、実はそれほど背は低くなく160センチメートルはあるのだが、それを物理的に飛び越えるとは、呆れた身体能力だ。

 そしてそれを、躊躇など一切なく自身の全体重と重力を合わせて地面に叩き付けるセシルの容赦ない行動に、なんとなーくこの人も変態(リー)の被害者なんだなーと察し、だが性別がおかしいと、シェリーは若干混乱する。

「もうセシルくん。相変わらず激しいねぇ。()()()()(わたくし)を容赦なく縛ってくれたね。あの出来事は今でも夢に見るよぉ」
「恍惚とするな鬱陶しい。何度来ようが俺はお前と同衾する気はないぞ。そういえばお前もアップルジャック商会の従業員だったな。覚えていたくないから記憶から消去していたよ」
「ふふふ、相変わらずツレナイねぇ。だがそれがイイ! 君の初めてをディアに取られたのは(わたくし)にとって痛恨時だけど、その成熟した身体と磨いたであろう技術(テクニック)を存分に味わうのもまた、一興! さあ! 今から終わらない(ただ)れた夜を過ご――」

 目を爛々と輝かせながら、鼻息も荒く恍惚とするリー。久し振りにセシルを見て、完全に(たが)が外れたようだ。

 そしてセシルは、ちょっと人に向けてはいけないような、気の弱い者なら心的外傷(トラウマ)になりそうなほどの(さげす)んだ視線を向ける。

「おお? なんだこの(つる)は? まさか木魔法(もくまほう)!? くぅ、なんだこの尋常ではない強度は! はぁ? なんで此処に植物妖精がいるのだ!?」
「セシル様が嫌がっていますので、ちょっと大人しくして下さいね、お嬢ちゃん」

 そんなリーを見ていられなくなったデシレアが、木魔法(もくまほう)でリーを縛る。
 それを恨めしそうに睨み、だが絶妙ーに躰に食い込む蔓にハァハァし始めた。

「もしかしてセシルくん、その植物妖精もたらし込んだのかい? 流石だよ! ということは、ディアとはもう切れたんだね!」
「言い方! たらし込んでなんかいねぇよ人聞きの悪い!」
「あらあら、どうしましょうディア。(わたくし)ってセシル様にたらし込まれたのでしょうか?」
「はいはい! 私もセシルにたらし込まれたいです今直ぐに!」
「レオ(うるさ)い。ちょっとラーラと一緒に黙ってようか」
「私の扱い酷くない!?」
「どちらかというと、こっちがセシルをたらし込んだのよね。あと私とセシルは切れてないわよ。身体の相性が良いからね。でも他の女には譲っても、アンタみたいな変態女には絶対に譲ってやらない」
「あのー、ちょっといい?」

 突如現れて場を引っ掻き回しているリーに呆然とし、だが聞き捨てならない一言を耳にして口を挟むシェリー。
 すると何故かクローディアが、目をキラキラさせながら上機嫌でその手を取って両手でニギニギし始める。
 ちなみに地面で縛られているリーは、そのクローディアに踏ん付けられて「あふん♡」と言っていた。

「ちょっと素朴な疑問なんだけど、変態女って、誰?」

 凄く良い顔で自分の手をニギニギしているクローディアにちょっと引きつつ、セシル達を見回してから訊く。
 するとセシルとクローディア、そして後ろにいる海妖精が一斉にリーを指差した。

 そのリーは、「ああ、後ろ指を()()()()いる。だがそれもまたイイ!」とか高度な変態力を発揮してビクンビクンしている。

 シェリーはたっぷり数分間呆然とし、そして足元でビクンビクンしている変態(リー)の傍にノロノロとしゃがみ込む。
 そして控え目なその胸を鷲掴んで「ぅんん♡」と言わせ、更に――ちょっと年頃の女の子が触っちゃいけないところを撫で回したり叩いたりした。勿論そのたび変態(リー)は一層ビクンビクンし、最終的に荒い息をしながら動かなくなったという。

「――嘘……」

 呆然と立ち上がり、呟くシェリー。その尋常ではない状態に、若干狼狽(うろた)えるクローディア。セシルは素知らぬ顔だったが。

「嘘、うそ! ウソーーーー! リーって女だったの!?」
『え……そこ?』

 思わず異口同音で突っ込むセシル達であった。

 そんなどーでも良い一幕(ひとまく)があり、なにはともあれ自己紹介を終えたセシル達は、訪問した理由を説明した。

 それならばとシェリーは、二階に部屋も余っているし此処に泊まるように言い、だが現在来客中であるため大した御構いは出来なくて申し訳ないと告げた。

 突然の訪問であるため、それは仕方のないことである。

 だがそれより――

「シェリーさんはエセルさんの娘さんなのよね。ごめんなさい取り乱して。あまりにそっくりだったからつい……」
「気にしなくて良いわよ。お母さんに似てるって以前から言われてたし、それに写真を見る限りじゃあ『双子か!』ってくらい似てる自覚があるから。あ、でも私の方がおっぱいは大きいかな~」
「あー、うん、確かにエセルさん、それ気にしてた。あれ? シェリーさんって幾つになったの?」
「一五歳よ。成人したて。あと『さん』付けじゃなくて良いわよ。私もディアって呼ぶから」
「ありがとう、じゃあシェリー、遠慮なく部屋を使わせて貰うわね」
「良いよ良いよ。部屋数いっぱいあるから、好きに使って。あ、エイリーンさん、案内してくれない。私ちょっとJJと一緒にリオと話しがあるから」

 シェリーとクローディアが、やけに親しげに話していた。やはり最初に()()()()()があったせいなのであろうか。

 それはともかく、セシル達はエイリーンという龍人族の、なんだかちょっとエッチな雰囲気を醸し出している女性(ひと)に案内して貰い、部屋を選ぶことにした。

「一応シングルとツイン、あとダブルもあるわよ。えーと、セシルくんとディアちゃんがダブルで、あとはシングルで良いかな?」

 まぁそれが妥当かな。そう思い承諾しようとするのだが、

「はいはい! 私がセシルと同室が良いです! これを機会に私にも手を出して下さいお願いします!」
「却下」

 バカを言い出すレオンティーヌのアホな提案を即却下する。

「ラーラ」
「はい、ラーラです。どしたのセシルくん」
「こういうことを頼むのは凄く気が引けるんだが……」
「あー、判ったの。問題ないよセシルくん。だけどあとで埋め合わせはしてね。身体で払ってくれても良いよ」
「いやまたそんな冗談を……」
「え? なに言ってるのセシルくん。ラーラ本気だよ。優秀な子種を欲しがるのは当然だし、それにラーラは仕事が出来て強いセシルくんが大好きなんだよ。大丈夫、ディアとデシー先輩には許可貰ってるから」

 天真爛漫にそんなとんでもないことを言われ、暫し呆然とするセシル。無許可で許可を出したクローディアとデシレアは、渾身の素知らぬ風を装っている。

 そしてラーラは、

「い~やぁああああああぁぁぁ! 私はセシルとねぇーるぅーのぉおーーーーーー!」
「はいはい(うるさ)い。レオはラーラと同じ部屋だよ。散らかしたら素っ裸にひん剥いて縛ってから放り出すからね」

 レオンティーヌをドナドナしながら、案内されたツインの部屋に入って行った。

「賑やかねぇ」

 その様を見て、ことこと笑うエイリーン。その笑い顔でさえ、妙に色っぽい。

 ちなみにこの人は、この商会の社長夫人らしい。龍人族、しかもその白銀の髪と黄金の瞳を見る限り最強の黄金龍であろう。
 それを妻にするなど、いったいどんな化物なのだろうか。

 そんなことを考え、だがエセルは元より変態(リー)だって実は相当な実力者だ。その上こんな最強で最恐な種族の女を娶る化物がいるアップルジャック商会は、いったいどんな人外魔境なんだろう。

 そんなことを考え、僅かに身震いするセシル。

 だがエセルに拾われて色々と教示されたセシルは元より、元孤児院の子供たちも既に充分人外であるのを、セシルは気付いていなかった。

 一例を挙げるなら、元孤児院の魔法適性がある子供たちは、最低でも〝三重詠唱(トゥロワ・ソール)〟が使える。そしてそれが「普通」だ。
 だがそれは世間一般的には全然「普通」ではなく、それだけで宮仕えすら出来るほど高度な技術なのである。

 他には――一刀の元に鉄壁(てつかべ)を斬ったり、魔力を載せた掌底撃で岩盤を砂にしたり、500メートル先の的を矢で連続で射抜いたり、的のど真ん中に突き刺さっている投げナイフの柄に投げナイフを突き立てたり、正拳突きで衝撃波を発生させてぶつける等々――一般的には奥義や秘伝に属するようなことを、事もなげに平然とやっちゃっていた。

 エセルが足繁く通っていた孤児院は、そんな人外育成場であったのである。
 どうしてそうなったと(たず)ねてみたとしても、きっとエセルは「趣味で」とかシレッと言うのであろうが。

「それで? 貴方達は同室で良いのかしら。此方としても掃除するのが二部屋で済むのは助かるけど」
「あ、いや別べ――」
「デシーも一緒で構わない? ()()()旅疲れもあるからしないと思うけど」
「一緒で良いですよディア。でもセシル様はきっと我慢出来ないと思います」
「――つにして……ってコラ、勝手に――」
「ふふ、若いって良いわね。あ、でも見た目通りの齢じゃないのかな。植物妖精さん」
「ええ、そうですよ黄金龍さん。こう見えても数百年生きていますので」
「そうなの。あたしより歳上は久し振りね。あれ? でも貴女達って伴侶以外の異性に身体を見せないんじゃないの?」
「良くご存知ですね、こんな少数派(マイノリティ)種族の風習を。そうです、我らは伴侶にしか肌を晒しません。私にとってそれがセシル様です」
「まぁ、あたしらだって少数派(そう)だし。今更なんだろうけど、貴女はそれで良いの? 明らかに種としての寿命が違うでしょう」
「それは織込み済みです。セシル様を看取った後は、子供たちや孫、曾孫(ひまご)玄孫(やしゃご)に囲まれて幸せに暮らす予定ですので」
「……なんか俺の死後の予定を話されると切なくなるんだが、だが?」
「種としての寿命が違うからねー。仕方ないよ」
「あらそう。ふふ、それも楽しそうね。あたしもそれを目指したいけど、でも龍人族(あたし達)って子供が出来(にく)いからなぁ。もっと頑張ろうっと」

 明け透けにそんなコトを言っちゃうエイリーン。自分のことは棚上げして、ちょっと居心地が悪くなるセシル。
 だが子を()(はぐく)むのも、生物として当り前にするべきことではある。

「……俺達も作るべきなんだろうか……」
「え? なにセシル。子供欲しいの? うーん、私はまだ欲しくないなぁ」
「あ、いや、今直ぐって話しじゃあないよ。いずれはそうなるかなってことだ」
「……ふうん、そう」

 セシルの独白に、そうクローディアは答える。微妙に夫婦の会話なのだが、それを指摘しても否定されるだけだと知っているデシレアは、なんとも微妙な表情(かお)を浮かべている。

 結局セシル達が選んだのは、ツインの部屋だった。