シェリーによって新設されたアップルジャック商会に併設された商店は郊外にあり、お世辞にも立地がいいとは言えなかった。

 商店にとって立地は重要であり、例えどれほど優良であったとしても、それだけで売り上げが落ち込んでしまう。

 だがアップルジャック商会はそんな不利などモノともせずに、売り上げを伸ばしている。

 その要因となっているのがカルヴァドスやエセルが積み上げて来た「信頼」であり、そして愚鈍の代名詞とすら呼ばれているイヴォンを廃し、一度商会を畳んだがその数ヶ月後に再び立ち上げた、商業ギルド員や取引のある多数の商会の会長が「〝(おおとり)〟」と呼ぶ少女、シェリー・アップルジャックの存在であった。

 だが勿論そんな名の価値(ネームバリュー)だけで存続出来るほど、商会経営は甘くない。

 シェリーがまず行ったのは、既存の商会経営の概念を壊すことだった。

 今まで商品を購入するには、それを販売している商店に行かなければならなかった。
 だが新設されたアップルジャック商会では、急を要する場合や消費期限が短い商品以外のほぼ全てを、それを卸す商店や個人宅にまで宅配する事業を開始したのである。

 もっともその構想自体は十年以上前から既にあったのだが、いざ始めようとするとイヴォン(莫迦)――いや莫迦(イヴォン)(うるさ)くて全く進められなかった。
 なんでも「客に(へりくだ)ると舐められる」ということであったらしい。

 このときエセルは、

「莫迦がクソみたいな理屈()ねてんじゃないよ! クソがぁ!」

 と枕を殴りながら珍しく怒り、当時四歳のシェリーに(なぐさ)められたそうな。

 そんな感じで宅配事業を始め、最初は若干戸惑っていた顧客も回を重ねる毎にその高い利便性に気付き、現在では定期購入をしている商店や個人もいるほどであった。

 ちなみに送料はその商品価格の一割だが、一定の価格帯を越えると一律料金になるため、大量購入がオススメである。

 その他の事業として、冠婚葬祭業の立ち上げが決定しており、現在職員募集中であった。

 ちなみにどうしてそれを始めたのか、それには深い理由(わけ)がある。

 現アップルジャック商会の社長であるアイザック・セデラーは、先日結婚式を挙げた。
 だがその際に、()()()()()()教会を利用出来なくなっていたのである。
 それを岩妖精のガチムチ豆タンクで有り得ないほど酒に()()職人相手に、その酒の席で愚痴を零し、ならばとヘベレケになりながらもその職人連中がその場のノリで暴走し始め、酒の席での口約束であるにも(かかわ)らず、翌日あれよあれよという間に郊外にある商会に併設させるように、教会堂やら礼拝堂やら、果ては祝賀会場までもを勢いで着工し、僅か三日で仕上げてしまった。
 しかもそれは簡易的なものでは一切なく、本物のそれすら遥かに凌駕するほど立派な建造物であったのである。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、取り壊すのが勿体ないからなにかに使えないかと思案した結果、だったら司祭の資格持ちがいるんだから、それやっちゃおうとなったのである。

 案外軽い理由だった。

 余談だが、その建築費は無料で、だが実は教会側の()()()から捻出されたそうである。
 その賠償金なるものが、一番()()()()()()()()()シェリー達には一切入って来ないのは、きっと教会側の最後の抵抗なのだろう。

 ――なにがあったのかは、前章の十三話にサラッとあるのでそれを参照でお願いします。

 で、その事業を始めるにあたり食事の提供も必須であるため、提携業者としてレストラン「オーバン」にお願いしようと思ったのだが、どうやら資金繰りが難しくなり、地味に借金も増えているため廃業の危機に晒されているらしい。

 一体どういうことなのかと、取り敢えずそのオーナーのリオノーラ・オクスリーを呼んで事情を訊くことにした。
 それから、来るときには帳簿やその他の出納帳も持って来るように厳命している。

 彼女を迎えるにあたり、シェリーは勿論のこと、店長のアイザック・セデラー、副店長のリー・イーリー、経理会計監査のジャン・ジャック・ジャービス――JJ、そしてアイザックの妻のエイリーン・エラ・セデラーも同席することとなっていた。
 それから、シェリーの身の回りの世話をしている元修道女のコーデリア・ハーネスもいるのだが、数には入っていない。

 そしてリオノーラがシェリーの自宅に訪れ、愛想笑いをしながら整理されていない乱雑なそれらをテーブルに置き、JJの頬が若干引き攣ったとき、訪問を告げるノックが三回した。

 このドアノッカーにはちょっとした機能があり、ノックに連動してチャイムが鳴る仕組みになっている。
 ちなみにこれはエセルの発明品で、特許取得済みだ。そしてストラスアイラ王国内だけでなく他国でもバカ売れしているため、それをうっかり相続しちゃっているシェリーの貯蓄の桁が、ちょっと見るのも恐ろしいくらいになっていた。

 それはともかく、こんな夜更けに誰だろうと(いぶか)しみ、出ようとするコーデリアを制してシェリーが玄関口へ向かう。

 そしてドアを開け、

「はーい、どなたー? 言っておくけど訪問販売はお断りよ」

 そんな(とぼ)けたことを言いながら、訪問者を観察する。

 訪れたのは五人。

 一人は濡烏(ぬれがらす)色の艶やかな髪と(グレー)の瞳の、色白で端正な容姿の背の高い男。
 それだけを見たのならば、十人が十人とも、異口同音で色男と称するであろう。

 その右隣には、茶系金髪(ダーク・ブロンド)紫の瞳(パープル・アイズ)の、これもまた美人がいた。ただ若干気怠げであり、しかもちょっとエッチな色気がする。

 左隣には草原妖精がおり、お馴染みの黒髪黒目だがその双眸は細くはなく、逆に大きい方であった。だがそれよりなにより、彼女のスタイルがとても良く、胸部装甲に関して言えば、多分この場にいる誰よりもその防御力も破壊力も上であろう。

 背後にいる二人のうち青み掛かった金髪(アッシュ・ブロンド)紫紺(ディープ・パープル)の瞳の女性は、確か祖父カルヴァドスの葬儀のときに曽祖母のレミーをバルブレアから連れて来てくれた海妖精で、着付けや服飾を丁寧に教えてくれた記憶がある。

 但し、片付けが致命的に出来ていなかったが。

 そして最後の一人は――いまいち種族が判らなかった。

 若草色の僅かにクセのあるフワフワの髪と(はしばみ)色の瞳を見る限り森妖精のようでもあるが、その象徴ともいうべき耳がそれと違う。
 更に雰囲気が動物ではなく植物寄りであるのだが明らかに自立歩行しており、そして見た目でも植物な筈がなかったが。

 この数瞬でそこまで観察して(いぶか)しみ、だが――男の右隣にいる女と背後の海妖精が唐突に涙を落とし始めた。

「え? ええ? なになに、どうしたの?」

 意味が判らず、取り敢えず小首を傾げて愛想笑いを浮かべるシェリー。
 そのシェリーに、男の右隣にいる女――クローディアが唐突に抱き付いた。

「だって、だっで、ぞのままだがら――」

 そしてそのまま号泣し始める始末。シェリーはどうしていいか判らず、取り敢えず目の前の男に視線で助けと説明を求める。

 ちなみに背後にいて完全に出遅れてしまった海妖精――レオンティーヌも同じく号泣し始めており、隣にいるシェリーが言うところのイマイチ種族が判らない人――デシレアから()()()を貰って顔を覆っていた。

 そしてそんな視線を向けられた男――セシルもシェリーを見て呆然としており、だがすぐに我に返ると咳払いを一つしてから、

「失礼しました。我らはバルブレアにあります、元々は孤児院であった農場――マーチャレス農場から来た者です」

 丁寧に礼をしながら、そう言い微笑むセシル。

 それを見たシェリーは、一瞬でそれを詐欺師が浮かべる愛想笑いだと見抜いてしまい、先程の驚いたような懐かしむような、だが怯えたような表情が()なのだろうと判断した。

「ああ、お母さんがちょくちょく行ってたあの孤児院の……あー、もしかしてこの人とか後ろの海妖精さんとか、お母さ――エセルとなにかあったのかな?」

 そんなことを言いつつ、自分より背が高いのに甘えるように抱き付いているクローディアの背中をポンポン叩きながら、ついでに頭をナデナデしながら訊く。

 ――どうでも良いけどこの人、ママ(エイリーン)と同じくえっちな雰囲気というか、匂いがする。

 ついでにそんなことも考え、困ったようにクローディアの肩に手を添えるセシルと比べるように交互に視線を飛ばし、なにかを納得するシェリーであった。

 そのクローディアなのだが、

おがあざん(おかあさん)

 そう言い、シェリーを更にきつく抱き締め始める。

「ああ、うん、なんか納得した。確かに私ってば、お母さん(エセル)に似てるよね。よく瓜二つって言われるよ。寝惚けたザックに抱き付かれたこともいっぱいあるし。その後でエイリーンさんに引っ叩かれてたけど……」

「おかあさん!」
「ああ……もう、はいはい。えーと――」

 ちらりとセシルを一瞥し、口パクで名前を聞く。それだけで即理解した彼は、懐からメモ帳と万年筆を取り出してサラサラと書いてシェリーへ見せた。

『クローディア。愛称は「ディア」です。魔法使いとしてのエセル様の愛弟子(まなでし)になります。ちなみに全属性持ちで、現在十重詠唱(ディス・ソール)の練習中です』

 ほうほう、ナルホド。理解し納得するシェリー。というか書くの速くない? 妙に達筆だし!

 ちょっと驚いているシェリーに気付き、ちょっとドヤ顔をするセシル。思わず(イラ)ぁ! っとするシェリー。

 それはともかく、自分に抱き付いてただ泣きじゃくっているクローディアの背に手を回す。そしてその耳元で囁いた。

「頑張ったねディア。良く頑張りました」

 その言葉でクローディアの感情が閾値を超え、シェリーを抱き締めている手に更に力を込めて離さない。

「どうしろっていうのよ……」

 そう――言ったところで、事態が悪化しただけであった。