車窓に流れる景色を、何処へともなく視線を漂わせて眺めているセシルは、やがて深い溜息を吐いて天井へと視線を移す。
昨日から慌ただしく準備をし、自分だけではなく同行するクローディアとデシレアにも同じように準備をして貰ったのだが、実は二人にはそれとなくしか言っていなかったため、突然そんなことを言われて戸惑ってしまっただろう。申し訳ないことをした――
――と思っていたのだが、そんな「それとなく」を互いにしっかり覚えており、なんとセシルの準備が整う前に二人の準備は終わっていた。
そしてデシレアに至っては、持っていくもので悩んでいるセシルにあれこれ助言すらしていたのである。
「良く出来た奥さんだねぇ」
二人のそんな睦じい遣り取りを見て満足げに頷きながら、当日着て行くであろうセシルのスーツを用意するクローディア。
いやアンタもそれだからね!
マーチャレス農場スタッフと総合教育校職員、総ツッコミである。
当人達にはやっぱり自覚がないようだが。
こうして、現在はバルブレア発グレンカダム行きの高速列車に乗っている。何事もなく予定通りに行けば、一日半で到着する行程だ。
セシルは、グレンカダムへ行くのは初めてであり、そしてそれ以前に生まれ育ったリンクウッドの森にある隠里とバルブレアしか知らない。そもそも本格的にダルモア王国から出国するのすら初めてである。
不安がないと言えば、嘘になる。
だがそれを口にするほど、セシルの胆力は低くない。そもそも多寡が国境線を越える程度、幼少期に何度も経験しているのだ。
……リンクウッドの森の中でだけど。
そんな腰抜なんだか豪胆なんだかイマイチ判らないセルフツッコミをして、一人勝手に悦に入るセシル。きっと一人ボケツッコミのスキル値はカンストしているに違いない。そんなスキルや数値は存在しないけれど。
それはともかく――今現在進行形でセシルは憂鬱になっており、そしてその気持ちが晴れないばかりか、時間を重ねるごとに積み上がって行く。
だがそれだけではなく、自身の中から鬱屈する、それでいて抑え切れない若さ故の熱情すら湧き上がって来ているのである。
セシルはもう一度深い溜息を吐き、そして――その抑え切れない若さ故の純情の暴走が理由なく反抗している原因へと目を向け、なにかを誤魔化すかのように足を組み替えてからすぐに逸らした。
「セシルくん、ホントーーーーーーーにごめんなさい! まさかレオを追っ掛けるのに夢中になって出発に気付かないなんて! ラーラ一生の不覚! この不始末の責任は身体で付けるからセシルくんの好きにして良いよ! 大丈夫、もし子供が出来ても責任取れとか言わないから!」
「だからなんでコッチの世界の女子はすーぐ身体で払おうとしたり償おうとするんだよ!」
セシルの真正面で全裸土下座をしている草原妖精に、渾身のツッコミをする。
だがそうしたところで怪訝な顔をされるばかりであり、誰も理解してはくれなかった。
現にそのツッコミ直後にラーラがそんな表情で身を起こし、コテンと首を傾げている。その仕草が、反則的に可愛かった。
更に身を起こしてしまったために色々見えてはイケナイところがイロイロとポロリしちゃって、余計に身じろぎどころか足を組み替えることすら出来なくなっちゃうセシル。そんな様を察したクローディアが、ティーカップ片手にニヤ笑いをしている。
「(ラーラは草原妖精なのになんでこんなにお胸様が大きいんだろう何処ぞの変態とは大違いだというかコイツ滅茶苦茶スタイル良くないか身長は流石に低いけど大体142センチメートルくらいだろなのにこのボンキュボンは反則だろうあーくそ良いおっぱいだな触りてーウエストからおヒップ様まで撫で回してーなーでも此処で手を出したら俺はただのエロいヤツという烙印を押されてしまうそれだけはなんかイヤだし気の迷いや衝動に任せて突っ走って皆にイヤな思いをさせるなんてしたくないそもそも俺には既にディアとデシーがいるからこれ以上は裏切り行為になるだろ――」
「セシル~、考えがまる聞こえだよー。全然心の声になってないよー」
優雅なティータイムをしているクローディアが、妙に優しい微笑みを浮かべながら言う。
そして言われたセシルの時間が、コンマ五秒くらい停止した。
「え? 俺口に出てた? どのくらいから?」
「『ラーラは草原妖精なのにお胸様が~』ていうところですかね。どうやらセシル様が貧乳好きというのは気のせいだったようです。論理的に分析しますと、一番好きなのがウェストからヒップ、大腿のラインですね。あと、前屈したときのヒップラインが殊の外好みであるようです」
「最初からじゃねぇか! というかなんだよその風評被害!? それから淡々と俺の性癖を分析するのは勘弁してくれ!」
目を閉じてセンティッド・ティーの香りを楽しみながら、自身の分析結果を論理的に説いちゃうデシレアの言葉に、堪らず頭を抱えて悶絶するセシル。クローディアの優しくも生温い視線が、致命的に痛い。
「待って下さい。ラーラがこうなっちゃったのは私が部屋を片付けなかったからです!」
「……ほぉ」
なにやら殊勝なことを言い出すレオンティーヌ。だが何故か唐突に、ちょっと上目遣いで恥じらいつつ着衣を脱ぎ散らかし始め――
「だからといってお前まで同じことをしようとするんじゃないよ面倒臭ぇ! つーかお前とラーラだったらラーラを取るわ汚部屋の主! まずは片付けられないその性根を治してからにしろ!」
「いいえ止めません! 私の八割は既にセシルで出来ているのです! もうこれは娶って貰うしかありばぼべ!?」
そんなバカを言い出すレオンティーヌの顔面に、水魔法でちょっと硬めに生成した水の塊をぶつけて後ろに吹き飛ばすラーラ。
そして吹っ飛ばされた彼女は当然ずぶ濡れになり、更にそうされたことでちょっと女子が下着姿でしてはいけない格好になってしまった。
「レオ煩い。これはセシルくんとラーラの問題なの。これ以上口を挟むと、ラーラはもう二度とレオの部屋を掃除しないよ。きっとセシルくんも同じことを思ってるの。あと下着姿で歩かないでよ。此処は最高級クラスとはいえ列車内なんだからね!」
「……レオンティーヌがそんな格好しても、部屋掃除の度に見てるからなんも感じなくなって来た。なんだろうこの残念な海妖精」
現在進行形で全裸なラーラがそんなことを言っても説得力が皆無なのだが、それは心の棚に仕舞い込む。
そしてなにかが色々と落ち着いたセシルは、溜息と共にそんなことを呟いてテーブルに頬杖を突き、クローディアが淹れてくれたフレーバード・ティーに口を付ける。ちなみに彼は、ブルーベリーのそれが好きだ。
関係ないが、クローディアはローズの、デシレアはジャスミンのセンティッド・ティーを楽しんでいる。
「まぁ、そんなこと気にすんな。それに正直言うと、同行要員の候補にラーラもいたんだ。レオンティーヌが来るのを知ってたら、それを却下してラーラを誘おうと思ってたんだよ」
絶対皆に反対されて、レオンティーヌを連れて行かないのならラーラも置いて、ラーラを連れて行くならレオンティーヌも連れて行けと異口同音されるだろうとセシルは予想する。何故なら自分もそう言うだろうから。
――何処かに整理整頓が好きでレオンティーヌが好みだって言い出す長寿種族いないかな。
ワリと本気でそう考えるセシル。だがそんな物好きは存在しないだろうと、彼女の今後の人生を憂いた。三秒間くらい。
言いながら、全裸正座中のラーラに綺麗に畳んで置いてある服を、直視しないようにしながら渡す。それに再び首を傾げながら、今度はキョトン顔をしてセシルを見詰めた。身体はやっぱり隠していないが。
「そんなわけだから、服着てくれないか。凄く眼福だが流石に拙いからな」
「あ、うん。セシルくんがそれで良いなら構わないけど……えへへ、セシルくんはラーラもアリだって判ったから、ラーラ満足」
「いやそういうことを言ってるんじゃなくて……」
否定しようとするのだが、なんだか沼にハマりそうで口を噤む。だが今回それは、はっきり言って逆効果だ。
――断るならはっきり言わないと、ねぇ。
ミント・ティーを淹れながらクローディアはそんなことを考え、服を着始めるラーラに勧める。
そのラーラはセシルの前だというのに、妙にえっちな下着をえっちな視線をセシルに向けてながら、やけにえっちに着ている最中であり、それをセシルはブルーベリー・ティーを啜りながら、何故か怖い顔で真剣にガン見にしていた。そしてどういうわけか、再び足を組んでいる。
そんなセシルの行動の理由を察しているクローディアの視線が、
「元気だ」
やっぱり優しくも生温い。
出発直後にそんな珍事があったものの、その後の行程は特別問題なく順調であった。
強いてなにかあったのかを挙げるなら、レオンティーヌが有り得ないほど速攻で車内をとっ散らかしたため、当初の宣言通りに素っ裸に剥かれて、最高級クラス専属メイドがいる隣の車両へ放り出されたくらいである。
鬼畜なセシルも、流石に男がうろついている客室に放り出すほど鬼ではない。見た目だけは美しくも麗しいレオンティーヌにそんなことをすれば、ただでは済まないから。主に相手側が。
レオンティーヌは実は、土、草、木の魔法が得意で、その分野に関しての実力はクローディアも認める程なのだ。
海妖精なのに海っぽい属性は皆無だが。
そしてクローディアは、全属性持ちである。
その専属メイドさん達も、ほぼ瞬時に散らかすという無い方が良い稀有な才能を有しているレオンティーヌに呆れ果て、素っ裸でセシルの許しを請う彼女を見て見ぬ振りをしていた。
関係ないが、海妖精は寒さに殊の外強い。水温一桁など屁でもない。
で、やっと許されたのだが、今度やったら食事の全てを魚介類を始めとする海産物にするとセシルが宣言し、絶望させたという。
まぁ結果としては、グレンカダムに到着するまでの食事は全て魚介類盛り合わせであった。
ちなみに到着までの食事は全てセシルとラーラが作り、クローディアもデシレアもメイドさん達も、大変ご満悦であったそうな。レオンティーヌは半泣きだったが。
まぁそのレオンティーヌも、
「悔しい! でも、(美味しさを)感じちゃう!」
と、いつぞや聞いたことを言いつつテーブルマナーも完璧に、残さず綺麗に食していた。嫌いと言いつつ、結局は調理次第で食べられるのである。
そして昼過ぎにグレンカダムに到着し、名残惜しそうに熱っぽい視線を向けるメイドさん達が、恥じらいながらもまた会いたいと、連絡先が書かれたカードを差し出した。
ラーラに。
そう、彼女はセシルも唸るほどの料理上手であった。そのうち調理に関する資格を一通り取って貰おうと考えるセシル。これでラーラのセカンドキャリアもバッチリだ。
悪い顔でそんな悪巧みをしてラーラを若干ドン引かせ、荷物を巧く収納出来ずに悲鳴を上げているレオンティーヌを尻目に、セシル達は一路、アップルジャック商会へと向かった。
――*――*――*――*――*――*――
――そのアップルジャック商会では、新たに冠婚葬祭の事業を立ち上げており、そのため只今絶賛従業員募集中であった。
当初セシルは、以前調べておいた住所――グレンカダム市街のとある場所へ向かったのだが、そこには廃業した酒蔵と、その隣に更地があるだけだった。
その更地には今にも倒壊しそうな小さな小屋があり、中には「イヴォンの資産」と書かれた立て札と、そして使い込まれた書籍やら皮製品の人形やらが入った木箱が乱雑にあるだけで、夕映も相まってなにやら諸行無常とでも言いたくなるような様相を呈している。
などとそれっぽく言えばなんとなく雰囲気が出るのだが、ぶっちゃけあるのはエロ本と空気人形だけだったが。
そんな色々な夢の跡を尻目に、ご近所様へ聞き込みを開始する。それは主にセシルとラーラの役目で、クローディアは荷物番をしており、デシレアは――
「あー、あっちの露店が楽しそーです。行ってみましょ……」
「行かせませんよ」
「わ! なんですかこの蔓? 体に巻き付いてくるんですけど! あ、ダメですそんなトコに入っちゃ!」
「子供じゃないんですから、その辺をフラフラしようとしないで下さい」
「あ、ダメそんなトコ! ヘンなトコ締め付けないで……らめ~~~~~~~~!」
「人聞きの悪い。おかしなところなんて縛っていませんよ」
どこかへフラフラ行こうとするレオンティーヌを、地面から木魔法で蔓を生やし、亀の甲羅のように縛る。
確かにおかしなところは縛っていない。おかしな縛り方はしているが。
どうやらデシレアも、セシルの悪影響を受け始めているようである。
「ていうかこの木魔法って強度が滅茶苦茶高いんですけど! 木魔法に一家言持ちの私が強制破棄出来ない!?」
「なにを寝呆けたことを言っているのですかレオンティーヌさん。木魔法で植物妖精に勝てると思っているのですか? それはあまりに慢心が過ぎますよ」
そんな攻防を繰り広げているデシレアとレオンティーヌを見なかったことにして、セシルは聞き込みを始めた――
のだが、最初に訊ねた近所のおばちゃんにとっ捕まり、ひたすら延々と切れ目も際限もなく語られてしまった。
挙句一緒にいるラーラとの関係を訝しがられ、だがラーラが元気良く「新妻です!」と、多分冗談であろうがそう言ったことで事態が悪化し、更に自分と旦那の馴れ初めやら現在はどうだとか結婚生活の心構えやらを散々聞かされ、こっ酷い目に遭ってしまったのである。
その甲斐あって――というには些かどころか相当不安だが、とにかく前述の通り、アップルジャック商会が現在従業員を募集しているという情報を手に入れたのである。
「アップルジャック商会は倒産したんじゃ……」
そうラーラがセシルに訊くと、
「そうなんだよ! あのイヴォンのバカが借金こさえて夜逃げしたんだよ! でもエセルさんの娘さんのシェリーちゃんが、あれよあれよという間に一回倒産させて、取り立てに来たオスコション商会のロクデナシどもと大立ち回りをして借金を全部無くしたんだよ! いやあ、あれでまだ一四歳だったんだから、いるもんだねぇ天才ってのが。まあエセルさんもそうだったんだから当たり前かね。それにしてもシェリーちゃん、イヴォンのバカに似なくて本当に良かったねぇ。もしかしたら本当は父親が違っていたりして。ああそれから――」
おばちゃんの会話(?)は続く。際限なく。
教訓、おばちゃんとの話しを切り上げたいときには、決して質問したりしてはいけない。言葉が七百倍くらいになって帰って来るから。
結局セシル達がおばちゃんから解放される頃には、既に日が暮れていたのである。
だがそれでも話が途切れることはなく、最終的にはいい加減にしろとブチ切れた息子が引き摺るようにして家に連れさった。
そして真っ白に燃え尽きているセシル達が、実はグレンカダムに来たばかりで宿も取っていないと知って蒼白になり、だが宿には知り合いやコネも一切ないため平謝りしていた。
宿というか、この際三人娘を訪ねて直接アップルジャック商会に行くのも良いかなーとか楽観的に考えており、ダメならダメで――
「宿取れなかったら野宿になるけど平気か?」
『え~~~~~~~~~~! 私断固反対です!』
「私は平気よ。セシルとレスリーに連れられて結構狩りに駆り出されて、一週間くらいの野宿もざらだったし」
『ここは野山じゃないのでちゃんと宿を取るべきだと私は思います!』
「単純に後方支援は助かるんだよな。また狩りに行きたいな~」
『後方支援なら私も出来ます! 今度連れてって下さい!』
「落ち着いたら行きましょうよ。私はセシルに付いて行くわよ」
『ディアも良いですけど私も良いと思います! だから行きましょう!』
「私も問題ありません。バルブレアで定職に着くまでは流浪の旅をしていましたから」
『ええと、私の意見聞いてます? 私は野宿断固反対派です!』
「流浪の旅って、どれくらいそんなことしてたんだ?」
『私はずっと孤児院育ちです! セシルとクローディアより二つ上です! でも海妖精なので年齢は気にしないで下さい!』
「うふふ、それはナイショですセシル様。どうしても聞きたいのなら、後でゆっくりと……」
『はいはーい! 私も後でゆっくりなにかをしたいです!』
「デシーがどんどんイロイロ開発されて行く……やるわねセシル」
『セシル、私も開発して下さい! いつでもウェルカムです!』
「いやなんでだよ。意味が判らん」
『もう、私の口から言わせるんですか? セシルのイ・ケ・ズ♡』
「ラーラも平気だよ。そもそも草原妖精は家を持たないからね。屋根がないと眠れないって言っちゃう最近の若い草原妖精達は贅沢なんだよ」
『いーえ、それは贅沢ではありません! 文化的な生活なのです! だから頑張って宿を探しましょう! 私はセシルと同室がいいです!』
「は? ラーラだって充分若いだろ」
『私も若いですよセシル。まだ新鮮です!』
「えへへ、ありがとセシルくん。でもラーラはセシルくんより七つ上なんだよ」
『はいはいはーい! さっきも言いましたが私も二つ上です! 金の草鞋です! だから娶って下さい!』
「ラーラは草原妖精だろ。二八歳なんてまだまだ幼いうちに入るんじゃないのか? まぁ草原妖精のそういう事情は知らんが」
『私も海妖精にしては幼いです! こう見えても種族としてはロリっ娘です! 未熟で甘酸っぱい果実です! さあ、召し上がれ!』
郊外に行って野宿でも問題ないと、レオンティーヌ以外全員が思っていた。
そしてその発言を悉く流されるレオンティーヌ。だがその程度で折れる彼女ではない。それにそれが判っているのなら、きっとこうはならない筈である。
……多分。
「レオンティーヌ」
「はい! なんでしょうセシル! 私はいつでもどこでも全然構いません! でも初めてなのでベッドが良いです!」
やっと声を掛けられ、
「煩い」
だが素気無く平坦にそう言われ、今度こそ本気で落ち込んでしまった。
そんな計画(?)を立て、だが取り敢えずアップルジャック商会へ行ってみようと、駄目で元々な判断をして貸し切り馬車を借り、行ってみることにした。
そして――到着した場所は郊外であり、そして既に閉まっている商店に併設されている教会堂と礼拝堂、そして大人数でのパーティーも出来そうな祝賀会場を前にして、あのレオンティーヌですら言葉を失った。
これを成したのが件のシェリー・アップルジャックだとしたら、その手腕は驚愕すべきものだ。
そんなことを考えながら、商店脇にある店主の自宅らしき出入口を三回ノックする。
待つこと暫し、
「はーい、どなたー? 言っておくけど訪問販売はお断りよ」
扉が開き、そこに現れた少女を見て、セシルとクローディア、そしてレオンティーヌは言葉を失った。
白金色の流れる美しい髪、光の加減で色を変える翠瞳。整った柳眉に筋の通った鼻梁。そして――聞き覚えのある心地良い声。
セシルはその場で絶句し、クローディアとレオンティーヌは彼女を見詰めたまま、涙を落とす。
「え? ええ? なになに、どうしたの?」
そんな三人に戸惑い、その少女は――エセルの生写しであるシェリー・アップルジャックは、困ったように曖昧な微笑みを浮かべた。
昨日から慌ただしく準備をし、自分だけではなく同行するクローディアとデシレアにも同じように準備をして貰ったのだが、実は二人にはそれとなくしか言っていなかったため、突然そんなことを言われて戸惑ってしまっただろう。申し訳ないことをした――
――と思っていたのだが、そんな「それとなく」を互いにしっかり覚えており、なんとセシルの準備が整う前に二人の準備は終わっていた。
そしてデシレアに至っては、持っていくもので悩んでいるセシルにあれこれ助言すらしていたのである。
「良く出来た奥さんだねぇ」
二人のそんな睦じい遣り取りを見て満足げに頷きながら、当日着て行くであろうセシルのスーツを用意するクローディア。
いやアンタもそれだからね!
マーチャレス農場スタッフと総合教育校職員、総ツッコミである。
当人達にはやっぱり自覚がないようだが。
こうして、現在はバルブレア発グレンカダム行きの高速列車に乗っている。何事もなく予定通りに行けば、一日半で到着する行程だ。
セシルは、グレンカダムへ行くのは初めてであり、そしてそれ以前に生まれ育ったリンクウッドの森にある隠里とバルブレアしか知らない。そもそも本格的にダルモア王国から出国するのすら初めてである。
不安がないと言えば、嘘になる。
だがそれを口にするほど、セシルの胆力は低くない。そもそも多寡が国境線を越える程度、幼少期に何度も経験しているのだ。
……リンクウッドの森の中でだけど。
そんな腰抜なんだか豪胆なんだかイマイチ判らないセルフツッコミをして、一人勝手に悦に入るセシル。きっと一人ボケツッコミのスキル値はカンストしているに違いない。そんなスキルや数値は存在しないけれど。
それはともかく――今現在進行形でセシルは憂鬱になっており、そしてその気持ちが晴れないばかりか、時間を重ねるごとに積み上がって行く。
だがそれだけではなく、自身の中から鬱屈する、それでいて抑え切れない若さ故の熱情すら湧き上がって来ているのである。
セシルはもう一度深い溜息を吐き、そして――その抑え切れない若さ故の純情の暴走が理由なく反抗している原因へと目を向け、なにかを誤魔化すかのように足を組み替えてからすぐに逸らした。
「セシルくん、ホントーーーーーーーにごめんなさい! まさかレオを追っ掛けるのに夢中になって出発に気付かないなんて! ラーラ一生の不覚! この不始末の責任は身体で付けるからセシルくんの好きにして良いよ! 大丈夫、もし子供が出来ても責任取れとか言わないから!」
「だからなんでコッチの世界の女子はすーぐ身体で払おうとしたり償おうとするんだよ!」
セシルの真正面で全裸土下座をしている草原妖精に、渾身のツッコミをする。
だがそうしたところで怪訝な顔をされるばかりであり、誰も理解してはくれなかった。
現にそのツッコミ直後にラーラがそんな表情で身を起こし、コテンと首を傾げている。その仕草が、反則的に可愛かった。
更に身を起こしてしまったために色々見えてはイケナイところがイロイロとポロリしちゃって、余計に身じろぎどころか足を組み替えることすら出来なくなっちゃうセシル。そんな様を察したクローディアが、ティーカップ片手にニヤ笑いをしている。
「(ラーラは草原妖精なのになんでこんなにお胸様が大きいんだろう何処ぞの変態とは大違いだというかコイツ滅茶苦茶スタイル良くないか身長は流石に低いけど大体142センチメートルくらいだろなのにこのボンキュボンは反則だろうあーくそ良いおっぱいだな触りてーウエストからおヒップ様まで撫で回してーなーでも此処で手を出したら俺はただのエロいヤツという烙印を押されてしまうそれだけはなんかイヤだし気の迷いや衝動に任せて突っ走って皆にイヤな思いをさせるなんてしたくないそもそも俺には既にディアとデシーがいるからこれ以上は裏切り行為になるだろ――」
「セシル~、考えがまる聞こえだよー。全然心の声になってないよー」
優雅なティータイムをしているクローディアが、妙に優しい微笑みを浮かべながら言う。
そして言われたセシルの時間が、コンマ五秒くらい停止した。
「え? 俺口に出てた? どのくらいから?」
「『ラーラは草原妖精なのにお胸様が~』ていうところですかね。どうやらセシル様が貧乳好きというのは気のせいだったようです。論理的に分析しますと、一番好きなのがウェストからヒップ、大腿のラインですね。あと、前屈したときのヒップラインが殊の外好みであるようです」
「最初からじゃねぇか! というかなんだよその風評被害!? それから淡々と俺の性癖を分析するのは勘弁してくれ!」
目を閉じてセンティッド・ティーの香りを楽しみながら、自身の分析結果を論理的に説いちゃうデシレアの言葉に、堪らず頭を抱えて悶絶するセシル。クローディアの優しくも生温い視線が、致命的に痛い。
「待って下さい。ラーラがこうなっちゃったのは私が部屋を片付けなかったからです!」
「……ほぉ」
なにやら殊勝なことを言い出すレオンティーヌ。だが何故か唐突に、ちょっと上目遣いで恥じらいつつ着衣を脱ぎ散らかし始め――
「だからといってお前まで同じことをしようとするんじゃないよ面倒臭ぇ! つーかお前とラーラだったらラーラを取るわ汚部屋の主! まずは片付けられないその性根を治してからにしろ!」
「いいえ止めません! 私の八割は既にセシルで出来ているのです! もうこれは娶って貰うしかありばぼべ!?」
そんなバカを言い出すレオンティーヌの顔面に、水魔法でちょっと硬めに生成した水の塊をぶつけて後ろに吹き飛ばすラーラ。
そして吹っ飛ばされた彼女は当然ずぶ濡れになり、更にそうされたことでちょっと女子が下着姿でしてはいけない格好になってしまった。
「レオ煩い。これはセシルくんとラーラの問題なの。これ以上口を挟むと、ラーラはもう二度とレオの部屋を掃除しないよ。きっとセシルくんも同じことを思ってるの。あと下着姿で歩かないでよ。此処は最高級クラスとはいえ列車内なんだからね!」
「……レオンティーヌがそんな格好しても、部屋掃除の度に見てるからなんも感じなくなって来た。なんだろうこの残念な海妖精」
現在進行形で全裸なラーラがそんなことを言っても説得力が皆無なのだが、それは心の棚に仕舞い込む。
そしてなにかが色々と落ち着いたセシルは、溜息と共にそんなことを呟いてテーブルに頬杖を突き、クローディアが淹れてくれたフレーバード・ティーに口を付ける。ちなみに彼は、ブルーベリーのそれが好きだ。
関係ないが、クローディアはローズの、デシレアはジャスミンのセンティッド・ティーを楽しんでいる。
「まぁ、そんなこと気にすんな。それに正直言うと、同行要員の候補にラーラもいたんだ。レオンティーヌが来るのを知ってたら、それを却下してラーラを誘おうと思ってたんだよ」
絶対皆に反対されて、レオンティーヌを連れて行かないのならラーラも置いて、ラーラを連れて行くならレオンティーヌも連れて行けと異口同音されるだろうとセシルは予想する。何故なら自分もそう言うだろうから。
――何処かに整理整頓が好きでレオンティーヌが好みだって言い出す長寿種族いないかな。
ワリと本気でそう考えるセシル。だがそんな物好きは存在しないだろうと、彼女の今後の人生を憂いた。三秒間くらい。
言いながら、全裸正座中のラーラに綺麗に畳んで置いてある服を、直視しないようにしながら渡す。それに再び首を傾げながら、今度はキョトン顔をしてセシルを見詰めた。身体はやっぱり隠していないが。
「そんなわけだから、服着てくれないか。凄く眼福だが流石に拙いからな」
「あ、うん。セシルくんがそれで良いなら構わないけど……えへへ、セシルくんはラーラもアリだって判ったから、ラーラ満足」
「いやそういうことを言ってるんじゃなくて……」
否定しようとするのだが、なんだか沼にハマりそうで口を噤む。だが今回それは、はっきり言って逆効果だ。
――断るならはっきり言わないと、ねぇ。
ミント・ティーを淹れながらクローディアはそんなことを考え、服を着始めるラーラに勧める。
そのラーラはセシルの前だというのに、妙にえっちな下着をえっちな視線をセシルに向けてながら、やけにえっちに着ている最中であり、それをセシルはブルーベリー・ティーを啜りながら、何故か怖い顔で真剣にガン見にしていた。そしてどういうわけか、再び足を組んでいる。
そんなセシルの行動の理由を察しているクローディアの視線が、
「元気だ」
やっぱり優しくも生温い。
出発直後にそんな珍事があったものの、その後の行程は特別問題なく順調であった。
強いてなにかあったのかを挙げるなら、レオンティーヌが有り得ないほど速攻で車内をとっ散らかしたため、当初の宣言通りに素っ裸に剥かれて、最高級クラス専属メイドがいる隣の車両へ放り出されたくらいである。
鬼畜なセシルも、流石に男がうろついている客室に放り出すほど鬼ではない。見た目だけは美しくも麗しいレオンティーヌにそんなことをすれば、ただでは済まないから。主に相手側が。
レオンティーヌは実は、土、草、木の魔法が得意で、その分野に関しての実力はクローディアも認める程なのだ。
海妖精なのに海っぽい属性は皆無だが。
そしてクローディアは、全属性持ちである。
その専属メイドさん達も、ほぼ瞬時に散らかすという無い方が良い稀有な才能を有しているレオンティーヌに呆れ果て、素っ裸でセシルの許しを請う彼女を見て見ぬ振りをしていた。
関係ないが、海妖精は寒さに殊の外強い。水温一桁など屁でもない。
で、やっと許されたのだが、今度やったら食事の全てを魚介類を始めとする海産物にするとセシルが宣言し、絶望させたという。
まぁ結果としては、グレンカダムに到着するまでの食事は全て魚介類盛り合わせであった。
ちなみに到着までの食事は全てセシルとラーラが作り、クローディアもデシレアもメイドさん達も、大変ご満悦であったそうな。レオンティーヌは半泣きだったが。
まぁそのレオンティーヌも、
「悔しい! でも、(美味しさを)感じちゃう!」
と、いつぞや聞いたことを言いつつテーブルマナーも完璧に、残さず綺麗に食していた。嫌いと言いつつ、結局は調理次第で食べられるのである。
そして昼過ぎにグレンカダムに到着し、名残惜しそうに熱っぽい視線を向けるメイドさん達が、恥じらいながらもまた会いたいと、連絡先が書かれたカードを差し出した。
ラーラに。
そう、彼女はセシルも唸るほどの料理上手であった。そのうち調理に関する資格を一通り取って貰おうと考えるセシル。これでラーラのセカンドキャリアもバッチリだ。
悪い顔でそんな悪巧みをしてラーラを若干ドン引かせ、荷物を巧く収納出来ずに悲鳴を上げているレオンティーヌを尻目に、セシル達は一路、アップルジャック商会へと向かった。
――*――*――*――*――*――*――
――そのアップルジャック商会では、新たに冠婚葬祭の事業を立ち上げており、そのため只今絶賛従業員募集中であった。
当初セシルは、以前調べておいた住所――グレンカダム市街のとある場所へ向かったのだが、そこには廃業した酒蔵と、その隣に更地があるだけだった。
その更地には今にも倒壊しそうな小さな小屋があり、中には「イヴォンの資産」と書かれた立て札と、そして使い込まれた書籍やら皮製品の人形やらが入った木箱が乱雑にあるだけで、夕映も相まってなにやら諸行無常とでも言いたくなるような様相を呈している。
などとそれっぽく言えばなんとなく雰囲気が出るのだが、ぶっちゃけあるのはエロ本と空気人形だけだったが。
そんな色々な夢の跡を尻目に、ご近所様へ聞き込みを開始する。それは主にセシルとラーラの役目で、クローディアは荷物番をしており、デシレアは――
「あー、あっちの露店が楽しそーです。行ってみましょ……」
「行かせませんよ」
「わ! なんですかこの蔓? 体に巻き付いてくるんですけど! あ、ダメですそんなトコに入っちゃ!」
「子供じゃないんですから、その辺をフラフラしようとしないで下さい」
「あ、ダメそんなトコ! ヘンなトコ締め付けないで……らめ~~~~~~~~!」
「人聞きの悪い。おかしなところなんて縛っていませんよ」
どこかへフラフラ行こうとするレオンティーヌを、地面から木魔法で蔓を生やし、亀の甲羅のように縛る。
確かにおかしなところは縛っていない。おかしな縛り方はしているが。
どうやらデシレアも、セシルの悪影響を受け始めているようである。
「ていうかこの木魔法って強度が滅茶苦茶高いんですけど! 木魔法に一家言持ちの私が強制破棄出来ない!?」
「なにを寝呆けたことを言っているのですかレオンティーヌさん。木魔法で植物妖精に勝てると思っているのですか? それはあまりに慢心が過ぎますよ」
そんな攻防を繰り広げているデシレアとレオンティーヌを見なかったことにして、セシルは聞き込みを始めた――
のだが、最初に訊ねた近所のおばちゃんにとっ捕まり、ひたすら延々と切れ目も際限もなく語られてしまった。
挙句一緒にいるラーラとの関係を訝しがられ、だがラーラが元気良く「新妻です!」と、多分冗談であろうがそう言ったことで事態が悪化し、更に自分と旦那の馴れ初めやら現在はどうだとか結婚生活の心構えやらを散々聞かされ、こっ酷い目に遭ってしまったのである。
その甲斐あって――というには些かどころか相当不安だが、とにかく前述の通り、アップルジャック商会が現在従業員を募集しているという情報を手に入れたのである。
「アップルジャック商会は倒産したんじゃ……」
そうラーラがセシルに訊くと、
「そうなんだよ! あのイヴォンのバカが借金こさえて夜逃げしたんだよ! でもエセルさんの娘さんのシェリーちゃんが、あれよあれよという間に一回倒産させて、取り立てに来たオスコション商会のロクデナシどもと大立ち回りをして借金を全部無くしたんだよ! いやあ、あれでまだ一四歳だったんだから、いるもんだねぇ天才ってのが。まあエセルさんもそうだったんだから当たり前かね。それにしてもシェリーちゃん、イヴォンのバカに似なくて本当に良かったねぇ。もしかしたら本当は父親が違っていたりして。ああそれから――」
おばちゃんの会話(?)は続く。際限なく。
教訓、おばちゃんとの話しを切り上げたいときには、決して質問したりしてはいけない。言葉が七百倍くらいになって帰って来るから。
結局セシル達がおばちゃんから解放される頃には、既に日が暮れていたのである。
だがそれでも話が途切れることはなく、最終的にはいい加減にしろとブチ切れた息子が引き摺るようにして家に連れさった。
そして真っ白に燃え尽きているセシル達が、実はグレンカダムに来たばかりで宿も取っていないと知って蒼白になり、だが宿には知り合いやコネも一切ないため平謝りしていた。
宿というか、この際三人娘を訪ねて直接アップルジャック商会に行くのも良いかなーとか楽観的に考えており、ダメならダメで――
「宿取れなかったら野宿になるけど平気か?」
『え~~~~~~~~~~! 私断固反対です!』
「私は平気よ。セシルとレスリーに連れられて結構狩りに駆り出されて、一週間くらいの野宿もざらだったし」
『ここは野山じゃないのでちゃんと宿を取るべきだと私は思います!』
「単純に後方支援は助かるんだよな。また狩りに行きたいな~」
『後方支援なら私も出来ます! 今度連れてって下さい!』
「落ち着いたら行きましょうよ。私はセシルに付いて行くわよ」
『ディアも良いですけど私も良いと思います! だから行きましょう!』
「私も問題ありません。バルブレアで定職に着くまでは流浪の旅をしていましたから」
『ええと、私の意見聞いてます? 私は野宿断固反対派です!』
「流浪の旅って、どれくらいそんなことしてたんだ?」
『私はずっと孤児院育ちです! セシルとクローディアより二つ上です! でも海妖精なので年齢は気にしないで下さい!』
「うふふ、それはナイショですセシル様。どうしても聞きたいのなら、後でゆっくりと……」
『はいはーい! 私も後でゆっくりなにかをしたいです!』
「デシーがどんどんイロイロ開発されて行く……やるわねセシル」
『セシル、私も開発して下さい! いつでもウェルカムです!』
「いやなんでだよ。意味が判らん」
『もう、私の口から言わせるんですか? セシルのイ・ケ・ズ♡』
「ラーラも平気だよ。そもそも草原妖精は家を持たないからね。屋根がないと眠れないって言っちゃう最近の若い草原妖精達は贅沢なんだよ」
『いーえ、それは贅沢ではありません! 文化的な生活なのです! だから頑張って宿を探しましょう! 私はセシルと同室がいいです!』
「は? ラーラだって充分若いだろ」
『私も若いですよセシル。まだ新鮮です!』
「えへへ、ありがとセシルくん。でもラーラはセシルくんより七つ上なんだよ」
『はいはいはーい! さっきも言いましたが私も二つ上です! 金の草鞋です! だから娶って下さい!』
「ラーラは草原妖精だろ。二八歳なんてまだまだ幼いうちに入るんじゃないのか? まぁ草原妖精のそういう事情は知らんが」
『私も海妖精にしては幼いです! こう見えても種族としてはロリっ娘です! 未熟で甘酸っぱい果実です! さあ、召し上がれ!』
郊外に行って野宿でも問題ないと、レオンティーヌ以外全員が思っていた。
そしてその発言を悉く流されるレオンティーヌ。だがその程度で折れる彼女ではない。それにそれが判っているのなら、きっとこうはならない筈である。
……多分。
「レオンティーヌ」
「はい! なんでしょうセシル! 私はいつでもどこでも全然構いません! でも初めてなのでベッドが良いです!」
やっと声を掛けられ、
「煩い」
だが素気無く平坦にそう言われ、今度こそ本気で落ち込んでしまった。
そんな計画(?)を立て、だが取り敢えずアップルジャック商会へ行ってみようと、駄目で元々な判断をして貸し切り馬車を借り、行ってみることにした。
そして――到着した場所は郊外であり、そして既に閉まっている商店に併設されている教会堂と礼拝堂、そして大人数でのパーティーも出来そうな祝賀会場を前にして、あのレオンティーヌですら言葉を失った。
これを成したのが件のシェリー・アップルジャックだとしたら、その手腕は驚愕すべきものだ。
そんなことを考えながら、商店脇にある店主の自宅らしき出入口を三回ノックする。
待つこと暫し、
「はーい、どなたー? 言っておくけど訪問販売はお断りよ」
扉が開き、そこに現れた少女を見て、セシルとクローディア、そしてレオンティーヌは言葉を失った。
白金色の流れる美しい髪、光の加減で色を変える翠瞳。整った柳眉に筋の通った鼻梁。そして――聞き覚えのある心地良い声。
セシルはその場で絶句し、クローディアとレオンティーヌは彼女を見詰めたまま、涙を落とす。
「え? ええ? なになに、どうしたの?」
そんな三人に戸惑い、その少女は――エセルの生写しであるシェリー・アップルジャックは、困ったように曖昧な微笑みを浮かべた。