そんな感じで、教育校設立に向けてセシルとデシレアが仲良く奔走している頃、それを目撃した密かに彼女を狙っていた教育省の身の程知らずな自称エリート官僚の野郎どもが、彼女を横から掻っ攫われたと嫉妬に狂うという事件――というか珍事が起きた。
セシルもデシレアも、そんな頭が良いけど莫迦が治らなかった連中の妄言などに耳を貸す筈はなく、それが更に気に入らない彼らは、安くない金を掛けて様々な妨害工作をして来たのである。
だがそれらを事も無げに躱したり乗り越えたり、あるいは比喩的にも物理的にも粉砕して、まるで何事もなかったかのように事業を続ける二人。そしてそんなプチ障害を共に乗り越えたためか、より絆が深まってしまい、今では傍目にも堂々とイチャイチャし始める有様である。
しかも本人同士はイチャついている自覚一切なしなのが、よりタチが悪い。
それを見ているクローディア、会心のしたり顔でサムズアップ!
「自称」エリート官僚の矜持はズタズタになり、そして懐具合もボロボロになった。
あまり関係ないが、その妨害工作に費やした「自称(笑)」エリート官僚のお金は、それらを悉く退けた後で全てセシルの懐に入り、教育校設立に寄付金という形で資金の足しになったそうな。
その少なくない寄付金への感謝を込めて、定礎石に関係者として名が刻まれ、後年それを見付けた人々から称賛されたそうである。
された方は邪魔をしたかっただけだし散財したのだから、嬉しくもなく微妙な気持ちになったらしいが。
そんなになるまでやっちゃって後に引けなくなった野郎どもではあるのだが、ある早朝に教育省前の広場にある噴水に、漏れなく全裸開脚縛りで宙吊りにされるという何処にも需要がなく誰の特にもならない事件が起きた。
それが誰の犯行であるのか、野郎どもは怯えるばかりで一切口を開かなかったという。
だがその中の一部は、ナニカに目覚めてしまったらしく、頬を気持ち悪いくらいに赤らめてハァハァしていたそうな。
ぶっちゃけると、犯人は自分を袋叩きにしてからデレシアに乱暴を働こうとした野郎どもにブチ切れたセシルが、返り討ちにした上で認識阻害結界を展開して吊し上げたのである。勿論証拠になりそうなものは一切残していない。
ブチ切れて野郎どもを千切っては投げるセシルを目の当たりにしたデシレアは、その鬼神のような強靭さに恋する乙女のようにポーッとしちゃったようだ。
――どちらも一部に鬼を飼っている難儀な二人である。
被害者が教育省の職員であり、選民意識がやたらと高くデシレアに横恋慕していたのを知っている省の幹部達は、なんとなーく誰の仕業かを察していた。
だがそれをどうこうする前に、マーチャレス農場の御用商人であり、現在バルブレアの経済に少なくない影響を与えているポトチュファロヴァ商会の会長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァが省の高官に面会を求めたことで事態が鎮静したのである。
ポト商会のアフ会長も、実はデキる男だった。
ちなみにそんな痴態を晒した男達の第一発見者は、朝のジョギングを欠かさない、成人したてで趣味が絵を描くことだという、爽やか系スポ根少女のラダナ(ヒト種)であった。
彼女はその運命の日、スケッチブックが入った鞄を襷掛けにしていつも通りにジョギングをしていたのである。
そしていつも通りに教育省前に差し掛かったとき、その凄まじくも恐ろしく悍ましい光景が視界に飛び込んで来た。
そのあまりの衝撃に目が離せなくなり、彼女はその場にスケッチブックを抱き締めて蹲ってしまう。
それに気付いた野郎どもは当然大騒ぎしたのだが、達人級に絶妙な加減で拘束している荒縄が解ける筈もなく、ギシギシ動いて見苦しいものがプラプラするだけであった。
だがラダナの視線はそんなプラつく粗末なものには向けられておらず、頬を赤らめハァハァしているご立派様に向いていたのを、彼女自身とそのハァハァしているアレな紳士だけが視認していた。
結局そのまま静かな時間が経過し、アレな紳士がラダナの視線のせいでちょっとビクンビクンしちゃった数分後に、衛兵が駆け付けて彼女は保護された。
その日以降、ラダナは部屋に引き篭ってしまい外出はしなくなったという。
だが彼女は強い女の子! それではいけないと思い立ち、ある日再び早朝ジョギングを再開し、そして――運命の出会いをした。
ラダナが例のアレを目撃しちゃった教育省前の広場に差し掛かったとき、そこにとある長身でスーツがよく似合う、均整の取れた肢体の男が佇んでたのである。
そう、彼はあのときハァハァしていてラダナの目の前で粗相をしちゃったアレな紳士であった。
二人は見つめ合い、そして吸い寄せられるように――防音が効いたとある設備が整っている小部屋に入って行った。
「ああぁーん、もっと見て下さい、もっと蔑んで下さい女・王・様ぁ! この汚らわしい駄犬の痴態を蔑んで下さい!」
「なにを言っているのかしら、この薄汚い豚が! お前なんて蔑む価値もないわ身の程を知りなさい! まぁどうしてもというのなら、ほら、無様に這いずって此処まで来なさい。ご褒美に足を舐めさせてあげるわ」
「ああ……女王様ぁ……あのときと同じようにこの醜いボクの痴態をもっと見て下さ……う!」
「だらしない豚ね。そんな程度じゃあご褒美なんてあげられないわ。ほらほら、わたしに触りたいならもっと這いずりなさい! もっと欲しがりなさい! この、豚野郎!!」
「女王様ぁー!(ブヒーーーー!)」
後日談。あの日以降引き篭もっていたラダナだが、その間中スケッチブックに向かってとある絵をひたすら描いていたという。
彼女の友人が心配してそこを訪れたとき、部屋の施錠はされておらず、ラダナになにかあったのだと即座に考えたその友人は、迷わず闖入した。
そして、見た――見てしまった。彼女が、ラダナがひたすら描き続けていた、ご立派様を!
そう、ラダナは目覚めてしまったのだ。
女王様に。
そしてその女王様会心の絵を見てしまった趣味友の友人Aは、それの衝撃のあまり腐ってしまった。
ちなみにラダナとアレな紳士は数年後に結婚し、幸せな家庭を築いたという。
物凄くどうでも良い話しだが。
そんな余談はともかく、計画から審査、設計、建築、そして雇用に至るまで僅か一年という有り得ない速度で教育校が開校し、そこに成人前後の元孤児達が揃って入学することとなる。
入学した生徒達は元々エセルから下地となる教育されており、且つセシルからの教育を受けていたためやっぱり優秀で、僅か半年で飛級して卒業資格やら教員資格やらその他諸々自分達がやりたいことに必要な資格を軒並み取得するという、驚異的な成果を挙げた。
これには流石のセシルもデシレアも驚愕し、だが僅かでも早くセシルの役に立ちたかったと揃いも揃ってキラキラした目で言われ、感極まったセシルはちょっと涙目になり、デシレアは号泣していたという。
クローディアは、セシルとデシーが教師ならならそうなるのは当り前と、謎のドヤ顔をしていたそうな。
そしてデシレアが連れて来た経理会計学担当の草原妖精ラーラ・ラーニョさんも、同様に号泣していた。
ちなみに彼女は、セシルがいうところの「ロリ巨乳」であるため、彼の琴線には触れなかったようである。
「(セシルは貧乳好きだもんね)」
「(だから腰とお尻が大好きなんですね。いつもディアと私のお尻見てますから)」
「(仕方ないわよ、セシルは所謂ドスケベだから。デシーはそういうのはイヤな方?)」
「(いえ、あの、まだ手を付けてくれないのでなんとも……。でもセシル様にならイヤじゃないです)」
「(デシーの『セシル様』呼びに燃えて萌えるわよセシルは。きっと止まらなくなるから、今から覚悟してね)」
「何の話しだ?」
「なんでもないわ。女の子の会話に入るのは無粋よ」
「お前達、最近なにか企んでるよな」
「大丈夫です、私はセシルの味方です! なので部屋の掃除をして下さい今すぐに! そして私を娶っ――」
思いの外早く教育校が軌道に乗り、そして二年が経過する。
そろそろ頃合いだと旅支度をするそんなセシルの元に、グレンカダムから手紙が届いた。
それには交差するナイフとフォークに兎の横顔という封蝋がされている。
差出人はレストラン「オーバン」のオーナーシェフ、リオノーラ・オクスリー。あの色素欠乏症の料理好きなリオノーラであった。
そこには、アップルジャック商会の会長イヴォンが多額の負債を抱えて夜逃げをし、それにより商会が倒産したとの情報が記されている。
そして――セシルに自分の大切な友達のシェリーを助けて欲しい、そう書かれていた。
翌日。
既に準備が完了していたセシルは、グレンカダム行き高速列車の最高級クラスのチケットを取り、エセルに拾われてから過ごしたバルブレアを後にした。
ちなみに最上級クラスとは、列車一両まるまる使用するチケットであり、ニ人から六人までで利用可能である。
物凄く今更だが、レミーがグレンカダムへ戻る際に渡したチケット代は、このクラスを取れたら取って欲しいという意味で多く見積もっていたのだが、元店長で現ポト商会のアフ会長はバカ正直に高級クラスのチケットしか取って来なかった。
アップルジャック商会バルブレア支店の元店長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァ。
彼はデキる男ではあるが、若干応用が効かなかった。
「私バルブレアを出たことないから、なにかあったらお願いね、セシル」
「大丈夫ですよディア。私こう見えても旅慣れていますのでなんとでもなります。でもその前にセシル様がなんとかしてくれるんですよね?」
「いやなんとかって言ってもな、デシーならその前に解決しちゃうだろ。ディアだって面倒がってるだけで一人でなんでも出来るんだから」
「セシルは私の身体を好きにしてるんだから、それくらい良いでしょう。あ、でも最近はデシーと分担してるからなぁ」
「そういうのは言わなくて良いです! 恥ずかしいです……」
「ふ、流石はデシー。無意識レベルでセシルの本能と煩悩を擽る術を心得ている」
「いや往来でそういうことを言うんじゃないよ。目立って仕方ない。……というか、お前まで本気で行くのか?」
「なにを言っているんですか! こう見えても私はグレンカダム初心者じゃないんですよ! よって私が行かなくてどうするんですか! それに私は既にセシルの一部です! なので安心して任せて下さい! そして娶って下さい!」
「不安しかねぇし娶らねぇよ。というかレオンティーヌ、お前ちゃんと部屋片付けて来たのか? この前もラーラがブチ切れてたぞ」
「…………私は過去を振り返らない女なのです」
青み掛かった金髪の長い髪を風に吹かれるままに流し、紫紺の瞳で遠くを見詰める。
海妖精特有の端正な容姿と、癖がなく風に吹かれてサラサラと揺れる髪を白魚のようなその指で押さえる仕草や、憂いを含んだ瞳に魅了される者は多いだろう――
――汚部屋の主でなければ。
「そんなことはどうでも良いのです。さあさあ、早く改札を抜けましょう。兵は神速を貴ぶと古代の兵法家も言っておりますので」
「……お前、絶対部屋汚ぇままにして来たろう?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえそそそそそんなことああああああああるわけなないじゃないでですか。わわわわわ私が信用出来ななないと?」
「動揺しまくってんじゃねぇかよ。まーたラーラに怒られても知らねぇぞ」
最近のレオンティーヌの汚部屋掃除は、セシルが忙しくて出来ないためにラーラの仕事になっていた。
彼女は綺麗好きで掃除好きであり、そういう面ではセシルととても気が合うのだ。
初めて汚部屋掃除に携わったときには般若のようになってレオンティーヌへ説教し、次いで鬼神のように掃除をし始めた。
実はラーラも、心に鬼を飼っていた。
セシルもデシレアもラーラも、一部でしか役に立たない鬼ではあるが。
「ほらほら早く早く! 早く乗らないと乗り遅れちゃいますよ!」
「そこまで慌てる必要はないだろう。まだちょっとは時間があるし……」
「いーえダメです! 社会人は原則十分前行動ですから! それに早くしないと良い席が取られちゃいますよ!」
「十分前行動には全面的に賛成するが、そもそも最上級クラスだから誰も席取らないからな。あ、それから車内を散らかしたら素っ裸にひん剥いて他の車両に叩き出すからな」
「もうセシルったらぁ……私の裸が見たいなら言ってくれれば良いのに。いつでも何処でもドンと来いで――」
「レ~オ~……!」
「!」
なにかを誤魔化すように喋りまくるレオンティーヌの動きと言葉が、まるで地の底から這い出るかのような圧を含む声で停止した。
そして油の切れた機械仕掛けの人形のようにギシギシとばかりに振り向いた先に、長い黒髪を結い上げている、細かい刺繍が入ったフワッとした服――ソロチカを着た草原妖精が、顔にとびきりの笑顔を張り付かせて立っていた。
但し目は一切笑っていなく、その手には、なにやら先が複数に分かれた鞭のような短杖を持っていたが。
「ラ、ラララララララーラララララララ……」
「うふふふふふ、ラーラの名前で歌を作ってくれるなんて、レオは本当に愉快だねぇ」
「いいいいいいや待ってこれには深海よりも深い理由があって……」
「へぇ? 汚部屋を放置するのにそんな高尚な理由なんてあるの?」
「待って! お願い許して! 私はどうしてもグレンカダムに行かなくちゃならないの! そうよねセシル!? 私も行かなくちゃいけないわよね!?」
そう言い助けを求めるレオンティーヌ。だが――
「お前、ちゃんと部屋片付けるって言ったろう」
「レオ姉さん、こればかりは私もフォロー出来ないわ」
「レオンティーヌさん、約束は守るためにあるのです。そして守るために努力するのを怠ってはいけません」
その場の誰一人としてそれに同調しない。デシレアに至ってはマジ説教が始まろうとしていた。
「いやー! お部屋のお掃除したくないー! 私はセシルと一緒にお出掛けするのー!」
「子供か! て! 足速ぇなオイ!」
そう言い、セシルのツッコミを全無視して全速で駆け出し列車へと逃げ出すレオンティーヌ。その逃げ足は、瞬足で知られる草原妖精であるラーラも度肝を抜かれるくらい、速かった。
だがそれに挫けるラーラではない。
こちらも草原妖精としての矜持があり、だがなにより綺麗好きとして汚部屋の放置などしたくもない。
よって、逃げるレオンティーヌを全速で追う。
ちなみに持っていたものは、高いところのお掃除に使うはたきであった。
そしてそんな下らない追い掛けっこをしている二人は、発車ベルに気付かない。
「おいおい、そろそろ拙いぞラーラ……てこっちも聞いちゃいねぇ」
盛大に舌打ちをし、レオンティーヌを追うラーラを、取り敢えず全力で追い掛けるセシル。
「まったく、困ったものねぇレオ姉さんは。あ、デシーお茶いる?」
「あ、はい。頂きます。でも、元気があって良いじゃないですか」
「デシー、なんか言うことがオバさん臭いよ」
「そうですか? でもそれは仕方のないことです。こう見えても数百年生きていますから」
「成程、デシーは数百年も処女を拗らせていたのね」
「純潔を守っていたのです。あ、これは種としての伝統というか、制約というか、とにかくそういうものですので」
「気を使わなくて良いよ。こういうおおらかさを認めるのは、ヒト種の特徴みたいなものだから」
「種の違いは面白いものですよね。でも、海妖精って片付けが苦手なんでしょうか?」
「そういうことはないと思うよ。あれは例外中の例外で、それも最悪の例。レオ姉さんのせいで海妖精に風評被害が出たらと思うと、怖くて夜しか眠れない」
「ふふ、夜は夜で、セシル様が寝かせてくれませんけどね」
「最近はデシーがいるから眠れる日が増えたよ。というかデシー、なんであんなにセシルの相手して疲れないの?」
「それは多分、私が植物妖精だからでしょう。感覚がヒト種より鈍いのかも知れません」
「……あんな大声出してそれはな――あ、動き出した」
動き出す列車。そしてそれとほぼ同じく、
「確保ー!」
レオンティーヌのマウントを取り、勝利の雄叫びを上げるラーラ。だがそのラーラの身柄を、今度はセシルが確保する。
「え? セシルくんどうしたの、そんなにハァハァして。えーと、ラーラには興味ないんだよね? 好みに合わないんだよね? 幾らラーラが魅力的でも、そんなに突然求められても心の準備っていうのが……」
「いやそうじゃなくて、列車、もう出てるからな」
「え?」
ゆっくりと周囲を見回すラーラ。
「え?」
流石は最上級クラスである。揺れ対策は充分に取ってあるため、それは最小限で快適だ。
「え?」
窓の外に流れる景色。それはやがて、都市から新緑へと変わって行く。
「え?」
最上級クラスの列車は、一両全てが個人の貸し切りであるため雑踏のようになることもなく、そのためクローディアとデシレアのように優雅にお茶も頂ける。
「え?」
レオンティーヌのマウントを取り、だが派手に戸惑い中のラーラに、そのクローディアとデシレアがおいでおいでをしていた。
「うそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?」
うん、そうなるよな。
滂沱の涙を流すレオンティーヌの上で、某有名画家の名画、タイトル「叫び」のような表情になってるラーラをヒョイと持ち上げ、取り敢えずお茶を出してくれているクローディアの隣りに座らせる。
「まぁ、そんなこともあるよね?」
「ディア、ちょっとないと思いますよ」
物凄く綺麗で魅力的な微笑みを浮かべるデシレアの言葉は、元部下の心を容赦なく抉って致命傷を与えていた。
セシルもデシレアも、そんな頭が良いけど莫迦が治らなかった連中の妄言などに耳を貸す筈はなく、それが更に気に入らない彼らは、安くない金を掛けて様々な妨害工作をして来たのである。
だがそれらを事も無げに躱したり乗り越えたり、あるいは比喩的にも物理的にも粉砕して、まるで何事もなかったかのように事業を続ける二人。そしてそんなプチ障害を共に乗り越えたためか、より絆が深まってしまい、今では傍目にも堂々とイチャイチャし始める有様である。
しかも本人同士はイチャついている自覚一切なしなのが、よりタチが悪い。
それを見ているクローディア、会心のしたり顔でサムズアップ!
「自称」エリート官僚の矜持はズタズタになり、そして懐具合もボロボロになった。
あまり関係ないが、その妨害工作に費やした「自称(笑)」エリート官僚のお金は、それらを悉く退けた後で全てセシルの懐に入り、教育校設立に寄付金という形で資金の足しになったそうな。
その少なくない寄付金への感謝を込めて、定礎石に関係者として名が刻まれ、後年それを見付けた人々から称賛されたそうである。
された方は邪魔をしたかっただけだし散財したのだから、嬉しくもなく微妙な気持ちになったらしいが。
そんなになるまでやっちゃって後に引けなくなった野郎どもではあるのだが、ある早朝に教育省前の広場にある噴水に、漏れなく全裸開脚縛りで宙吊りにされるという何処にも需要がなく誰の特にもならない事件が起きた。
それが誰の犯行であるのか、野郎どもは怯えるばかりで一切口を開かなかったという。
だがその中の一部は、ナニカに目覚めてしまったらしく、頬を気持ち悪いくらいに赤らめてハァハァしていたそうな。
ぶっちゃけると、犯人は自分を袋叩きにしてからデレシアに乱暴を働こうとした野郎どもにブチ切れたセシルが、返り討ちにした上で認識阻害結界を展開して吊し上げたのである。勿論証拠になりそうなものは一切残していない。
ブチ切れて野郎どもを千切っては投げるセシルを目の当たりにしたデシレアは、その鬼神のような強靭さに恋する乙女のようにポーッとしちゃったようだ。
――どちらも一部に鬼を飼っている難儀な二人である。
被害者が教育省の職員であり、選民意識がやたらと高くデシレアに横恋慕していたのを知っている省の幹部達は、なんとなーく誰の仕業かを察していた。
だがそれをどうこうする前に、マーチャレス農場の御用商人であり、現在バルブレアの経済に少なくない影響を与えているポトチュファロヴァ商会の会長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァが省の高官に面会を求めたことで事態が鎮静したのである。
ポト商会のアフ会長も、実はデキる男だった。
ちなみにそんな痴態を晒した男達の第一発見者は、朝のジョギングを欠かさない、成人したてで趣味が絵を描くことだという、爽やか系スポ根少女のラダナ(ヒト種)であった。
彼女はその運命の日、スケッチブックが入った鞄を襷掛けにしていつも通りにジョギングをしていたのである。
そしていつも通りに教育省前に差し掛かったとき、その凄まじくも恐ろしく悍ましい光景が視界に飛び込んで来た。
そのあまりの衝撃に目が離せなくなり、彼女はその場にスケッチブックを抱き締めて蹲ってしまう。
それに気付いた野郎どもは当然大騒ぎしたのだが、達人級に絶妙な加減で拘束している荒縄が解ける筈もなく、ギシギシ動いて見苦しいものがプラプラするだけであった。
だがラダナの視線はそんなプラつく粗末なものには向けられておらず、頬を赤らめハァハァしているご立派様に向いていたのを、彼女自身とそのハァハァしているアレな紳士だけが視認していた。
結局そのまま静かな時間が経過し、アレな紳士がラダナの視線のせいでちょっとビクンビクンしちゃった数分後に、衛兵が駆け付けて彼女は保護された。
その日以降、ラダナは部屋に引き篭ってしまい外出はしなくなったという。
だが彼女は強い女の子! それではいけないと思い立ち、ある日再び早朝ジョギングを再開し、そして――運命の出会いをした。
ラダナが例のアレを目撃しちゃった教育省前の広場に差し掛かったとき、そこにとある長身でスーツがよく似合う、均整の取れた肢体の男が佇んでたのである。
そう、彼はあのときハァハァしていてラダナの目の前で粗相をしちゃったアレな紳士であった。
二人は見つめ合い、そして吸い寄せられるように――防音が効いたとある設備が整っている小部屋に入って行った。
「ああぁーん、もっと見て下さい、もっと蔑んで下さい女・王・様ぁ! この汚らわしい駄犬の痴態を蔑んで下さい!」
「なにを言っているのかしら、この薄汚い豚が! お前なんて蔑む価値もないわ身の程を知りなさい! まぁどうしてもというのなら、ほら、無様に這いずって此処まで来なさい。ご褒美に足を舐めさせてあげるわ」
「ああ……女王様ぁ……あのときと同じようにこの醜いボクの痴態をもっと見て下さ……う!」
「だらしない豚ね。そんな程度じゃあご褒美なんてあげられないわ。ほらほら、わたしに触りたいならもっと這いずりなさい! もっと欲しがりなさい! この、豚野郎!!」
「女王様ぁー!(ブヒーーーー!)」
後日談。あの日以降引き篭もっていたラダナだが、その間中スケッチブックに向かってとある絵をひたすら描いていたという。
彼女の友人が心配してそこを訪れたとき、部屋の施錠はされておらず、ラダナになにかあったのだと即座に考えたその友人は、迷わず闖入した。
そして、見た――見てしまった。彼女が、ラダナがひたすら描き続けていた、ご立派様を!
そう、ラダナは目覚めてしまったのだ。
女王様に。
そしてその女王様会心の絵を見てしまった趣味友の友人Aは、それの衝撃のあまり腐ってしまった。
ちなみにラダナとアレな紳士は数年後に結婚し、幸せな家庭を築いたという。
物凄くどうでも良い話しだが。
そんな余談はともかく、計画から審査、設計、建築、そして雇用に至るまで僅か一年という有り得ない速度で教育校が開校し、そこに成人前後の元孤児達が揃って入学することとなる。
入学した生徒達は元々エセルから下地となる教育されており、且つセシルからの教育を受けていたためやっぱり優秀で、僅か半年で飛級して卒業資格やら教員資格やらその他諸々自分達がやりたいことに必要な資格を軒並み取得するという、驚異的な成果を挙げた。
これには流石のセシルもデシレアも驚愕し、だが僅かでも早くセシルの役に立ちたかったと揃いも揃ってキラキラした目で言われ、感極まったセシルはちょっと涙目になり、デシレアは号泣していたという。
クローディアは、セシルとデシーが教師ならならそうなるのは当り前と、謎のドヤ顔をしていたそうな。
そしてデシレアが連れて来た経理会計学担当の草原妖精ラーラ・ラーニョさんも、同様に号泣していた。
ちなみに彼女は、セシルがいうところの「ロリ巨乳」であるため、彼の琴線には触れなかったようである。
「(セシルは貧乳好きだもんね)」
「(だから腰とお尻が大好きなんですね。いつもディアと私のお尻見てますから)」
「(仕方ないわよ、セシルは所謂ドスケベだから。デシーはそういうのはイヤな方?)」
「(いえ、あの、まだ手を付けてくれないのでなんとも……。でもセシル様にならイヤじゃないです)」
「(デシーの『セシル様』呼びに燃えて萌えるわよセシルは。きっと止まらなくなるから、今から覚悟してね)」
「何の話しだ?」
「なんでもないわ。女の子の会話に入るのは無粋よ」
「お前達、最近なにか企んでるよな」
「大丈夫です、私はセシルの味方です! なので部屋の掃除をして下さい今すぐに! そして私を娶っ――」
思いの外早く教育校が軌道に乗り、そして二年が経過する。
そろそろ頃合いだと旅支度をするそんなセシルの元に、グレンカダムから手紙が届いた。
それには交差するナイフとフォークに兎の横顔という封蝋がされている。
差出人はレストラン「オーバン」のオーナーシェフ、リオノーラ・オクスリー。あの色素欠乏症の料理好きなリオノーラであった。
そこには、アップルジャック商会の会長イヴォンが多額の負債を抱えて夜逃げをし、それにより商会が倒産したとの情報が記されている。
そして――セシルに自分の大切な友達のシェリーを助けて欲しい、そう書かれていた。
翌日。
既に準備が完了していたセシルは、グレンカダム行き高速列車の最高級クラスのチケットを取り、エセルに拾われてから過ごしたバルブレアを後にした。
ちなみに最上級クラスとは、列車一両まるまる使用するチケットであり、ニ人から六人までで利用可能である。
物凄く今更だが、レミーがグレンカダムへ戻る際に渡したチケット代は、このクラスを取れたら取って欲しいという意味で多く見積もっていたのだが、元店長で現ポト商会のアフ会長はバカ正直に高級クラスのチケットしか取って来なかった。
アップルジャック商会バルブレア支店の元店長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァ。
彼はデキる男ではあるが、若干応用が効かなかった。
「私バルブレアを出たことないから、なにかあったらお願いね、セシル」
「大丈夫ですよディア。私こう見えても旅慣れていますのでなんとでもなります。でもその前にセシル様がなんとかしてくれるんですよね?」
「いやなんとかって言ってもな、デシーならその前に解決しちゃうだろ。ディアだって面倒がってるだけで一人でなんでも出来るんだから」
「セシルは私の身体を好きにしてるんだから、それくらい良いでしょう。あ、でも最近はデシーと分担してるからなぁ」
「そういうのは言わなくて良いです! 恥ずかしいです……」
「ふ、流石はデシー。無意識レベルでセシルの本能と煩悩を擽る術を心得ている」
「いや往来でそういうことを言うんじゃないよ。目立って仕方ない。……というか、お前まで本気で行くのか?」
「なにを言っているんですか! こう見えても私はグレンカダム初心者じゃないんですよ! よって私が行かなくてどうするんですか! それに私は既にセシルの一部です! なので安心して任せて下さい! そして娶って下さい!」
「不安しかねぇし娶らねぇよ。というかレオンティーヌ、お前ちゃんと部屋片付けて来たのか? この前もラーラがブチ切れてたぞ」
「…………私は過去を振り返らない女なのです」
青み掛かった金髪の長い髪を風に吹かれるままに流し、紫紺の瞳で遠くを見詰める。
海妖精特有の端正な容姿と、癖がなく風に吹かれてサラサラと揺れる髪を白魚のようなその指で押さえる仕草や、憂いを含んだ瞳に魅了される者は多いだろう――
――汚部屋の主でなければ。
「そんなことはどうでも良いのです。さあさあ、早く改札を抜けましょう。兵は神速を貴ぶと古代の兵法家も言っておりますので」
「……お前、絶対部屋汚ぇままにして来たろう?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえそそそそそんなことああああああああるわけなないじゃないでですか。わわわわわ私が信用出来ななないと?」
「動揺しまくってんじゃねぇかよ。まーたラーラに怒られても知らねぇぞ」
最近のレオンティーヌの汚部屋掃除は、セシルが忙しくて出来ないためにラーラの仕事になっていた。
彼女は綺麗好きで掃除好きであり、そういう面ではセシルととても気が合うのだ。
初めて汚部屋掃除に携わったときには般若のようになってレオンティーヌへ説教し、次いで鬼神のように掃除をし始めた。
実はラーラも、心に鬼を飼っていた。
セシルもデシレアもラーラも、一部でしか役に立たない鬼ではあるが。
「ほらほら早く早く! 早く乗らないと乗り遅れちゃいますよ!」
「そこまで慌てる必要はないだろう。まだちょっとは時間があるし……」
「いーえダメです! 社会人は原則十分前行動ですから! それに早くしないと良い席が取られちゃいますよ!」
「十分前行動には全面的に賛成するが、そもそも最上級クラスだから誰も席取らないからな。あ、それから車内を散らかしたら素っ裸にひん剥いて他の車両に叩き出すからな」
「もうセシルったらぁ……私の裸が見たいなら言ってくれれば良いのに。いつでも何処でもドンと来いで――」
「レ~オ~……!」
「!」
なにかを誤魔化すように喋りまくるレオンティーヌの動きと言葉が、まるで地の底から這い出るかのような圧を含む声で停止した。
そして油の切れた機械仕掛けの人形のようにギシギシとばかりに振り向いた先に、長い黒髪を結い上げている、細かい刺繍が入ったフワッとした服――ソロチカを着た草原妖精が、顔にとびきりの笑顔を張り付かせて立っていた。
但し目は一切笑っていなく、その手には、なにやら先が複数に分かれた鞭のような短杖を持っていたが。
「ラ、ラララララララーラララララララ……」
「うふふふふふ、ラーラの名前で歌を作ってくれるなんて、レオは本当に愉快だねぇ」
「いいいいいいや待ってこれには深海よりも深い理由があって……」
「へぇ? 汚部屋を放置するのにそんな高尚な理由なんてあるの?」
「待って! お願い許して! 私はどうしてもグレンカダムに行かなくちゃならないの! そうよねセシル!? 私も行かなくちゃいけないわよね!?」
そう言い助けを求めるレオンティーヌ。だが――
「お前、ちゃんと部屋片付けるって言ったろう」
「レオ姉さん、こればかりは私もフォロー出来ないわ」
「レオンティーヌさん、約束は守るためにあるのです。そして守るために努力するのを怠ってはいけません」
その場の誰一人としてそれに同調しない。デシレアに至ってはマジ説教が始まろうとしていた。
「いやー! お部屋のお掃除したくないー! 私はセシルと一緒にお出掛けするのー!」
「子供か! て! 足速ぇなオイ!」
そう言い、セシルのツッコミを全無視して全速で駆け出し列車へと逃げ出すレオンティーヌ。その逃げ足は、瞬足で知られる草原妖精であるラーラも度肝を抜かれるくらい、速かった。
だがそれに挫けるラーラではない。
こちらも草原妖精としての矜持があり、だがなにより綺麗好きとして汚部屋の放置などしたくもない。
よって、逃げるレオンティーヌを全速で追う。
ちなみに持っていたものは、高いところのお掃除に使うはたきであった。
そしてそんな下らない追い掛けっこをしている二人は、発車ベルに気付かない。
「おいおい、そろそろ拙いぞラーラ……てこっちも聞いちゃいねぇ」
盛大に舌打ちをし、レオンティーヌを追うラーラを、取り敢えず全力で追い掛けるセシル。
「まったく、困ったものねぇレオ姉さんは。あ、デシーお茶いる?」
「あ、はい。頂きます。でも、元気があって良いじゃないですか」
「デシー、なんか言うことがオバさん臭いよ」
「そうですか? でもそれは仕方のないことです。こう見えても数百年生きていますから」
「成程、デシーは数百年も処女を拗らせていたのね」
「純潔を守っていたのです。あ、これは種としての伝統というか、制約というか、とにかくそういうものですので」
「気を使わなくて良いよ。こういうおおらかさを認めるのは、ヒト種の特徴みたいなものだから」
「種の違いは面白いものですよね。でも、海妖精って片付けが苦手なんでしょうか?」
「そういうことはないと思うよ。あれは例外中の例外で、それも最悪の例。レオ姉さんのせいで海妖精に風評被害が出たらと思うと、怖くて夜しか眠れない」
「ふふ、夜は夜で、セシル様が寝かせてくれませんけどね」
「最近はデシーがいるから眠れる日が増えたよ。というかデシー、なんであんなにセシルの相手して疲れないの?」
「それは多分、私が植物妖精だからでしょう。感覚がヒト種より鈍いのかも知れません」
「……あんな大声出してそれはな――あ、動き出した」
動き出す列車。そしてそれとほぼ同じく、
「確保ー!」
レオンティーヌのマウントを取り、勝利の雄叫びを上げるラーラ。だがそのラーラの身柄を、今度はセシルが確保する。
「え? セシルくんどうしたの、そんなにハァハァして。えーと、ラーラには興味ないんだよね? 好みに合わないんだよね? 幾らラーラが魅力的でも、そんなに突然求められても心の準備っていうのが……」
「いやそうじゃなくて、列車、もう出てるからな」
「え?」
ゆっくりと周囲を見回すラーラ。
「え?」
流石は最上級クラスである。揺れ対策は充分に取ってあるため、それは最小限で快適だ。
「え?」
窓の外に流れる景色。それはやがて、都市から新緑へと変わって行く。
「え?」
最上級クラスの列車は、一両全てが個人の貸し切りであるため雑踏のようになることもなく、そのためクローディアとデシレアのように優雅にお茶も頂ける。
「え?」
レオンティーヌのマウントを取り、だが派手に戸惑い中のラーラに、そのクローディアとデシレアがおいでおいでをしていた。
「うそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?」
うん、そうなるよな。
滂沱の涙を流すレオンティーヌの上で、某有名画家の名画、タイトル「叫び」のような表情になってるラーラをヒョイと持ち上げ、取り敢えずお茶を出してくれているクローディアの隣りに座らせる。
「まぁ、そんなこともあるよね?」
「ディア、ちょっとないと思いますよ」
物凄く綺麗で魅力的な微笑みを浮かべるデシレアの言葉は、元部下の心を容赦なく抉って致命傷を与えていた。