三人娘とリオノーラがグレンカダムへと旅立ち、その直後からセシルは農場の一角に、とある施設の建造を計画し始めた。
それは農業と商業が学べる教育施設であり、そこで教育をして人材育成をすれば、遠くない未来にこの交易都市バルブレアは更に発展するだろう――
――とか高尚なことなど考えているわけでは一切なく、単に自分が此処から離れるにあたってそれらの役割を分割して分散させてでも担ってくれる人材が欲しかっただけである。
それに、責任の所在や決定権が一人だけにあるという従来の商会や農場では、仮に間違った判断をしてしまったときに取り返しが効かないし、なによりその一人に何かがあったときにはそれだけで立ち行かなくなってしまう。
それらを分散させればそれが防げるし、それに複数人の意見はそれだけで財産となる。
――人材が居なければ育てれば良いじゃない。
などと、パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃないと言ったとプロパガンダされた某国某王妃の名言を捩って言うセシル。勿論誰も反応してくれなくて、
「どっちも小麦じゃねーかよ巫山戯んな!」
などと人気のない場所でセルフツッコミをしてスッキリと悦に入り、だが物陰から一部始終を必ず目撃している家政婦さんのように、クローディアがほくそ笑みながら見ていたのには気付かない。
それと、同一種族だけではなく様々な種族と共に学ぶことでそれらへの偏見を減らせるし、それぞれ考え方やその有り様も違うと理解することで、個人の生き方にも潤いを与えられて見識の幅も広がるであろう――
――とも考えているわけでもなく、種族が違うからなどという理由でいちいちケンカするのも時間の無駄だし、ンなクソ下らない偏見に労力を割く暇があるなら働けと言いたいだけであった。
結果的には、セシルが言うところの「高尚なお題目」に感動しちゃった、現在の教育機関の在り方を憂いていたがどうにもならない現状に軽く絶望している、バルブレア教育省の高官デシレア・ローセンブラート女史が二つ返事で賛成し、あれよあれよ言う間に建築屋への申し込みやら都市からの補助金の申請やらの込み入った手続きをしてしまったのである。
もっとも間取りに関しては、全てを任せるととんでもないことになる可能性があるため、あえて煩く口を出した。
そしてそれを見たデシレアは、その妥協を許さない姿勢にちょっと心酔しちゃったそうな。
デシレア・ローセンブラート女史。
――彼女は金毛妖狐族なみに希少な植物妖精(年齢はひ・み・つ♡)である。
好みの異性は、自分をしっかり持っていて言いたいこと、言うべきことをはっきり言う、そして妥協を許さない仕事をする人で、だがそれでいて相手も慮れる人だそうだ。
何気にハードルが激上がりしているのだが、種としての寿命がどれくらいなのかが不明なくらい遥かに長いため、気長に待つのは慣れている。ちなみに種族に拘りはない。
植物妖精も金毛妖狐族と同じく、その齢が此方は一千年を超えれば、森林を守護する〝樹人〟になると謂われている。そして実際それが存在する場所は、精霊が宿る豊かな森となるのだ。
その若草色に輝く、僅かにクセがあるフワフワの髪と、榛色の神秘的な瞳に魅了される男は星の数で、だがその仕事振りと事務処理能力が常軌を逸しているためか、気後れして言い寄る男は誰もいない。
そう、彼女はデキる女だった。
そして只今絶賛恋人募集中なのに、誰も言い寄ってこないために喪女となっていた――いや、なっている。
関係ないが、セシルとデシレア女史が色々な打ち合わせをしてメチャメチャ気が合い、妙に打ち解けてしまったためか、そのまま食事に出掛けたのであった。
この日、セシルは遠慮せずに色々話しても理解してくれる彼女との会話がとても楽しくなり、そしてデシレアも思うまま話しても全く気後れしないばかりか、それに対してしっかりとした意見を返して来るセシルに好感を抱き、互いに思わず深酒をしてしまった。
翌朝セシルが目覚めたのは自室であったのだが、どうやって帰って来たのかが不明であり、そして何故か全裸であるのにちょっと驚き、
「ん……寒い……」
更に隣で横たわる、若草色の髪を持つ植物妖精の綺麗な裸身を目の当たりにしてちょっと色々キュンときて、だがその状況が理解出来ずに絶句した。
その後お約束な一幕が展開され、セシルはデシレアに責任をとって欲しいと迫られたのである。
あまり関係ないが、二人の着衣はクローディアが夜のうちに洗濯済みであり、よって「お約束」の最中は互いに全裸だった。
当然それは、同棲しているクローディアになんの連絡もなく外食をして、更に女の子をお持ち帰りしたセシルへの嫌がらせである。
そっち方面にはおおらかな彼女ではあるのだが、その他のことはキッチリさせるのが当り前と、常々セシルは元より皆に言っていた。
――いやそれ絶対に奥さんの発想だろう。
元孤児で現在マーチャレス農場の職員である少年少女たちは、揃いも揃って総ツッコミをしている。
まぁオチとしては、酔っ払って動けなくなった二人を酒場の店主が気を利かせて貸し切り馬車を頼んで送らせて、デシレアの自宅が判らなかったためにセシルの自宅へ向かい、到着後に同棲しているクローディアが二人の衣服を器用に剥いてベッドに放り込んだだけであった。
酔っ払って即爆睡していたため、当然セシルはデシレアに手を出していない。
だがデシレアにとって同衾した事実が最重要である。
植物妖精は、異性に自身の裸身を見せるのは配偶者だけだと、古くからその種族に伝わる伝統的な固定概念が存在している。
よって彼女はセシルとそのような関係になった以上、娶って貰わなければ困ると迫って来た。
しかも、セシルが住んでいる元孤児院の自室に、最小限の荷物を持参して、である。
更に、その他の所持品は邪魔になるからと処分して、そして今まで住んでいた官舎も引き払ってしまったそうだ。
「私というものがありながら他の女と組んず解れつするなんて! なんて羨ま怪しからぬことをするのですか! この……浮気者! こうなったら私にもちゃんと手を出して下さいいつでも大丈夫です! あ、でも今日は『森妖精式基礎体温法』では危ない日なので、今は子供が出来ちゃうのはちょっと困りますから出来れば加減して欲しいで痛い痛い痛い痛い! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい! 顔面鷲掴みはヤメテ下さいお願いします! 今日はもう言いませんから許して下さ……ああ、でもコレはコレで愛を感じる♡」
莫迦なことを口走って新たな扉を開いちゃった海妖精はさておき、そんなことは時間が解決してくれるだろうと、セシルはそれを大して重要視せずに放っておくことにした――
――のだが、気付けばセシルとクローディアの部屋の両隣の壁がぶち抜かれて拡張されており、ついでに彼を含めない五人分の収納家具が整然と並んでいたという。
更に中央にはキングサイズの天蓋とベール付きベッドが鎮座し、その周囲にはしっかりシングルベッドも用意されているというオプション付き。
何故にシングルベッドもあるのかというと、女の子にはそういう日があるからだそうな。
「ふむ、完璧ね。流石は岩妖精の職人さん」
「あのー、押し掛けちゃった私が言うのもなんですが、クローディアさんは良かったのですか? セシル様の恋人なのですよね? 殴られる覚悟もして来たのですが……」
「恋人じゃないよデシレア。私とセシルは身体だけの関係だから気にしなくて良いよ。あ、もしかしてデシレアはそういう女や奥さんが複数人居るのはイヤ?」
「あ、いえ。一人ひとり満遍なく愛してくれれば文句はないです。それに、優秀な種を独り占めは勿体ないですし、それは社会の損失です」
「大丈夫、セシルはデキる男。女の子を絶対に不幸にはしない(私の『野望』は順調)」
「クローディアさん、今言葉の末尾に括弧開き括弧閉じでなにか面白そうな計画を言いませんでしたか?」
「……デシレアもデキる女だったわね」
「ふふ、クローディアさんほどではありませんよ」
「私のことは『ディア』と呼び捨てで良いわ」
「私も『デシー』で良いですよ、ディア」
「あのー、私も混ぜて欲しいんですけど……」
「……片付けが出来ないレオ姉さんが入る隙間はないわ。それに、デシーとちょっと台詞回しが被っているから喋らないで」
「私の扱い酷くないですか!? もっと優しくして下さい!」
「レオ姉さんの存在自体が環境に優しくない。流石にいつまでも片付けられない汚部屋の主のフォローは無理よ」
「ディアまで私に冷たい!」
そんなちょっとした恐ろしい計画が進行しているとは露ほども知らず、セシルは教育校設立に奔走していた。
自分が楽をするために!
そしてその作業で忙しく奔走しているセシルを尻目に、拡張された部屋でクローディアとデシレアは、
「そういえばディア。貴女って本当にセシル様と身体だけの関係なんですか?」
「そうよ。何度も言っているじゃない。私はセシルとそんな関係じゃないし、その気もないわ。デシーがそういう女がいるのが不満なら身を引くわよ」
「いえ、不満はないですよ。ただディアは本当にそれで良いのかと思ったのです。数日だけですが一緒に暮らしてみて、どう見てもセシル様の奥さんはディアだなぁと感じました。その、ちょっと恥ずかしいのですが、私には手を出さずに、その、ディアとばかり……」
「デシーは思った以上にエッチだと判明したわね。それとも過去にお付き合いした男を思い出しちゃった?」
「え? あああああの! わわわわわわ私にはそのような経験が……」
「冗談よ。デシーが性格的にも種族的にも未経験ってことくらい判っているわ。それにね、デシーはセシルの好みに合うのよ。貴女が来てからセシルが凄くなったのよね。早目にデシーに手を出して欲しいわ。じゃないと私の身がもたないんだけど?」
「そういう会話は俺がいないところでして欲しいんだけど!」
終わらない仕事を持ち帰り、目を血走らせてひたすら机に向かっているセシルへ、これ見よがしにそんな会話をする二人。だが言われたところで、二人して半笑いで一瞥するだけだった。
「仕事を自宅に持ち帰るのはどうかと私は思うわ。それに、どうしてセシルだけがそんなに頑張るのよ。自分の後継を育てたいっていうのは判るけど、その仕様を作るために一人で頑張るのは違うでしょう」
「そうですね。私が傍に居りますのにどうして手伝わせて貰えないのかが疑問です。それとも、あの夜私と語り合った『唯一を作らない仕事の有り様』は嘘だったのですか? 今のセシル様が抱えている仕事は『唯一』になっています。もっと私達を頼って下さい」
「まぁでも、私に出来るのは寝食と夜の世話だけだけど。仕事に関しては門外漢だからデシーに任せるわ。それともデシーも混ざりたい?」
「え? あああああの、出来れば最初は二人きりの方が……」
「ふふ、冗談よ。大丈夫、そのときは邪魔しないから。今は仕事を手伝ってあげて」
「そうです! セシルの手が空かないと私の部屋の掃除を誰がするんですか! 今もちょっと部屋に入れなくなって来て、着替えが無くて困っているんですよ! 見て下さい今だってパンツもブラもなくて素肌にキャミソールだけなんですから! 責任とって私も娶って下さい!」
「そう言うがなディア。お前だってしっかり教員資格持ってんだから働いて貰うぞ。今作ってるのは酪農や農耕だけじゃなくて、魔法の教育課程や経営学とか経済学を含んだ総合教育校なんだからな。あとデシーも出来れば教師をして欲しいんだが……」
「ええええぇー、私もするのぉ? 人に教えるの苦手なんだけど」
「はいはい! 私も裁縫なら教えられます! だから部屋の掃除をお願いします! あと娶って下さい!」
なにやら雑音がするのだが、それを聞き流して人材について思案するデシー。セシルにしてみれば人事が一番の頭痛の種であるため、コネでもなんでも良いから引っ張ってきて貰えると有り難い。
「良いですよ。経営学と経済学はそれなりに教えられると思います。あと私の元部下で経理に詳しい娘がいますので、給与と福利厚生次第では勧誘出来るかと」
そしてそれを聞いたクローディアの双眸が「キュピーン!」と輝いた。
「(それはハーレム要員なのデシー?)」
「(え? ハ、ハーレムですか? あの、草原妖精ですが大丈夫ですか? 二六歳でやっぱり幼く見えますけど、スタイルは良い方だと思います)」
「(うーん……セシルは成人直後に草原妖精の変態に襲われそうになったから心的外傷があるかも。でも性癖を見る限り合法ロリも範囲内だと思う。まぁ本人に任せましょう)」
なにやら不穏な相談を始める二人。だが書類仕事に忙しいセシルは、やっぱり気付かない。
それから、草原妖精の女子を「合法ロリ」扱いするのは如何なものかと、このときばかりは訝しむデシレア。だが確かにそれは真実であるのも否定出来ないため、ちょっとだけ悩んでしまった。
結果的には思考を放棄して、そういうこともあるだろうと、ほぼ無理矢理納得したが。
結局その後デシレアに仕事の分担をお願いし、彼女の鬼神の如き仕事振りに舌を巻き、ちょっとときめいちゃうセシル。それを見てクローディアは、小さくガッツポーズをした。
それは農業と商業が学べる教育施設であり、そこで教育をして人材育成をすれば、遠くない未来にこの交易都市バルブレアは更に発展するだろう――
――とか高尚なことなど考えているわけでは一切なく、単に自分が此処から離れるにあたってそれらの役割を分割して分散させてでも担ってくれる人材が欲しかっただけである。
それに、責任の所在や決定権が一人だけにあるという従来の商会や農場では、仮に間違った判断をしてしまったときに取り返しが効かないし、なによりその一人に何かがあったときにはそれだけで立ち行かなくなってしまう。
それらを分散させればそれが防げるし、それに複数人の意見はそれだけで財産となる。
――人材が居なければ育てれば良いじゃない。
などと、パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃないと言ったとプロパガンダされた某国某王妃の名言を捩って言うセシル。勿論誰も反応してくれなくて、
「どっちも小麦じゃねーかよ巫山戯んな!」
などと人気のない場所でセルフツッコミをしてスッキリと悦に入り、だが物陰から一部始終を必ず目撃している家政婦さんのように、クローディアがほくそ笑みながら見ていたのには気付かない。
それと、同一種族だけではなく様々な種族と共に学ぶことでそれらへの偏見を減らせるし、それぞれ考え方やその有り様も違うと理解することで、個人の生き方にも潤いを与えられて見識の幅も広がるであろう――
――とも考えているわけでもなく、種族が違うからなどという理由でいちいちケンカするのも時間の無駄だし、ンなクソ下らない偏見に労力を割く暇があるなら働けと言いたいだけであった。
結果的には、セシルが言うところの「高尚なお題目」に感動しちゃった、現在の教育機関の在り方を憂いていたがどうにもならない現状に軽く絶望している、バルブレア教育省の高官デシレア・ローセンブラート女史が二つ返事で賛成し、あれよあれよ言う間に建築屋への申し込みやら都市からの補助金の申請やらの込み入った手続きをしてしまったのである。
もっとも間取りに関しては、全てを任せるととんでもないことになる可能性があるため、あえて煩く口を出した。
そしてそれを見たデシレアは、その妥協を許さない姿勢にちょっと心酔しちゃったそうな。
デシレア・ローセンブラート女史。
――彼女は金毛妖狐族なみに希少な植物妖精(年齢はひ・み・つ♡)である。
好みの異性は、自分をしっかり持っていて言いたいこと、言うべきことをはっきり言う、そして妥協を許さない仕事をする人で、だがそれでいて相手も慮れる人だそうだ。
何気にハードルが激上がりしているのだが、種としての寿命がどれくらいなのかが不明なくらい遥かに長いため、気長に待つのは慣れている。ちなみに種族に拘りはない。
植物妖精も金毛妖狐族と同じく、その齢が此方は一千年を超えれば、森林を守護する〝樹人〟になると謂われている。そして実際それが存在する場所は、精霊が宿る豊かな森となるのだ。
その若草色に輝く、僅かにクセがあるフワフワの髪と、榛色の神秘的な瞳に魅了される男は星の数で、だがその仕事振りと事務処理能力が常軌を逸しているためか、気後れして言い寄る男は誰もいない。
そう、彼女はデキる女だった。
そして只今絶賛恋人募集中なのに、誰も言い寄ってこないために喪女となっていた――いや、なっている。
関係ないが、セシルとデシレア女史が色々な打ち合わせをしてメチャメチャ気が合い、妙に打ち解けてしまったためか、そのまま食事に出掛けたのであった。
この日、セシルは遠慮せずに色々話しても理解してくれる彼女との会話がとても楽しくなり、そしてデシレアも思うまま話しても全く気後れしないばかりか、それに対してしっかりとした意見を返して来るセシルに好感を抱き、互いに思わず深酒をしてしまった。
翌朝セシルが目覚めたのは自室であったのだが、どうやって帰って来たのかが不明であり、そして何故か全裸であるのにちょっと驚き、
「ん……寒い……」
更に隣で横たわる、若草色の髪を持つ植物妖精の綺麗な裸身を目の当たりにしてちょっと色々キュンときて、だがその状況が理解出来ずに絶句した。
その後お約束な一幕が展開され、セシルはデシレアに責任をとって欲しいと迫られたのである。
あまり関係ないが、二人の着衣はクローディアが夜のうちに洗濯済みであり、よって「お約束」の最中は互いに全裸だった。
当然それは、同棲しているクローディアになんの連絡もなく外食をして、更に女の子をお持ち帰りしたセシルへの嫌がらせである。
そっち方面にはおおらかな彼女ではあるのだが、その他のことはキッチリさせるのが当り前と、常々セシルは元より皆に言っていた。
――いやそれ絶対に奥さんの発想だろう。
元孤児で現在マーチャレス農場の職員である少年少女たちは、揃いも揃って総ツッコミをしている。
まぁオチとしては、酔っ払って動けなくなった二人を酒場の店主が気を利かせて貸し切り馬車を頼んで送らせて、デシレアの自宅が判らなかったためにセシルの自宅へ向かい、到着後に同棲しているクローディアが二人の衣服を器用に剥いてベッドに放り込んだだけであった。
酔っ払って即爆睡していたため、当然セシルはデシレアに手を出していない。
だがデシレアにとって同衾した事実が最重要である。
植物妖精は、異性に自身の裸身を見せるのは配偶者だけだと、古くからその種族に伝わる伝統的な固定概念が存在している。
よって彼女はセシルとそのような関係になった以上、娶って貰わなければ困ると迫って来た。
しかも、セシルが住んでいる元孤児院の自室に、最小限の荷物を持参して、である。
更に、その他の所持品は邪魔になるからと処分して、そして今まで住んでいた官舎も引き払ってしまったそうだ。
「私というものがありながら他の女と組んず解れつするなんて! なんて羨ま怪しからぬことをするのですか! この……浮気者! こうなったら私にもちゃんと手を出して下さいいつでも大丈夫です! あ、でも今日は『森妖精式基礎体温法』では危ない日なので、今は子供が出来ちゃうのはちょっと困りますから出来れば加減して欲しいで痛い痛い痛い痛い! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい! 顔面鷲掴みはヤメテ下さいお願いします! 今日はもう言いませんから許して下さ……ああ、でもコレはコレで愛を感じる♡」
莫迦なことを口走って新たな扉を開いちゃった海妖精はさておき、そんなことは時間が解決してくれるだろうと、セシルはそれを大して重要視せずに放っておくことにした――
――のだが、気付けばセシルとクローディアの部屋の両隣の壁がぶち抜かれて拡張されており、ついでに彼を含めない五人分の収納家具が整然と並んでいたという。
更に中央にはキングサイズの天蓋とベール付きベッドが鎮座し、その周囲にはしっかりシングルベッドも用意されているというオプション付き。
何故にシングルベッドもあるのかというと、女の子にはそういう日があるからだそうな。
「ふむ、完璧ね。流石は岩妖精の職人さん」
「あのー、押し掛けちゃった私が言うのもなんですが、クローディアさんは良かったのですか? セシル様の恋人なのですよね? 殴られる覚悟もして来たのですが……」
「恋人じゃないよデシレア。私とセシルは身体だけの関係だから気にしなくて良いよ。あ、もしかしてデシレアはそういう女や奥さんが複数人居るのはイヤ?」
「あ、いえ。一人ひとり満遍なく愛してくれれば文句はないです。それに、優秀な種を独り占めは勿体ないですし、それは社会の損失です」
「大丈夫、セシルはデキる男。女の子を絶対に不幸にはしない(私の『野望』は順調)」
「クローディアさん、今言葉の末尾に括弧開き括弧閉じでなにか面白そうな計画を言いませんでしたか?」
「……デシレアもデキる女だったわね」
「ふふ、クローディアさんほどではありませんよ」
「私のことは『ディア』と呼び捨てで良いわ」
「私も『デシー』で良いですよ、ディア」
「あのー、私も混ぜて欲しいんですけど……」
「……片付けが出来ないレオ姉さんが入る隙間はないわ。それに、デシーとちょっと台詞回しが被っているから喋らないで」
「私の扱い酷くないですか!? もっと優しくして下さい!」
「レオ姉さんの存在自体が環境に優しくない。流石にいつまでも片付けられない汚部屋の主のフォローは無理よ」
「ディアまで私に冷たい!」
そんなちょっとした恐ろしい計画が進行しているとは露ほども知らず、セシルは教育校設立に奔走していた。
自分が楽をするために!
そしてその作業で忙しく奔走しているセシルを尻目に、拡張された部屋でクローディアとデシレアは、
「そういえばディア。貴女って本当にセシル様と身体だけの関係なんですか?」
「そうよ。何度も言っているじゃない。私はセシルとそんな関係じゃないし、その気もないわ。デシーがそういう女がいるのが不満なら身を引くわよ」
「いえ、不満はないですよ。ただディアは本当にそれで良いのかと思ったのです。数日だけですが一緒に暮らしてみて、どう見てもセシル様の奥さんはディアだなぁと感じました。その、ちょっと恥ずかしいのですが、私には手を出さずに、その、ディアとばかり……」
「デシーは思った以上にエッチだと判明したわね。それとも過去にお付き合いした男を思い出しちゃった?」
「え? あああああの! わわわわわわ私にはそのような経験が……」
「冗談よ。デシーが性格的にも種族的にも未経験ってことくらい判っているわ。それにね、デシーはセシルの好みに合うのよ。貴女が来てからセシルが凄くなったのよね。早目にデシーに手を出して欲しいわ。じゃないと私の身がもたないんだけど?」
「そういう会話は俺がいないところでして欲しいんだけど!」
終わらない仕事を持ち帰り、目を血走らせてひたすら机に向かっているセシルへ、これ見よがしにそんな会話をする二人。だが言われたところで、二人して半笑いで一瞥するだけだった。
「仕事を自宅に持ち帰るのはどうかと私は思うわ。それに、どうしてセシルだけがそんなに頑張るのよ。自分の後継を育てたいっていうのは判るけど、その仕様を作るために一人で頑張るのは違うでしょう」
「そうですね。私が傍に居りますのにどうして手伝わせて貰えないのかが疑問です。それとも、あの夜私と語り合った『唯一を作らない仕事の有り様』は嘘だったのですか? 今のセシル様が抱えている仕事は『唯一』になっています。もっと私達を頼って下さい」
「まぁでも、私に出来るのは寝食と夜の世話だけだけど。仕事に関しては門外漢だからデシーに任せるわ。それともデシーも混ざりたい?」
「え? あああああの、出来れば最初は二人きりの方が……」
「ふふ、冗談よ。大丈夫、そのときは邪魔しないから。今は仕事を手伝ってあげて」
「そうです! セシルの手が空かないと私の部屋の掃除を誰がするんですか! 今もちょっと部屋に入れなくなって来て、着替えが無くて困っているんですよ! 見て下さい今だってパンツもブラもなくて素肌にキャミソールだけなんですから! 責任とって私も娶って下さい!」
「そう言うがなディア。お前だってしっかり教員資格持ってんだから働いて貰うぞ。今作ってるのは酪農や農耕だけじゃなくて、魔法の教育課程や経営学とか経済学を含んだ総合教育校なんだからな。あとデシーも出来れば教師をして欲しいんだが……」
「ええええぇー、私もするのぉ? 人に教えるの苦手なんだけど」
「はいはい! 私も裁縫なら教えられます! だから部屋の掃除をお願いします! あと娶って下さい!」
なにやら雑音がするのだが、それを聞き流して人材について思案するデシー。セシルにしてみれば人事が一番の頭痛の種であるため、コネでもなんでも良いから引っ張ってきて貰えると有り難い。
「良いですよ。経営学と経済学はそれなりに教えられると思います。あと私の元部下で経理に詳しい娘がいますので、給与と福利厚生次第では勧誘出来るかと」
そしてそれを聞いたクローディアの双眸が「キュピーン!」と輝いた。
「(それはハーレム要員なのデシー?)」
「(え? ハ、ハーレムですか? あの、草原妖精ですが大丈夫ですか? 二六歳でやっぱり幼く見えますけど、スタイルは良い方だと思います)」
「(うーん……セシルは成人直後に草原妖精の変態に襲われそうになったから心的外傷があるかも。でも性癖を見る限り合法ロリも範囲内だと思う。まぁ本人に任せましょう)」
なにやら不穏な相談を始める二人。だが書類仕事に忙しいセシルは、やっぱり気付かない。
それから、草原妖精の女子を「合法ロリ」扱いするのは如何なものかと、このときばかりは訝しむデシレア。だが確かにそれは真実であるのも否定出来ないため、ちょっとだけ悩んでしまった。
結果的には思考を放棄して、そういうこともあるだろうと、ほぼ無理矢理納得したが。
結局その後デシレアに仕事の分担をお願いし、彼女の鬼神の如き仕事振りに舌を巻き、ちょっとときめいちゃうセシル。それを見てクローディアは、小さくガッツポーズをした。