泣き崩れているレミーを目の当たりにして、だが事態の把握が出来ていないセシルとレスリーは、彼女を囲むようにして呆然としていたり、釣られて泣き出している幼児たちとは別の意味で呆然としていた。

 一体なにがあったのだろうと、とりあえず一塊(ひとかたまり)になって戸惑いながらも相談しているクローディア、メイ、シャーロット、そしてリオノーラへ声を掛ける。

 それでやっと二人の帰宅に気付いた一同は、こうなった理由をポツリポツリと話し始めた。

「ボクが朝起きて顔を洗ってから畑に行って――」
「いやそこまで戻る必要はないだろう」
「ウチが朝食にリンゴが欲しいって言ったらセシルくんがコンポート作ってくれて――」
「それあちきらが出掛ける前でありんす。そこからの説明はいりんせん」

 本気かボケか、はたまた天然なのか、そんなところから語り始めるメイとシャーロットにツッコミを入れる。
 そんな有様の二人を一瞥して呆れたように(かぶり)を振りつつ、色素欠乏症(アルビノ)の白い髪を「ふぁさ」と払い、深い溜息を吐いてからこれ以上ないくらい自信満々にリオノーラが、

「出掛けた後で慌てて大変だーって来て、そしたらレミーさんが泣き出したの」

 謎のドヤ顔をメイとシャーロットに向けながら、これが見本だとばかりにズバリと言う。
 だがそのリオノーラは、説明が壊滅的に下手クソだった。主語もなにもあったものではない。メイとシャーロットは何故か拍手していたが。

 料理の腕は良いのにその技術を説明出来ないければはっきり言って意味がないし、それでは適切な指導や助言(アドバイス)すら出来ない。
 ちょっと高評価を貰っただけで調子に乗っている、「自称」で一流を名乗る三流四流料理人と同じである。

 抽象的なことしか言わ(え)ずにまともな助言(アドバイス)も出来ない、「自称」な一流の言うことは聞く価値すら無い。
 そしてそれが出来ない奴の言うことは評価ではなく、評論家を自称する下らないただの三文批評家でしかないのだ。

 リオノーラはそんな莫迦未満な料理人にはなって欲しくないと考えているセシルは、彼女の教育課程(カリキュラム)を見直すべきだとワリと本気で考えた。
 事実、この後の二年間でセシル式スパルタ教育が週六日で続けられ、リオノーラは半泣きになりながらも「食肉解体管理販売士」と「鮮魚販売士」、「農産物管理販売士」、「果実衛生管理販売士」などといった食品管理に関する資格と、「食品衛生責任者資格」と「飲食店営業資格」と「菓子製造業資格」、「店舗経営簿記会計士」などといった店舗経営に必要な資格、そして更には成人してから即「酒類販売許可資格」が取得出来るようにそれの教育をも行なったのである。

 ついでに、メイとシャーロットとレスリーの美食三人娘にもそれぞれ、「農産物管理販売士」と「果実衛生管理販売士」と「食肉解体管理販売士」の資格、そして全員に「食品衛生責任者資格」も取得させてしまった。
 そのためメイとシャーロットには「鬼畜!」と言われて、しかし「ありがとう、最高の褒め言葉だ」と、これ以上ないくらい物凄く良い笑顔で言い返してゲンナリさせたのである。
 だがレスリーには「鬼畜な(ぬし)さんも最高に間夫(まぶ)(良い男)でありんす」と頬を桜色に染めながら夢現(ゆめうつつ)表情(かお)で言われて若干引いたが、二人よりも頑張っているから良いかと考え、そして御褒美の頭ナデナデをして無自覚に泥沼に嵌って行った。やっていることが鈍感系ハーレム野郎と一緒である。

 関係ないが、セシルはそれら資格の全てを僅か半年で取得済みで、それぞれの教官に「才子(さいし)だ!」と微妙な評価をされていた。

 まぁ、諸々な事情で六歳くらいには全部理解していたからなんでもなかったが。

 そしてセシルは、「激毒物取扱管理師」と「麻薬管理責任者」の資格すら取得していたりする。
 本来ならばそれは、薬師や薬品店経営者などといった職業人が必要に迫られて取得する資格であり、それ以外であったのならばちょっと他人には表立って言えないし、常識的に考えて少なくとも趣味の範疇で取れるものではない。エセルは趣味で持っていたけれど。

 ちなみにクローディアは資格に一切興味がないため、セシルに勧められるまま片手間に「魔法師教員資格」を受験し、五百点満点の筆記試験でなんと()()()()()()()合格していた。
 魔法の理論に革新的な方法論を図解付きで解説したのが高く評価されたらしい。
 もっともそれはエセルから習ったものの中では、それほど高度だとは思えない魔法式であったのだが、どうやらそれは一般的な常識の埒外であったようである。

 魔法教員にはそれぞれ階級があり、下から、教員、教師、講師、導師、導師長、教頭師、教頭師長、教頭会頭、教頭会頭長、そしてその頂点に教王がいる。
 本当はその頂点を「教皇」にしたかったらしいのだが、教会側から猛烈な抗議があって断念したそうだ。
 まぁ当の教皇は、面白いから良いんじゃない? とゆる~く言っていたらしいが。

 そしてクローディアは、最初に与えられる階級では最高位である導師長を与えられる()()()()

「え? 要らない。忙しくなるとセシルと◯◯◯◯(ピ――――!)する時間が少なくなるもん」

 などととんでもないこと言い出し、結局一番下の教員資格にして貰ったという。
 まぁ色々な人達から代わる代わる説得されたのだが、あまりにしつこかったために「じゃあ要らない」と目の前で、耐火付与を施されて溶鉱炉に落としても燃えない筈の資格証を、見たこともない超高音の青い火で燃やされれば黙るしかない。

 それはともかく、ことの顛末を其処にいる子供たちに説明させるのはあまりに分の悪い賭け(ギャンブル)である。
 そしてそれをする意味を見出せないセシルは、直接レミーに聞くことにした。

 余談だが、彼は賭事(ギャンブル)をする意味を理解出来ないだけで、負けたことは一度としてない。
 カードもルーレットもスロットも、全て()()()()()から。
 そしてイカサマをされてすら、それを逆手に取って勝ってしまう。

 (よわい)九歳で一人前と認められた実力は伊達ではない。

 関係ないが、変態(リー)もカジノから出禁を食らっている。店を潰す勢いで勝ち捲るから。

 どうでも良いが、エセル・アップルジャックの関係者は端的に言ってどいつもこいつもとんでもないバケモノ揃いじゃあないか。

 などと独白し、被ってもいない帽子を目深(まぶか)に被る仕草をしながら「やれやれだぜ」と(つぶや)くセシル。
 またエセルとアホなことを言い合いたいと、遠くを見る目に風を映しながら懐かしく思ってしまう。
 まぁ列車事故に巻き込まれた程度で、あのエセルがどうにかなるとは思えないセシルだった。

 そんなどうでも良いことを考えながら、だがすぐに思考を切り替えてレミーに話し掛けるのだが、泣き崩れているだけで全く話しにならなかった。

 こういうのは、苦手だ。

 溜息と共に独白する。

 (なだ)めるのも(なぐさ)めるのも、面倒臭いから。

 どうしたものかと思案しているセシルの眼に、床に落ちている手紙らしきものが映る。
 それを拾って目を通すと、レミーがこれほどまで泣き崩れている理由を理解した。

 その手紙は彼女の一人息子である、現アップルジャック商会の会長であるカルヴァドスの訃報を報せるものであったからだ。

 確かに一人息子が急逝したとなれば、悲しいであろう。

 それは理解出来る。

 だが――

 セシルは泣き崩れているレミーの傍で片膝を付き、その両肩を掴んだ。それでやっとレミーは彼に気付き、だがその青灰色(ダークブルー)の双眸を涙で濡らしたまま一瞥すると、顔をくしゃくしゃにして再び俯いて泣き出した。

 面倒臭ぇ。

 心中で舌打ちをし、だが今は彼女になにを言っても耳に入らないだろうと早々に見切りを付ける。
 そして、客間でレミーと同じく呆然としているアップルジャック商会バルブレア支店の店長へ、グレンカダム行き高速列車の高級クラスチケットを()()取るように指示を出し、そのチケットを()()()()()()()()()()()()()()()を握らせる。

 更に、「連絡を受けて即行動を起こせる商人は信用に足ると判断されるよ――」と、耳元で黒くて悪いなにかのように囁いて(そそのか)――じゃなくて発破を掛けて、レミーを連れて即日バルブレアを立つように(けしか)けた。

 ちなみにレミーの旅準備は――

整列(アリーニィ・モン)!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「諸事情により、レミーさんはグレンカダムへ行くこととなった! だが現在、彼女がその準備はするのは非常に困難である! 理由は、聡い諸君らなら判るであろう!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「更に今回は、より早く、そして的確で効果的な対応と達成速度を求められる!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「よって彼女の快適な旅と、その後の式典(セレモニー)での(よそお)いを完璧にする必要がある!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「この中には針子(はりこ)(こころざ)す者もいるだろう! この出来事は悲劇ではあるが、世に(おの)能力(ちから)を知らしめる好機(チャンス)でもある!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「今から式典礼服(セレモニー・ドレス)の新調は不可能。だが! 此処にある物でそれを短時間で仕上げるのは不可能ではない!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「目を逸らすな、下を向くな子供たち! 我らは確かに孤児ではあるが、アップルジャック商会のエセルに技術を習い、それを習得したのだ! ただ安穏と育った同世代の子らには、絶対に負けない!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
「示せ、子供たち! 我らが技術(わざ)能力(ちから)を、孤児であるだけで(さげす)愚者(ぐしゃ)どもに誇示するのだ!」
はい(ウィ・ムッシュウ)!』
作戦開始(オペラシオン・デ・ヴュー)!」
仰せの侭に(アン・ヴォズ・オーダー・ムッシュウ)!』

 セシルの号令と共に、一斉に作業を開始する針子職人の子供たち。
 その運針技術は凄まじく、その辺にいる並のお針子さんなど足元にも及ばないほどだ。

「………………またやってるし」
「うん、ボクもう慣れたのねん」
「セシルんの扇動力って凄いよね。まさに鬼畜。あと炊事洗濯掃除とかの家事も全部完璧に出来るって、呆れた万能加減だよ。わたしだったら気後れしちゃって付き合えないなぁ。ディアは良く付き合えるわね」
「ん~? 付き合ってないわよ? 身体だけの関係だってば。リオも試してみればぁ?」
「いいいいいやそれはちょっとムリっていうか初めては好きな人と……(ゴニョゴニョ)」
「ほんに、普段もでありんすが鬼畜な(ぬし)さんも最高に間夫(まぶ)(良い男)でありんすなぁ。その勢いであちきにも乱暴に色々してようざんす」
「レーちゃんなに言ってるのん?」
「実はレスリー、ドMだったし……」
「レスリーってば、あたしに気を遣わないでさっさと押し倒して◯◯◯◯(ピ――――!)すれば良いのに。なに遠慮してんだか」
「あばばばばばばば……オトナの会話だわ……」

 そんな外野の呆れやその他のどーでも良い思惑を他所に、みるみる仕上がるレミーの式典礼服(セレモニー・ドレス)。遺族であるから、トークハットとベールも忘れない。

 その間にも収納が得意な子供たちが、キャリーバッグに隙間なく整然と必要なものを詰めて行く。

 そしてメイクが得意な子供たちに促され、やっとレミーは行動を開始する。

 針子技術もそうなのだが、この孤児院の子供たちは色々と能力が高かった。
 事実、今後十年でこの孤児院の出身者は、各方面で最高位(ナンバーワン)唯一(オンリーワン)な人材になるのだが、それはまた別の話し。

 セシルに(そそのか)され――じゃなくて発破を掛けられた店長がチケットを取って戻ってくる頃には、レミーの用意も荷物の準備も全て終わっていた。

「レオンティーヌ」
「あ、はい。なんでしょう」

 そして、チケットは取ったが出掛ける準備が全然出来ていない店長が慌てて身支度を整えるために帰宅しようとするのを、それじゃ間に合わないとばかりに針子の子供たちが巻尺(メジャー)で縛って拘束する。それが妙に手慣れているのは何故だろう。

 次いで、やっぱり有り得ない速度で拘束している店長の採寸をして、仮縫いもそこそこに本縫を始めるという離れ技を披露する。
 気付けば店長用の葬祭礼装(フォーマル・スーツ)特注品(オーダーメイド)で仕上げてしまっていた。
 ちなみに素材は、採算度外視の高級羊毛(ウール)。材料費の請求はアップルジャック商会の経費でお願いします。

 それを尻目に、セシルは針子の子供たちを仕切っている、海妖精なのに海産物が苦手でお肉大好きっ()のレオンティーヌを呼ぶ。
 彼女も孤児ではあるのだが、既に成人しているために孤児院から巣立っても問題ない。
 しかし、実は彼女は服飾の腕()()は超一流だがその他の生活に必要な技術は、なに一つ出来ない残念系女子だった。
 当然自室は散らかり放題。セシルが定期的に掃除や洗濯や整頓をしていなければ、きっと近い将来野垂れるであろう。

「君はレミーさんに付添ってグレンカダムへ行くんだ」

 着付けとか礼装に詳しいし、それになにより年齢的に丁度良い。他だとセシルとクローディア以外は全員成人前だから。

 だがそれを聞いたレオンティーヌは、顔を蒼白にして絶望の表情を浮かべ、そしてセシルに(すが)り付いた。

「そんな! セシル、どうしてそんな酷いことが言えるのですか!? 私は貴方なしでは(あの部屋で)生きて行けません! それに、もう私は貴方(の掃除)がないとどうにもならない身体になっているのですよ!」
「いやなに口走ってんだアンタ!」
「私がこんな(掃除も片付けも出来ない)身体になったのはセシルの(家事能力が高い)所為でもあるのです! セシルが私を(片付けられない)大人にしたのですよ! 責任を取って(掃除をし続けて)下さい!」
「言い方! なんで俺が責任を取らされなきゃならないんだよ! 全部俺に委ねてるからいつまでもちゃんと出来ないんだろうが! それにそっちがどうしてもって頼んだからやっただけだろう! 良い歳こいてそんなことで責任とか言うんじゃないよみっともない!」

 まるで恋人から別れ話を突然切り出されたかのように、そんなことを言っちゃうレオンティーヌ。括弧閉じの肝心な箇所はスッポリ抜けている。

 リオノーラの言葉は主語がないのだが、レオンティーヌには修飾語がなかった。

 孤児院の皆はそれが判っているし、レオンティーヌが()()()(ぬし)と知っているからなんとも思わない。
 だが、まだ巻尺(メジャー)で拘束されている店長や丁度迎えに来た貸切馬車の御者さんが、セシルに氷点下な視線を向けていたりする。

「そんなこと言わないで! 私を見捨てないで! これからも私のために傍に居て! 部屋の掃除と片付けの()()()()に!」

 尚も縋り付いて(わめ)くレオンティーヌに同情の視線を向ける店長と御者さん。だが彼女の「部屋の掃除――」の(くだり)で頭上に巨大な疑問符(クエスチョン・マーク)がイメージとして浮かぶ。

「あーもー煩い! なんで子供でも出来る掃除や片付けが出来ないんだよ! おかしいだろうが有り得ないだろうが! 出したところに戻せば良いだけなのに出来ないとか、これからどうやって生活して行くつもりだ! 俺がずっと一緒にいられるわけでもないんだぞ! そもそも種族としての寿命も違うんだから早々に自立しろ海妖精! つーか抗原()抗体()過敏()反応()()がないんだからちゃんと海産物喰えよ喰わず嫌い!」
「ずっと一緒にいて下さい見捨てないで下さいなんでもしますから! 私の身体が欲しいならあげますから! 新品ですので思う存分セシル色に染めて構いませんから! 子供が欲しいなら一〇人でも二〇人でも生みますから! 働きたくないって言うなら私が養ってあげますから! だから一生面倒見て下さい! そして死なないで下さい百年でも千年でも面倒見て下さいお願いします! それから海産物は絶対食べたくないです! 生臭いしヌメってするのは触りたくもないです! でも魚人族の方の肌触りは嫌いじゃないです!」
「なに口走ってんだよこの程度で錯乱すんな! そもそも一人でも大変なのに、なんで複数人とそんな関係にならなくちゃいけないんだよ面倒臭い! それに俺はまだ親になる気はないからな! あとこの前作ったクレム・クロケット、あれ海老と蟹が入っていたんだぞ。お前メッチャ喰ってただろうが!」
「海老と蟹は別腹です!」
「ンなワケあるかぁ!」

 そして喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合う二人の会話を聞いて、疑問符(クエスチョンマーク)感嘆符(エクスクラメーション・マーク)へと変化し、傾げていた首が元に戻った。更に先程の遣り取りを反芻してみて察したのか、今度はセシルへ同情の視線を向ける。その視線は、ちょっと痛い。

「グダグダ言ってんじゃないよ腹(くく)れ! とにかくレオンティーヌはレミーさんの付添いでグレンカダムへ行くこと! これは決定事項だ!」
「そんな! セシル、どうしてそんな酷いことが言えるので――」
「それもういいから! ループすんなよ鬱陶しい!」
「鬱陶しいと言われようとも承服出来ません! どうしても行けというのなら、私を倒してからにして下さい!」

 その後レオンティーヌはセシルのデコピン一発で倒され、号泣しながらレミーと店長と共に、高速列車でグレンカダムへと向かったのである。

 それから、姓がないと箔が付かないし、そんな奴がレミーの着付けをするのは舐められるだろうとクローディアがもっともなことを言い出し、ならばと考えていると、

「『アディ』が良いです!」
「却下!」

 ちゃっかりセシルの姓を貰おうとするレオンティーヌ。当然、即却下の憂き目に遭ったが。

 結局レオンティーヌは「フリムラン」という姓を貰い、「『アディ』が良かったです」と独白して肩を落としたのだが、それは見なかったことにするセシル。姓で既成事実を作られたら堪ったものではない。

 どうでも良いことではあるが、店長の名前はアフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァと舌を噛みそうな長い名前であった。