――大金貨三枚。
それは贅沢をしない平民の四人家族であれば、余裕で一〇年は生活出来る金額だ。
シェリーの家の商会――アップルジャック商会の総資産は、生前のエセルが全盛期であったときに大白金貨五枚――判り易く日本円換算で約五〇億円であった。
それに比べれば大金貨三枚は約三千万円。以前のアップルジャック商会ならば、なんの問題もない金額である。
以前のアップルジャック商会であったならば。
現在のこの商会は創業者の曽祖父や、それを更に発展させた祖父、そして曽祖父に「掘出し物」と言われて辣腕を奮った母エセルの頃と比べ、明らかに減衰している。
具体的には、地方にある支店は軒並み閉店し、取引先も現会長のおバカ加減に呆れ果てて手を引き、そして商会の主力であるリンゴ酒の質すら落ち始めているのだ。
それもこれも、ロクデナシお……じゃなくて、バカお……でもなく、理想のみは一丁前で実が伴わないイヴォンの所為であった。
具体的には、こうである。
『地方の特色を取り入れて、なんかこうぐわーっと働き掛けてみようか。大丈夫お金はあるから。なんといっても総資産が白金貨五枚だから!』
『会長、具体案が有りませんし漠然とし過ぎて意味が判りません。もっと明確に方針を取ってくれないと困ります。あと無駄遣いはいけませんよ子供じゃないんですから。そんなことよりこのような取引が――』
『え? なにお前、会長である俺に逆らうのか? お前は黙って従っていれば良いんだよ、口出しするな! 従えないなら出て行け!』
『……判りました。いままでアップルジャック商会にはお世話になりありがとうございました。つきましてはエセル様が定めた規約通りの退職金として、大金貨五枚ほど頂きます』
『え? なんだそれ聞いてないぞ!』
『役員会で決定したことですよ。あなたもその場にいて賛同した筈です。どうせ居眠りしてて聞いていなかったのでしょうが。因みに改正には役員の五分の四以上の賛同がないと出来ません』
とか、
『リンゴ酒を改良してもっと早く出荷出来るようにしよう!』
『いえそれだと味に深みが出ませんし、なにより不純物の除去が間に合いません。それより熟成期間を長くして、より味に深みと香りを付けて銘を高めた方が――』
『消費者はみんな我が社のリンゴ酒を求めているんだ! 求めるものに提供するためには迅速に供給しなければならない! ちょっとくらい味が落ちたって誰も気付きはしないさ!』
『それだと安酒と同じじゃないですか。そんなことをしたら古くからの顧客を失くしますよ』
『その分新規を開拓すれば良いじゃないか! 新規契約は任せろ!』
『……どうなっても知りませんよ』
とか、更には、
『当社はこのように長期的で画期的な商品開発と戦略を持っております! 是非契約を御一考下さい!』
『……長期的? 画期的? どう見ても短期的で短絡的な計画にしか見えんが? それよりの貴社の製品は質が落ちている。特にリンゴ酒の質の低下は目に余る。まったく、これでは契約する意味がない。エセル殿が亡くなってから、貴社の製品は質が落ちるばかりか供給にも穴だらけだ。先代からの付き合いだとある程度目を瞑ってきたが、此処が潮時か』
『え? それはどういう――」
『今後当社はアップルジャック商会との取引は一切行わない。帰り給え』
などと言われる有様である。
まぁ当然といえばその通りな結果であり、それに伴い総資産は順調に減衰し、結果現在は商標権や建物を除いて僅か大金貨一枚程度であった。
それでもなんとか持ち堪えていたのは、シェリーが母エセルから秘密裏に相続した酒蔵があるおかげであり、それが正常稼働しているからだ。
そしてその酒蔵には、イヴォンに嫌気が差した腕の良い職人が隠れるようにたくさんいて、現在も良質な製品を細々と出荷している。
シェリーは一応其処の責任者なのだが、製品の開発や改良、そして研究は全部其処の職人に任せていた。
理由は、酒の味など一切判らないし、そもそも未成年だから飲める筈もないから。
あと、実は母エセルはこの商業都市グレンカダムを訪れた際に、口当たりの良いリンゴ酒を飲み過ぎて泥酔し、イヴォンと起こした過ちが馴れ初めであり、そして痛恨事だと聞かされていたため、シェリーは大人になっても酒は呑むまいと誓っていた。母と同じ轍を踏まないために。
それはともかく、現在の借金問題である。
現在の総資産はそんなわけで大金貨一枚。建物や商標権を全て売り払って足りるかどうかも判らない。
「まぁ、とにかく、借金の内訳を見てみましょうか……」
なんだかやるせなくなり、だがそうしたところで一文にもならないために、イヴォンが使い倒した借金が詳細に書かれた帳簿をペラペラと捲る。
そういうところと会計監査を擦り抜ける技術だけは、妙に几帳面で巧妙なイヴォンであった。
もっともそうすれば、ポケットマネーを使わずに済むと思い込んでいるだけなのだろうが。
そして数分後――
「……ねぇ店長。私、目がおかしいのかな? これって店の帳簿よね?」
呟くように言うシェリー。そして帳簿を捲る速度がどんどん速くなり、二冊目に突入した。
「ええ、まぁ、会長……いや、ヤツが付けていた、紛うことなく店の帳簿です」
店長は、シェリーがなにを言いたいのか判っていた。アップルジャック商会の店舗を守る店長は、決して無能ではないのだから。
「じゃあこの『交遊費』として出費しているものは何かしら? 然もやたらと多いんだけど? 領収書の名義は――『上様』?」
ざっと目を通しただけでも、それは相当数に及んでいる。
中には「あはーん」で「いやーん」な、今更だと思うがシェリーの情操教育に大変宜しくないお店の領収書まであった。然も結構高級なお店である。
それらを死んだ目でペラペラ眺めるシェリー。
挙句、領収書の裏面に、
「また来てね、あたし待ってる♡ アナタの恋姫マーシーより♡」
などと書かれているものを見つけ、
「『あたし待ってる♡』じゃっねーよふっざけんなクソ親父!『下半身でしか生きてねーなーバカじゃねーのコイツ』とは昔から思ってたけど、此処まで痛快なほど莫迦だと怒りを通り越した感心すら越えて激怒するわ! あーもーあーもー! なんであんな人としての屑が父親なんだ!? 亡くなったお母さんに腹切ってついでに◯◯◯◯も切って詫びろ! あ゛ーーーーーーーーー! 夜逃げした先で死んでてくれないかなぁいやホント割とマジで!」
「落ち着いて下さいお嬢! 我ら社員一同その意見には諸手を挙げて賛同しますけど! なんならお嬢が暗殺したいって望まれるのなら、我ら一同自腹を切ってその専門職を雇いますが! でもあの程度の屑にお嬢が心を煩わせることなどありません! きっと近い未来にエイリーンに見捨てられて野垂れるに違いありません!」
激怒し帳簿を床に叩き付け、その場で地団駄を踏むシェリー。そしてそれを諫める店長。
微妙にどころか相当酷いことを言っているのだが、興奮状態のシェリーは気付かない。
いや、実際は気付いているのだろうが、酷いことを言われても仕方ないし言い得て妙だと思っているためか、それに対するツッコミはしなかった。
そうしたところで、どうせ此処にいる全従業員がそう思っているのだから意味がない。
「あとお嬢、あんまり◯◯◯◯とか言わないでくれませんかね」
だが意外にも、店長が先ほどシェリーが発した下品な単語をチョイスして嗜める。
流石にあれは言い過ぎたと反省していると、
「お嬢が◯◯◯◯とか言うと、ウチの若いモンどもが興奮するんですよ。『もっと言ってー』とか『俺も罵ってー』とか」
「……ウチにも変態さんがいたのね……気付かなかったわ。本当にごめんなさい、不用意だったわ」
そう言い頭を下げるシェリー。だがそんなことをされれば、慌てるのは若いモンどもだ。
「お嬢、頭を上げて下さい! 大丈夫です俺達は時々蔑んでくれれば! あと敬称略の方が御褒美ですので呼び捨てでお願いします!(ぶー)」
「待って! 蔑んだことなんて一度たりともないわよ! それと敬称略が御褒美ってどういうこと!?」
慌てながら、だが真剣な表情と口調でとんでもないことをぶっ込んで来る若いモンども。そんな危険な発言に、戸惑うより先に突っ込みを入れるシェリー。
「それよりさっきの『あたし待ってる♡』をもう一度、出来れば上目遣いでお願いします! 今月の給与は要りませんから!(ぶきー)」
「言わないわよあんな恥ずかしいセリフ! ていうか何処に喰い付いているのよ! それにその程度で給与無しにするとかどんな鬼畜なの!?」
だがその程度のことで怯む筈のない若いモンども。余程シェリーがさっき言ったセリフが琴線に触れたらしい。
「いや某は『ばかじゃねーのコイツ』と吐き捨てて貰えれば半年は無給の無休で働けるで御座る! そしてそれも御褒美!(ぶきぶききー)」
「セリフを切り取って高度な変態力を発揮しないで! 半年も給与無しで休みなく働かせるとか、どんな黒い商会なのよ! そんなのウチでは絶対に認めません! あとなんで武士対応なの!? アナタは武士じゃないしこの地方に武士なんているわけないでしょ!」
そしてそれはあまりに琴線に触れ過ぎて、若干気が触れたヤツまで現れ始める始末。混沌な混乱が止まらない!
「そうです! お嬢の芸術的にお美しい、見られるだけで色々拙いことになる翠瞳で蔑む視線を向けてくれるだけで、俺達は明日を生きていけます!(ぶひぶひぃ)」
「ちょっと! 確かに用があるときは目を見るのが礼儀だからそうしてるけど、蔑んでいないし然もそれ目的じゃないからね!」
更にはやったことのない、そしてやる予定など今後一切ないしある筈もない若いモンどもの真なる願望まで駄々漏れ始める始末。暴走する若いモンはすぐには止まれ(ら)ない!
「そうです、時々『早くしなさいこの豚が!』と言いながら頭を踏んでくれればそれで良いです! それだけで幸せです!(ぶぶー)」
「そんなことしないわよ! なんで頭なんか踏まなくちゃいけないの? そんなことしたらパンツ見えちゃうでしょ!」
挙句自身の欲望を忠実に吐き出しお願いしちゃう若いモンども。その勢いに押されたのか、遂には失言するシェリー。留まる所を知らない若いモンどもは今日も絶好調だ!
「なんというご褒美! それだけでバケット三本はイケます!(ぶぶきー)」
「見せないわよなに考えてるのよこのバカ! もうバカ!」
パンツ発言で頬を染め、そして「莫迦」ではなく「バカ」と言われて悶絶する若いモンども。
更には立て続けに発せられた「もうバカ!」で完全ノック・アウトであった。
何故にその程度でそうなってしまうのか、それは誰にも判らない。おそらく、本人達でさえ。
――豚野郎の生態は、謎が多いのだ――
それは贅沢をしない平民の四人家族であれば、余裕で一〇年は生活出来る金額だ。
シェリーの家の商会――アップルジャック商会の総資産は、生前のエセルが全盛期であったときに大白金貨五枚――判り易く日本円換算で約五〇億円であった。
それに比べれば大金貨三枚は約三千万円。以前のアップルジャック商会ならば、なんの問題もない金額である。
以前のアップルジャック商会であったならば。
現在のこの商会は創業者の曽祖父や、それを更に発展させた祖父、そして曽祖父に「掘出し物」と言われて辣腕を奮った母エセルの頃と比べ、明らかに減衰している。
具体的には、地方にある支店は軒並み閉店し、取引先も現会長のおバカ加減に呆れ果てて手を引き、そして商会の主力であるリンゴ酒の質すら落ち始めているのだ。
それもこれも、ロクデナシお……じゃなくて、バカお……でもなく、理想のみは一丁前で実が伴わないイヴォンの所為であった。
具体的には、こうである。
『地方の特色を取り入れて、なんかこうぐわーっと働き掛けてみようか。大丈夫お金はあるから。なんといっても総資産が白金貨五枚だから!』
『会長、具体案が有りませんし漠然とし過ぎて意味が判りません。もっと明確に方針を取ってくれないと困ります。あと無駄遣いはいけませんよ子供じゃないんですから。そんなことよりこのような取引が――』
『え? なにお前、会長である俺に逆らうのか? お前は黙って従っていれば良いんだよ、口出しするな! 従えないなら出て行け!』
『……判りました。いままでアップルジャック商会にはお世話になりありがとうございました。つきましてはエセル様が定めた規約通りの退職金として、大金貨五枚ほど頂きます』
『え? なんだそれ聞いてないぞ!』
『役員会で決定したことですよ。あなたもその場にいて賛同した筈です。どうせ居眠りしてて聞いていなかったのでしょうが。因みに改正には役員の五分の四以上の賛同がないと出来ません』
とか、
『リンゴ酒を改良してもっと早く出荷出来るようにしよう!』
『いえそれだと味に深みが出ませんし、なにより不純物の除去が間に合いません。それより熟成期間を長くして、より味に深みと香りを付けて銘を高めた方が――』
『消費者はみんな我が社のリンゴ酒を求めているんだ! 求めるものに提供するためには迅速に供給しなければならない! ちょっとくらい味が落ちたって誰も気付きはしないさ!』
『それだと安酒と同じじゃないですか。そんなことをしたら古くからの顧客を失くしますよ』
『その分新規を開拓すれば良いじゃないか! 新規契約は任せろ!』
『……どうなっても知りませんよ』
とか、更には、
『当社はこのように長期的で画期的な商品開発と戦略を持っております! 是非契約を御一考下さい!』
『……長期的? 画期的? どう見ても短期的で短絡的な計画にしか見えんが? それよりの貴社の製品は質が落ちている。特にリンゴ酒の質の低下は目に余る。まったく、これでは契約する意味がない。エセル殿が亡くなってから、貴社の製品は質が落ちるばかりか供給にも穴だらけだ。先代からの付き合いだとある程度目を瞑ってきたが、此処が潮時か』
『え? それはどういう――」
『今後当社はアップルジャック商会との取引は一切行わない。帰り給え』
などと言われる有様である。
まぁ当然といえばその通りな結果であり、それに伴い総資産は順調に減衰し、結果現在は商標権や建物を除いて僅か大金貨一枚程度であった。
それでもなんとか持ち堪えていたのは、シェリーが母エセルから秘密裏に相続した酒蔵があるおかげであり、それが正常稼働しているからだ。
そしてその酒蔵には、イヴォンに嫌気が差した腕の良い職人が隠れるようにたくさんいて、現在も良質な製品を細々と出荷している。
シェリーは一応其処の責任者なのだが、製品の開発や改良、そして研究は全部其処の職人に任せていた。
理由は、酒の味など一切判らないし、そもそも未成年だから飲める筈もないから。
あと、実は母エセルはこの商業都市グレンカダムを訪れた際に、口当たりの良いリンゴ酒を飲み過ぎて泥酔し、イヴォンと起こした過ちが馴れ初めであり、そして痛恨事だと聞かされていたため、シェリーは大人になっても酒は呑むまいと誓っていた。母と同じ轍を踏まないために。
それはともかく、現在の借金問題である。
現在の総資産はそんなわけで大金貨一枚。建物や商標権を全て売り払って足りるかどうかも判らない。
「まぁ、とにかく、借金の内訳を見てみましょうか……」
なんだかやるせなくなり、だがそうしたところで一文にもならないために、イヴォンが使い倒した借金が詳細に書かれた帳簿をペラペラと捲る。
そういうところと会計監査を擦り抜ける技術だけは、妙に几帳面で巧妙なイヴォンであった。
もっともそうすれば、ポケットマネーを使わずに済むと思い込んでいるだけなのだろうが。
そして数分後――
「……ねぇ店長。私、目がおかしいのかな? これって店の帳簿よね?」
呟くように言うシェリー。そして帳簿を捲る速度がどんどん速くなり、二冊目に突入した。
「ええ、まぁ、会長……いや、ヤツが付けていた、紛うことなく店の帳簿です」
店長は、シェリーがなにを言いたいのか判っていた。アップルジャック商会の店舗を守る店長は、決して無能ではないのだから。
「じゃあこの『交遊費』として出費しているものは何かしら? 然もやたらと多いんだけど? 領収書の名義は――『上様』?」
ざっと目を通しただけでも、それは相当数に及んでいる。
中には「あはーん」で「いやーん」な、今更だと思うがシェリーの情操教育に大変宜しくないお店の領収書まであった。然も結構高級なお店である。
それらを死んだ目でペラペラ眺めるシェリー。
挙句、領収書の裏面に、
「また来てね、あたし待ってる♡ アナタの恋姫マーシーより♡」
などと書かれているものを見つけ、
「『あたし待ってる♡』じゃっねーよふっざけんなクソ親父!『下半身でしか生きてねーなーバカじゃねーのコイツ』とは昔から思ってたけど、此処まで痛快なほど莫迦だと怒りを通り越した感心すら越えて激怒するわ! あーもーあーもー! なんであんな人としての屑が父親なんだ!? 亡くなったお母さんに腹切ってついでに◯◯◯◯も切って詫びろ! あ゛ーーーーーーーーー! 夜逃げした先で死んでてくれないかなぁいやホント割とマジで!」
「落ち着いて下さいお嬢! 我ら社員一同その意見には諸手を挙げて賛同しますけど! なんならお嬢が暗殺したいって望まれるのなら、我ら一同自腹を切ってその専門職を雇いますが! でもあの程度の屑にお嬢が心を煩わせることなどありません! きっと近い未来にエイリーンに見捨てられて野垂れるに違いありません!」
激怒し帳簿を床に叩き付け、その場で地団駄を踏むシェリー。そしてそれを諫める店長。
微妙にどころか相当酷いことを言っているのだが、興奮状態のシェリーは気付かない。
いや、実際は気付いているのだろうが、酷いことを言われても仕方ないし言い得て妙だと思っているためか、それに対するツッコミはしなかった。
そうしたところで、どうせ此処にいる全従業員がそう思っているのだから意味がない。
「あとお嬢、あんまり◯◯◯◯とか言わないでくれませんかね」
だが意外にも、店長が先ほどシェリーが発した下品な単語をチョイスして嗜める。
流石にあれは言い過ぎたと反省していると、
「お嬢が◯◯◯◯とか言うと、ウチの若いモンどもが興奮するんですよ。『もっと言ってー』とか『俺も罵ってー』とか」
「……ウチにも変態さんがいたのね……気付かなかったわ。本当にごめんなさい、不用意だったわ」
そう言い頭を下げるシェリー。だがそんなことをされれば、慌てるのは若いモンどもだ。
「お嬢、頭を上げて下さい! 大丈夫です俺達は時々蔑んでくれれば! あと敬称略の方が御褒美ですので呼び捨てでお願いします!(ぶー)」
「待って! 蔑んだことなんて一度たりともないわよ! それと敬称略が御褒美ってどういうこと!?」
慌てながら、だが真剣な表情と口調でとんでもないことをぶっ込んで来る若いモンども。そんな危険な発言に、戸惑うより先に突っ込みを入れるシェリー。
「それよりさっきの『あたし待ってる♡』をもう一度、出来れば上目遣いでお願いします! 今月の給与は要りませんから!(ぶきー)」
「言わないわよあんな恥ずかしいセリフ! ていうか何処に喰い付いているのよ! それにその程度で給与無しにするとかどんな鬼畜なの!?」
だがその程度のことで怯む筈のない若いモンども。余程シェリーがさっき言ったセリフが琴線に触れたらしい。
「いや某は『ばかじゃねーのコイツ』と吐き捨てて貰えれば半年は無給の無休で働けるで御座る! そしてそれも御褒美!(ぶきぶききー)」
「セリフを切り取って高度な変態力を発揮しないで! 半年も給与無しで休みなく働かせるとか、どんな黒い商会なのよ! そんなのウチでは絶対に認めません! あとなんで武士対応なの!? アナタは武士じゃないしこの地方に武士なんているわけないでしょ!」
そしてそれはあまりに琴線に触れ過ぎて、若干気が触れたヤツまで現れ始める始末。混沌な混乱が止まらない!
「そうです! お嬢の芸術的にお美しい、見られるだけで色々拙いことになる翠瞳で蔑む視線を向けてくれるだけで、俺達は明日を生きていけます!(ぶひぶひぃ)」
「ちょっと! 確かに用があるときは目を見るのが礼儀だからそうしてるけど、蔑んでいないし然もそれ目的じゃないからね!」
更にはやったことのない、そしてやる予定など今後一切ないしある筈もない若いモンどもの真なる願望まで駄々漏れ始める始末。暴走する若いモンはすぐには止まれ(ら)ない!
「そうです、時々『早くしなさいこの豚が!』と言いながら頭を踏んでくれればそれで良いです! それだけで幸せです!(ぶぶー)」
「そんなことしないわよ! なんで頭なんか踏まなくちゃいけないの? そんなことしたらパンツ見えちゃうでしょ!」
挙句自身の欲望を忠実に吐き出しお願いしちゃう若いモンども。その勢いに押されたのか、遂には失言するシェリー。留まる所を知らない若いモンどもは今日も絶好調だ!
「なんというご褒美! それだけでバケット三本はイケます!(ぶぶきー)」
「見せないわよなに考えてるのよこのバカ! もうバカ!」
パンツ発言で頬を染め、そして「莫迦」ではなく「バカ」と言われて悶絶する若いモンども。
更には立て続けに発せられた「もうバカ!」で完全ノック・アウトであった。
何故にその程度でそうなってしまうのか、それは誰にも判らない。おそらく、本人達でさえ。
――豚野郎の生態は、謎が多いのだ――