薄いカーテン越しに朝日が差し込み、シェリーは目を覚ました。
時計を見ると時針が「6」を指しており、いつも通りの目覚めといえよう。
まだ完全に醒めない体を伸ばし、二階の窓のカーテン越しに窺える商業都市グレンカダムの街並みと、更にその先の彼方にあるディーンストン山脈をボーッと眺め、大きな欠伸をしつつベッドから降りる。
そしてチェストから伸縮性のあるレギンスと、続けてクローゼットから赤のエプロンドレスを取り出して手早く着る。その頃には、もう完全に眠気は醒めていた。
部屋を後にし、対角線上の端にある父親の部屋へ向かう。
何故そのような配置にしているかというと、父親のイヴォンは大変お盛んな男であり、愛人である受付嬢のエイリーンと日々励んでいるからだ。
一四歳の娘にとって大変情操教育によろしくないが、母親であるエセルが他界してから五年経つし、それは仕方のないことだと自身に言い聞かせることに決めている。
それがまだ五年かもう五年かは、意見が分かれるところだろう。
当たり前に、シェリーにとってはまだ五年である。だがどうやらイヴォンにとっては違うらしい。
そんなことを回顧していたら、刹那的に鈍い器で殴ってやりたい衝動に駆られるが、其処は我慢し飲み込んだ。
一時のそういう快楽に身を任せて身を滅ぼすほど莫迦でも愚か者でもないし、なによりそんな快楽殺人者にはなりたくない。
あんな莫迦――じゃなくて屑――でもなく……いや、微妙に正解なんだろうが、とにかくあんな親の所為で手を汚すのは御免だ。
「お父さーん、もう朝だよー」
娘のそんな悩みなど一切知らないし理由すら理解不能であろう父親を起こすべく、大きな声でそう言いながら、三回ノックをする。イヴォンの部屋を朝に訪ねるときは、特に気を使うからだ。
別に躾が厳しいからではない。逆にシェリーがだらしない父親を躾けているくらいだから。
問題は、父親イヴォンの素行にある。
以前なにも考えずに「ドバーン!」と開けて、
「おはよう!」
と言ったところ、ユウベハ、オタノシミデシタネ状態だった。
即閉めてから、取り敢えず閂を掛けて半日ほど出られないようにしたが。
その後そんな仕打ちをされたお相手のエイリーンさんが、瞳を消失させた効果線付きの顔で「シェリー、恐ろしい子!」と言ったとか言わなかったとか。
そのときのことを今更どうこう言うつもりはない。そもそもエセルも諦めていたのか、一人娘のシェリーが生まれてからイヴォンと同衾する気は一切なかったらしく、部屋はシェリーの隣であった。
エセル曰く、「ヘタクソ」だったそうな。まだオコチャマなシェリーには、よくわかんにゃかった、そうな。
そんなどうでも良いことを思い出し、更にトイレ以外のノックは三回だとエセルから言われたことを、何故か今更思い出す。
ノックをして数秒。反応は無い。
まだ寝てる? そう訝しんでもう一度ノックをするが、結果は一緒だった。
だから思い切ってドアを開けると、其処には誰もいなかった。ただやっぱり「ユウベハ、オタノシミデシタネ」とベッドが訴えていたが。
随分早いな、珍しい。
色々突っ込みどころはあるが全て無視して見なかったことにして、そんなことを考えながら階下に降りて顔を洗ったり髪を梳かしたり、そして軽く朝食を摂って食器を片付けたりする。
朝食の途中で住居に併設されている店舗がなにやら騒がしくなっていたが、きっとイヴォンがなにかをしているのだろうと気にも留めなかった。
身支度を整え、白金色の髪を結い上げて鏡を覗き込む。
母親譲りの、光の加減で色が変わる翠瞳で其処に映る自身を見詰め、そして一度笑顔を作り、店舗――アップルジャック商会本店へと足を踏み入れる。
騒がしいのは仕入れか棚卸をしているのかと思ったシェリーだが、その予想は悉く裏切られた。
店舗では、従業員が並んでいる商品を片付け、商品棚を空にしている。
そう、まるで店仕舞いをしているかのように。
「え~と……なにをしているのかしら?」
呆然としたまま、傍にいる従業員を捕まえて訊く。するとその従業員は盛大に驚き、
「お嬢! なんで此処にいるんですか!?」
その声に、残りの従業員が一斉にシェリーへと顔を向ける。そんな大声を出されれば当たり前に驚くし、一斉に目を向けられれば更に驚くのは当然で、シェリーもその例に漏れずにそうなった。
「え? なんでって、普通に起きて来ただけだけど……」
「はぁ!?」
そしてお互いに動きが止まる。
戸惑いまくって固まる従業員を他所に、いち早く再起動を果たしたシェリーが、小首を傾げて訊いた。まぁどうせロクデナシな親父殿が碌でもないことを始めたんだろうと思っているが。
「それで、コレってなにを始めるの?」
何の気なしに、素朴な疑問を口にする。それに対して従業員達は、
「はぁ!?」
またしてもそんなことを言いながら固まってしまう。
「いや、それはもう良いから。コレはなんの騒ぎなの?」
半眼で溜息を吐き、両手を腰に当てて再度訊く。従業員は戸惑うばかりだ。
「なんの騒ぎって……お嬢、旦那から聞いてないんですかい?」
「なにを? もしかしてウチのロクデナシ親父、エイリーンさんに捨てられた? それとも別の娘に手を出しちゃった?」
「……お嬢……」
シェリーは現在一四歳。だがロクデナシ親父の所為で達観しているにも程がある。従業員達は一様にそう考え、そっと涙を拭ったとか拭わなかったとか。
それはともかく。
事態を全く把握していないシェリーに、なんと説明したものかと戸惑い捲る従業員。だがそのまま説明しないわけにもいかず、代表で店長が、物凄く言い辛そうに口を開く。
「実は昨夜、会長がウチに来ましてね、商会を畳むって言い出したんですよ」
「は?」
今度はシェリーが絶句する番だ。
「いや、『商会が巧く回らないから、これ以上は借金が増えるだけだからもう畳む。あとは任せる』って言い捨てて何処か行ってしまったんですよ。というかお嬢、本当に聞いてないんですか?」
「聞いてないわよ! というか借金ってそんなのあったの!? 私全然知らなかったんだけど!」
「いやそれはきっとお嬢に心配させないようにって……」
「いいえ、それは絶対に違うわ! あのロクデナシはきっと『怒られるのイヤー』とかクソくっだらない理由で言わなかったのよ! そうに違いないわ!」
「お嬢……」
的確に自身の父親の素行を見抜いて言い切るシェリー。そしてその可能性は否定出来ないばかりか、十中八九その通りだと思う従業員達。シェリーへ同情し、そっと零れる涙を拭う。
「店を畳むって言い捨てて行った、ですって! なのに『ユウベハ、オタノシミデシタネ』出来る余裕が良くぞあったわねあの宿六!」
「え? どういうことですかお嬢?」
「どうもこうもないわよ! 私昨日の夕方に異臭を放つ謎物質がいっぱい付いているシーツを洗濯機で五回洗ってから卸したてのシーツでベッドメークしたのよ! なのに朝になったら『ユウベハ、オタノシミデシタネ』状態になってたのよ!」
家事が出来ない父親の代わりに娘がそれを担うのは良くある話だが、そんな「ユウベハ(以下略)」なシーツまで洗わせるとは!
なんというロクデナシぶりであろうか! 従業員一同、滂沱の涙が止まらない。
「でもこの際それはどうでも良いわ! 問題は、どうして私に一言もなく夜逃げしやがったのかってことよ! 然も借金まで作って! なんでそうなる前に私に会長を譲らなかったのよあのバカ親父! そうしたら自重なしで盛り返してやったのに!」
ズバッと言い切るシェリー。本来であったならば子供の戯事と一笑に付すのだが、相手は妊婦でありながらも僅か半年で商会の純利益を倍以上にしてのけたエセルの愛娘である。誰もそれが戯事や大言壮語ではないと知っていた。
そしてそのエセルが他界したときも、僅か九歳にして慌てふためくバカお……じゃなく父親を一喝し、従業員を纏め上げて混乱を鎮めたのは誰であろうシェリーだ。
あのときは「お母さんがやっていたのを見ていたから」と言っていたが、そんなことで騙されるのはロクデナシお……じゃなくイヴォンだけだ。
従業員一同はエセルを超える逸材だと期待に満ちた視線を向け、そしてエイリーンさんは、やっぱり顔に効果線が引かれて瞳が消失した眼で「シェリー、怖ろしい子!」とまた言っていたそうな。
関係ないが、シェリーはエイリーンを嫌ってはいない。寧ろ仕事仲間として気に入っているくらいだ。イヴォンが真面目にエイリーンと所帯を持つと言ったら祝福するし、望むなら「お母さん」と呼んでも良いとすら思っていた。
だが当のイヴォンは移り気で浮気症な莫迦であるため、エイリーンは身体だけの相手と割り切っている節があった。
そう――エイリーンさんは、エッチな女性だったのである。
「それで、借金ってどれくらいあるの?」
言うだけ言ってスッキリしたのか、それとも今更そんなことを言っても仕方がないと割り切ったのか――多分両方だろうが――シェリーは店長に聞いた。
店長は帳簿を捲りながら言い辛そうに、僅かな間だけだが窒息し掛けた淡水魚のように口元を歪め、やがて意を決したように言った。
――大金貨三枚、と。
――大金貨三枚。
それは贅沢をしない平民の四人家族であれば、余裕で一〇年は生活出来る金額だ。
シェリーの家の商会――アップルジャック商会の総資産は、生前のエセルが全盛期であったときに大白金貨五枚――判り易く日本円換算で約五〇億円であった。
それに比べれば大金貨三枚は約三千万円。以前のアップルジャック商会ならば、なんの問題もない金額である。
以前のアップルジャック商会であったならば。
現在のこの商会は創業者の曽祖父や、それを更に発展させた祖父、そして曽祖父に「掘出し物」と言われて辣腕を奮った母エセルの頃と比べ、明らかに減衰している。
具体的には、地方にある支店は軒並み閉店し、取引先も現会長のおバカ加減に呆れ果てて手を引き、そして商会の主力であるリンゴ酒の質すら落ち始めているのだ。
それもこれも、ロクデナシお……じゃなくて、バカお……でもなく、理想のみは一丁前で実が伴わないイヴォンの所為であった。
具体的には、こうである。
『地方の特色を取り入れて、なんかこうぐわーっと働き掛けてみようか。大丈夫お金はあるから。なんといっても総資産が白金貨五枚だから!』
『会長、具体案が有りませんし漠然とし過ぎて意味が判りません。もっと明確に方針を取ってくれないと困ります。あと無駄遣いはいけませんよ子供じゃないんですから。そんなことよりこのような取引が――』
『え? なにお前、会長である俺に逆らうのか? お前は黙って従っていれば良いんだよ、口出しするな! 従えないなら出て行け!』
『……判りました。いままでアップルジャック商会にはお世話になりありがとうございました。つきましてはエセル様が定めた規約通りの退職金として、大金貨五枚ほど頂きます』
『え? なんだそれ聞いてないぞ!』
『役員会で決定したことですよ。あなたもその場にいて賛同した筈です。どうせ居眠りしてて聞いていなかったのでしょうが。因みに改正には役員の五分の四以上の賛同がないと出来ません』
とか、
『リンゴ酒を改良してもっと早く出荷出来るようにしよう!』
『いえそれだと味に深みが出ませんし、なにより不純物の除去が間に合いません。それより熟成期間を長くして、より味に深みと香りを付けて銘を高めた方が――』
『消費者はみんな我が社のリンゴ酒を求めているんだ! 求めるものに提供するためには迅速に供給しなければならない! ちょっとくらい味が落ちたって誰も気付きはしないさ!』
『それだと安酒と同じじゃないですか。そんなことをしたら古くからの顧客を失くしますよ』
『その分新規を開拓すれば良いじゃないか! 新規契約は任せろ!』
『……どうなっても知りませんよ』
とか、更には、
『当社はこのように長期的で画期的な商品開発と戦略を持っております! 是非契約を御一考下さい!』
『……長期的? 画期的? どう見ても短期的で短絡的な計画にしか見えんが? それよりの貴社の製品は質が落ちている。特にリンゴ酒の質の低下は目に余る。まったく、これでは契約する意味がない。エセル殿が亡くなってから、貴社の製品は質が落ちるばかりか供給にも穴だらけだ。先代からの付き合いだとある程度目を瞑ってきたが、此処が潮時か』
『え? それはどういう――」
『今後当社はアップルジャック商会との取引は一切行わない。帰り給え』
などと言われる有様である。
まぁ当然といえばその通りな結果であり、それに伴い総資産は順調に減衰し、結果現在は商標権や建物を除いて僅か大金貨一枚程度であった。
それでもなんとか持ち堪えていたのは、シェリーが母エセルから秘密裏に相続した酒蔵があるおかげであり、それが正常稼働しているからだ。
そしてその酒蔵には、イヴォンに嫌気が差した腕の良い職人が隠れるようにたくさんいて、現在も良質な製品を細々と出荷している。
シェリーは一応其処の責任者なのだが、製品の開発や改良、そして研究は全部其処の職人に任せていた。
理由は、酒の味など一切判らないし、そもそも未成年だから飲める筈もないから。
あと、実は母エセルはこの商業都市グレンカダムを訪れた際に、口当たりの良いリンゴ酒を飲み過ぎて泥酔し、イヴォンと起こした過ちが馴れ初めであり、そして痛恨事だと聞かされていたため、シェリーは大人になっても酒は呑むまいと誓っていた。母と同じ轍を踏まないために。
それはともかく、現在の借金問題である。
現在の総資産はそんなわけで大金貨一枚。建物や商標権を全て売り払って足りるかどうかも判らない。
「まぁ、とにかく、借金の内訳を見てみましょうか……」
なんだかやるせなくなり、だがそうしたところで一文にもならないために、イヴォンが使い倒した借金が詳細に書かれた帳簿をペラペラと捲る。
そういうところと会計監査を擦り抜ける技術だけは、妙に几帳面で巧妙なイヴォンであった。
もっともそうすれば、ポケットマネーを使わずに済むと思い込んでいるだけなのだろうが。
そして数分後――
「……ねぇ店長。私、目がおかしいのかな? これって店の帳簿よね?」
呟くように言うシェリー。そして帳簿を捲る速度がどんどん速くなり、二冊目に突入した。
「ええ、まぁ、会長……いや、ヤツが付けていた、紛うことなく店の帳簿です」
店長は、シェリーがなにを言いたいのか判っていた。アップルジャック商会の店舗を守る店長は、決して無能ではないのだから。
「じゃあこの『交遊費』として出費しているものは何かしら? 然もやたらと多いんだけど? 領収書の名義は――『上様』?」
ざっと目を通しただけでも、それは相当数に及んでいる。
中には「あはーん」で「いやーん」な、今更だと思うがシェリーの情操教育に大変宜しくないお店の領収書まであった。然も結構高級なお店である。
それらを死んだ目でペラペラ眺めるシェリー。
挙句、領収書の裏面に、
「また来てね、あたし待ってる♡ アナタの恋姫マーシーより♡」
などと書かれているものを見つけ、
「『あたし待ってる♡』じゃっねーよふっざけんなクソ親父!『下半身でしか生きてねーなーバカじゃねーのコイツ』とは昔から思ってたけど、此処まで痛快なほど莫迦だと怒りを通り越した感心すら越えて激怒するわ! あーもーあーもー! なんであんな人としての屑が父親なんだ!? 亡くなったお母さんに腹切ってついでに◯◯◯◯も切って詫びろ! あ゛ーーーーーーーーー! 夜逃げした先で死んでてくれないかなぁいやホント割とマジで!」
「落ち着いて下さいお嬢! 我ら社員一同その意見には諸手を挙げて賛同しますけど! なんならお嬢が暗殺したいって望まれるのなら、我ら一同自腹を切ってその専門職を雇いますが! でもあの程度の屑にお嬢が心を煩わせることなどありません! きっと近い未来にエイリーンに見捨てられて野垂れるに違いありません!」
激怒し帳簿を床に叩き付け、その場で地団駄を踏むシェリー。そしてそれを諫める店長。
微妙にどころか相当酷いことを言っているのだが、興奮状態のシェリーは気付かない。
いや、実際は気付いているのだろうが、酷いことを言われても仕方ないし言い得て妙だと思っているためか、それに対するツッコミはしなかった。
そうしたところで、どうせ此処にいる全従業員がそう思っているのだから意味がない。
「あとお嬢、あんまり◯◯◯◯とか言わないでくれませんかね」
だが意外にも、店長が先ほどシェリーが発した下品な単語をチョイスして嗜める。
流石にあれは言い過ぎたと反省していると、
「お嬢が◯◯◯◯とか言うと、ウチの若いモンどもが興奮するんですよ。『もっと言ってー』とか『俺も罵ってー』とか」
「……ウチにも変態さんがいたのね……気付かなかったわ。本当にごめんなさい、不用意だったわ」
そう言い頭を下げるシェリー。だがそんなことをされれば、慌てるのは若いモンどもだ。
「お嬢、頭を上げて下さい! 大丈夫です俺達は時々蔑んでくれれば! あと敬称略の方が御褒美ですので呼び捨てでお願いします!(ぶー)」
「待って! 蔑んだことなんて一度たりともないわよ! それと敬称略が御褒美ってどういうこと!?」
慌てながら、だが真剣な表情と口調でとんでもないことをぶっ込んで来る若いモンども。そんな危険な発言に、戸惑うより先に突っ込みを入れるシェリー。
「それよりさっきの『あたし待ってる♡』をもう一度、出来れば上目遣いでお願いします! 今月の給与は要りませんから!(ぶきー)」
「言わないわよあんな恥ずかしいセリフ! ていうか何処に喰い付いているのよ! それにその程度で給与無しにするとかどんな鬼畜なの!?」
だがその程度のことで怯む筈のない若いモンども。余程シェリーがさっき言ったセリフが琴線に触れたらしい。
「いや某は『ばかじゃねーのコイツ』と吐き捨てて貰えれば半年は無給の無休で働けるで御座る! そしてそれも御褒美!(ぶきぶききー)」
「セリフを切り取って高度な変態力を発揮しないで! 半年も給与無しで休みなく働かせるとか、どんな黒い商会なのよ! そんなのウチでは絶対に認めません! あとなんで武士対応なの!? アナタは武士じゃないしこの地方に武士なんているわけないでしょ!」
そしてそれはあまりに琴線に触れ過ぎて、若干気が触れたヤツまで現れ始める始末。混沌な混乱が止まらない!
「そうです! お嬢の芸術的にお美しい、見られるだけで色々拙いことになる翠瞳で蔑む視線を向けてくれるだけで、俺達は明日を生きていけます!(ぶひぶひぃ)」
「ちょっと! 確かに用があるときは目を見るのが礼儀だからそうしてるけど、蔑んでいないし然もそれ目的じゃないからね!」
更にはやったことのない、そしてやる予定など今後一切ないしある筈もない若いモンどもの真なる願望まで駄々漏れ始める始末。暴走する若いモンはすぐには止まれ(ら)ない!
「そうです、時々『早くしなさいこの豚が!』と言いながら頭を踏んでくれればそれで良いです! それだけで幸せです!(ぶぶー)」
「そんなことしないわよ! なんで頭なんか踏まなくちゃいけないの? そんなことしたらパンツ見えちゃうでしょ!」
挙句自身の欲望を忠実に吐き出しお願いしちゃう若いモンども。その勢いに押されたのか、遂には失言するシェリー。留まる所を知らない若いモンどもは今日も絶好調だ!
「なんというご褒美! それだけでバケット三本はイケます!(ぶぶきー)」
「見せないわよなに考えてるのよこのバカ! もうバカ!」
パンツ発言で頬を染め、そして「莫迦」ではなく「バカ」と言われて悶絶する若いモンども。
更には立て続けに発せられた「もうバカ!」で完全ノック・アウトであった。
何故にその程度でそうなってしまうのか、それは誰にも判らない。おそらく、本人達でさえ。
――豚野郎の生態は、謎が多いのだ――
「えーと、お楽しみの最中みたいですけど、そろそろ良いですか?」
生温い視線で静観していた店長が、頃合いを見計らって事態を収束させる。ちょっと羨んでいたのはナイショの方向で。
そしてそれを聞いた、先程まで有り得ないほどノリノリであった若いモンどもは、その一言で一斉に鎮静して通常業務に戻って行った。
彼らは、ただ騒ぐだけの豚野郎ではない。メリハリがしっかりしている、生粋に真面目な豚野郎なのだから。
「と、とにかく、なんでか知らないけど、ウチには変態さんが多いっていうのが判ったわ。まぁ、判ったところでなんにもならないけど……」
肩で息をしながら、額を抑えて頭を振るシェリー。もうなんだか色々お腹いっぱいだ。軽くしか朝食を摂っていないのに。
だがそんなことを考えながら、頭の頭痛が痛くなってくる彼女へ、
「いえお嬢。『さん』は付けずに吐き捨てるように言って下さい」
従業員の一人である、立っているだけで女性を引き寄せそうな爽やか色男が、これ以上ないほど真剣な表情と眼差しで謎の懇願をし、そして一同も同様にこれ以上ないくらい真面目な表情で頷いている。
その微妙な一体感と、真剣だが意味不明な懇願にちょっとイラァっとしたシェリーが、
「ええい黙ってろ豚野郎ども!」
『ありがとうございます!(ぶききー)』
声を荒げて言うのだが、帰って来たのは一斉に発せられた、やはり意味不明な謝辞だけだった。そして揃って平身低頭している様は、ある意味壮観だ。
関係ないが、従業員は男性ばかりではなく、当然女性もいる。それはエセルが生前、本店に置くためにと特に厳選した優秀な人材であり、更に顔面接も行った美男美女揃いの集団なのだ。
なのに、それなのに――何故か男女問わずにそんな有様であった。
実に残念なことである。
そして現在、危機的状況の所為なのか、それらの本性が斯くも見事に露呈し頭を抱えるシェリー。
意地の悪い笑みを浮かべる母エセルのドヤ顔が容易に夢想出来る。
だがそれを励ますように店長が、その強面を更に怖くして、
「大丈夫ですお嬢。紳士的な変態は優秀なのです。なにより、節度は絶対に守り、そして――御主人様と認めた人を絶対に裏切りません! 何卒我らを存分にさげす……じゃなくて使って下さい。それが我らの悦びでもあるのです!」
「くわ!」と効果音が付くくらい真面目な表情でそんなことを言う店長。
若干どころか相当色々引っかかる言い方ではあるし、「喜び」のニュアンスがちょっと違うような気もするけれど、取り敢えずシェリーは自分を納得させる。
そして誓った。絶対に蔑んでやるものか――と。
「ん、んん。じゃあまず、店の出費として関係ないものを挙げて、それの合計を算出して頂戴」
咳払いをして気を取り直し、先程床に叩き付けた帳簿を拾って店長へ渡――そうとして気付く。
よく見るとその表紙には「最重要機密」という文字が、イヴォンの悪筆で書かれてあった。
再びそれを床に叩きつけたくなる衝動に駆られるシェリーである。実際叩き付けたが。
そして「お嬢の咳払いはちょっとエロい」と囁き合い、頬を染めながら気持ち悪くクネクネしている従業員達(男女問わず)をジロリと睨んで黙らせる。
母親のエセルが遂に叶わなかった――というか叶いたくなかった境地に、無意識ではあるのだろうが到達してしまったシェリー。
既にその資質は充分にある。きっと本人は絶対に、断固として意地でも認めないであろうが。
そんなわけで、優秀なのは普段の仕事ぶりから判っているが、そっち方面の性癖に関してはまだまだ付いて行けないし行きたくないと、頭痛と共に痛感するシェリーであった。
付いて行けたら、それはそれで問題があるが。
とにかく、物凄い勢いで帳簿整理をする店長と副店長、そして会計の三人を尻目に、シェリーは壁に備え付けてある磁石式壁掛電話機のハンドルを回して電話交換手を呼び出す。
繋ぐ先は、アップルジャック商会の顧問国法士であるトレヴァー・グーチ氏の事務所である「グッドオール国法事務所」。因みに所長はヒュー・グッドオールである。
そして通話可能となり、だが電話に出たのは顧問のトレヴァーではなく、所長のヒューであった。トレヴァー氏は、まだ出社していないようである。
グッドオール国法事務所は、勤務時間がフレックスタイム制だった。
急を要する要件なのだが、いないのならば仕方ない。出勤したら連絡をしてくれるように言うと、珍しくシェリーが連絡したことになにかを感じたヒューは、要件を訊いて来た。
事情を説明し始め、そしてまずイヴォンが失踪したと言った辺りでやっぱり、
『はぁ!?』
と、素っ頓狂な声を上げ、そして借金の額と現在のアップルジャック商会の総資産、更に明らかに個人での出費でしかない帳簿の説明をした辺りで、
『シェリーの嬢ちゃん、良い暗殺者紹介しようか?』
などと物騒なことを言われた。
「それは最後の手段に取っておきます。ですがそもそもそんなことをせずとも、放っておけば勝手に野垂れるかと思います」
そりゃそうだと電話の向こうで大笑いするヒュー氏。ヒューもそうだが、イヴォンに対しての対応がシェリーも酷い。自業自得だろうが。
『よし判った。トレヴァーの代わりに俺が行こう』
そんなことを言い出すヒュー。そしてそのとんでもない申し出に、シェリーは戸惑いまくる。
国法士とは、正式名称『王国法律監査士』の略であり、その仕事は読んで字の如くこの『ストラスアイラ王国』が定めた法律の番人である。
その国法士には階級があり、資格を取り立ての見習いである五級から、最高位の特級までの六段階あり、一般的な商会の顧問は三級国法士を充てるのが通例で、二級国法士を充てるのは相当大きな商会か、商業ギルドへの影響力が強い商会だけだ。
因みにアップルジャック商会の顧問であるトレヴァー氏は、二級国法士である。
そして事務所を構え、従業員としてそれら国法士を雇い、商売として運営出来るのは一級以上の国法士資格の所持者のみ。
ヒューはその中でも特に優秀で、特級国法士の資格を持っており、更に何故か裏社会にも顔が効くと噂されている。
そんなヒューが来ると言うのだ、戸惑わない筈がない。
特級国法士がどれほどの資格かというと、まず四級から五級の資格証は地方自治領主が発行し、二級から三級が王国法務大臣が発行する。
そして一級以上は『王定資格』と呼ばれる特別な資格であり、中でも特級は特別で、地位としては王宮勤務すら可能となるほどだ。
つまり――貴族と同等。
よって特級国法士の多くは宮仕をしているか王立の事務所に勤務するかである。
ヒューのように特級でありながら個人事務所を開設している者は、本当に稀だ。
余談だが、国法士の資格は全て五級の見習いから始まり、相応の実績と年一回の昇進試験に合格しなければならず、更に詳細な素行すら調査される。
そう――等級の高い国法士は、清廉な人物しか成れないのだ。
「いえ、あの、ヒューさんの手を煩わせるほどのことでは――」
完全に気後れしてしまい、断ろうとするのだが、
『いやいや、そんな面白……大変な事態なんだから早く処理した方が良いだろ?』
そんな軽い口調で簡単に請け負ってしまうヒュー。だが、
「面白いって言った!? 言い直したけど面白いって言いましたよね!」
思わず正しく突っ込むシェリー。言われたヒューの爆笑が、電話越しによく響く。
楽しんで貰えてなによりだ。そんなことを考えるのだが、口にするともっと喜ばれそうだと悟り、それを飲み込んだ。
「……料金は増えませんよ?」
最後の手段でそんなことを言うのだが、
『ああ、そんなモン要らん。面白そうだから無料で請け負うから心配なさんな嬢ちゃん』
「また『面白そう』言ったなおっさん! ボッタくるから覚悟しなさい!」
なんだか敬語がバカらしくなったシェリーがお座なりにそう言っちゃうが、ヒューはやっぱり大笑いしている。
『おー、おっかないねぇ。つーかエセルでも二十歳を超えないと俺に突っ込み入れられなかったのに、嬢ちゃんはもう出来るのか。これは将来が楽しみだな。よし、目指せ親子漫才!』
「貴方を親にした覚えはないわよ! あと漫才なんかしないからね! と言うかちゃんと自分の仕事しなさいよ!」
『へいへーい。んじゃ速攻でそっち行くからな~。その間に帳簿のおかしい所とか明らかに違うだろう所とか、どうなんだろうって所を纏めといてくれ』
電話機のスピーカーから、そんなヒューの声がする。磁石式壁掛電話機のスピーカーは本体の中央下に付いているため、そんなヒューの声は全員に聞こえていた。
内緒話は絶対に無理だよね。そんなどうでも良いことを考えながら、帳簿を捲っている店長達をシェリーは見た。
おかしかったり違ったり、そして不明な箇所に色別で付箋が貼られている。
アップルジャック商会の従業員は、本気で有能であった。
「それは大丈夫。今終わったみたいだから」
『マジでか!? 無理難題言って困らせてやろうと思ってたのに! くっそー、トレヴァーのヤツ、楽な顧客囲いやがって! 減給してやる!』
「それは止めてあげて。トレヴァーさんはヒューさんと違って本当に真面目なんだよ。それに減給されたら奥さんが悲しむでしょ。まぁそんなワケでこっちは準備万端よ」
スピーカーから『あいよー』と気が抜けた返答があり、通話が終了する。
因みに通話料金は掛けた側に発生し、一分間で大銅貨三枚――約三千円ほどだった。
ヒューに乗せられて話し込み、色々で時間か掛かったために電話料金がちょっと怖くなるシェリーである。
そんなことでちょっと頭を抱えるシェリーを他所に、イヴォンが交遊費として無駄遣いした金額を、帳簿を監査していた三人が既に算出していた。
その額、概算ではあるのだが、大金貨五枚を超えていたのである。
磁石式卓上電話機の受話器をそっと置き、ヒューは無意識に浮かんで来る笑みを抑えきれずにニヤニヤ笑う。
だがすぐにその表情を引き締め、併設されている事務所から自宅へ戻ると、卸したての白シャツに着替え、光沢のある青緑色のネクタイを締め、取って置きであるドットストライプ地のダブル・スーツに袖をとおす。
前ボタンは閉めない。その方がワイルドさが際立ち、自分に合うから。
洗面台の姿見に自分を写し、これから会う少女に失礼がない容姿か、また不快感を与える印象がないかを確認する。
姿見には癖のない細く短い金髪と、抜けるような空色の瞳の男が写っていた。
そのひょろりと背の高い容姿は、一見線が細い若者にも見えるのだが、彼の耳を見れば見た目どおりの年齢ではないと判るだろう。
彼の耳は細く長く、そして先が尖っていた。
そう、彼はヒト種ではなく、森妖精なのである。
森妖精は一般的に長命で、その個体によっては人種の十倍以上も生きる者もいる。
遥か昔、現在のように科学が一般的ではなく剣と魔法が全てであった時代では、その魔法適性の高さから「幻の種族」とも呼ばれていた。
だが魔法も一般的に普及し、そして科学も発展している現代では、それらは珍しくもない「ただの人」である。
まぁ森妖精の国の王族のような純血であれば、現代でも珍しいのだが。
なんといってもその王の年齢は数千歳だと言われており、更には本人も、覚えていないばかりか訊いたとしても、
「ンなのイチイチ覚えていられるか! 泣かすぞオラ!」
と逆ギレされて態度悪く言われるのがオチである。
森妖精の王は、ちょっとヤンチャなのであった。
もっともそんなことを言っていると、のほほ~んとしている「あらあら系」な千年くらい年上の王妃に、
「あらあら~。も~、みんなを脅しちゃダメよ~。困った子ね~も~」
と言われて何処かへ強制連行されて行き、真っ白い灰になるまでがセットで、そしてお約束となっていた。
関係ないが、一般的に森妖精は子宝に恵まれないという定説があるが、それは全くの流言蜚語である。
確かに医療が今ほど発展していなかったときにはそうであったが、現在ではそんなことはない。
そもそも森妖精は活動量がやたらと多く、具体的には人種の四倍くらい活動するため、妊娠初期も変わらずそうしてしまって着床する前に流れてしまうのだ。
それが判った現代では、逆に増え過ぎてしまったため避妊を推奨したり、政策の一環でひとりっ子の世帯には年間金貨三枚(三百万円)を支給するなどを打ち出しているのだが、イマイチ効果がない。
何故なら、森妖精は死ぬまで元気に老若男女問わずに働けるため生産年齢人口は増えるばかりで減らないし、そのため収入に困る世帯は殆どなかったから。
なにしろ森妖精は老いないし、身体も全身に魔力が循環している所為かやたらと強靭で、更には免疫力も相当高く病気知らずである。そしてほぼ寿命がないというオマケ付き。
この現代で、森妖精が珍しくもなんでもなくなった所以である。
そのうち世界は森妖精だらけになるだろう。
あと余談だが、その王に子供は数百人おり、然も全て王妃が生んでいた。
そう、医療がまだ原始的であった時代から、コロコロ生んでいたのだ。
王国に伝わる伝承によると、数千年前に子宝に恵まれない王妃の元に、あるとき顔に向う傷がある人種で、ジャックと名乗る黒衣の医師が来訪したという。
彼は前述のとおりに激しい運動を控えることと、体温を測って高い時期を狙えば出来るだろうと言った。
そしてその結果を確認し、第一子をその医師自らが取り上げて、暫く経過を診たあとに誰にもなにも言わずに姿を消したという。
但しその莫大で法外な報酬だけは、しっかり受け取っていたらしい。
王国ではその救世主とも呼べる黒衣の医師に敬意を評し、こう語り継いだ。
偉大なる黒のジャック――と。
そして数百年前、王家の秘伝とされていたその方法――「基礎体温法と安静」が何処からか漏れ出てしまい、子宝を望む民衆へ爆発的に拡がってしまい、この有様である。
中には人口が溢れる森妖精の王国を去り、その居住地を海へと移した者達もいた。
彼らは自らを「海妖精」と名乗り、其処で新たに建国しという。
それが概ね二百年前。
因みにその建国王は、国王の第二子だった。
そんなこんなで全然珍しくもない種族の森妖精であるヒューは、姿見に写る自分に満足してキメ顔をする。
だがその尖った耳がピコピコ動いているために全然格好が付かないのだが、それには一切気付いていない。
傍に猫がいたのなら、ピコピコ動くそれに飛び付かれているだろう。
実際飛び付かれて齧られ蹴られ引っ掻かれて血だらけになったこともあり、それ以来ヒューは猫嫌いであった。原因が自分にあるのに、理不尽である。
着替えが終わってそれに満足すると、受付事務のアーリーンへ出掛けると伝えながらハットスタンドからホンブルグハットを取り、くるりと回してから頭に乗せた。その仕草が、いちいち気障ったらしい。
そのためかどうかは知らないが、言われたアーリーンは一瞥しただけで生返事を返し、書類整理を続けてる。
ヒューが突然出掛けると言い出すのはいつものことで、それにそうしたとしても困ることなど一切ないから。
そもそもヒュー自身が出張らなければならない案件はそうそうある筈もなく、もしあるとすればそれは各ギルドの上層部や地方自治領主、そして王国貴族などからの指名依頼くらいだ。
そして平和なこのご時世、そんな依頼がコロコロ転がっている筈もなく、彼は此処数年は仕事らしい仕事はしていない。
事件なんてそうそう起きるわけもなく、行く先々で殺人事件に巻き込まれる秘密な小道具を持っている少年や、怪文書に招かれて事件に遭遇して謎が全て解けちゃう探偵の孫なんていないのだ。
そもそもそんなに人死にが出たら、堪ったものではない。
ただでも都市部では結構お亡くなりになる方々がいて葬儀屋さんは忙しいのに、更に増えちゃったら過労で倒れてしまうだろう。
そんなすることがないヒューがシェリーの電話に喰い付いちゃうのは、最早必然であった。
そのシェリーはというと、ヒューが直接関わることを躊躇していた。
何故なら、あまりに役不足であるから。
彼は国法士になってから数百年もの間、意図的には結構あるものの、それ以外での示談交渉や裁判で負けたことなど、ただの一度たりともなかった。
意図的に負けるのは、自身が調査し明らかに依頼者に責があるときだけだ。
彼は不正を絶対に許さない。
その代表例が、約一五〇年前に起きたストラスアイラ王国の公爵家による国庫贈収賄、及び横領事件である。
当時まだ二級国法士であり、公立国法事務所の職員であったヒューは、ふとした切っ掛けで地方都市の議員による収賄事件を担当していた。
その事件は、当初その議会員によるものだと思われていたのだが、調べて行くうちに金の流れがおかしな方向へ行っており、更にその額が桁外れに大きいことに気付いたのである。
その時点でその公爵家から圧力が掛かり、事務所から調査の中止命令が出されたのだが、ヒューはそれを止めなかった。
命令など完全に無視して、調査を継続したのである。
そんなことをすれば当然事務所にはいられない。
案の定と言うべきか、彼は即座に懲戒処分となったのだが、逆にそれで完全に枷が外れることとなる。
その異常ともいうべき洞察力と、森妖精特有の能力を存分に発揮し、自身や周囲の近しい者達に危害が及ぶ前に全ての証拠を言訳など絶対に許さないほど完膚なまでに揃え、直接王国宰相へ突き付けた。
結果、その公爵は言い逃れが全く出来ない窮地に追い落とされ、そしてその金額があまりに多過ぎたために並の処分は有り得ないと国王自ら断罪した。
その公爵は爵位剥奪の上斬首となり、数十年に及んで甘い汁を啜り続けて改心の余地がない一家徒党、そして同じくそれに加担していた家令や使用人は全て犯罪奴隷となり、残らず命ある限り強制労働をすることとなった。
このときの横領額は公表されていないが、一説によると王国国家予算の十年分はあったと噂されている。
どちらにしても真相は闇の中で、今後語られることはないだろう。国の恥だし。
そして事件後、ヒューを懲戒処分とした事務所の所長が揉み手をしながら菓子折を持って訪ね、職場復帰を命じたという。
だが事件の捜査をしていたにも拘らず一級資格を取得していた彼は、資格証である『王定資格』のメダリオンを突き付けて却下した。
そんなヒューは一度、国王自らに王宮勤務を薦められたのだが、自分がそういうところへ行くと怯える貴族が出てくるからと、正式に辞退した。
公爵失脚の立役者であり、然もそれを単独で行ったバケモノで、更に寿命が無いに等しい森妖精であるヒューが王宮にいれば、確かに貴族どもの心胆を寒からしめるだろうと王は大笑いし、だが心底残念そうにその申し入れを受け入れたという。
そんな実績持ちのヒューが、傾き掛けている商会の失踪した会長が使った無駄金の額を調べるなどという、言ってしまえばしょーもない仕事を請け負うというのだ。恐縮しない方がおかしい。
だがヒューにしてみれば、仕事の質などどうでも良いのだ。
この仕事に、大きいも小さいも無いのだから。
それに彼はシェリーのことが大好きで、彼女のためなら道を外しても散財しても良いとすら思っている。
いや、大好きなのではなく、最早愛していると言っても過言ではない。
流れる美しい白金の髪、光の加減で色が変わる翠瞳、まだ幼さが残る表情、だが何処か大人の色香が漂い始める肢体。
それを回顧するだけでヒューの背筋に電流が走り、そしてその鼓動と呼吸が速くなる。
しかし彼は、そんな燃えて萌えるような想いを心に募らせているのだが、決してシェリーに触れはしない。
それは彼自身が己に課した制約にして誓約、そして聖約!
あのときシェリーを見たときから、エセルの腕に抱かれて眠る、可愛らしくも美しいシェリーを見たときから、ヒューは彼女に無限の愛を捧げると誓った。
森妖精が信仰する精霊にではなく、誰にでもなく、そう――己自身に。
この胸に熱く滾る愛を――
心を焦がし焦がれる愛を――
凍った感情を融かして溢れ出る愛を――
全身を貫き燃えて萌える愛を――
愛を、愛を! 愛を!!
その全ての愛を!
余すことなく欠片も残さず捧げよう!
彼女の――愛するシェリーのためならば、ヒューはその全てを賭してその障害を排除しよう!
そう、これは聖戦!
そして負けることなど許さない!
ならば捧げよう!
約束された勝利を!
だが――
幼いシェリーに触れるのは断じて許さない!
幼子は、遠くに眺めて愛でるもの!
それが――紳士の嗜み!
そう、ヒュー・グッドオールは、紳士!
紛うことなど一切ない、完璧なる紳士!
人は彼を、ヒュー・グッドオールを畏怖と畏敬の念からこう呼ぶ。
――変態紳士――と。
――*――*――*――*――*――*――
グッドオール国法事務所への電話を切り、大変なことになったと溜息を吐いているシェリーは、編集が終わった帳簿を呆れながら捲っているときに突然の悪寒に襲われたという。
然もそれは、一度や二度ではなかった。
「どうしましたお嬢?」
「あ、ザック。大したことじゃないんだけど、何故かさっきから悪寒が止まらないのよ。おっかしいなぁ……風邪引いたかな?」
シェリーの不可解な体調変化にいち早く気付いた店長――アイザック・セデラーは、心配しながら怪訝な表情で訊く。
そして出されたその答えに、類は友を呼んじゃったのかと溜息とともに何故か納得して、呟くように言った。
「あー……それきっとヒューの旦那がまた『愛を愛を愛を』って騒いでるんじゃないですか? なにしろあの人、変態紳士ですから」
「ヤメテ!」
グッドオール国法事務所の玄関先で「愛を愛を愛を」と騒いで、
「おかーさん、変な人がいるー」
「目を合わせちゃいけません!」
と幼子に奇異の目で見られて指差され、そしてその母親が決死の覚悟でそんな注意しているのを尻目に、気取ったポーズでターンしてからバッチリ目を合わせてウィンクをする。
その母親は、小脇に我が子を抱えて一目散に逃げ出したが、その程度のことなど気にしない。幼子の方はケラケラ笑っていたが。
そんな軽い騒ぎになって、警備兵が慌てて駆け付けるのだが、ヒューを見るなり「いつものことか」と独白して肩を竦めた。
ヒューもその警備兵に軽く会釈をし、同じく会釈を返して去って行くのを見守り、そして見えなくなるなり空を見上げて集中する。
ヒューの体内のにある魔力が練り上げられ、そしてその周囲に存在する大気の魔力に干渉して風を生む。
それは空を駆ける、森妖精の中でも行使出来る者が少ないという風の上級魔法。
自身の周囲にのみに作用させるためのコントロールが難解で、慣れない者は周りを残らず吹き飛ばしてしまうという、意外と傍迷惑な魔法である。
だが数百年を生きる彼は、ヒュー・グッドオールはその風魔法に熟達していた。
彼はシェリーとの電話で速攻で行くと言った。その約束を違えるわけにはいかない。よって、自身が生み出せる最高速度で向かうと決めたのである。
「今行くぞシェリーの嬢ちゃん。これならば、すぐにキミに逢える……!」
「あ゛? 手前ぇこの野郎莫迦野郎。人ン顧客になに勝手に会いに行こうつってんだダボが」
最高まで練り上げ風を巻いて飛び立とうとしたそのとき、そんな声と共にその魔法を構成する魔力自体が吹き飛ばされ、そして再構成不能なまでに解体され消滅するそれを即座に破棄しながら、ヒューは盛大に舌打ちをして声の主へ目を遣る。
其処には黒革の鞄を肩に引っ掛けて持っている、薄茶の色眼鏡を掛けた目付きの悪い男が立っていた。
その男は黒のスーツをだらしなく羽織り、その下に光沢のある紫のシャツを着ている。そしてその黒髪を無香料のポマードでオールバックに固め、だが所々解れて乱れているにも拘らず、不思議と違和感がなかった。
余談だが、強制的に解体された魔法はその残滓がいつまでもその場に残り、別の魔法へ干渉してしまって魔法事故に繋がるため、そうなった魔法は即破棄するのが望ましい。
魔法学校の初等部で必ず教えられ、そして最後まで口煩く言われる、基本にして最重要な法則とも呼んでしまっても良い事象である。
もっともそれを利用して、全く違う効果に書き換えてしまうという特殊な魔法技術もあるのだが、行使出来る者は稀だ。
その目付きが最悪で黒スーツな彼を見て何度も舌打ちを繰り返しているヒューを、黒い瞳のやっぱり悪い目付きを更に悪くして睨め上げる。
左目の上下に一直線に貫く傷跡が走っており、それを加味していなくとも、彼が真っ当な職業人ではないと誰もが思うだろう。
しかしそれは大きな間違いだ。
彼の名はトレヴァー・グーチ。アップルジャック商会の顧問国法士である。
こんな成りでも二級国法士であり、そして結構優秀で然も優しいため人気が高い。
もっとも初見で大抵の人に怯えられてしまうという不幸な事件が高確率で発生するため、相談事がなかなか進まない場合が多い。だがその見てくれと言葉遣いに慣れてしまえば、これほど頼もしい人物はいない。
因みにシェリーは初見でも全く怯えることはなく、逆に目付きは仕方ないにしても見た目の服装をなんとかしろと注意していた。
そしてそんな注意されて困った顔をしているトレヴァーを、エセルは笑いを噛み殺して見ていてその悪い目付きで睨まれたという。その後エセルは結局爆笑していたが。
シェリー・アップルジャック、当時六歳の出来事であったという。
「お前には関係ないんだよトレヴァー。今日の俺は非常に忙しいからお前と遊んでいる暇なんてないんだ」
そう言い「やれやれ」とでもいうかのように肩を竦め、ホンブルグハットを被り直して溜息を吐く。
だがそう言ったところで納得するトレヴァーではない。ただでも悪い目つきを更に悪くして、ヒューに近付きメンチを切る。
その姿は、完全に「ヤ」が付くヤバい自由業のお方にしか見えない。
「忙しいだぁ? 日がな一日事務所で暇こいてやがるシャバ増がどのツラ下げて言ってんだゴラ! 泣き入れさすぞジジイ!」
眉間のシワを更に深くして左の眉を器用に吊り上げるトレヴァー。だがそんなことで怯むヒューではない。
「暇はしていないぞ。俺は常に最適に、どうしたら愛を伝えられるか考えるために切磋琢磨しているのだ! それが紳士として、そして愛の伝道師としての務めだからな!」
逆にそんなトレヴァーを鼻で笑い、自分が如何に崇高な行為をしているかを説く。
「伝道師だぁ? クソくっだらねぇことほざいてケツ割ろうとしてじゃねぇぞ手前ぇこの野郎莫迦野郎!」
だがそんなことなど通用する筈もなく、それにそもそもそんな努力など、完全に一点の淀みもなく自己満足だ。
それを言ったところで、基本的にそっち系の人々はそういうことに関して人の意見など聞き入れようとは一切しないから無駄な努力で終わる。
「どうでも良いが、相変わらず口が悪いなトレヴァーよ。お前はもっと紳士らしい態度と教養と口の利き方を学んだ方が良いのではないか? そんなことでは立派な紳士にはなれないぞ」
それでもそれを指摘されればそれなりに不愉快になるらしく、ヒューもその例に漏れずそうなり、逆襲する。
「は! 手前ぇみてぇな変態が紳士ってんなら願え下げだ莫迦野郎! 下らねぇゴチャしてんじゃねぇよ手前ぇこの野郎莫迦野郎!」
それをあっさり受け流し、返す刀で更にそんなことを言う。
だがこれは大して効果がない。
何故なら、ヒューは誰よりも自分を良く理解していた。
そう、彼は自分が変態だと――変態紳士だと自覚しているのだから!
「ふん、そういう態度だからいつまでたっても二級国法士なんだよ。今すぐに態度を改めるなら、一級への推薦状を出してやろう。そして一級になってさっさと独立するんだな!」
そしてこの際トレヴァーを体良く自立させて、今後アップルジャック商会の担当を自分がしようと、しちゃおうと悪巧むヒュー。
だがもしもそんなことになったとしたら、彼が担当する顧客をごっそり持って行かれるという事実に、実は全然気付いていない。
仕事関係は非常に優秀なのだが、顧客の維持とか新規獲得とかそういうことに関しては、全然ダメダメなヒュー・グッドオールだった。
「煩ぇこの野郎莫迦野郎! 俺ぁこれ以上座布団増やさねぇって決めてるんだよ莫迦野郎! そもそも俺が辞めたら此処のシノギも入らねぇだろうが莫迦野郎! つーか働けこの野郎莫迦野郎!」
一級国法士になるためには、その一級以上からの推薦状が必要で、そしてそれはなかなか手に入らない。
そもそも一級と二級は実力的にそれほど差はないのだ。しかしその資格の性質上、給与に絶対的な格差が生じてしまっている。
よって二級国法士は通常であったなら、一級は喉から手が出るほど欲しい資格であった。
だがトレヴァーは現在の事業所で、他での二級国法士より遥かに高額な給与を貰っていた。
よって、貴族からの依頼やそれに類する高官どもからの依頼を受けざるを得なくなって色々面倒事が増える一級より、二級に留まるのを選択している。
まぁぶっちゃけた話し、実は稼ぎ頭なトレヴァーに辞められて困るのはヒューなのだが。
それにトレヴァーも、こんな言い合いはするものの、それ以外は自由にさせてくれるグッドオール国法事務所の居心地が良いため退職しようとは一切思っていない――
「は! 自惚れるのも良い加減にしろチンピラが! 貴様程度がいなくなったってグッドオール国法事務所はいつでも通常営業だ! 俺を甘く見るなよ小僧!」
――筈なのだが、なんだか売り言葉に買い言葉のその場の勢いでそんなことを吐き捨て、次いで一瞬にして魔法を構築して宙を舞う。
それにより発生した風が周囲に吹き荒れ、離れたところにいる淑女達のスカートが大変なことになっている。色々と考えなしなヒューだった。
瞬間的に魔法を発動させる技術は、それこそ何十年もの研鑽の結果習得出来ると言われる高度な魔法技術。
そんな大層なものではあるが、そもそもヒューは森妖精。既に何百年と生きているのだから、真面目に努力していれば出来て当り前である。
そんな瞬間発動した魔法により、遠巻きに二人の遣り取りを眺めている一般人の視線は即座に様々な場所へと逸らされ、そしてビンタされたり非難の視線を浴びたりで戻された視界には、一瞬にしてヒューの姿が消えたようにしか見えなかった。
そして彼がいた場所には旋風だけが残っており、その傍でどう見ても絡んでいるようにしか見えないトレヴァーの姿も、消えていた。
「下らねぇゴチャ入れてケツかこうとしてんじゃねぇよこの野郎莫迦野郎! 木端喰らわしたるぞこの野郎莫迦野郎!」
宙へと舞い上がるヒューの傍に、そんなことを言いながらトレヴァーもまた宙を舞っている。因みに彼は魔法が使えない。
「おいちょっと待てトレヴァー。お前なんで空まで付いて来れる? 魔法は使えなかったんじゃないのか!?」
僅かに驚き、だが即座に叩き落とすべく圧縮空気の塊をトレヴァーの頭上から叩き付ける。
しかしそれがまるで見えているかのように、彼は中空にある何かを蹴って躱した。
「あ゛? ンなの気合いがありゃあ出来るんだよこの野郎莫迦野郎! 努力と根性で頑張れば、人は空だって飛べるんだ覚えとけこの野郎莫迦野郎!」
絶対に無理である。
そしてヒューだって当り前に無理だって思っているし、それでなんとかなったら苦労はない。
「以前から常識離れしているヤツだと思っていたが此処までとは……面白い! このヒュー・グッドオールが貴様を完膚なまでに叩きのめしてろう。愛という名のもとに! 然ればお前とて、心の底から誰かを愛することが出来る筈!」
などと何処かで聞いたようなセリフを、恥ずかしげもなく大真面目に言っちゃう自称〝愛の伝道師〟な森妖精。
瞬間――ヒューの周囲に風が巻き、それが無数の無色透明な弾丸となり、更に不規則にトレヴァーを襲う。
愛の形には様々なものがあるのだが、これはどう見たとしてもそれには見えない。
どうあってもこれが愛だと言い張るのなら、そんな重く痛そうな愛は要らないと皆が感じるし思うことだろう。
そしてそんな要らない愛を向けられたトレヴァーは、眼球だけを動かして周囲を確認して一度だけ後ろの宙を蹴って前進すると、左手が霞むほどの速度で連続突きを繰り出した。
そうすることで空気の壁を打ち破り、発生した衝撃波が弾幕となりその前方へと展開される。
余談だが、右手は鞄を持ったままである。
ヒューが放った風の弾丸と、トレヴァーが展開した衝撃波の弾幕が真っ向から衝突する。
その余波は凄まじく、宙にいる二人はおろかその真下にある経営不振に陥り会長が夜逃げしたリンゴ酒を製造販売している商会の正面入口の屋根を吹き飛ばしてしまった。
――*――*――*――*――*――*――
「……それで、なにが一体どうなったらウチの店に破壊活動を働く結果になったワケ? 其処のところをよーーーーーーーーく教えてくれないかな?」
商店の顔ともいうべき出入口を吹き飛ばされ、それでもとても良い笑顔を浮かべたシェリーは、破壊し尽くされ破片が散乱しているその場に正座させた二人を腕を組んで見下ろした。
彼女の笑顔の其処彼処に青筋が浮かんでいるように見えるのは、決して気の所為ではない筈だ。
「いや嬢ちゃん、これには色々と事情があるんだよ」
まず、そう言い始めるヒュー。それを聞いて、口元に笑顔を浮かべたままゆっくり首肯するシェリー。その目は当然笑っていない。
「うんうんそうだよねー。これでワケもなくやったっていうんなら衛兵さん案件だよねー。それに事情があったとしても、やって良いことと悪いことがあるよねー」
シェリーの絶対零度の視線がヒューに刺さる。そしてヒューは、言葉に詰まってしまった。
その様を片付けながら見守る若いモンどもは、まだまだ青いと鼻で嗤う反面、その視線を自分達に向けて欲しいと切に願い、黙々とそれに勤しんでいた。
現在の会長であるイヴォンがものの見事に傾けてしまったアップルジャック商会は、実は創業百余年であり、そのイヴォンが三代目となってやっと老舗と謂われるようになった商会である。
なので、それほど歴史がある商会というわけではない。
最初は初代のニコラスが、空腹に喘いで腐り掛けのリンゴを口にし、だがそれが発酵してアルコールを含んでるのに気付いたのが切っ掛けであった。
元々この商業都市グレンカダムの周辺地域では地味にリンゴが栽培されており、それの加工品もそれなりに取り扱っている。
そしてそれはあくまでも「それなり」であって、特産と言えるほどではない。
そのことに目を付けたニコラスは、父親から地酒の製造を手伝わされていたこともあり、見様見真似でリンゴを使った酒を作り始めた。
因みに地酒の無断製造は違法である。
まぁ趣味で作って自分で嗜む程度ならば、自己責任ということで法に触れることはないが。
その酒造りは当然難航したのだが、あるときニコラスが一人の森妖精と出会ったことで、事態が一変する。
その森妖精はやたらと口が悪く、そして態度もその辺にいる粋がったバカ僧のようであったが、植物に関しての知識が凄まじく豊富であり、また発酵や熟成の知識も飛び抜けていた。
その彼の協力を得て、遂にリンゴ酒が完成したのだ。
完成したリンゴ酒の名を付けるにあたり、ニコラスはその森妖精の名を貰おうと提案したのだが、
「あらあら~、何処に行ったかと思ったらこんなところまで遊びに来ていたのね~。本当に困った人ね~。ごめんなさいね~、迷惑掛けていなかった~? さあ帰りましょうね~。あらあら~、どうして偉大なる黒のジャックの名を語っているのかしら~? これは後で『お・し・お・き♡』が必要かしら~?」
などとの~んびりな口調なくせにやたらと体術が優れている、その森妖精の妻を名乗る女性が、暴れる彼を物理的に黙らせて引き摺りながら連れ去って行ったという。
その口の悪い森妖精は、自身をジャックと名乗っていた。
そんな出来事に呆気に取られ、だがそれでも彼がしてくれたことには感謝していた。
だから、姓のないニコラスはその出来たばかりのリンゴ酒を商標登録するとき、自分を助けてくれたリンゴと彼に敬意を表し、自身をこう名乗った。
――ニコラス・アップルジャック――と。
そして商業ギルドへリンゴ酒を商標登録し、それを扱う商会として、アップルジャック商会を立ち上げたのである。
アップルジャック商会が取り扱っている商品はそんなわけでリンゴ酒なのだが、それは現在のようにアルコール度数が高いものではなく、元々はシードルと呼ばれるただのリンゴジュースを濃縮、発酵させて作ったアルコール度数の低いものであった。
それは現在も飲み口が良いためそれなりに人気があり、大々的にではないがそれなりに出荷している。
更にそれと同じように、シードルを二次発酵させることで炭酸ガスを含ませたスパークリング・シードルも、地味に人気だ。
余談だが、同等の工程を経て、だがアルコールは発生していない炭酸ガスを含む混濁したアップル・サイダーも、実は人気があったりする。
つらつらと並べたが、判り易く表記すると、以下のようになる。
リンゴを絞って濃縮還元させ、濾過して不純物を取り除いた「アップルジュース」。
それを濾過せずにアルコールが出ないように発酵させて炭酸ガスを含ませる「アップル・サイダー」。
アップルジュースを濃縮、発酵させてアルコールを発生させる「シードル」。
シードルを更に発酵させて炭酸ガスを発生させる「シードル・スパークリング」。
シードルをアルコール度数が高くなるまで濃縮して更に発酵させ、蒸留、醸造するリンゴ酒――商品名が商会を代表する銘の「ジャック・ブランデー」。
ニコラスはそれらアルコール度数の少ない酒や、ジュースやサイダーなどの製造には殆ど興味を示さず、只々度数の高い酒――ブランデーの製造に力を入れていた。
何故なら、自分が呑みたいから!
ニコラス・アップルジャックは、ただの酒好き飲兵衛だった。
そして二代目となる息子のカルヴァドスは、受け継いだ酒造を守りながらもリンゴを使った様々な加工食品を開発し、世に送り出した。
当初カルヴァドスは家業を継ぐ気はなく、趣味が高じて料理人となっていた。
それにニコラスも、カルヴァドスに家を継がせるなど一切考えておらず、ぶっちゃけ今現在自分が酒を呑めればそれで良いし、一代で商会が無くなっても構わないとすら考えていた。
もしこの酒蔵を欲しいと言う者がいたら、売り払ってしまっても良いとすら豪語する有様である。
つまりニコラスは、酒が呑めれば後はどーでも良いと考えている、刹那的な男であった。
それとカルヴァドスが家を継ぐ気がほぼ無かった理由として、彼は下戸であったのである。つまり、酒好き飲兵衛のニコラスとは、まるで正反対だったのだ。
だがそのカルヴァドスにも転機が訪れた。
帰省したあるとき、例によって昼日中から酒を呑んでいるニコラスに言われた一言、
「酒は人生を豊かにしてくれる。それが味わえないお前は人生の半分は損をしている」
それは完全に主観である。
カルヴァドスから言わせれば、酒代を使わないで済むし酩酊しないで正しく思考を巡らせられて時間を無駄にしないし、なにより酔っ払って他人に迷惑を掛けないから、酒を呑まないということは人生の倍以上得をしているのだ。
それにその程度で半分も損する人生など、それこそ大したことのない薄っぺらなものであるし、その程度の考えしか持てない人生なら半分どころか全損で損をしている。
そう捲し立てて激しく親子喧嘩を始めてしまい、最終的には「酒なんぞより旨い物を作ってやる!」と吐き捨てて、当時の彼が振る舞える最高の料理やデザートを作ってニコラスに提供したという。
結果的にはそれが切っ掛けで、アップルジャック商会は食品部門を打ち立て、更なる発展を遂げたのだった。
そして――三代目となったイヴォンだが、誰に似たのかはたまた誰にも似なかったのか、ニコラスのような商才もカルヴァドスのような料理の才も持ち合わせておらず、だが大手商会の跡取り息子として育った所為か放蕩の限りを尽くしていた。
だが不思議と異性間のトラブルはなく、そして無駄遣いをしているにも関わらず金銭面でも困窮するでもなく、そういうところだけは巧く立ち回っていた。
そして運命の日、イヴォンを一人の少女が訪ねて来た。
彼女は二ヶ月前よりこの商業都市グレンカダムに滞在していると言い、更に来たばかりの日にやたらと景気良く店の客全員に酒を振る舞う男に促されるまま、口当たりの良いジャック・ブランデーのカクテルを大量に呑んでしまって泥酔したという。
そして気付いた時にはベッドに寝ており、更に自分を相手に励んでいるイヴォンがいたと言った。
証拠の品として差し出したのが、アップルジャック商会役員のバッヂであり、それは丁度二ヶ月前にイヴォンが紛失した物だった。
心当たりがありまくるイヴォンは慌てて取り繕うのだが、自分が誘われたと言った瞬間、
「処女の小娘がお前みたいな調子の良いだけのバカ僧なんぞ誘惑するかー!」
一瞬にしてイヴォンの懐に飛び込み、僅か数センチメートルの間合いで拳を叩き込んだという。
その衝撃はイヴォンの体内に浸透し、更に威力が背に抜けその背の衣服のみが弾けるという、その道の達人ですら有り得ないものだった。
拳を突き出し呼吸を整えるその少女を見て、ニコラスの妻であるレミーが、まるで熱に浮かされているかのように頬を染めながら少女の手を取り、
「貴女、ウチに嫁に来なさい。ううん、来るべきよ! あの素行不良な莫迦孫を黙らせるのは貴女しかいないわ!」
などととんでもないことを言い始めたという。
だがそれはその少女にとっても好都合で、そもそもこの二ヶ月もの間は日雇いでしか働けていないため、定職は有り難かった。
それに――その少女は妊娠していたのである。
証拠がないと喚くイヴォンだが、ニコラスやカルヴァドスは既にイヴォンを見限っているため一切相手にはぜず、その少女をイヴォンの妻としたのだった。
因みに寝室は別で、この事件が起きて以降、イヴォンの部屋には外鍵が掛けられたという。
その少女――白金に輝き美しく流れる癖のない髪と、光の加減で色が変わる不思議な翠瞳が神秘的で、更にその容姿も神々しいばかりに美しかったために、ニコラスからは「莫迦孫には勿体ない」と言われ、カルヴァドスに至ってはあと二十年早く出会いたかったと無念の涙を落とし、更には二人目の妻じゃダメかと妻のカミュに大真面目に相談して、「気持ちは判るけどダメよ」と窘めらるという珍事が起きたという。
その提案に関しては、別に少女はどっちでも良く、強いて言うならイヴォンの妻になるくらいなら料理上手で人間的にもしっかりしているカルヴァドスでも良いかなーとか考えていたりもしたらしいが。
その少女は、エセルと名乗った。
そしてその時に身籠っていたのが、のちのシェリーではない。
残念ながら、そのときの子は死産であった。
何故そのようになったのか、それは後に語る機会があるだろう。
そのような理由でアップルジャック商会に、一応は三代目の妻として入ったのだが、いきなりは何も判らないために、取り敢えずは下働きとしたのだ。
だが程なくして、カルヴァドスがニコラスに不可解なことを伝えた。
エセルが自分に様々な調理方法や菓子のアイデアを出して来る――と。
最初は素人娘の戯言だと思っていたが、可愛い嫁の言うことを聞くのも一興かと試しにやってみたところ、驚くほど美味しく出来上がったという。
まずエセルはパンを焼こうとしているカルヴァドスへ、牛の乳を容器に入れてひたすら振って出来た物を混ぜ込み、捏ねて空気を抜いた後に一時間放置して、膨らんだそれを成形したら更に一時間放置してから焼成すると良いと言った。
物凄い手間なのだが、牛の乳から取れるもの――バターは前もって作れば良いし、生地から焼成まで全て一人でやるのではなく、それぞれを専門にして流れ作業でやれば効率が良いと、妙に慣れた様子で料理人達に指示を出し始めた。
当然、なにも知らない小娘がと反感はあったが、余裕がないわけでもないからやってみようというカルヴァドスからの鶴の一声で、取り敢えずお試しということでやってみた。
結果、今までにないほど美味なパンが出来上がり、その美味過ぎるパンの製法を教示したエセルへ一斉に平伏したという。
その他にもエセルは色々な便利グッズやら新製品やらのアイデアを多数打ち出し特許を得て、これよりアップルジャック商会は黄金期を迎え、その規模を拡大して各地に支店を設けるまでに至ったのである。
だが十年前にニコラスが天寿を全うし、そして四年前に商品の移送中の事故によりエセルが帰らぬ人となり、その悲しみのためか更にカルヴァドスまでもが病に伏せて早過ぎる生涯を閉じてしまい、商会の全権はイヴォンにわたった――
以前の商会は前述した通りに各地に支店があり、そして主力であるリンゴ酒は元より食料品や食器類、まだ台所用品や調理用品、更にそれの便利グッズなども取り扱っていた。
その売り上げは他の追随を許さないほどであり、そしてエセル主導による商品開発も多数行われ、更に特許を取得することでその収益は莫大になっており、あと百年はなにもせずとも安泰だと言われていた。
だが実際は、エセルが齎した財産を、彼女亡き後に夫であるイヴォンが食い潰し、挙句種々様々あった特許でさえ売り払うという目も当てられない状態になってしまう。
そう――なにもしないで余計なことをしたのである。
そのイヴォンだが、商業ギルドの黒い手帳に名を連ねられていることを、知る者は少ない。
例えまた商売を開始しようと登録しようとしても、ギルドからの補助は一切出ないのである。
そしてそれはまた、別の話し。
此処でアップルジャック商会本店で働く人々のことを、少々語ろうと思う。
アップルジャック商会の現在は、その売り上げを順調に減衰させており、それは止まることを知らずに現在進行形で続いている。
仮に証券取引をしていたのなら、大暴落で目も当てられない事態になっているだろう。
そしてそのアップルジャック商会本店を纏め上げる店長――元腕利き冒険者のアイザック・セデラーである。
見た目は強面だが背が高く、筋肉質で無駄のない体つきをしている。現在三〇歳で独身、郊外に冒険者時代に購入した平家に一人で住んでいて、家事炊事はそこそこ出来ている。
いつも栗毛を邪魔にならないように全て上げ、後ろで一本に縛っており、見た目だけなら執事然としていて容姿も悪くはない。
だが気難しそうな表情と、深い青の瞳が宿る目付きが鋭いため、気の弱い女性は見ただけで逃げて行ってしまうという悲劇(喜劇?)が高確率で起こる。
商人としても、多数の従業員の上に立つ上司としても、そして――特殊性癖という罪な業をその身に宿す若いモンどもを従える者としても、かなり優秀なのだ。
通常であれば理解も肯定も出来ないししないであろう彼らを認め、共通の目的へと向かうように誘導している。
何故それが出来るのか――それは、この店長がシェリーの母であるエセルに対し、限りなく近い憧憬にも似た感情を持っていたからだ。
それはもう忠誠と言い切ってしまっても良いだろう。
美しい女性に滅私奉公し、そして失敗したときに「もう、しょうがないわねぇ」と僅かな呆れと共に言って貰える悦びは、何物にも変え難い。
それが聞きたいがために、致命的にならない程度にワザと失敗をしたときもあった。
まぁあまりにそんなことを繰り返し過ぎて遂にはバレて、自分を指差しながら唇を尖らせて上目遣いで、
「ワザとやってるでしょ。もう、ダメなんだからね!」
と言われたときの悦びは最上級であり、その夜は色々捗ってしまって、翌朝寝坊をして遅刻しそうになったほどだ。
その日、始業時間ギリギリに出勤したアイザックへエセルは、
「遅刻しそうになるなんて悪い子ね。お仕置きが必要かな~」
などと火に油を注ぎまくり、
「よろしくお願いします!」
と、その場に正座し思わず言ってしまった。
即座に失言に気付いて取り繕ったのだが、そのときナニカを察してしまったエセルは、困った表情で思案してから、
「ごめんなさい、あたしはそっち方面の趣味はないから。でも時々なら御褒美をあげても良いよ」
などと言い、何故か勝利の雄叫びを上げるアイザックを、やっぱり困った表情で眺めていたという。
そう、アイザックにとってエセルは、誰も認めてくれなかった自分の最後の希望であったのである。
だがエセル亡き後はその希望を失い絶望し、もうあの美しい女性に逢えないと失意のどん底に叩き落とされ、店を辞して後を追おうとした。
エセルのいないこの場所や世界に、なんの意味も見出せなかったから。
だが――まだ幼いシェリーが絶望する自分を叱咤し励まし、そして言った。
商会を支えるのを手伝って欲しい――と。
ではせめて――と、この混乱が収まるまでは生き長らえようと決め、まだ幼過ぎる少女を――あの女性の忘れ形見を支えようとした。
だが、その判断は大きな間違いであった。
混乱して何も手に付かない会長であるイヴォンを物理的に蹴落とし、シェリーは陣頭に立って指示を出し始める。
ときには叱咤し、だが決して責めず、そして僅かな成功でもそれを褒め、通常であれば絶対にしない下働きのような仕事でさえ、自ら進んで行った。
それにより、商会員及び従業員のエセルに対する忠誠心は、イヴォンではなくシェリーへと向かって行ったのは、当然であったのだろう。
そして、こんなときに地位などなんの役にも立たないと、取り繕うばかりで効果的に働かない、以前よりエセルを悩ませていた名ばかりの役職達を「給与の無駄」と言い切り軒並み降格させたのである。
当然苦情が殺到した。
だがシェリーにしてみれば、解雇されなかっただけまだ温情があったと言いたかったろう。
それではとばかりに救済措置として仕事を与え、それが出来たら元の地位に戻すと確約し、だが同様の仕事を下働きにも与えていると発破を掛けた。
結果、下働きの従業員の方が遥かに優秀だという事実が露呈し、口実が出来たとばかりにそれら無能な役職員達を軒並み解雇した。然もただ解雇したのではなく、懲戒処分である。
更に何故かそのような仕事が得意な副店長やエイリーンを始めとした受付嬢軍団が、秘密裏に動いてそれらの裏帳簿も押収し、国法士へ正式依頼を出して資産を差し押さえ、横領分を取り返した。
シェリーは、優秀であればどのような地位の者でも厚遇した。
その能力を正しく評価して、それに対して適切な報酬を与えるのは常識と、商会内全てに通達したのである。
その九歳とは思えぬ辣腕と、汗と埃に塗れながらも最前で働く可憐で美しい少女に、従業員達は神性を見出し、そして――
その忠誠は信仰へと昇華した。
シェリーに対してアイザックは、絶対の忠誠が芽生えるのを感じたという。
それは彼がエセルに抱いていた、恋心にも似た憧憬ともまた違う、いわば信仰に近いものであった。
だがそれ以外にも、アイザックがシェリーを守りたいと考える理由がある。
エセルの面影が多く在り、それ以前にイヴォンの面影が欠片どころか一切見られないシェリーを初めて見たときは衝撃を受けた。
それと同時に何処か妙に懐かしい感覚に戸惑い、そしてそれは、既に持つことを諦めた、諦めていた「父性」に近いと自覚したのである。
決して口には出さないが、アイザックはシェリーを娘のように思っていた。
そのアイザックを補佐しているのが、副店長のリー・イーリー。
長身のアイザックとは異なり、彼は童顔で小柄な優男である。
短く切り揃えた黒い髪が降りて来ないようにバンダナを巻いており、そして髪と同じく黒の瞳の目は細く、口元に常に笑みを浮かべていた。
あるときその表情をしげしけと見た幼少期のシェリーから、
「詐欺師か胡散臭い神父のよう」
と言われ、衝撃を受けてその細い筈の目を大きく見開き、
「もっと罵って下さい!」
と詰め寄り怯えさせた過去を持っている。因みにシェリーは、未だにリーが苦手である。
だが冒険者としての腕は凄まじく、そしてアイザックの師匠であった。
そう――「仲間」や「弟子」ではなく「師匠」なのだ。
リー・イーリー。童顔で幼く見えるのだが、実は四六歳のアラサーなおっさんであった。
もっとも彼自身、実は人ではなく草原の妖精族であり、その寿命は人種の二倍近い。
なので単純な比率にしてみれば、まだ二〇歳代前半なのである。そして草原の妖精族にしては大柄で、身長が高い。
特技は罠の設置と開錠、そしてスリである。彼の手に掛かれば、例えどんな厳重な金庫であっても、瞬く間に開錠するであろう。
アップルジャック商会全ての金銭管理を担っているのが、会計のジャン・ジャック・ジャービス。三五歳。
彼は変態揃いのアップルジャック商会において唯一と言っても過言でもない常識人で、だが金銭をこよなく愛し、数え、並べるのが大好きな男だ。
彼にしてみれば、口巧く虚言を並べる人種なんぞよりも、金銭の方がよほど信頼出来るらしい。
容姿は中肉中背。整った中世的な容貌をしており、金の瞳と白銀の髪を後ろで束ねて三つ編みにしている。
彼も人種ではなく、龍種の、然も強力な力を持つ金の龍人である。
実は彼が金銭に拘るのには理由があり、金の龍人――特に男は本能的に宝飾品や金銭などを収集する癖があり、そしてそれに至上の喜びを感じていた。
それだけに、イヴォンの帳簿の存在は彼にとっての痛恨事であった。
そしてジャンは、なんとエイリーンの弟である。
エイリーン・エラ・ジャービス。ジャンと同じく金の瞳と白銀の髪を持つ、アップルジャック商会の事務受付担当である。
背はジャンより高く、スタイルは良いが胸は申し訳程度にしかない。
実はエセルから懇願されてイヴォンの「ユウベハ(以下略)」のお相手をしていた。
だが実際は一切体を許しておらず、イヴォンが他所で素人さん相手にバカなことをしないように絞っていただけである。
それでもエッチなことには変わりなく、色々溜まったときにはアイザックを襲って白い灰に変えているという。
二人の関係は冒険者時代に始まっており、アイザックが泥酔して、同じく程良く酔ったエイリーンを襲ってしまって互いの初めてを散らしたのが切っ掛けである。
素面に戻ったアイザックがその事態に気付いて全裸土下座をしたのだが、奇跡的に相性がミラクルマッチしたためか目覚めてしまったエイリーンが、今度は逆に襲い返して現在に至っているらしい。
因みに最高は三日三晩で、そのときにアイザックは死を覚悟したらしいのだが、色々慣れたし鍛えられた所為なのか、白い灰になるだけで済んだそうだ。
というか、弟のジャンからさっさと結婚しろと言われているのだが、アイザックがエセルへの想いを断ち切れないために進展はない。
そしてエイリーンも、それを急かすことなく待っている状態だ。
もっとも彼女にしてみれば、別に所帯を持たなくても今の状態で充分幸せだと感じている節がある。
そんなエイリーンは、炊事や家事全般はそれなりに熟せるし、あっちの方も凄いために結構優良物件であった。
その他多くの下働きや売り子などの従業員がいるのだが、上に立っているものは概ね以上となっている。