ロクデナシ(イヴォン)がこさえた借金を精算するために、シェリーがまずしたことは役員会の開催だった。

 そして――()()()()()()()()()()()を除く全員が参加し開催された役員会で、現在のアップルジャック商会の状況の確認と、今後の展望を相談した――のだが、その全員が一様に、既に商社として末期であるという結論に至り、アップルジャック商会は事実上倒産とすることとなった。

 なんと、満場一致の即決であったという。

 よって現在所属している社員への退職金を、商会長のイヴォン名義で商会則に定められた額を()()()()()()支払うことを、国法士(こくほうし)のトレヴァーを通して商業ギルドに申請し、倒産確定後の一両日中に支給すると魔法契約を済ませた。

 そういう契約ごとに関しては、商業ギルドの行動は実に迅速である。ギルドからの支払いなどはやたらと遅いが。

 それから一四時までの時間で、現在のアップルジャック商会でイヴォン名義の総資産を全て算出して事細かに纏め上げた。

 そう、()()()()()()()()()()を、余すとことなく全て――である。

 ――そして一四時。

 商業ギルドにアップルジャック商会の現在の代表であるシェリーと後見人兼会計のジャン・ジャック・ジャービス、そして担当国法士トレヴァー・グーチが集合していた。
 因みに、一三時四五分には全員用意された会議室に既に着席しており、資料も全て揃えて時間通りに始められるようにしてある。まぁ、この辺は当り前に遵守すべき常識の範疇だ。

 立ち合いはギルドのサブマスターである草原の妖精族のデリック・オルコックと、監査官である海妖精のユーイン・アレンビーが務めることとなっている。

 そして――何故かシレっと、ヒュー・グッドオールまで席に着いていたが。

 両者共に準備万端であり、アップルジャック商会側もギルド側も、いつでも始められる態勢となっていた。

 ――のだが――

 一四時三〇分。

「……来ないんだけど」

 念のために書類を何度か確認し、いい加減記憶してしまいそうなくらいになってしまったシェリーが、苛立たしげに独白する。
 いつも笑顔で怒ったところを見たことがないと言われているデリックも、若干笑顔が引き攣って見えるし、ユーインに至っては苛立ちを隠そうともせずに半眼でテーブルをコツコツ叩いていていた。

「なぁデリックさん。これもうアップルジャック商会の廃業手続きを始めちゃって良いんじゃないか?」

 頬杖を突いてテーブルコツコツを継続しつつ、溜息混じりにそう言うユーイン。ある意味では至極真っ当な意見である。

「いえいえ、まさかそんなわけにはいきませんよユーイン君。これはイヴォン氏の借金精算も兼ねていますからね」

 ――さっさと始めてとっとと終わらせたいんですけどね。暇じゃないですし。

 そんな副音声が聞こえて来そうな表情で、こちらも溜息と共に独白する。そもそも予定時間に遅れるなど、商人としては言語道断なのだが。

「借金精算、ねぇ。シェリーちゃんにはちとキツい言い方かも知れんが、あの莫迦の金遣いをコントロール出来なかった時点で積みなんじゃないのか?」

 頬杖を突いているために微妙に変顔になっているユーインが、シェリーをジト目で見ながらそんなことを言う。嫌味でもなんでもなく、第三者の率直な意見である。

「返す言葉もありませんね。なので今回は、アップルジャック商会の中でイヴォン名義の資産を全て精算したいと思っています。そして廃業申請をするにあたり、商会則で定められた退職金を、()()()()()()()()()()()()()()、こととなりました」

 そのユーインへ、ヒューが見惚れで過呼吸を起こしそうになるほどの素敵な笑顔で、シェリーはそう返答する。

「……おっかないお嬢さんだなシェリーちゃんは。どう見てもロクデナシ(イヴォン)の娘とは思えないぞ。いや、流石エセルの娘と言うべきか。それより、イヴォン名義の資産つったって……」

 ユーインが、先に提供された資料に目を通しながら()()()()()()()について突っ込みを入れようとしたそのとき、会議室のドアが乱暴に開けられた。

「揃っているようだな! 結構結構!」

 入って来たのは、言うまでもなくオスコション商会の会長ハロルドである。何故か異様に偉そうで、それでいて謎の自信に満々溢(みちみちあふ)れていた。実に鬱陶しいこと極まりない。

「揃っていて当然ですよハロルドさん。開始時刻を三〇分も過ぎていますからね。商人が時間に遅れるなど言語道断。身の程を(わきま)えなさい」

 そんな遅れて来たハロルドへ、怖い笑顔を浮かべたデリックが一喝するのだが、そんなことなど理解出来ない、野生として完全失格なハロルドは、謎の自信を前面に出して、

「昔から英雄(ヒーロー)は遅れてやって来ると言うしな! そのような細かいことなど気にするな!」

 どのツラ下げて英雄(ヒーロー)だという、至極真っ当な突っ込みはともかく、全く以て意味も道理も通らないことを喚き散らしながら、色々愉快な仲間達と共にぞろぞろ入って来る。

 ――だが。

「この場に入場して良いのは代表と会計、そして担当の国法士のみです。その他の方々は退室して下さい」

 笑顔を崩さず、再びデリックが一括するのだが、

「なんだと!? 天下のオスコション商会のやることに口出しするとはいい度胸じゃねぇか!」
「誰のおかげでギルドがあると思ってんだ!」
「オスコション商会の実力も知らねぇでなにがギルドだ!」
「しゃらくせぇ! 会長! こいつら埋めてちまいやしょう! んで女はいつも通りに会長が……げへへ、飽きたら俺らにも回して下さいよぉ」

 身の程を弁えない色々愉快な仲間達が、礼儀も道理もあったものではないことをまたしても喚き散らす。それを制止するべくデリックが口を開くのだが、

「あ゛?」
「あ?」
「ああん?」

 最も刺激してはいけない人々を逆撫でしてしまい、三者は三様の反応を見せた。

「おい屑ども、今なんつった? まさかお嬢を慰みものにしようとか言ったか? 灰も残らず燃やし尽くしてやろうかこの可燃ゴミども」

 怪しく黄金に双眸が輝き、更に口から漏れ出る灼熱の吐息が目の前の机を焦がす。そんなJJの前にある製紙で出来た資料が燃え尽きないように、瞬間的にシェリーが取り上げた。端がちょっと焦げたのは、勘弁して欲しい。
 関係ないが、人の水分量は成人で60~65%であるため、そう簡単に燃えたりはしない。中には様々なことでやたらと()()()ヤツはいるが。

「オドレら今なんつったこの野郎莫迦野郎! 下らねぇゴチャ入れてんじゃねぇぞ! 木っ端喰らわしたるこの野郎莫迦野郎!」

 普段でも怖い顔をその十倍は怖くして、トレヴァーは座っているのに見下すようにコテンと首を倒して啖呵を切る。その姿はやっぱり「ヤ」がつくヤヴァイ自由業者にしか見えない。気の弱い人が目の当たりにしたのなら、色々漏らしてしまいそうだ。

「貴様ら我が神にどれほど無礼を働けは気が済むのだ? 既に会合の時間は過ぎているのに謝罪の言葉一つなく、挙句礼節もなにもない言動――断罪に値する。魔の森に首だけ残して埋めてやろうか?」

 空色(スカイブルー)の瞳を更に白い蒼白変え、ヒューの全身から膨大な魔力が噴き上がる。あまりに高濃度なそれは、既に可視化すらしていた。

 だがしかーし! シェリーは心中で絶叫した。

 そんなことより、一体誰が誰の神なのだろう?

 もしかして報酬(エセルのパンツ)を渡したことで神格化しちゃったのだろうか?

 どんな変態なんだろうか。
 いや変態紳士だとは知っていたけれども!
 まさかとは思うが、スーハースーハーしちゃったのだろうか?
 実に迷惑である。
 非常に迷惑である。
 当り前に迷惑である。
 有り得ないくらいに迷惑である。

「うわ~……マジでおっかねぇな。なんだってあの裏組織も震え上がる悪名高い〝灼熱の(ラ・ブイロン・)黄金龍(オールドラゴン)〟とか〝極道聖人(サント・プウラ)〟や〝法廷(トリビュナ)の断(ル・コンヴ)罪者(ェキション)〟までシェリーちゃん側に附いてんだ? これもうオスコション商会、終わってるじゃないか」

 ユーインが、諦める前に試合終了だ――みたいな何処かで聞いたようなことをことを独白し、そしてなんだか収集がつかなくなりそうな気配を察知したためか、何気なくデリックを見る。

 彼は、サウナから出て汗をシャワーで洗い流し、冷水浴を済ませた後であるかのような、物凄く清々しくもスッキリした表情で、更に今までに浮かべたことなどほぼないほどの素晴らしい笑顔を浮かべていた。

 やはり常に笑顔を浮かべているようなヤツは、高確率で性格が艶消し黒のように真っ黒だ。黒光りもせず反射もしない。しみじみとそう思うユーインだった。

 関係ないが、サウナ後に汗を洗い流さず冷水浴をする輩は死ねば良いと、サウナ好きなデリックは常々思っている。

 そんなわけで、やたらと殺気立っているJJとトレヴァー、そしてヒューなのだが、おもむろに立ち上がって背後に回ったシェリーが、履いているサンダルを脱いで次々と三人の頭をスパンスパンと小気味良く(はた)いて落ち着かせた。

 それは音のワリに大したダメージにはならないのだが、意外なことに精神的なダメージの方が大きかったりする。

 もっともその程度で済んでいるのは、三人は異常とも言えるほどに頑強で頑健だからなのだが。

「はい、お遊びは此処まで。予定時間が過ぎているから巻きでいきましょう。あんたら邪魔よ、ルールは守るためにあるのを知ってる? 子供の頃にママンから教わったでしょう? じゃあそういうワケで、さようならの〝水球(ロ・スフェール)〟」

 シェリーはそう言い、ハロルドの後ろに続いている鞄を持ったヤツと、気の弱そうな担当国法士らしき人物以外の柄の悪そうな愉快な仲間達へと、瞬間的に展開して発生させた水の塊を高速で放つ。
 それはそれら愉快な仲間達へ直撃すると、そのまま弾けずに纏めて残りを室外へと吹き飛ばした。

 そしてそんな一撃を綺麗に喰らった醜い愉快な仲間達は、「ひでぶ!」とか「あべし!」とか「ぶべら!」とか某世紀末な雑魚のように断末魔の捨て台詞を残し、サクっと廊下で意識を刈り取られる。
 そして掃除が大変になるからと、建物が濡れる前に素早く魔法を破棄してそれを消す徹底ぶり。

 実に見事な魔法だと、そういうことに一家言持ちなヒューは、身震いするほどの感動を覚えてシェリーへの愛を更に深めたという。
 そんな愛などシェリーからしてみれば、非常に迷惑この上ないのだが。

 あと、残念ながら死んではいない。

 幾ら小憎らしいヤツらでも、そこまでしようとは思わないシェリーであった。事故に見せかけ始末してしまおうか? などとは、ちょっとしか考えていない。

「ワシの部下達になんということを! 許さんぞこの――」
「では揃ったところで始めましょうか。シェリー様の言うとおりハロルドが()()()クソ遅かったために時間が押していますので」

 なにかを言おうとするハロルドを無視し、早速さっさと開始するデリック。過去に何処かの商会の変態的性癖持ちな草原の妖精とマクダフ平原を二分しブイブイいわせて〝草原(プレリ・)の破(デストリュ)壊者(クシオン)〟と呼ばれていた記憶が若干蘇ったようだ。
 そしてユーインもそれに(なら)って、資料とトレヴァーから預かっている資産証明書やら譲渡契約書やらを確認しながらそれに続く。

「ワシを差し置いて勝手に始めるとはなにご――」
「ではまずアップルジャック商会の廃業申請ですが、資料や申請書、契約履行書など全てが揃っていますので、問題なく受理致します。それにしても、残念ですね。実は私はスパークリング・シードルが好物だったのです。もうあれが味わえなくなるかと思うと……」
「それは申し訳なく思っております。なにぶん現在の会長があまりにも不甲斐ないばかりに、皆様にご迷惑ばかり掛けておりまして。今回のことは正直私にとっても寝耳に水でした」

 既に渡されている書類に目を通しながら、感慨深げにデリックが言う。
 今はアップルジャック商会の案件であるため、ハロルドのことはどうでも良い。

「ワシの話しをき――」
「あ、それ判りますよ。オレもシードルが凄く好きですから。似たような物も確かにあるんですが、やっぱりアップルジャック商会のシードルが一番好きです」

 既に提出済みで目を通していて、そして問題などなかったため、その書類へ次々と押印していくユーインも、そうやって流れるようにそれを捌きながら、こっちも感慨深げにそんなことを言っている。

 そしてハロルドのことなど、やっぱり無視していた。

「廃業処理完了です。では次に、イヴォン氏の資産に関してですが――」

 極めて短時間で――というか数分であっさり処置を終わらせて、デリックは次の議題へと進行させる。
 開始まで充分過ぎる時間があったし、書類関連も完璧であったため、それは当然と言えるだろう。

 それにしても、デリックはつくづく思う。皆がこれほど書類を完璧に仕上げてくれたなら、自分達の仕事はもっと楽なのに。

「アップルジャック商会が廃業するんなら、ザックとかJJとかエイリーンとかウチで働いてくんねぇかなぁ。リーは要らねぇが」
「デリックさん?」

 思わず本音と地が出てしまい、だが一切取り繕わずに、シェリーのジト目を華麗に受け流して仕事を続けるデリックだった。

 あの三人が自分の(もと)で働いてくれれば、どれほど楽か。そんなことを切実に思い、だが変態(リー)は要らねぇとやっぱり考える。
 まぁザックも大概同類だが、恋人(エイリーン)がいるからまだマシだ。

 そしてことあるごとに書類の不備が目立ちまくる、商業を舐めているとしか思えない某オスコション商会に、是非見習わせたいと切実に思っていた。

 そんなことを夢想していると――

「イヴォンはワシのオスコション商会に借金がある! よってそれは全てワシのものだ!」

 地団駄を踏みながら、そんなことを言い始めるハロルド。もう良い齢な筈なのに、やっていることはただの子供の駄々である。

「この借金の証文を見る限り、イヴォン氏の借入先は多岐に渡っております。そしてそれらはどれもオスコション商会ではありませんよハロルド。それともそれに対してに明確な証拠があるのですか?」

 その顔から笑みを消し、デリックがイヴォンの借入履歴に目を通しながら問う。
 するとハロルドは、隣にいる愉快な仲間達Aから一枚の製紙を受け取りデリックへ突き付けた。

「……これはなんですかな?」

 それには白金貨二枚という金額と、イヴォンの直筆サインが書かれている証文――なのだが……どう見てもそのサインはなにかに書かれたものを切り取って、後から貼り付けたようにしか見えない。

 そんな子供が手を抜いて作った図画工作のような工作処理を目の当たりにして、色々言葉が出ないデリック。その隣にいるユーインも、その出来の悪さに唖然とするしかない。

「ふん! 金額の多さに言葉もないようだな! これが証拠だ! イヴォンのサインもここにある! よってイヴォンの資産はワシのものだ!」

 こんな子供騙しですらない証文を持って来て、本気でそんなことを言っているのだろうか。デリックとユーインは真剣にそう思い、そして本気で悩んだ。
 だがシェリーを始めとした旧アップルジャック商会側が眉一つ動かさないために、きっと彼は彼なりに大真面目にやっているのだろうなーと思い、逆に哀れに感じてしまう。

 そう、その程度のことすら判らないほどに、彼らは愚か者であったのだ。