「ん? ああ、これは化粧水。これが終わったら乳液で保湿をして、下地をつけるから」

「いえあの、何をされるおつもりなんですかという意味です」

「何って、メイクだよメイク。顔貸してって言ったでしょ?」

「ええっ!?」

顔を貸すってそういう意味だったの?
思わぬ事実に、一瞬だけ呆気に取られる。
しかし我に返った私は、先輩の細い手首を掴み、その手を頬から遠ざけた。

「ムリです! ダメです! お化粧なんて!」

「ええっ、どうして? 校則を気にしてるとか? もう放課後だし、ちょっとくらい大丈夫でしょう?」

むくれた先輩は、小さな唇を窄めながら私を諭した。
その仕草に、思わず胸がきゅんとときめく。

「そういうことではなくて……! こんなかわいくない顔にお化粧とか……絶対似合わないです!」

しかし絆されるものかと矢継ぎ早にまくし立てて、私は言い切った。
15年間もこの顔で生きてきたのだから、嫌になるくらい思い知っている。
そんな行為をするなんて、私には絶対に似合わない。

「似合わないなんて、そんなことあるはずないよ。メイクはその人に似合わせるものなんだから。あなた、きちんとメイクしたことあるの?」

「ないですけど……でも、嫌なんです。私が女の子らしいことをしても、笑われるだけですから」

「そう。つまりメイクが嫌なんじゃなくて、女の子らしい行為が苦手なんだね?」

そう問われて、私は少し考えてから、ゆるゆると頷いた。

小学生のころ、髪を長く伸ばしたり、かわいらしい服を着るたび、似合わないと笑われた。
そのときの記憶が、心の端っこに小さな傷として残っているのだ。
中学時代も制服のスカートに抵抗があり、滅多なことがなければ履かなかった。
今の歳になっても、女の子らしいものやことは苦手だ。

そのことを、包み隠さず先輩に伝えた。
この話題に触れられることは嫌だったから、早く納得してもらって逃げたかったのだ。

「メイクに性別は関係ないけれど……。ふふっ、そういうことだったのか」

それなのに先輩は私の話を聞くと、あろうことかくすくすと笑い出した。
その様子を見て、再び絶句する。

「あの……普通この状況で笑いますか!?」

そりゃあ先輩のような美人には分からないことかもしれないけれど、私にとってはとても重大なことなのに。

「あっ、違う違う! 誤解しないで。馬鹿にして笑ったわけじゃないんだから」

私の情けない言葉に、先輩は両手を振って弁解した。
ではどうして笑ったというのかと、半ばヤケになりつつ答えを待てば、彼女は私をなだめるように微笑んだ。

「だってあなた、自分の魅力に全然気づいていないんだもん。こんなに素敵な素材を持っているのに、どうしてそんなに自信がないのか不思議で、おかしくなっちゃった」

「魅力って……」

「ないなんて言わせないよ。私ね、ヘアメイクアーティストを目指してるの。だからそこらの人になんか負けないくらい、審美眼は磨いているつもりなんだから」

ヘアメイクアーティスト。
聞き馴染みのない言葉だが、なんとなく意味は分かる。
つまりは自分の手で人を美しくする職業なのだろう。