今日の先輩は地毛のショートカットに、特に着崩してはいない学校指定の制服を着ていた。
いつもは手の込んだおしゃれをしているのに珍しいと問えば、今日は少し寝坊をしたのだと彼は言った。
うまくごまかしてはいるようだが、少し肌荒れも見える。
もしかしてよく眠れていないのではないかと、私の心配はさらに募った。

「これから部室に行くんだよな? 麻生が来るのは久しぶりじゃないか?」

「ええ。今日はちょっとあんたに話があって」

「俺に? なんだよ、また説教かよ」

「違うわよ。いいから来て」

「先輩、どうぞどうぞ」

様子のおかしな私たちに首を捻りながらも、先輩は大人しく演劇部の部室へと入ってくれた。
隅に置いたテーブルを囲んでいつものように座り、互いに言葉を発さぬまま様子を窺う。
どうしよう、先輩を部室に連れ込むまではよかったけれど、何から聞くべきかまだ決めていなかった。
オロオロと顔を見合わす私と和奏に、先輩が苛立ちを募らせていくのが分かる。
やがて痺れを切らしたらしい先輩から「で、話って?」と切り出され、私たちは覚悟を決めて彼に向き直った。

「先輩、あの、突然なんですけど」

「あんたっていつからその格好をするようになったの?」

まさかいきなりそんなことを問われるとは思っていなかったんだろう。
先輩の大きな目がぱちくりと動き、その目がうーんと斜め上を見やる。
ごくんと唾を飲み込みながら神妙に答えを待っていると、彼はもったいつけることなく意外なほどスラスラと話し始めた。

「きっかけは中学のころだな。3年のときに付き合ってる子がいて――」

「「ええっっ!?」」

「なんだよ声をそろえて。失礼なやつらだな。別にいいだろ、俺にだって過去に彼女の一人や二人いても」

不服そうに顔を顰める先輩に、言葉を返せず固まる。
先輩に、彼女。
思いもよらぬ返答に、私はひどく動揺してしまっていた。
そりゃあ先輩はかわいくてカッコよくて頼りになる人だけれど、今まで女の人の影なんて見せなかったのに。
なんだかとてもショックを受けて俯く私に対し、和奏は興味深そうに「どんな人だったの?」と続ける。

「うーんと、よく笑ってよく喋る、明るい子だったよ。中3の初めに隣の席になって、意気投合してから付き合い始めたんだ」

曰く、先輩の彼女はバレー部のエースで、クラスの女子の中でも一番背が高かったそうだ。
彼と同じく明るくて前向きな人で、話を聞くだけでもお似合いの二人だったのだろうと想像できる。
しかし先輩が小柄なのもあって、二人はよく同級生にからかわれていたらしい。
“お前ら男女逆の身長ならちょうどよかったのに”と。

「別に身長なんてどうでもいいだろって思ってたけど、本気で怒るようなことでもないから、俺もその子も笑い話にしてたんだ」

「低レベルな話ね」

「ま、馬鹿な中坊だったからな」

乾いた笑い声をもらしながら、先輩は目を細めた。
過去を思い返しながら語る表情が、またあの日のように少しずつ翳っていく。

「そんで、秋の文化祭のときかな。クラスでコスプレ喫茶をすることになって、俺は女子のセーラー服を借りて着ることになったんだ。学校で怒られずにヘアメイクができるからって俺も張り切っててさ、そのときにまたお決まりのことを言われたんだよ。俺の方が彼女よりもセーラー服が似合っててかわいいって」