「今まで、バスケが世界で一番大切だったんだろ? それが突然奪われたなら、苦しんだって無理ない。それでも礼は弱音を吐かずに前を向いてたんだ」

「せん、ぱい」

「そんな礼のことを、俺は弱いだなんて思わない……!」

強く言い切られたその言葉に、私の目からはもう一度涙がこぼれた。

「何かを決めようとするとき、迷ったり不安になるのは当然のことだ。でもそれは弱さじゃない」

「はい……」

「焦って決める必要はないんだ。だからさ、悲しいときや怖いときは、今日みたいに俺に言えよ。俺なら全部聞いて、受け止めてやれるから」

「はいっ……」

息も絶え絶えに返事をして、私は力が抜けたようにその場で蹲った。
昔からのコンプレックス、バスケができなくなったこと、それから未来の自分。
今まで心の内で堰き止めていた、悲しいこと、悔しいこと、怖いこと、不安なこと。
それらすべてを涙に変えて泣く。
まるで子供のように丸くなって涙を流す私を、先輩は優しく抱きしめ、ずっと背中を撫でてくれた。
彼の腕の中はその手と同じく、まるで日向のようにあたたかい。

「あーあ、せっかくのかわいい顔が涙で台無しだ。直してやるから座れよ」

ひとしきり泣いて落ち着くと、先輩は涙のせいで崩れてしまった私のメイクを直すべく、ブラウスの袖を豪快にまくった。
泣きはらした顔とおぼろげな思考で頷き、言われたとおりにイスに座る。
先輩によって、顔に残ったメイクはクレンジングトナーで拭き取られ、赤くなった目元には優しくコンシーラーが伸ばされた。

「いっつも思うけどさ、礼の肌ってほんとに綺麗だよな。天性のものってのもあるけど、なんかますます磨かれたっていうか」

するとフェイスパウダーをはたき込みはじめた先輩は、感心したように私を見つめた。
穴が開きそうなほどまじまじと見られ、恥ずかしさから目を逸らす。

「それは……先輩のモデルをするようになってから、スキンケアと日焼け止めは欠かしていませんから」

「そっか。偉いな」

「モデルを任されているんですから当然のことです」

「俺はメイクしたまま、疲れて寝落ちすることもあるぞ?」

そう言って苦笑する先輩に、つられて私も笑う。
それにしても、褒めてもらえるというのは素直に嬉しいものだ。
事実、先輩と出会う前にはスキンケアという言葉すら知らなかった私だけれど、彼のモデルを始めてからはかなり勉強をして、肌の調子に最善を尽くしている。
しかしそれは、ごく当たり前のことだと思っていたけれど。

「礼が自分で当然だと思ってることって、結構すごいことだったりするんだよ。本当によく頑張ってくれてる」

そのごく当たり前だと思って流してしまうことを、先輩は掬い上げ、光を当ててくれる。
彼がこうして教えてくれなければ、きっと私は自分が頑張っているなどとは考えもしなかっただろう。

「だから礼も、自分のそういうところは、ちゃーんと褒めてやれよ。ほら、言ってみろ。“私はすごい”」

「わ、“私はすごい”」

「“私はかわいい”」

「私はか……かわ……」