「私ね、あいつに嫉妬してたんだ。私にできなかったことを、さらっとやってのけちゃうんだもの」

「和奏に、できなかったこと?」

「……礼を元気づけることよ」

その言葉に、私は声を失った。
和奏の目は、なおもまっすぐに私を映している。

「礼が事故にあったあと、私は何もできなかった。私が何をやっても、礼の重荷になる気がしていたから」

「和奏……」

「それなのにあいつは、出会ってすぐに礼の心を明るくさせたでしょう? 私、それがとても悔しかったの。親友の私ができなかったことを、どうしてそんなにも簡単にやってのけるのって。だからあいつの前で嫌な態度をとってた」

和奏の頑なな先輩への態度に、そんな理由があったなんて。
突然の告白に、思わず「ごめん」と言いかけると、和奏はゆるゆると首を振って私を制止させた。

「ばかね。礼が謝ることじゃないでしょう?」

「でも私、和奏の気持ちも知らないで……」

「それこそどうでもいいことよ。私ももう逆恨みは止めるわ。いいかげんに認めなくちゃね、あいつのこと」

やっぱりまだ悔しいけどとつけ加えて、和奏は微笑んだ。
七海先輩には申し訳ないけれど、和奏にそれだけ想ってもらえる私はとても幸せ者だと思う。
それに今までだって、私は和奏のその凛とした姿勢に勇気をもらってきた。
だから今度は私の番。
私が、和奏の背中を押すのだ。

「和奏なら大丈夫だよ。自信を持って行ってらっしゃい」

「ありがとう、礼。行ってきます」

繋いでいた手が離れ、和奏が走り出す。
小さくなっていく赤いドレスの後ろ姿を眺めながら、私は祈るように手を組んだ。

ああ、神様、どうか。
どうか彼女が、最高の演奏を聴かせてくれますように。



「和奏ぁ! おつかれさま!」

「ふふ、ありがとう、礼」

「すごかったよ……! 最後の方なんて私、ずっと鳥肌が立っちゃってた!」

コンクールが終わった文化会館のロビー。
その中央で、私は照れ笑いをする和奏に抱きつき、涙ながらに称賛の言葉を送った。
そう、先輩の魔法にかかった和奏は、本来の実力を発揮する演奏ができたのだ。
肝心の審査も第1位という最高の結末で終わった。
けれど本来、これは別に驚くような結果ではない。
なぜなら和奏は中学時代、国内のコンクールを総嘗めにしてきた実力者なのだから。

「このあとパパとママと一緒にごはんを食べにいくの。礼も一緒にどう?」

「そんな。久しぶりに会うんだから、家族水入らずで行ってきなよ」

「じゃあ、お言葉に甘えてそうするわ」

「うん。楽しんできて」

そんなことを話していると、和奏はやってきた新聞やテレビの取材陣に声をかけられ、それからあっという間に彼らに取り囲まれていった。
受賞インタビューを受ける彼女はいつも通り、胸を張ってきらきらと輝いている。
そんな様子をほくほくとしながら眺めていると、ふいにスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
カバンから取り出して確認すると、先ほどの和奏からの着信とは違い、ディスプレイには見慣れない番号が表示されている。