お店の中に入ると、ぱっちりとした目が先輩とよく似ている女性が佇んでいた。
きっと先輩のお母さんだろう。
そう思い軽く会釈をすると、彼女はぱっと顔色を明るくさせた。

「見てあなた。創一郎ったら、急に出ていったと思えば、かわいい女の子を二人も連れてきたわ」

「本当だ。やるじゃないか」

「ああもう、息子を冷やかしてんじゃねーよ」

奥で接客をしている男性が、どうやら先輩のお父さんのようだ。
交わされる家族の会話に、思わず笑みがこぼれる。
こうして見ると、先輩も普通の高校生だ。
事情を説明すると、先輩のご両親はご厚意で道具やアクセサリーを貸してくださった。

「急ぐぞ。礼も手伝ってくれ」

「もちろんです」

サロンのお客様のご迷惑にならないよう、私たちはお店に併設された先輩のお家のリビングを借りることになった。
テーブルに三面鏡を立て、和奏をイスに座らせてからケープをかける。
これで簡易的なサロンの出来上がりだ。

「まずはベースからだな」

腕まくりをしながら、さっそくメイクに取りかかる先輩に、私は彼の指示に従ってベースメイクの道具を順に手渡した。
保湿用の下地、それから顔色の悪さをカバーするピンク色のコントロールカラー。
色白の和奏に合わせたファンデーションに、クマをカバーするコンシーラー。
先輩はそれらを手早く、そしてムラなく塗っていくと、それから和奏の整った顔をより際立たせるように、ハイライトとシェーディングを施し、陰影をつけていく。
私はというと、先輩の鮮やかな手さばきに目を奪われ、何度もアシスタントをする手が止まりそうになっていた。
普段は私がモデルの立場だから、こうしてまじまじと彼の動きを見続けることはできない。
だからこそ、先輩の目線でメイクを見られるなんて、なんだかとても新鮮だった。

「ドレスが派手な赤だからなぁ。色が喧嘩しないように、ポイントは控えめでいこう」

ベースメイクが終わると、先輩は次にポイントメイクの色を選び始めた。
主張しすぎないように気をつけながら、アイシャドウは大粒のラメが入ったベージュ、チークはナチュラルなコーラルピンク、リップはドレスの色と合わせて鮮やかな赤を乗せていく。

「メイクが終わったら髪もいじるから、32ミリのコテ、あっためといて」

「了解です」

和奏の長くて綺麗な黒髪は、編み込みのアップヘアにするらしい。
彼女の髪はさらさらとしていてアレンジが難しそうだが、先輩は器用にコテで巻き、それから苦もなくまとめていった。
このアレンジなら、後れ毛が頬にかかって演奏の邪魔になることもないだろう。

「よっし、こんなもんだな」

最後にパールのバレッタを留めると、時間にして50分ほどで、先輩はすべてのヘアメイクを完成させた。
先輩の声に、閉じられていた和奏の目がゆっくりと開かれる。
そして鏡に映る自分の姿を見ると、その大きな目はさらに丸くなった。

「かっわいい……! 和奏、お姫様みたい!」

「すごい……。クマも全然分からなくなってる」

「メイクはちょっと濃いけど、ステージに上がるならそれくらいでも平気だろ?」

和奏はもともと端正な顔立ちをしている。
そんな彼女に先輩の魔法が加われば、どんな美しい花でもかすんでしまうほどの美少女の完成だ。
自分の変貌ぶりに驚いている和奏を見下ろしながら、自然と頬がゆるんでいくのを感じる。
ああ、やっぱり、先輩の魔法はすごい。