不安を振り払うかのように仕事に没頭したが、その思いは的中してしまったらしい。
モニター上で赤い文字が流れ出した時には思わず耳を塞ぎたい衝動を抑えられなかった。そしてそれは、悪い予感が当たったことを意味した。『施設内システムへの不正アクセスを確認しました』
そのアナウンスが流れた途端周囲では喧騒が巻き起こった。誰もが口を開きっぱなしになって、その様子はどこか間の抜けたものに見えてしまうが仕方がないことだろう。何しろ今まで聞いたことのない警告が出たのだから。
沢木の身に危険が迫っているのではないかと一瞬頭を過る。しかしすぐに打ち消された。沢木に限って、それこそあり得ないだろうと。
扉が開け放たれるなり罵声が響いた。『お前ら、なにやらかしてくれた?!』
『ただちに対応してください。侵入者はセキュリティを突破しています……速やかに対策を講じない場合、生命維持に支障をきたします』
「冗談じゃないよまったく!」モニターに向かいながらひとり言を口にしているのを見て周囲の人間から不審がられたのは言うまでもないが、それでも気にせず続けてしまったくらいなのだから無理もないことだった。「一体何やってるんだ?! 早く止めろ!!」
沢木がモニタールームに入るなり大声で指示を出すが返事はない。全員が固唾を飲んでモニターに注目しており所長に至っては青ざめた顔をして、唇は微かに震動を繰り返していた 所長が怯えているのは、それが沢木に対するメッセージであることを理解しているからだ。しかし彼にはそれを気に留めるような心のゆとりはなく、ただただ焦りを感じていただけだったのだが、だからといって現状は変わるわけではない 所長が手近にいた職員を怒鳴りつける。モニター越しではなく実際に面と向かって
「聞いてんのか?!」
『現在対応にあたっています。もう少し待ってください。お願いします!』
所長の剣幕にも負けずに若い男の職員は食い下がるように言った 所長は、自分の言っている言葉に矛盾を感じないではなかったが、それよりも沢木がどうなっているかの方が重要だったため職員の言葉を遮るように声を張り上げた
「お前ふざけてる場合か?! いいからさっさとなんとかしてくれ!! それとも俺が何とかすれば済むと思って言ってんなら……」
「やめなさい!」
所長の声を途中で遮ると笹谷亜希は自分のマイクに向かって言い放った
「あんた達もいつまでも呆けてないで、この馬鹿げた騒動を終わらせてちょうだい!」
彼女は自分が発した命令に対して疑問を抱くこともなければ違和感を覚えることもない。
なぜなら彼女こそがこの事件の原因だから 笹谷亜希がモニターを睨みつけながら拳を握りしめている一方で、モニター内の画面では施設管理システムを支配下に置いた人物が、まるでゲームでもプレイしているかのように好き勝手に操作を続けていた。画面に映るのは見覚えのある3Dグラフィックだった その映像が何を意味しているかは明白だ。モニター上に表示されているデータと実際のデータを比較すれば、数値にどれだけの開きがあるかを簡単に確認することができる。
もちろんその逆もあるわけだが
「くそぉ」彼は呟いた。そしてキーボードに手を置いた
「こんな時に何考えてんだよあの人は」沢木は不愉快さを隠そうともせずに舌打ちをする
『侵入者は第1実験室に立てこもっている模様です。至急対策本部まで応援願います』スピーカーから流れる女性職員の声が室内に響き渡る。「おい誰かいないか?」沢木は呼びかけた。しかし誰一人として答えようする者はいなかった 彼の声はマイクが拾わない場所へと移動したためだった。沢木は肩を落としたが気を取り直して再び声を上げた。
その時にはもう彼の存在は誰にも感知されることのない存在となっていた。
*
***
【5分前】
A県の某市郊外の雑居ビル、そこの一室に彼らは身を潜ませていた。彼らが身に纏う黒い衣服には血糊が付着しており、床には人間の残骸とも言うべき肉片がいくつか転がっていた。壁には赤黒いものがへばりついている。彼らの目的はここに集まっていた者たちを殺すことだったようだ。つまりはこの部屋にいる連中はすでに全滅させられた後ということになる 部屋には6人おり、部屋の隅の方に身を潜ませる男が4名に対して入り口付近に佇む女がひとり。男は手にショットガンを持っていた。それは彼が所持する唯一の武器だったが、すでに使い物にならない状態である。銃口から煙が上がり弾痕からは白い硝煙が立ち上っているが、それでも男は満足そうだった。むしろ誇らしげでさえあった。