リビングまで行くとソファの上に横になっている田中を見つけた。「ちょっと大丈夫なの?具合悪いなら病院行かなきゃダメじゃない」と言いながら近寄ると、「うわっ」と言って後ずさりされた。田中の顔や腕に「金」という蚯蚓腫れがたくさん出来ていたからだ。「高橋。近づくな。うつるぞ!」
「え?どういうこと?あんた病気なんでしょ?治らない病気って聞いたんだけど」
「あぁ、そうだよ。でも、感染しない病気なんだ」
「えぇ?なにそれ。意味わかんないよ」
「俺だってわからんさ。ただ、俺が発症したのは、高橋と付き合ってからなんだ」
「え?それって……」
「あぁ、俺はお前のことが好きだったんだと思う」
高橋は絶句していた。まさか、そんな風に思われてるとは思わなかった。「え、でも、私、そんなこと言われても、田中さんのことは……」と言うと田中は泣き出してしまった。「ごめん、困らせて悪かった。今のは忘れてくれ。頼む」そう言われて高橋は戸惑った。正直田中のことが嫌いではなかったが、そういう意味では好きになれなかった。そもそも、自分には夫と子供がいて……などと考えているうちに涙が出てきた。そして高橋は気を失った。薄れゆく意識の中で、ふと思った。もしかすると金曜病の本当の狙いは……
気がつくと高橋は自宅のソファーで眠っていた。田中が隣に座っていた。時計を見ると夜中の3時だった。いつの間に帰って来たのだろうか……と思っていると、彼が口を開いた。どうやら看病してくれたらしい。高橋が寝ている間に近所の薬局に行き、解熱剤や栄養ドリンクなどを買えるだけ買い込んできたようだ。だが高橋には疑問が残る。どうやってこの症状が感染するものだと見破ったのかと。すると彼はこう答えた。高橋にはまだ話していないが、金曜病の正体を突き止めたのは自分だと。そして自分は金曜病を克服できる人間なのだと。その言葉に嘘はないらしく、彼は、自分の身に起きている現象について語ってくれた。曰く、自分の体には他人の思考が流れ込んできているという。最初は、自分がおかしくなったのかと思っていたが、高橋のことも、同僚のこともよく覚えているのだという。どうやらその能力は感染能力があるらしい。そう考えてみると納得できた。彼は私よりもずっと前から金曜病を患っていたことになる。彼は、金曜日に体調が崩れるようになった理由について、ある推論を立てた。
その推論は驚くべきものだった。
それは、この感染症のワクチン開発に必要な要素についてである。彼は、その仮説に基づいて実験を繰り返していたのだと語った。
「高橋、俺はこれからやらなければならないことがある。俺はそのために生きなくちゃいけない。だから俺は、金曜病を克服しようと思う。金曜の夜が来る度に発症するのは、辛いことだけど、それでも乗り越えてみせる。高橋にも協力して欲しい。俺と一緒に頑張って欲しい」
と真剣な表情で訴えかけてきた。彼の気持ちに応えたかった。そのためにも、私も一緒に戦う決意をした。それからというもの、私たちは協力して、研究に取り組んだ。
まず行ったのは血液検査だった。
抗体価を測定し、陽性だった場合は投薬を行う必要があるからだ。その結果は陰性だった。だが念のためということで次のステップへ進むことにした。
次の段階は免疫細胞にウィルスに対する耐性を持たせていくことだった。
私はそのことについての知識はなかったが、田中は詳しいようで、彼に任せることにした。
まず、私たちの体内にいるリンパ球に対して様々な薬剤を投与していった。そして一週間が経過したとき、驚くべき結果が出た。
「免疫細胞の遺伝子が書き換えられている?」「その通りだ。俺たちの身体の中に入ってきた細菌ウィルスは、自然免疫系によって駆除されるようになっているんだ。これがワクチンの役割だ。つまり俺がやったのは免疫システムの制御ということだ。これによって、俺達の身体はより強固なものへと生まれ変わることができるようになる」「すごい……!じゃあこれを使えばみんな助かるかもしれないってわけね」そう言うと田中は嬉しそうな顔をした「そうだな」そしてこう続けた。
「ところでお前は俺のことを愛してるか?」
と そう言われた瞬間、私は動揺した。今まで愛してるなんて言ったことはなかった。恥ずかしくて言えなかったのだ。しかし今言わなければ後悔することになる。
私は意を決して言った。「もちろん愛してますよ」
田中の顔が赤くなった気がした。そして彼は、「ありがとう。じゃあ俺と結婚してくれるか」と言った。私は「はい喜んで!」と答えた。すると田中が「よし、契約成立だな」と言い出した。