迷った。
土地勘なんてないから、当たり前なんだけど。
私は馬を休ませて、空を見上げた。
星が綺麗だ。
素直な感想だった。
現世では見られないほどの美しい星々。
街を見た限りだとあまり工業は発展していなさそうだった。
だからこその光景なのだろう。

「……帰りたいな……」

口から言葉が漏れた。
読みかけの小説の続きが気になるし、最近調子が悪いと聞いていたおばあちゃんのことも気になる。
お母さんとお父さんに心配かけたな。
……謝らないと。
次々に口から出て止まらない。
早く目が覚めて欲しい。
起きて勉強しないといけない。
やることが多すぎる。
まだまだ私にはしなければならないことが……
色々考えていたら、暖かいものが込み上げていた。
もう嫌だ。
よくわかないことをやらされて、怒られて、何なんだよ……
気が落ち着いてきて、色々言ってやらないと気が済まなくなってきた。
このままじっとしていても、どうしようもないので私は出発した屋敷をめざして、馬車を動かした。
暗闇の中を馬車に備え付けられていたランタンと街灯のみで走るのはかなり心細くなるほど暗い。
人が飛び出してきても、動物と判別がつかないだろう。
そんなことを考えていると、本当に人が飛び出してきた。
焦って強く手網を握る。

「な、何やってるの!車道に飛び出してくるとか、正気!?」

私は声を荒らげた。
きっと子供の飛び出し事故ってこういう感じなのだろう。
馬も車も急に止まることは出来ない。
もしかしたら、引いてしまったのかもしれない。
私は慌てて馬車から降りて車体の下を覗いた。
暗くて見えないが、車体と地面の間に何かが転がっているのが見える。

「……大丈夫ですか?」

声をかけてみるもピクリとも動かない。
轢き殺してしまった。
そんな考えが頭の中を過ぎった。
まず、証拠隠滅をすればいいのか?
それとも、通報?それか、荷物を漁る?
通報して、悪気があった訳では無いとか弁明して、信じて貰えなかったら即逮捕かもしれない。
御貴族様だった場合、逮捕で済むのか?
恐らく、打首の判決が下されるだろう。
なら、荷物を漁って身元を確認してから考えた方がいいのではないか。
そんな考えが浮かんだ。
冷静さを欠いた私は、それぐらいしか思いつかなかった。
馬車の後ろに回って、轢いた人物に手を伸ばす。
そして、指先が荷物に触れそうになった時。

「おい」

背後から声をかけられた。

「はっ、は、は、はい!なんでしょう?」

振り返ると、鎧を着た団体だった。
どこかの衛兵なのかもしれない。
もしかしたら警察的な団体の可能性もある。
バレたかもしれない。
冷や汗がながれる。

「こんな時間に怪しいな。何者だ?」

「えっと……スズラン公爵家の御者です。何も怪しいところはありませんよ」

ほらと言って、両手をあげる。
スズラン公爵家には申し訳ないが、名前を使わせてもらう。
もし証明書を出せなんて言われたら、即逮捕だ。
オマケに公爵家の御者を名乗ってしまったため、家紋に泥を塗ったと訴えられたら、それこそ打首だ。
もう少し慎重に動けばよかった。
しまったと思ったときには、口が1人でに動いていた。

「そう言えば、私は今日、ここに初めて来たんですけど星が綺麗ですね。私の故郷のは比べ物になりませんよ。それに食べ物もおいし……そう……で……」

私はそこで口を閉ざした。
なぜなら、団体の足元から赤い液体が垂れていたからである。
どう見ても、血だ。
突然のホラー的展開に驚きを隠せない。
ケチャップにしては鉄みたいな匂いがするし、絵の具の独特な匂いがしない。
嫌な予感がする。
血をつけた怪しい団体を見てしまった、つまり、口封じに殺される。
その場で、そんな公式が成り立った。
私は数学が苦手だった。
……もしかして数学が得意になってしまったのかも……火事場の馬鹿力みたいな感じで。
私は両手を上げて交戦の意思がないことを示した。
無力な一般人をむやみに殺したりしない……と信じたい。