私は頭の中で高野の言葉を反芻したけれど、その言葉の意味が分からなかった。
 隣にいたい? 親友のままでいてくれるってこと? 私は高野のそばにいていいの?
「なんて顔してんだよ?」
 高野が呆れたようなそれでいて優しい目で私に言った。
「ちょっとついていけないっていうか、意味が分からなくて。高野。私、高野のそばにいていいの?」
「ああ。っていうか、いてほしい。俺が」
 じわっとまた涙が浮かんだ。それは悲しい涙ではなかった。
「ありがとう、たか」
 私は最後まで言葉を紡げなかった。私は高野に唇を塞がれていた。
「こういう意味で、だかんな。や、意外と悪くないな。佐原の唇」
 高野は悪びれもなく言って、自分の唇を舐めた。
 私は全身が心臓になったようにどきどきして、何も考えられなくなった。理解の範疇をとっくに超えていた。
「佐原。俺たち、これから、たぶん大変だろうな。でも一緒にゆっくりやっていこう」
 高野の優しい低い声が胸にゆっくりと浸透していく。だめだ。涙腺崩壊してる、私。
「それから、俺と二人のときは素の佐原でいていいから。嘘は嫌なんだろ? 自然体で、無理しなくていい。でも、まあ、生きづらいだろうから学校では今までの通りの方がいいんだろうな。いや、むしろ俺的にはそうしてほしい。女の顔の佐原は見せらんねえ。お前自覚ないだろうけれど、もともとの容姿も男っぽくないから。でもな、自分を偽るのが辛いのも分かる。だから佐原がカミングアウトしたいってなら応援するよ。なんか言ってくるやつは俺が黙らせる。よく分からんが、将来的にはホルモン治療とか、佐原が望むなら手術だって考えていけばいいし」
 高野はそう言いながら立ち上がって、尻をはたいた。脱力して座ったままの私に、鞄と学ランの上着を、
「ん」
 と渡す。私は受け取りはしたけれど、まだぼんやりと余韻に浸って立ち上がれなかった。
 高野はちゃんと私のこと、女として見てくれるんだ。手術とかまで考えていいって思ってくれるんだ。
 また涙がにじんだ。そんな私に高野は手を差し出した。
「ほれ。もう泣くな。行くぞ」
 私は遠慮がちにその手をとった。
 神様。私、こんなに幸せでいいのでしょうか?
「あの、さ。帰る前にお参りしたい」
 私がそれだけ言うと、手をつないだままの高野が、
「おう。じゃあ、していこーぜ」
 と答えた。
 神様、ありがとうございます。夢なら覚めませんように。ずっと高野と一緒にいられますように。
 私はお賽銭を入れて手を叩き、願った。
「何お願いした?」
 高野が聞いてくる。
「ナ、ナイショ」


                             了