高野の隣で私は頭が真っ白になっていた。
 こんな展開は予想だにしていなかった。どうしていいか分からない。
 私はずっとズボンを握ったまま動けなかった。
「佐原」
 高野の声にびくりと全身が緊張する。
「あの、さ。返事、今じゃないとだめか?」
「え?」
 間抜けな私の声が響いた。
「その、俺は、正直、佐原を失うのはいやだ。佐原さ、俺に振られるって思って敢えて告白しただろ?」 
 高野はそこまで言って、悲しげに笑った。
「それって結構辛い。佐原は俺たちの関係、壊れてもいいって思ったってことだよな。クラスが分かれたら、はい終わりみたいな仲なのか? 俺たち」
 高野の言葉は私の胸にナイフのように突き刺さった。
 私は高野の気持ちより自分の気持ちを優先したんだ。高野がどんな関係を望んでいるかなんて分かっているのに、自分が耐えられないからとそれを見ないふりして告白を選んだんだ。
 私はこんなときに泣くのはずるいと思いながら涙を抑えることができなかった。
「高野、ごめん。ごめん……。でも、私、きつくて。高野を騙して親友のふりしてるのがきつくて。好きだから、高野には嘘をつきたくないって、思っ、て」
 最後の方は言葉にならなかった。止めたいのに涙があとからあとからこぼれてくる。高野はガシガシと頭を掻いた。
「ええっと、ごめん。いや、あのな。その、責めてるんじゃなくて。悲しかったんだ、俺。俺は佐原の隣にいたいと思ってたから。なんかそれが当たり前っていうか。でも、佐原は相当勇気出して今日、言ったんだよな。それも、うん、分かってるつもりだ」
 高野は今まで見たことないほどうろたえて、左右の学ランのポケットとズボンのポケットに手を突っ込んで、
「ごめん、ハンカチねーわ」 
 と私の頬を親指で拭った。
「俺は佐原じゃねぇから、佐原の辛さ、全部は分かんねぇよ。でも、女なのに外見は男だからって男のフリして、男に混じって我慢して学校生活送るのはきついだろうなとは思ってた。力になりてぇって。これは、同情? いや、違うと思う。あー、何が言いたいのか自分でも分かんねぇ」
 私は「ううん」と首を振った。
「十分、だよ、高野。そんな風に思ってくれるだけで、ほんと、ありが、たい……」
「わー、だから泣かないでくれ!」
 高野は私の肩を揺さぶった。そして、困りきった表情で、
「あー!」
 と一度叫んで私の肩を抱きよせた。
 え?
 私は高野の胸に頬をつける形になった。何が起こったのか分からなかった。高野の心臓が私と同じように早鐘を打っているのが頬から伝わってくる。私は身じろぎも出来ずにその音を感じていた。
「分かった! 分かったよ! 俺は佐原のことかなり好きだ。正直、佐原とキスとかできるかまでは分かんねぇ。でも、そばにいたいし、可愛いと思ってる。告白もぶっちゃけ驚いたけど嬉しかった!」
 私は驚いて顔を上げた。そして、高野の顎に頭をぶつけた。
「痛ぇ!」
 高野の声に私は慌てて高野から身を剥がした。
「ご、ごめん、高野」
「いや、いい。大丈夫」
 高野は言って。突然笑い出した。
「ふ。あはははは」
「た、高野?」
 私はわけが分からない。高野は先ほどとは違う、吹っきれたような笑顔を浮かべていた。
「あ~、茨の道だよな。それも分かってる。けど、まあ、それでも俺、佐原の隣いたいわ。うん。これが答えだよな」