学校にいるのはつらい。

 学校にいるとき、私は嘘をつかないといけない。周りにも。自分にも。他の人には普通で当たり前のようなことが、私にとっては当たり前でない。偽らないと生活ができないのはつらいことだ。

 高校を卒業するまでは耐えようと思っていた。きっと誰にも理解されない。だったら嘘をつき通すしかないって。
 でも。
 高野樹。彼に出会って、私は学校に毎日行きたいと思うようになった。つらいのには変わりない。それでも好きな人ができると世界が変わるって本当だな。

 高野が私に気付いて笑顔になり、挨拶してくるだけで憂鬱な一日が乗りきれる。バレー部で長身の高野の隣にいると、なんだか心はどきどき落ち着かないくせにそれでいて心地いいんだ。退屈な授業中でさえちらちらと高野を見られるのが嬉しくてたまらない。高野は授業中、朝練で疲れて眠いだろうに、負けず嫌いだから眠ってしまうのが嫌なんだ。それでいつもうとうとしながらも、懸命に眠るのを耐えて授業を聞こうとしている。そんな高野の姿、めちゃくちゃ愛しい。好きに終わりはない。どんな高野もどんどん私の好きな高野になっていく。



 友達というポジションは幸せで、そしてそれ以上に切ない。好きという気持ちが大きくなって、私はやっとわかった。友達でいれば、たぶん私と高野は親友の域だと思うから嫌われることはないだろうし、これからも親友という関係は続いていく。高野が例え遠い未来結婚したとしても、親友であれば悩みを聞いたり、相談したりして助け合うことができる。会うこともできる。
 関係を変えるというのはリスクを伴う。だから、今のまま、親友のままがいいのだろう。分かりきったことだ。でもそれはとても狡い選択だと私は感じてしまう。高野にも私にも嘘をついている関係。それを誤魔化せなくなってきた。
 私はリスクを冒してでも高野に明日、自分の気持ちを伝えようとしている。もう、「好き」という気持ちを抑える自信がない。周囲にばれたり、高野になんとなく気付かれるぐらいなら自分で言いたい。それに。これ以上高野には嘘をついていたくない。完全に自分のエゴだ。
 高野が私のことを恋愛対象として見ていないのは分かっている。だから、この告白は失敗に終わる。親友の関係も終わる。それも分かっている。それでももう耐えられない。親友でい続けることに。
 高野からすれば迷惑な話だろう。高野は私と親友でいることを望んでいるだろうから、と思うのは私の自惚れかな。

 明日は高校二年の修了式。三年生になればクラス替えがあるから、うまくいけば高野と会うこともなくなるかもしれない。だから気まずさも最小限で済むと思う。タイミング的にはベストだ。明日何がなんでも告白するんだ。
 私は固く決心してベッドに入った。
 自分で決めたことなのに、淡いピンク色の掛け布団の中で体が温まってくると、親友というポジションに未練を感じてしまう自分が情けない。布団の中のように心地よい関係。それを壊す。そして、私はまた独りぼっちになるんだ。高野のいなかった以前の学校生活に戻るんだ。それはとても……。
 私は両手でパンと自分の頬を叩いて、ベッドから出た。自分の部屋から出て、洗面所まで下り、水で顔を洗う。まだ水が冷たい。正面の鏡に映る自分を見た。鏡を見るのは好きではない。短く切りそろえられた髪を触っては毎日ため息をつく。どうしても好きになれない自分がそこにいる。
 私は自分をちゃんと見つめて、もう一度水で顔を洗い、
「明日、言うんだ」
 と鏡の中の自分に言った。
 もう決めたこと。
 私は再びベッドに横になって目を瞑る。
 目頭が熱くなって、涙が枕を濡らしたけれど、私はもう迷わなかった。