尻込みする二人を急きたてて、最後にバタンとドアを閉める。
ざらついたコンクリート壁だ。非常灯はついている。自家発電設備がまだ生きているらしい。
「上だ。階段を昇れ。電気系統の制御室に逃げ込めば雷龍も混乱するだろう」
「マーサが」
リズはおばあちゃん子であるらしく、しきりに名前を叫ぶ。
「大丈夫だ。オタクのオッサンが助けてくれる」
「本当?」
「本当だ。あいつは龍の倒し方を知っている」
口から出まかせでも何でもいい。リズを空手形で勇気づけ、負ぶった、
そのまま対面通行不可能な狭い階段を急いだ。3階のフロアに変電設備があった。
モニターが所狭しと並べてあり、職員が座っていた場所に消し炭が散らばっている。
ノートパソコンの画面にウインドウが重なっていて、リアルタイムで情報を更新している。
「どうやら、ここならしばらく凌げそうだ」
バーグマンが入口付近にラックや椅子を積み上げてバリケードを築いた。
彼一人で作業する間、アンジェラがずっと泣いていた。
「ブラックフライデーのお買い物をしに来たの」
リズが言うには、リチャードの提案で近所に住むヘンリー夫妻を誘ってモールへ来た。
車はアンジェラが運転した。一族はどこにでもいる普通で善良な市民だ。
リチャードは格闘家風だがシステムエンジニアだ。肉体美は趣味だそうだ。
そして彼はサイバーマンデーという言葉が大嫌いだった。
「コンピューター関連職なのにどうして?」
バーグマンの問いに彼女は好きで選んだ道じゃないから、と返した。要するに食い詰めて仕方なく手に職を付けたパターンだ。
「わたし、テンノウドーをおねだりしたの」
リズはスカートのポケットからワオのゲームチップを取り出した。
残念ながらドラゴン・イコライザーではない。当たり前だ。本日発表なのだから。予定だったが。
「でも、あの人ったらかなり無理をしていたらしいの」
女の隠しておきたい一面が現れた。妻は夫の転職活動が芳しくない事実を知っていた。面接に行くと言って明け方まで戻らない。その頻度がここ数週間の間、増加傾向にあった。
「ああ、なるほど」
それ以上は詮索する価値も意味もない、とバーグマンは判断した。
よく女の性悪を指摘するとフェミニスト団体の回し者から猛反発を受けるというが、男の腐り具合もなかなかのものだ。
リチャードは細君に二枚舌を使う。ならば、マーサの夫もそうだろう。蛙の子は蛙という奴だ。
おぼろげながらルルティエのアルゴリズムが見えてきた。奴は腐っても鯛、いや守護龍神であるらしく、忠実に役目を果たしている。
すなわち、勧善懲悪だ。
ヘンリーとリチャード親子は食われるべくして食われた。
「リズ、よく聞くんだ」
バーグマンは噛んで含めるように女性たちを諭す。
「うん」、と素直に頷く少女。
「いい子にしているんだ。お母さんの傍を離れちゃいけない。そして、よく大人のいう事を聞きなさい。あの怪物は悪い大人たちを栄養にしている。リズが悪い子にならないようにアンジェラも見守ってあげてくれ」
そういうと、彼はとっ散らかったスチール机から瓦礫をすっかり除去した。そこにまだ使えそうなノートパソコンを並べた。
電源と通信ケーブルはまだ稼働してるらしく、ためしにネットニュースのライブ配信サイトにアクセスしてみると、無人のスタジオが実況されていた。
「よし、今夜はこれで行けそうだ」
バーグマンはアルバートに劣らないコンピュータースキルを持っている。
ノートのUSBポートにLANケーブルを接続し、ショッピングモールの制御システムに侵入した。
そして、館内の電気系統を隅々まで把握した。といっても、肉眼で構内配電線路を追っていては夜が明けてしまうので即興のアプリに代行させた。
「何をしていますか、あなた」
アンジェラが心配そうにのぞき込む。その揺れる胸元は目の毒だ。どぎまぎしてしまう。
「ええ、あの、ドラゴン除けの対策を講じているところです。3階のフロアに介護ロボットのショウルームがありましてね。展示用のロボットに二足歩行できる機種があるようです。そいつらに避雷針を持ってこさせましょう」
「素人のわたしにはさっぱりわかりません。それでリズが助かる保証は」
「ええ、あります」
バーグマンは目のやり場に困りながらしどろもどろに説明した。
この部屋を囲むように雷サージ対策機器を設置する。それでルルティエは除けられるはずだ。
「よかった」
母親は緊張の糸が途切れたのか、意識を失った。そのまま、バーグマンに覆いかぶさる。
「奥さ…ちょ…」
「それは本当の話ですか」
ひしゃげたシャッターの隙間から男女のひそひそ話が聞こえる。ここは荒廃したショッピングモールのキッズコーナー。
泥だらけのぬいぐるみやゲームソフトがまるで空爆の直撃を受けたかのように散乱している。
ざらついたコンクリート壁だ。非常灯はついている。自家発電設備がまだ生きているらしい。
「上だ。階段を昇れ。電気系統の制御室に逃げ込めば雷龍も混乱するだろう」
「マーサが」
リズはおばあちゃん子であるらしく、しきりに名前を叫ぶ。
「大丈夫だ。オタクのオッサンが助けてくれる」
「本当?」
「本当だ。あいつは龍の倒し方を知っている」
口から出まかせでも何でもいい。リズを空手形で勇気づけ、負ぶった、
そのまま対面通行不可能な狭い階段を急いだ。3階のフロアに変電設備があった。
モニターが所狭しと並べてあり、職員が座っていた場所に消し炭が散らばっている。
ノートパソコンの画面にウインドウが重なっていて、リアルタイムで情報を更新している。
「どうやら、ここならしばらく凌げそうだ」
バーグマンが入口付近にラックや椅子を積み上げてバリケードを築いた。
彼一人で作業する間、アンジェラがずっと泣いていた。
「ブラックフライデーのお買い物をしに来たの」
リズが言うには、リチャードの提案で近所に住むヘンリー夫妻を誘ってモールへ来た。
車はアンジェラが運転した。一族はどこにでもいる普通で善良な市民だ。
リチャードは格闘家風だがシステムエンジニアだ。肉体美は趣味だそうだ。
そして彼はサイバーマンデーという言葉が大嫌いだった。
「コンピューター関連職なのにどうして?」
バーグマンの問いに彼女は好きで選んだ道じゃないから、と返した。要するに食い詰めて仕方なく手に職を付けたパターンだ。
「わたし、テンノウドーをおねだりしたの」
リズはスカートのポケットからワオのゲームチップを取り出した。
残念ながらドラゴン・イコライザーではない。当たり前だ。本日発表なのだから。予定だったが。
「でも、あの人ったらかなり無理をしていたらしいの」
女の隠しておきたい一面が現れた。妻は夫の転職活動が芳しくない事実を知っていた。面接に行くと言って明け方まで戻らない。その頻度がここ数週間の間、増加傾向にあった。
「ああ、なるほど」
それ以上は詮索する価値も意味もない、とバーグマンは判断した。
よく女の性悪を指摘するとフェミニスト団体の回し者から猛反発を受けるというが、男の腐り具合もなかなかのものだ。
リチャードは細君に二枚舌を使う。ならば、マーサの夫もそうだろう。蛙の子は蛙という奴だ。
おぼろげながらルルティエのアルゴリズムが見えてきた。奴は腐っても鯛、いや守護龍神であるらしく、忠実に役目を果たしている。
すなわち、勧善懲悪だ。
ヘンリーとリチャード親子は食われるべくして食われた。
「リズ、よく聞くんだ」
バーグマンは噛んで含めるように女性たちを諭す。
「うん」、と素直に頷く少女。
「いい子にしているんだ。お母さんの傍を離れちゃいけない。そして、よく大人のいう事を聞きなさい。あの怪物は悪い大人たちを栄養にしている。リズが悪い子にならないようにアンジェラも見守ってあげてくれ」
そういうと、彼はとっ散らかったスチール机から瓦礫をすっかり除去した。そこにまだ使えそうなノートパソコンを並べた。
電源と通信ケーブルはまだ稼働してるらしく、ためしにネットニュースのライブ配信サイトにアクセスしてみると、無人のスタジオが実況されていた。
「よし、今夜はこれで行けそうだ」
バーグマンはアルバートに劣らないコンピュータースキルを持っている。
ノートのUSBポートにLANケーブルを接続し、ショッピングモールの制御システムに侵入した。
そして、館内の電気系統を隅々まで把握した。といっても、肉眼で構内配電線路を追っていては夜が明けてしまうので即興のアプリに代行させた。
「何をしていますか、あなた」
アンジェラが心配そうにのぞき込む。その揺れる胸元は目の毒だ。どぎまぎしてしまう。
「ええ、あの、ドラゴン除けの対策を講じているところです。3階のフロアに介護ロボットのショウルームがありましてね。展示用のロボットに二足歩行できる機種があるようです。そいつらに避雷針を持ってこさせましょう」
「素人のわたしにはさっぱりわかりません。それでリズが助かる保証は」
「ええ、あります」
バーグマンは目のやり場に困りながらしどろもどろに説明した。
この部屋を囲むように雷サージ対策機器を設置する。それでルルティエは除けられるはずだ。
「よかった」
母親は緊張の糸が途切れたのか、意識を失った。そのまま、バーグマンに覆いかぶさる。
「奥さ…ちょ…」
「それは本当の話ですか」
ひしゃげたシャッターの隙間から男女のひそひそ話が聞こえる。ここは荒廃したショッピングモールのキッズコーナー。
泥だらけのぬいぐるみやゲームソフトがまるで空爆の直撃を受けたかのように散乱している。