したがって、ずる賢い手口で成り上がる他に救いはない。他人を俯瞰する立ち位置で不幸な過去と一線を画せばよい。
「そのために生贄を捧げるんだよな。全人類と地球を」
バーグマンは思い出した。ゲーム山場に来るバッドエンドの一つである。
「ああ、あいつも同じ考えだろうよ。ワイバーンロード・ホライズンズをどう味付けしようが糞ゲーは糞ゲーだ。マーケターの目は誤魔化せない。化けの皮が剝がれて会場から退却する前に奴は手を打つはずだ」
「何を言っているのか、さっぱりわからん」
「ダークブラウン卿だ。場末の辺境伯は生娘を捧げようとしていた。カルバートなら絶対に目をつける。利用するはずだ」
「なるほど、よくわからん」
「最後まで聞いてくれ、バーグマン。奴は俺の黒歴史、いやドラゴン・イコライザーを悪魔に捧げたんだ。ワイバーンロード・ホライズンズを成功させるために」
「落ち着け、悪魔なんかどこにいるよ」
「物忘れが激しい奴だな。ゴードンだよ。辺境伯の宴で生娘を値踏みしていたが、正体を隠して奴に接近する筋書きだったろう」
「ゴードン…って、まさか?」
D席の男だ。あの時、二人の前に雷龍が現れた。いや、召喚して見せたのだ。
「そのまさかだ。D席野郎の素性はわからん。というか今は表の顔なぞどうでもいい。凡人が龍を目の当たりにして平気でいられるか?」
確かに、パニック状態に陥るでもなく、威風堂々とアルバートを睨んだ。
「ますますもって意図がわからん。カルバートとゴードンはこんな状況を俺たちに見せて何がいいたい?」
バーグマンはもう一度、おそるおそる扉の隙間から道路を垣間見た。石畳が大の字にくすぶっている。
「お前の愚かさを——ルルティエの禁忌に触れたドジと——俺の無力さを自覚させるためだ」
アルバートはそういうとわずかな荷物をまとめて螺旋階段を下りた。
「おい、何処へ行く」
あわてて後を追うバーグマン。
「女を探そう」
「探すったって」
「イースターエッグを仕掛けた女だよ。そこに転がってる焼死体はたぶんダミーだ。逆らえばこうなるというカルバートなりの脅しだと思う」
「生きてるというのか」
「ああ、そうだろうな。殺しているならリアルな死にざまを俺たちの前で再現すればいい。説得力が違う」
「カルバートですら、どうにもならない?」
「そういうことになるな。だから俺たちに探させようというんだろ」
「先回りして、抹殺…か!」
バーグマンがバチンと両こぶしを打ち鳴らした。
「ああ」
東の空が茜色に染まっている。そして、崩れ落ちた摩天楼が遠くに霞んでいる。
「これもルルティエの所業か」
バーグマンが憎々しげに言い放った。

世界は瞬く間に一変した。大通りに人影はなく、遠くに見える摩天楼の灯りも電飾も消えている。まるで街全体が暗黒面に墜ちたようだ。
「来てみろよ」
アルバートは戸惑う相方の背中を無理やり押した。手を引いて少し離れた幹線道路に出てみる。
あちこちで車が横転したり衝突して炎上しているものの、大半は渋滞をなしたまま停止している。
運転手を失った車列は赤信号のまま、アクセルが踏まれる時を待っているようだ。
「もしかして、最終戦争でも起きたのか?」
信じられない、と何度もバーグマンがかぶりをふる。しかし、いくら見渡せど人っ子一人いない。
「ああ、ご覧のありさまだよ」
アルバートは彼が事態を受け入れるまで辛抱強く待った。
日に照らされるビルに朝焼け雲が映えている。鮮やかなオレンジ色は一日の活力でなく、死んだ世界を火葬する炎に見える。
そして、雲間をいなびかりが渡っている。
「ルルティエだ。奴がゲームチェンジャーだ」
プログラマーは暗澹たる思いで空を見上げた。

★ 第二章:終末世界線上のカナリア

歩いて五分ほどのショッピングモールが丸ごと廃墟と化していた。
「まるでハッサーの市場だな」
バーグマンはドラゴン・イコライザーの序盤に登場する遺跡を思い出した。
ハッサー市場はかつて王国随一の商業施設だったが経営者の奢りとなりふり構わぬ事業拡大で破綻した。
プレイヤーキャラクターは定石通り、そこで冒険の支度を整える。ご都合主義の要請とはいえ、無料で手に入る装備は限られている。
「弾は持てるだけ持っていこう」
銃砲店を物色していたアルバートは自動小銃を数丁と弾薬ケースを床に山積した。
「バカ。これ他にも運ぶものがあるだろう」
バーグマンが持っていくべき武器弾薬を仕分けした。二人の体力を勘案したうえで、リュックに食料を詰め込む。
「持って2,3日と言ったところだ。その間に最初のステージをクリアしなくちゃいけない」
「ああ、アルバート。お前が頼りだ。”彼女”を探す当てはあるんだろうな?」
「もうわすれたのか?」
彼はうんざりした様子で装備を拾い上げた。