ちょうど、領主ダークブラウンが初夜権を行使せしめんと、近隣の村々から徴収した若い乙女を品定めしていた所にPCは飛び込んだ。
悲鳴を聞きつけて扉を蹴破ると、地元有力者のゴードンが生娘を献上しようとしていた。
「あいつはゴードンじゃねーか!」

アルバートはようやくD席の人物に気づいた。

「いや、他人の空似だろう」
バーグマンは即座に否定した。常識的に考えてゲームのシナリオと現実のシチュエーションが重なることなど山ほどある。
混乱した状況で脳がパニック状態から抜け出す糸口を探ろうとして、ヒントを記憶や過去の経験に求めているに過ぎない。
特にシミュラクラ現象と言って、人間は単純な要素を拡大解釈して全体を類推しがちだ。天井のシミが顔に見えるという奴である
D席の客の目鼻立ちが偶然、ゴードンに似ているだけの事だ。
「ゴードンだってばよ!」
アルバートと言い争っている間にふたたび揺れが襲った。
室内灯が激しく明滅し、雷鳴が窓を横切った。

その時、バーグマンは見てしまったのだ、青白い奔流にドラゴンの形相を。
ぐわっと大きな牙を彼に向けた。見開いた白目と目線があってしまった、

そして、咆哮が鼓膜を突き破った。ツーンと可聴域すれすれの高音がハッキリとしたメッセージを伴っていた。

<我、宣戦布告す>

そう言っていた。

初老のように憔悴しきった二人組が手荷物検査場を素通りしてロビーに向かう。
彼らがアルバートとバーグマンであることは長年にわたり付き合いのある親友でも一目で判断し難い。
それほどまでに異常な事件だった。玄関を出ると更なる試練が待ち構えていた。
身元保証人と名乗る男が身柄を預かるというのだ。これもカルバートの差し金らしく、有無を言わさず黒塗りのワンボックスカーに押し込まれた。
窓は金網と目張りがしてある。助手席の黒人が名乗った。当番弁護士だという。
機上の人となっている間に司法制度が随分と改悪されていて二人は公判開始までかなりの私権制限を受ける。
黒人の差し出した書類によると裁判所が指定した建物に軟禁され、出入りは監視カメラに記録される。
許可なくして外出や面会はできず、建物内の生活も選択肢が狭まる。まず、パソコンやスマホの使用は弁護士の立ち合いのもと、時間制で行われ、アクセスできるサイトも監視と検閲を受ける。
公判に影響を及ぼす情報を得たり、部外者と内密に連絡を取ることも禁じられる。
すべてカルバートの仕業だ。バーグマンは彼の出方次第でACL—アメリカ人権監視機構に訴える構えであったが、出鼻をくじかれた。
原告の財産と生命に多大な危険および損失が発生するおそれ、という理不尽な理由だ。
「まるで、独房だな」
バーグマンが愚痴った。
殺風景なロフトに窓はない。スチール机と座り心地最悪な椅子。そして硬いベッドだけがある。
トイレとシャワーは備え付けてあり、三度の食事はデリバリーされるという。
それ以外は外部との接触を遮断される。
「公判開始まで大人しくしておくんだな」
ローソン弁護士はぴしゃりとドアを閉めた。
「いきなり虜かよ」
アルバートは監獄を見まわすなり、バッドエンディングのセリフを暗誦した。
「ああ、パターン23。勇者、獄死す、だったな」
バーグマンはデバッグを突き合わされた夜を思い出した。あの晩も雷鳴が轟いていた。
「で、どうするよ」
アルバートはベッドにひっくり返る。机に冷めたドミノピザが平積みされているが、手を付ける気になれない。
「あの龍の事なんだが」
着陸までにループした議論を蒸し返すバーグマン。
「いい加減にしろ。ルルティエの雷竜が人間に仇をなす理由なんぞない」
「逆に考えるんだ。アルバート」
「はぁ?」
「彼奴は三賢者の忠実なる眷属。性善の権化だろ」
「ああ、それがどうした。守護神だ」
「そこが引っかかるんだ。味方ならなぜ人を襲う?」
「知るかよ。雷竜の反逆まで想定してなかったからな。そもそも勧善懲悪の物語に必要ない仕様だ」
通りいっぺんな反駁にバーグマンは安心した。アルバートは必然を好む。
「そこで問題だ。俺がクライアントだとしよう。倫理の主客転倒を実装してくれと発注する。金に糸目を付けぬ。さぁどうする」
「どうするってもなあ」
アルバートは天井をみあげた。
しばし考えたのち、逆質問をした。
「いったい何処のド変態がそんなプレイを望むんだ。つか、売れるのか? そんなゲーム」
「ああ、売れるともさ。病んだ世の中には真逆こそ正義と考える輩がわんさといる」
「そいつらの需要、どれくらいの市場規模を見込めるんだ?」
「パイは小さくないと思うね。勧善懲悪を裏返しで遊びたいニーズはひねくれ者の特許じゃない」
「ねーよ」
「いいや、お前だってクリアしたシナリオを敵方目線で遊んでみたい誘惑に駆られた経験はないか?」