「ああ、気に入ってくれたかい。この素晴らしい世界をお客様にいち早く届けたくてね」
「届けるって、これは俺の!」

バーグマンも開いた口が塞がらない。これから自分たちが披露しようとしている作品がそっくりそのまま俗物的なタイトルで紹介されている。
プレゼンテーションしている女の衣装も悪趣味だ。露出度で観客の目線を逸らそうとしている。
事実、誰もプロモーションビデオより短いスカートに釘付けだ。
「届けるも糞もこれはドラゴン・イコライザーじゃねーか!」
アルバートはテンノウドーを開いて見せた。そして、バーグマンが鞄から4Dワオの開発環境を取り出す。
プログラムソースも原画ファイルもテンノウドー本社のデジタル認証が埋め込まれている。つまり、お墨付きだ。
だが、カルバートは眉をひそめる。
「そうだな。これはワイバーンロード・ホライズンズのオリジナルファイルだ。どうやって盗み出した?」
「盗んだって?!」
予想外の反応にアルバートは驚きを隠せない。
「とはいっても、ここは晴れ舞台だ。君たちの醜聞で汚されてはかなわん。相応のライセンス料と慰謝料で和解してやる」
何という事だ。カルバートは図々しくも著作権を主張した。
「あ、アンタってやつは」
耳たぶの先まで真っ赤になって怒るアルバート。バーグマンはカルバートの戯言に付き合わず、粛々と知り合いの弁護士に電話していた。
それを屈強な警備員が没収する。
「もしもし? うわっ!!」
「会場内での通話はご遠慮ください」
「通話って、おい! こんな横暴が法的に…」
ドラゴン・イコライザーの作者たちは手錠で拘束され、いずこかへ連行された。
「法的に認められない。ああ、そこで僕は君たちを特別に見逃してやろうと思ったんだ。共有特許(クロスライセンス)契約を逆手にとって、”僕”が心血を注いだ傑作を
”丸ごと盗み”出そうとした、その矮小さを」
会場の入り口が騒然としている。重機関銃を構えた特殊部隊が到着し、玄関に警官がひしめいている。
けばけばしい雑音が二人の身柄や素性について交信している。

ラスベガスにやってきた若いIT企業家は億単位の保釈金とカルバート社に賠償を支払い、ようやく釈放された。

そして這う這うの体で機上へ逃げ込んだ。

「で、これからどーすんだよ」
アルバートはひとおおり思いの丈を吐き出したらしく、両腕を頭の後ろで組んでいる。
彼らの「アシッドアーツゲームスタジオ」はカルバートの会社に比べれば吹けば飛ぶような工房だ。
プログラマーやデザイナーを含めて二十人にも満たない。もちろん泣いて馬謖を斬った。発売中止タイトルの版権やソースコードの権利は丸ごと人手に渡った。
開発済みのドラゴン・イコライザーもだ。さらに不幸が降りかかる。アルバートは同業他社を含めたソフトハウス全般への転職を今後二十年間禁止された。
事実上の強制追放である。アルバートは子供時代からナード一筋で育っており潰しが効かない。
「どうするも何も、黒歴史を召し上げられたんじゃな」
例のノートをカルバートは手袋をしたままつまみ上げ、アルコール消毒液をたっぷりふりかけた後、抗菌ボックスに回収した。
「あんなもの、どうするんだろうな?」
「さぁ。歴史博物館にでも高値で売りつけるんじゃね?」
「んなもん、買う奴がいるかよ?」
「おま、質問に質問で返すな」
投げやりな言葉の受け渡しが険悪になっていく。
そしてついに雷鳴が轟いた。同時に機体が激しく揺れる。
キャーっと暗闇を悲鳴が裂き、ガチャガチャと物が壊れる音がする。
もう一度、乱高下したのち、唐突に照明が点いた。
「ただいま、右翼端に落雷があった模様です。運航に支障はございません。乗務員の指示があるまでシートベルト着用のままお席でお待ちください」
アテンダントが務めて冷静に装っているが、張りつめている様子が見て取れる。
「落雷だって? 墜落したらどうすんだよ。この野郎」
通路を隔てたD席の乗客が噛みついた。
「お静かに願います」
「うるせえ!」
「ひゃん☆!」
客は泥酔者らしく、よろよろと立ち上がってアテンダントのスカートを引っ張った。ファスナーが壊れる。
「おい、拙いんでね?」
バーグマンが横目で親父をにらむ。
「俺にどうしろってんだよ?」
いきなり振られてリアクションに困るアルバート。
「この展開、見覚えはないか?」
相棒は何か思い当たる点があるらしく、注意喚起している。
「急に何を…あっ!」
アルバートの検索ルーチンが関連項目を探し当てた。
「ダークブラウン卿の密会?!」
ドラゴン・イコライザーの序盤。プレイヤーキャラクターが目的も自分の素性もわからぬまま、出発点付近の森を彷徨う。
やがて日が暮れ、雷雨のなかをうらぶれた居城にたどり着く。