唐突に灯りが消えて、家電製品売り場がまだら模様に照らされる。
「オーディオ機器のコーナーを徘徊してやがる」
どうやら雷龍はハイパワーの電磁エネルギーを帯びているらしく、活動圏内にある家電製品を無差別に活性化させるようだ。
「あ、あ、あ、あ…」
万事休す、マーサが腰を抜かした。バチっと乾いた破裂音がした。
みあげると、天井を手前から奥へ火花が走っていくのが見えた。
「奴が徘徊してやがる!」
アルバートが見まわすと5メートルほど離れた場所にレジカウンターがあった。社内サーバーにつなぐタイプのPOSレジだ。
客から見えない位置にLAN端子があるはずだ。彼は身を低くして短距離をひと思いに駆け抜けた。そして、めざすジャックにテンノウドーを接続した。
キーボードを叩き、フロア全体の回路を掌握する。そして、指定した場所の電源をオンオフすることでルルティエを扇動した。
調理家電コーナーのコーヒーメーカーやポットに電源が入った。そこにスパークが集中する。
「捕まえたぞ!」
アルバートは最寄りの陳列ケースに通電し、ルルティエの退路を塞ぐ。そこだけ文明を代表するかの様に白熱する。
顔を背けたくなるほどの眩さ。彼は手探りでテンノウドーを操った。このまま、館の電力が続く限り封じ込める。
その間にアースの代わりになる物を突貫工事で設置する。タイミングを見計らって電源を落とせば、ルルティエはアースに導かれて大地に放電されるだろう。
「よーし、そのままだ。いい子にしてくれよ」
ケーブル売り場を目指そうとした、矢先、マーサが悲鳴をあげた。キリンが草を食むように稲光が首をもたげた。
「なんでだよ?!」
想定外の事態に彼はパニック発作をおこした。
「なんでだよ!なんでだよ!」
じたばた藻掻くうちにルルティエは餌に到達した。
バチバチと何かが沸騰し、煮えたぎる音がする。そして焦げ臭い煙がただよってきた。
「何でだよ!何でだよ!!」
ぼうっとオレンジ色の炎が視界をかすめる。
「うぉああ! なんでだよ!」
アルバートは本能的にテンノウドーを抱えて非常口を目指した。火災報知器が反応してジリジリと警報ベルが鳴る。そしてスプリンクラーが散水を始めた。
「何でだよ! あっ、そうか」
一瞬の決断が生死を分けた。彼は自ら洗礼を浴びた。天井から滴り落ちる雨嵐でずぶ濡れになる。4Dワオはプールサイドで遊べる程度の耐水性がある。
ルルティエらしき火花は滝のような防火水に阻まれた。それをアルバートは必死でかいくぐった。
●老婆の絆
マーサ婆さんを救えなかった。ジトジトと濡れそぼる屋内をアルバートはよろめく。雷龍ルルティエが電磁気に誘引される性質があるという知識の代償はあまりに大きかった。アルバートは無力感に苛まれショッピングモールの廃墟を彷徨う。来るべき魔龍ルルティエとの決戦に備えて必要と思われる材料を片っ端から略奪した。死に絶えた街に人と平和が戻ってくるなら安い代償だろう。どうせ在庫は朽ち果てる。アルバートが活用することが殺された人々への手向けになる。そう嘯いた。商品を盗む罪悪感で恐怖心をごまかしているが本当は赴きたくないのだ。自分でも良心の呵責が本心でないと自覚している。魔龍が怖い。アルバートは怖気づいている。割れたショーウィンドウに疲れ果てた男が映る。自分だ。その瞳にははっきりとマーサ婆さんの死にに対する後悔と謝罪が浮かんでいた。アルバートは涙腺を冷たい水道水で洗い流した。彼は自問自答する。「俺の本職はプログラマーだ。魔龍だの世界を救うだのお門違いで畑違いのミッションにふさわしい男だろうか。お婆さん、俺はあんたを見殺しにした」
アルバートはマーサ婆さんと出会ったとき、自分にもどういう事情があるのか訊ねたことがある。そしてマーサ婆さんが自分の生殺与奪権を握っているのだと知った。かつて天才プログラマーとして知られたアルバートだが、それは別におまけ程度の存在だったのだ。当時の駆け出しプログラマーは決定権を持っていなかった。そもそもプログラマーという職業自体が自分から全てを奪う職業だったのだ。ある時彼は自分の生殺与奪権から死刑宣告される自分を想像した。プログラマーとして、お婆さんが守りたいと思ったこと。お婆さんにとって大切な自分の生命。それさえ失われたマーサ婆さんが自分に与えられた価値を噛み締めて涙を流す。そんなことを想像した。
しかしマーサ婆さんの幻影は笑っていた。
「それはどうだかしらね。そもそも老い先短いあたしにとって自分の命より孫たちが大切だったよ。アルバートは自分を責めなくていいのよ。だって貴方は
あんなに悲壮な顔つきで必死に戦ったんだから。だからあたしだって同じじゃない。そうでしょ?」
マーサ婆さんは笑っていた。その笑顔がアルバートを見つけた。
「オーディオ機器のコーナーを徘徊してやがる」
どうやら雷龍はハイパワーの電磁エネルギーを帯びているらしく、活動圏内にある家電製品を無差別に活性化させるようだ。
「あ、あ、あ、あ…」
万事休す、マーサが腰を抜かした。バチっと乾いた破裂音がした。
みあげると、天井を手前から奥へ火花が走っていくのが見えた。
「奴が徘徊してやがる!」
アルバートが見まわすと5メートルほど離れた場所にレジカウンターがあった。社内サーバーにつなぐタイプのPOSレジだ。
客から見えない位置にLAN端子があるはずだ。彼は身を低くして短距離をひと思いに駆け抜けた。そして、めざすジャックにテンノウドーを接続した。
キーボードを叩き、フロア全体の回路を掌握する。そして、指定した場所の電源をオンオフすることでルルティエを扇動した。
調理家電コーナーのコーヒーメーカーやポットに電源が入った。そこにスパークが集中する。
「捕まえたぞ!」
アルバートは最寄りの陳列ケースに通電し、ルルティエの退路を塞ぐ。そこだけ文明を代表するかの様に白熱する。
顔を背けたくなるほどの眩さ。彼は手探りでテンノウドーを操った。このまま、館の電力が続く限り封じ込める。
その間にアースの代わりになる物を突貫工事で設置する。タイミングを見計らって電源を落とせば、ルルティエはアースに導かれて大地に放電されるだろう。
「よーし、そのままだ。いい子にしてくれよ」
ケーブル売り場を目指そうとした、矢先、マーサが悲鳴をあげた。キリンが草を食むように稲光が首をもたげた。
「なんでだよ?!」
想定外の事態に彼はパニック発作をおこした。
「なんでだよ!なんでだよ!」
じたばた藻掻くうちにルルティエは餌に到達した。
バチバチと何かが沸騰し、煮えたぎる音がする。そして焦げ臭い煙がただよってきた。
「何でだよ!何でだよ!!」
ぼうっとオレンジ色の炎が視界をかすめる。
「うぉああ! なんでだよ!」
アルバートは本能的にテンノウドーを抱えて非常口を目指した。火災報知器が反応してジリジリと警報ベルが鳴る。そしてスプリンクラーが散水を始めた。
「何でだよ! あっ、そうか」
一瞬の決断が生死を分けた。彼は自ら洗礼を浴びた。天井から滴り落ちる雨嵐でずぶ濡れになる。4Dワオはプールサイドで遊べる程度の耐水性がある。
ルルティエらしき火花は滝のような防火水に阻まれた。それをアルバートは必死でかいくぐった。
●老婆の絆
マーサ婆さんを救えなかった。ジトジトと濡れそぼる屋内をアルバートはよろめく。雷龍ルルティエが電磁気に誘引される性質があるという知識の代償はあまりに大きかった。アルバートは無力感に苛まれショッピングモールの廃墟を彷徨う。来るべき魔龍ルルティエとの決戦に備えて必要と思われる材料を片っ端から略奪した。死に絶えた街に人と平和が戻ってくるなら安い代償だろう。どうせ在庫は朽ち果てる。アルバートが活用することが殺された人々への手向けになる。そう嘯いた。商品を盗む罪悪感で恐怖心をごまかしているが本当は赴きたくないのだ。自分でも良心の呵責が本心でないと自覚している。魔龍が怖い。アルバートは怖気づいている。割れたショーウィンドウに疲れ果てた男が映る。自分だ。その瞳にははっきりとマーサ婆さんの死にに対する後悔と謝罪が浮かんでいた。アルバートは涙腺を冷たい水道水で洗い流した。彼は自問自答する。「俺の本職はプログラマーだ。魔龍だの世界を救うだのお門違いで畑違いのミッションにふさわしい男だろうか。お婆さん、俺はあんたを見殺しにした」
アルバートはマーサ婆さんと出会ったとき、自分にもどういう事情があるのか訊ねたことがある。そしてマーサ婆さんが自分の生殺与奪権を握っているのだと知った。かつて天才プログラマーとして知られたアルバートだが、それは別におまけ程度の存在だったのだ。当時の駆け出しプログラマーは決定権を持っていなかった。そもそもプログラマーという職業自体が自分から全てを奪う職業だったのだ。ある時彼は自分の生殺与奪権から死刑宣告される自分を想像した。プログラマーとして、お婆さんが守りたいと思ったこと。お婆さんにとって大切な自分の生命。それさえ失われたマーサ婆さんが自分に与えられた価値を噛み締めて涙を流す。そんなことを想像した。
しかしマーサ婆さんの幻影は笑っていた。
「それはどうだかしらね。そもそも老い先短いあたしにとって自分の命より孫たちが大切だったよ。アルバートは自分を責めなくていいのよ。だって貴方は
あんなに悲壮な顔つきで必死に戦ったんだから。だからあたしだって同じじゃない。そうでしょ?」
マーサ婆さんは笑っていた。その笑顔がアルバートを見つけた。