振りむいた女性の反対側から、駆けて来る一つの長い影があった。それは慌ただしくコンクリートを駆け、動き出す列車の前を通り過ぎる。

 少年は、一瞬、時間が止まったようにも思えた。

 一秒が長くなったように、目の前に流れる風景がスローで少年の眼前に迫った。


 そこにいたのは、未来の自分だった。

 逞しい大人へと成長を遂げた自分が、そこにはいた。


 少年が窓枠にかけた手を握り締めたとき、列車は速度を上げ、風景は闇に飲み込まれて見えなくなった。

「望めば、手に届くものだよ」

 落ち着いたアルトの声が聞こえ、少年は振り返った。

 乗車してきた男が隣の車両から戻ってきて、くたびれたコートに掛かった雪を手で払っている。ひどく穏やかな顔をした男だった。刻まれた皺の一つ一つが柔和で、人が良さそうな丸い目元には見覚えがあった。

 不意に思い出したのは、女性が語っていた『父親』だった。

 その目元は、彼女に似通うものがあった。

「本当に? ……望めば、叶う?」