あのとき、自分にも子どもがいたらと自然に思った。家庭を持った幸せそうな未来の自分が、幼い頃の父や母との思い出と重なって――。

「私と、結婚してください」

 香澄は、彼を抱き締め返してそう答えた。

 鮮明に思い浮かんだ晃光との未来が、今なら手を伸ばせば届きそうな気がした。

           ※※※

「もう一度出会えたら、またお喋りしてくれる?」
「ええ」

 微笑んだ女性は、ひどく綺麗だった。

 歩き出す背中は頼りないほど細いのにしっかりと伸び上がり、ウェーブの入った髪が、彼女の歩調に合わせて揺れるのを彼は眺めていた。

 彼女が降りてしまう。

 少年は瞬きもせずに彼女を見送った。

 彼女と入れ違いに、古びた焦げ茶色のコートを着た中年の男性が列車に乗り込んだ。ひょろりと伸びたその背丈は、

「ご利用いただき誠にありがとうございます。臨時のイケメン機関士です」

 とふざけた自己紹介をした青年と同じぐらい高い。

 男はぴんと伸びた背筋を少し曲げるような形で、深々とかぶった帽子を片方の手で頭に押さえつけていた。