いろいろな疑問が頭に渦を巻くよりも早く、彼女は晃光に強くかき抱かれていた。

 香澄はあまりにも強い力に痛みを覚えたが、彼が震えていることに気がついた。すぐ近くにある整った顔を見上げると、彼は涙を押し殺して泣いているようだった。

「婚約を取り消すなんて、嘘だと言ってくれ」

 香澄は、すぐに言葉を返すことが出来なかった。

 胸に冷たい痛みが走る。すると彼女が唇を開く前に、晃光は両肩を掴んで、切々と言ってきた。

「君を愛しているんだ、香澄。一緒にいると、心が暖かくなる。とても幸福な気持ちになれるんだ。君が目の前からいなくなってしまうと思ったとき、身が張り裂けそうなほど辛かったんだよ。僕は毎日でも君に会いたくて、母から話を聞かされた時、会いたくて会いたくて、飛び出してきて――寂しかった」

 くしゃりと目を細めた彼が、香澄の肩に額を押し当てた。
 
 静まり返った世界は、二人の人間を残して沈黙していた。そこには家柄も育ちも関係のない男女が一組いるばかりで、やはり雪のヴェールをひいた世界には二人しかいなかった。