すうっと温もりが離れ、見えない父の手が背中を押した。

 夜行列車がじょじょに速度を落とすのを感じて、香澄は車窓を振り返った。

 そこに見慣れた駅の構内が見えた。ゆっくりと舞い落ちる雪の粒が、誰もいない白いコンクリートの底に吸い込まれていく。

 学生時代、よく利用していた駅だった。

 やがて、夜行列車は鈍い反響を低くして停まった。

 青年が現れ、恭しく扉を開ける。

「お嬢ちゃんの、降りるべき場所が決まったようだね」

 香澄が静かに立ち上がると、少年が「待って!」と叫んだ。

「もう行っちゃうの? 僕、あなたともっと話したいんだ」
「坊や、引き止めちゃ駄目だよ」

 青年がにっこりとたしなめた。

 香澄は、今にも泣き出しそうな少年を振り返った。

「また、どこかで会いましょう」

 彼女はそう、無難な言葉を口にした。

 彼は賢い少年だ。会えなくなることはわかっているのに、彼は大きく息を吸い込むと、二秒ほど瞳を閉じ、それから

「また会おうね」

 と、しとやかな声を出した。